私が産まれる前に消えた父親が、隣国の皇帝陛下だなんて聞いてない

丙 あかり

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18.王太子、転落②

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ーージョナサンの祖父であるレノワール王国先代国王は、病気で王位を現国王に譲ったものの、三年前にこの世を去るまでは国政に多大な影響力を持っていた。
 その先代国王は、アリスの父親が帝国の皇帝だと知ると、すぐにアリスとジョナサンを婚約させた。
 皇帝がアリスを帝国へ迎えたがっていた事も知った上でだ。
 王太子の婚約者となった事で、皇帝はアリスを帝国へ迎える事が容易にできなくなる。そこで、取引を持ちかけた。
 アリスがジョナサンと結婚する際に、アリスをグランディエ帝国の皇女だと公表し、その時にアリスを皇帝に会わせると。
 見返りに望んだのは、グランディエ帝国で採掘される魔石。

 レノワール王国では魔石の採掘量が年々減少していた。
 しかし、精霊の加護を受けたグランディエ帝国は魔石ーー帝国では精霊石と呼んでいるーーの資源が潤沢だ。それに、レノワール王国のそれよりも質が良い。
 そこに目をつけた先代国王は、帝国からの魔石の提供を求めたのだった。

 大国相手にふざけた交渉だが、アリスを人質に取られたようなものなので、皇帝はその取引に応じた。
 その代わりにと出した条件は二つ。

 『レノワール王国でアリスの出自を知るのは、先代国王、現国王、宰相、魔法省長官、ハミルトン侯爵の五名のみとし、他の者には漏らさない事。当事者であるアリス、婚約者のジョナサンにも知られる事のないように』

 『ジョナサンはアリスの婚約者として相応しい振る舞いを』

 アリスが王太子妃となる前に、この二つのうちのどちらかが破られた場合は、魔石の援助を打ち切り、ジョナサンと婚約解消したアリスを帝国に引き取るというものだった。


******

 「そんな事があったのか・・・・・・」

 呆然と呟くジョナサンを、国王が冷めた目で見下ろす。

 「お前はアリスの婚約者として相応しいか、皇帝に試されていたのだ。相応しいどころか、お前は一方的に婚約破棄をしたがな。あちらからすれば好都合だったであろうが」

 そう言うと、自嘲気味に笑みを浮かべた。
 
 「ーーご本人の預かり知らぬ所で、取引の材料にされたアリス様はお気の毒でございました」

 アリスに心底同情しているような宰相の口振りに、ジョナサンはヒステリックに叫んだ。

 「ふざけるな!俺だって石ころの為に好きでも無い相手と婚約させられたんだぞ!気の毒だろうが!」

 「国益の為の結婚など貴方程の身分であれば別に珍しくもない。それに、『好きでも無い相手と』というのならば、アリス様も同じでございます」

 宰相がそう言うと、ジョナサンはポカンとした顔をする。

 「は・・・・・・?あいつは俺に惚れていたんだろう?」

 ジョナサンが言うと、今度はその場にいた全員が言葉を失う。
 周りのその反応がジョナサンにはわからない。アリスが自分を愛していると信じて疑っていないからだ。
 長い沈黙の後、宰相がこめかみを押さえて長い溜め息を吐く。それはもう、嫌味たらしくたっぷりと。

 「・・・・・・自分と母親を馬鹿にし、仕事を押し付け、不貞を働く男を誰が好きになりましょうか。・・・・・・あの子の事を侮り過ぎでは?」

 怒りを孕んだ鋭い眼差しで宰相に見据えられ、ジョナサンはビクッと震え上がる。

 「だが・・・・・・だが、あの女はアンジェリカを虐めていたぞ!俺の寵愛を得られなくて嫉妬したからだろうが!それに・・・・・・そ、そうだ、あいつの罪はどうなった!」

 唯一の反撃材料を思い出し、ジョナサンは今度は魔法省長官を睨みつけた。
 
 「ああ。そのような調査依頼がありましたな」

 魔法省長官の淡々とした態度にジョナサンは苛立つ。

 「そうだ!証拠は渡しただろう!ちゃんと調査したのだろうな!」

 「ええ、もちろん。お陰様で、通貨偽造の真の首謀者がわかりましたよ。殿下にはお礼申し上げます」

 微塵も感謝を感じられない口調で礼を述べられ、ジョナサンは困惑する。

 「は?真の首謀者?アリスではないのか?」

 「・・・・・・当人達を連れてきた方が早いですね」

 そう言って、宰相が近くにいた兵に命じる。
 少しして兵達に連れて来られたのは、身動きできないよう縛られた顔見知りの二人だった。
 そのうちの一人は、ジョナサンが謹慎中もずっと恋焦がれていた相手だ。

