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20.不思議な夢

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 気づくと、アリスは霧の中を歩いていた。側にシェリルはいない。

 (何も見えない・・・・・・このまま歩いて大丈夫かしら?)

 呪文を唱えると、右掌に光る球体が現れた。
 魔法が使える事にホッとしたアリスはそのまま霧の中を進む。

 なかなか霧が晴れる気配がないので不安を募らせていると、突然強い風が吹いた。
 アリスは思わず悲鳴をあげて目を瞑り、飛ばされないようにやり過ごす。
 やがて、風が止んだので、恐る恐る開けた目に飛び込んで来たのは花が咲き乱れる美しい庭だった。

 「ここは・・・・・・?」

 初めて見る場所だ。一体どこに迷い込んだのだろうと思いながら、アリスは庭を歩き始める。
 やがて、庭の奥にガゼボが見え、その椅子に誰かが腰掛けているのを見つけた。
 そっと近づくと、その人は安らかな寝息を立てていた。
 簡素でゆったりとした白い服を纏っていたので、神官だろうかとアリスは思った。

 (こんなに気持ちよさそうに眠っていらっしゃるし、起こすのも悪いわね)

 そう思ってそっと離れようとすると、その人が身じろぎをした。ゆるゆると開いた双眸が、驚いて固まっているアリスを見つめる。
 腰まである金の髪と薄紫色の瞳を持つその人は、どこか儚げな美しさがあり、アリスは思わず息を呑む。

 「君は?」

 女性、或いは男性とも思える中性的な声でその人が尋ねる。

 「あっ、起こしてしまい、申し訳ありません。私はアリス・ハミルトンと申します」

 自己紹介をすると、その人はまだ眠そうな表情でアリスを見つめていたが、突然ぱっと目を見開く。

 「アリス!」

 「は、はいっ!」

 いきなり名前を呼ばれて、吃驚しながら返事をすると、その人はアリスの両手を掴んでぐいっと顔を近づけた。その表情は宝物を見つけた子供のようにキラキラと輝いている。

 「アリスって、『あの』アリスだよね!」

 「『あの』とはどういう・・・・・・あっ」

 質問に戸惑っていると、アリスの体が淡く光り始めた。やがて光は強くなり目を開けていられなくなる。
 その時、その人は優しい声でこう言った。

 「また会おう。待ってるから」
 
 


******



 目覚めたアリスは、見慣れぬ天井に混乱したものの、すぐに思い出した。

 (そうだ・・・・・・ここは皇宮なんだ・・・・・・)

 まだ眠い目を擦りながら体を起こすと、ナタリーが部屋に入って来た。

 「おはようございます」

 「おはよう、ナタリー」

 「よくお休みになられましたか?」

 「まだ頭がボーっとするわ・・・・・・」

 あの不思議な夢のせいかと思ったが、口には出さないでおく。

 「昨日は色々ありましたもの。知らずに疲れが溜まっていらっしゃったのでしょう」

 部屋のカーテンを開けながらナタリーが苦笑した。

 「今、シェリルさんがお茶をーーああ、もう準備ができたようですね」

 ナタリーが言い終わらないうちに、寝室のドアがノックされる。
 ナタリーがドアを開けると、トレーを手にしたシェリルが入って来た。

 「アリス様、おはようございます。目覚めのお茶をお持ち致しました」

 「ありがとう、シェリル」

 シェリルからカップを受け取ると、爽やかな香りが鼻腔をくすぐる。ハミルトン家でシェリルがよく淹れてくれていた、ハーブをブレンドしたお茶だ。

 「このお茶を飲むのも久しぶりね。実家で飲んでいたのと同じ味だわ」

 「はい。同じ茶葉とハーブが皇宮の厨房にありまして、ナタリーさんが準備して下さいました」

 「ありがとう、ナタリー」

 「お役に立てて光栄ですわ!あ、シェリルさん、そのお茶の淹れ方を私にも教えて下さいませ」

 「はい、もちろんですわ」

 和やかな雰囲気でお茶を飲むと、着替えを済ませる。何色のドレスが良いか聞かれて、アリスは薄紫色のドレスを手に取った。

 (夢に出て来たあの方は、一体誰なのだろう)

 今朝見た夢の事を思い出す。どうやら自分の事を知っているようだったが、アリスには心当たりはない。
 それに、別れ際に言ったあの言葉はどういう意味なのか。

 (また夢で会おうって事かしら?)

 ただの夢だと忘れれば良いのに、アリスは気になって仕方がなかった。

 「アリス様?」
 
 シェリルの声でハッと我に返ると、二人が気遣うようにこちらを見ている。

 「ごめんなさい。何でもないわ」

 そう言って誤魔化し、アリスは気持ちを切り替える。
 
 (しっかりしなさい!今は、これからどうなるのか、どうするのか考えなくちゃいけないのよ)


 朝食を終えて一息ついていると、昨晩言っていた通りにサブリナが部屋を訪れた。
 アリスが住まわせてもらっている部屋は、私室と応接室が続きになっており、サブリナとは応接室で対面した。

 「おはようございます。体調はいかがでしょうか?お食事も召し上がらずにお休みになったと伺いましたが・・・・・・」

 「ありがとう。ぐっすり眠って朝食も食べたから、体調は良いわ」

 そう答えると、サブリナは安堵の表情を浮かべた。

 「それは、ようございました。今日はいくつかお話ししておきたい事があり、参りました」

 「それは、私を皇女として迎えるにあたっての条件でしょうか?」

 さすがに昨日の対面だけでは国に皇女と認められはしないだろう。
 そう思って尋ねると、サブリナは頷いた。

 「その通りでございます。昨晩、無事に皇帝陛下と御対面なさいましたが、アリス様を皇女殿下としてお迎えするには、まだ手順があるのです」

 「手順?」

 「グランディエ帝国皇女として迎えられる事を皇族と貴族、そして精霊の方々に承認頂かなくてはなりません」

 「成程。承認を・・・・・・誰に頂くと言いましたか?」

 アリスは頷こうとしたが、もう一度聞き直した。
 納得しかけてしまったが、聞き捨てならない言葉を聞いた気がする。

 「皇族、貴族と、精霊の方々です」

 「精霊・・・・・・」

 今まで精霊と縁遠い生活を送ってきたアリスには、なかなか衝撃的な話だった。
 精霊に承認をもらうなんて発想は今まで持った事がない。さすが、精霊の加護を持つ国といったところか。
 もう一つ気になったのは、サブリナがと言った事だ。

 (精霊の承認も複数必要という事?まさか、この国全部の精霊に承認を貰えという事かしら)

 さすがに無理ではと、アリスは冷静になって考えた。


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