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『会いたい』(SIDE 雫)
しおりを挟む巧がまだ梓先生に会っていると知った時、ああやっぱりと妙に納得している自分に気がついた。
日々繰り返されるルーティンの中で、訳もなくふと悟る瞬間がある。
相手の気持ちがもう自分に向いていないのだと、どうしようもないその事実を目にしてしまう時がある。
何気ない会話を交わすくつろいだ時間や、ベッドでお互いの肌を合わせる時。
相手の表情や肌の些細な変化で、わかってしまう。
一緒に食事をしながら週末の予定について話している時、巧がチラリとスマホに視線をずらした。
そんな些細な瞬間に。
俺は巧の心の変化に気づきたくない一心で、無意識に知らないふりをしていたんだと思う。
幼馴染から恋人になって、5年。
俺たちは男同士だし、外からの刺激には弱い。
どんなにお互いだけを見つめようと努力しても、絆を深めていても、わずかな綻びから全てがダメになることもある。
20年以上一緒にいると、良くも悪くも色々な想いや感情が渦巻いて、簡単には割り切れない。
別れましょう、はい、そうですね。で済む関係ならここまで拗れてはいなかっただろう。
相手への感情は複雑を極めている。
それはもう、まるで呪いみたいに。
人間として彼が好きかと問われれば、即答できる。
大好きだと。
男性として、恋人として・・・彼が好きなのかと問われれば、その答えはもう一生出せそうになかった。
俺は今、自分を見失っている。
いや、本当はもうずっと前から・・・恐らく初めて巧と触れ合ったあの日に、自分を見失ったのだと思う。
泰莉君に会いたかった。
会いたくて、たまらなかった。
彼はいつでも冷静に、客観的に物事を捉える人だ。
一方的に俺の味方になって励まそうともしないし、こうするべきだと自分の考えを押し付けたりもしない。
感情的にならない彼が、少しもどかしく思える時もある。
弥弦さんの前で彼は、どんなふうに乱れるのだろう。
怒ったり喚いたり、泣いたり苦しんだり、もっと感情的な泰莉君を見てみたい。
もっと俺の中に踏み込んで欲しいと、出所のわからない欲に身を任せてみたくなる。
人にはそれぞれに合った、信頼し合える適度な距離感があると思う。
幼馴染として、巧と適度な距離を保っていれば、こんなふうに傷つくこともなかった。
恋愛関係としてより深く一歩踏み込んだ結果、相手が信じられなくなる。
自分を守りたい一心で、傷つきたくない一心で、相手を傷つける。
とても大切な人なのに。
ごちゃごちゃ考えてばかりで、自分の気持ちがわからない。
泰莉君に、会いたい。
それだけが唯一確かだと言える感情だった。
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