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19.王太子、転落③

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 愛する女性から初めて向けられた憎悪の眼差し。
 いつでも自分へ無邪気に笑いかけてくれていたアンジェリカの変貌に、ジョナサンは戸惑う。
 そして、理解できないのは彼女が発した『愛する人』という言葉だ。

 「『愛する人』?何を言ってるんだアンジェリカ。君が愛しているのは俺だろう?」

 そう言って彼女に手を伸ばすが、

 「触らないでって言ってるでしょ!!」

 またもや言葉で拒絶される。

 「私が愛してるのはヒューイだけよ」

 「なっ・・・・・・。どういう事だ?」

 アンジェリカの言葉に混乱していると、宰相が口を開いた。

 「二人は幼馴染で恋人同士だったのですよ。親には反対されていたので、恋仲であるのは秘密だったようですが」

 「は?なんだと?」

 ジョナサンは理解が追いつかずに呆然とし、アンジェリカは宰相をキッと睨みつけた。

 「調べていたんですね。ええ、そうよ。伯爵家の三男じゃ家督なんてそうそう継げないし、魔法士として出世してもたかが知れているだろうって・・・・・・。でも、私達は愛し合っていた」

 「そのように思い合う方がいて、何故殿下と?まあ、少々強引な求愛だったとは聞いていますが」

 「だって、殿下に気に入られて側妃・・・・・・あわよくば王妃にでもなれば、ヒューイをもっと良い立場にできるかもしれないじゃない」

 アンジェリカはそう答えると、可笑しくて仕方ないといった様子で話し始めた。

 「突然求愛された時は驚いたけれど・・・・・・殿下ったら、私の言う事ならなんでも聞いてくれるのよ?頼んだらなんでも買ってくれたし、私に嫌味を言った教師は次の日から来なくなったわ。これなら、婚約者を追い出して私を新たな婚約者にしてくれるだろうって思ったのよ!実際、本当に追い出してくれたしねえ!」

 楽しげに語った直後、乾いた音が響いてアンジェリカが床に倒れる。
 怒りで顔を真っ赤にしたジョナサンが彼女の頬を平手で打ったのだ。

 「この阿婆擦れ!俺の事を騙して利用してたんだな!」

 「騙される方が悪いのよ!何も知らずに馬鹿みたい!」

 「なっ・・・・・・このっ!!」

 反論したアンジェリカに掴みかかろうとしたジョナサンだが、兵士達に止められる。

 「お前のような女は生きてる価値がない!死罪にしてやる!」

 「ええ、そうして頂戴!彼のいない世界を生きるなら、死んだ方がマシだわ!」

 尚も言い争う二人を宰相が一喝した。

 「静粛に!国王陛下の御前ですよ!」

 その剣幕に二人が大人しくなると、宰相は自身を落ち着かせる為に、一度咳払いをした。

 「・・・・・・さて、貴女の罪についてですが」

 そう言ってアンジェリカの方を見る。

 「後ほど裁判で確定するでしょうが、あなたの罪はヒューイに協力し、犯人についての証拠を偽造した事。そして、虚偽の情報を殿下に与えて騒ぎを起こした事。後は、殿下に対する先ほどの暴言で王族に対する侮辱罪も追加です。何か反論は?」