 「アンジェリカ!!」

 思わずその名を叫び、駆け寄ろうとしたジョナサンだが、側にいた兵士達に制止される。

 「ジョナサン様っ!お助け下さい!私も、ヒューイもずっと閉じ込められていて・・・・・・!」

 「ああ、アンジェリカ。可哀想に・・・・・・。おい!彼女を離してやれ!俺の大事な人だぞ!」

 目に涙を溜めたアンジェリカに懇願され、ジョナサンは兵士達に怒鳴った。

 「そういう訳にはいきませんな。彼らは罪人なのですから」

 冷ややかな視線をジョナサン達に向け、宰相は冷静に言い放った。

 「なんだと?罪人?」

 「先ほど、魔法省長官が申し上げたでしょう。彼らが通貨偽造の首謀者なんですよ」

 「なっ・・・・・・!証拠はあるのか!!」

 「ですから、殿下が提出して下さったでしょう・・・・・・。この写真です」

 魔法省長官が呆れた口調で言って、ジョナサンの目の前に写真を差し出す。
 アリスが祖父に見せてもらったのと同じ写真だ。

 「この、中央に写っているフードを被った人物。顔は見えませんが、袖口からブレスレットが見えますね」

 「ああ。細身の女物のブレスレットだな。だから、この写真の人物はあの女で決まりだ」

 「よくご覧下さい。見覚えがありませんか?」

 「見覚え・・・・・・?」

 勿体ぶった言い方をする魔法省長官に苛立ちながら、もう一度写真を見る。
 繊細な花模様が彫られ、所々に宝石があしらわれている金のブレスレット。

 「随分と高そうだな」

 「貴方様がお買い求めになったのですよ。『無駄遣いはおやめ下さい』と申し上げたら癇癪を起こされて」

 お忘れですか、と宰相がジョナサンを睨む。

 「俺が?そんな馬鹿な!俺があの女の為に何かを買うなど・・・・・・」

 そう言いかけたジョナサンの視線が、目の前の恋人に向けられる。正確には、彼女の右手首のブレスレットに。
 そして、思い出した。そのブレスレットは、自分が彼女にねだられて買った物だという事を。
 王宮に請求させたら、有名な職人の一点物で相当な額だったらしく、宰相と財務大臣に長い説教をされた。
 
 「アンジェリカのブレスレットだ・・・・・・」

 呆然と呟くと、アンジェリカの顔色が青ざめた。

 「アンジェリカが通貨偽造の首謀者だと・・・・・・?」

 「ーーっ殿下!違うんです!」
 
 その時、ヒューイがアンジェリカを庇うように前に出た。

 「通貨偽造を行ったのは私です!」

 「どういう事だ」

 魔法省長官が尋ねる。

 「街で知り合った男に、小遣い稼ぎになるからと通貨偽造の仕事を持ちかけられました。けれど、取引相手が捕まり、私の事が知られるのも時間の問題だと思った時、アリス嬢に罪を擦りつける事を思いつき」

 「貴様っ!」

 ヒューイが言い終わらないうちに、激昂したジョナサンが制止を振り切ってヒューイを殴りつけた。鈍い音がして、ヒューイが床に倒れる。
 アンジェリカが悲鳴をあげ、兵士が慌ててジョナサンを羽交締めにしたが、ジョナサンの怒りは収まらない。
 
 「それで無理矢理アンジェリカに手伝わせたんだな!この外道め!」

 「違います!殿下!」

 今度はアンジェリカが前に出た。

 「提案したのは私です!手伝ったのも私の意思です!」

 「ああ、アンジェリカ。君はなんて優しいんだ。そんな奴を庇う必要なんて無い」

 「いいえ、殿下。私は本当に」

 「何も案ずる事はない。俺がこの男に罰を与えてやる」

 アンジェリカの言葉を遮って、ジョナサンは兵士に助け起こされたヒューイの前に立つ。

 「ヒューイ、お前は通貨偽造をしておきながら、我が身可愛さに他人に罪を擦りつけた。さらに、俺の愛しい人を利用した」

 「・・・・・・」

 「魔法士が魔法を用いて罪を犯すのは重罪だ。死を持って償え!」

 そう言うと、ヒューイは諦めたように力無く頷いた。

 「はい・・・・・・」

 「そんな・・・・・・ヒューイ・・・・・・」

 アンジェリカの瞳から涙が溢れ、床に染みを作る。
 そんなアンジェリカの姿は、断罪に夢中なジョナサンの目には映っていない。
 

 「おい、こいつを連れて行け!」

 ジョナサンが兵士に命じるが、彼らは戸惑いながら、国王を見る。
 ヒューイの罪を裁く権利はジョナサンにはないからだ。魔法士の罪は魔法省が行い、国王が最終決定を下す。

 「そなたは何の権限があって、この者を裁くのだ」

 国王が冷たい口調で言うと、ジョナサンが慌てて振り返った。

 「ち、父上・・・・・・。しかし、この者の罪は明白で」

 ジョナサンがバツが悪そうに言うと、国王は溜め息をついて兵士に指示をする。

 「・・・・・・の言う通りにしてやれ」
 「ハッ!」

 「そんな!陛下!どうか彼に御慈悲を!」

 アンジェリカが声をあげたが、兵士はヒューイを立たせて連れて行ってしまった。

 「ヒューイ!ああ・・・・・・っ!」

 泣き崩れるアンジェリカとは対照的に、ジョナサンは罪人を裁いた達成感に酔いしれていた。
 罪を着せられた愛する人を救ってやったという喜びに浮かれていて、国王達が冷ややかな視線を向けているのにも気づいていない。
 当然、アンジェリカの心の内に気づくはずもない。

 「アンジェリカ。心配ないよ。君の疑いは晴れたからね。さあ、すぐに縄を解こう」

 何も知らないジョナサンは、そう言いながらアンジェリカに手を伸ばした。しかし、

 「ーー触らないで」

 俯いたままのアンジェリカが、低い声で拒絶の言葉を口にする。
 ジョナサンが驚いて動きを止めると、アンジェリカはゆっくりと顔を上げて睨みつけた。

 「この人殺し。よくも私から愛する人を奪ったわね」
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