 「・・・・・・いいえ」

 宰相に問われたアンジェリカは静かに首を振った。
 先程までジョナサンと言い争って気が済んだのか、落ち着いた態度で宰相の言葉を聞いている。

 「では、正式な処分が出るまで牢屋に入ってもらいます。ご実家は貴女を除籍処分にされたので、平民と同じ扱いになりますが」

 「構いません。謹んで罰をお受け致します」

 アンジェリカがそう言うと、宰相は頷いて兵士達に彼女を連れて行くよう命令した。
 アンジェリカは抵抗する事なく、そして、一度も振り返らずに退室した。


******

 「おい!裁判なんて必要ないだろう!あんな無礼な女は死刑で十分だ!」

 アンジェリカがいなくなると、ジョナサンが宰相に向かって怒鳴った。

 「何故俺への無礼が『侮辱罪』なんだ!『不敬罪』が妥当だろ!」

 不敬罪が適用された者ーー特に平民は例外なく極刑に処される。

 「『不敬罪』など今は余程の事がなければ適用できませんよ」

 「俺は王太子だぞ!?」

 「・・・・・・はて?王太子とはどなたでしょうか」

 宰相が真顔で発した言葉に、ジョナサンは目を見開いて固まったが、やがて怒りに震えながら叫んだ。

 「ふ、ふ、ふざけるな!俺に決まってるだろうが!」

 「いいえ、殿下。貴方は既に王太子ではありませんよ」

 静かな口調でそう返す宰相は、冗談を言っているようには見えない。

 「なっ・・・・・・ち、父上・・・・・・」

 ジョナサンが助けを求めるように国王を見ると、彼の父親は無表情のままに告げる。

 「既に議会にて可決した。そなたは王太子の地位と王位継承権を剥奪されたのだ」

 さっと血の気が引いたジョナサンは震える声で父に尋ねた。

 「お、王太子の地位を剥奪?何故・・・・・・何故ですか!」

 「このような状態になってもまだわからんか。そなたは王太子に相応しくない。皆がそう判断した」

 「相応しくない・・・・・・?私は父上の唯一の王子ですよ!わたしが最も相応しいに決まっているではないですか!」

 「直系の王子だろうと、王位を継ぐに相応しくないと判断されれば別の者に挿げ替えられる。その為に王位継承順位というものが存在する。・・・・・・キャサリン」

 「はい。陛下」

 国王に呼ばれて玉座の間に現れたのは、明らかに上流階級と思われる佇まいの貴婦人。その姿を見たジョナサンの顔が引き攣る。

 「お久しぶりですね。殿下」

 「あ、あ、姉上・・・・・・」

 現れたのは、ジョナサンの姉・キャサリンだった。
 亡くなった王妃が産んだ王女なので、側妃の子であるジョナサンとは腹違いになる。

 年はジョナサンより五つ上の二十三歳。
 王妃によく似た美貌を持ち、頭も良く、王宮にいた頃は誰もが彼女を称賛していた。
 
 その度に周りから比べられていたジョナサンは、この異母姉の事が嫌いだった。

 国王の従弟にあたるベルマール公爵に嫁いでからは、ほとんど夫の領地で暮らし、年に数回の夜会や行事でしか会わなくなって安堵していたのに。

 「私が呼び寄せた。キャサリンを王籍に戻し、新たな王太子となってもらう」

 「なっ・・・・・・!?」

 驚いているジョナサンには構わず、国王はキャサリンに話しかける。

 「ベルマール公爵領に慣れたところを呼び戻してすまないが、この国の為に尽力して欲しい」

 「畏まりました。我が夫も私を支え、この国の為に尽くす所存ですわ。ご安心下さいませ」

 「それは頼もしい。早速だが、今月中に立太子の儀式を行いたい」
 
 「ま、待って下さい!!」

 自分を無視して進められる会話に、ジョナサンは慌てて割って入った。

 「私は納得していません!何故、私ではなく姉上が」

 「キャサリンは、公爵夫人として夫を支え、領地経営にも意欲的に取り組んできた。そのお陰でベルマール公爵領はキャサリンが嫁ぐ前よりも豊かだ。それに、社交も積極的に行い、人望もある」

 「そ、そんな事で姉上の方が私より相応しいと?」

 「・・・・・・そんな事?」

 ジョナサンの言葉を聞いた国王のこめかみに青筋が立つ。

 「お前はそんな事もできんだろう!!王太子という地位に驕って学ぶ事もせず、執務も婚約者に押し付け、女の為に国の金を使って遊び呆けていた者が何を言うか!」

 「ヒィッ」

 国王の剣幕にジョナサンは腰を抜かし、その場にいる者達は彼を蔑みの眼差しで見つめる。

 「そ、そんな目で見るな!!あ、母上は?母上は納得されているのですか!!」

 幼い頃から無条件に自分の味方をしてくれていた存在に希望を見出したが、返ってきたのは無情な答えだった。

 「そなたの母とその一族は追放とした」

 「は?ど、どうしてっ!?」

 「そなた同様、そなたが王太子になって以来の横暴が余りにも目立ち、他の貴族から不満が出ていた。挙句にそなたの伯父の横領が発覚してな」

 母方の一族の追放。それは、ジョナサンにとって後ろ盾を無くした事を意味する。
 絶望に打ちのめされたジョナサンは膝から崩れ落ちた。

 「どうしてそんな馬鹿な真似を・・・・・・」

 恐らくジョナサンの関係者達が今まで口にしたであろう言葉を呟き、うなだれる彼に国王は告げる。
 
 「西の王家直轄地の館をやる。そこで生涯暮らすが良い」

 「あんな田舎で一生を終えろと!?」

 「見張りも兼ねて人も付ける。平民に落とされないだけマシだと思え。今晩にでも出発するように」

 そう言って国王が合図をすると、兵士達がジョナサンを抱えて立たせた。
 ジョナサンは諦め悪く兵士達の拘束を振り解こうと悪あがきをする。

 「嫌だ・・・・・・嫌だ!何故俺がこんな目に!・・・・・・そ、そうだ!アリスを連れ戻せば、私は王太子の地位に戻れますか父上!」

 「あの娘にはもう関わるな!」

 渾身の提案は国王を怒らせただけで、その後はジョナサンが何を叫んでも国王は何も答えず、ついに彼は部屋から引き摺り出されたのだった。



******

 その晩、渋るジョナサンを乗せた馬車はレノワール王宮からひっそりと出発し、王都の西の街道へ入った。
 しかし、翌日その馬車が何者かに襲撃されてジョナサンが行方不明になったという知らせが王宮にもたらされたのだった。


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