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最後の審判
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男は、自分の死を自覚してから、その場所にいた。どす黒い一室に、様々な絵がならんでいる。顎に手を近づける。あごひげにふれおもいだす。ああ、そうか、私は結構な有名人だった。そして何かの事業で大成した実業家だ。
男が見渡すと、そこは画廊のような形で、壁のみならず、飾りだなや衝立のようなものに絵画や芸術的品々がかざってある。
いつのまにか男の隣に悪魔のようなものがいた。悪魔は、男にいった。
「どうです、世にも醜いものでしょう、世とは、醜いものです」
「そうですかな?」
男は、同意しかねる部分もあった。なにせ若いころの男は、人の心の温かさに支えられていた気がしたから。
しかし絵をみると、たしかに不気味だった。人々が実業家の彼に指をさし、無防備なかれに拳銃やナイフや、剣などで襲い掛かろうとしている。彼の背後には彼の家があった。宝物があった。
「どうしてこんな……」
「それもそうです、あなたの本当の気持ちなど、人はわかろうともしないものですから」
「私がどれだけ人を信じたか知らないで」
「どうです?やはり人は醜いでしょう」
男は、過去の事を思い出せなかった。だが確かに、人々に多く妙なやっかみや、意地の悪いクレームをつけられてきたような気がする。
「あなたは、人が良すぎるのだ、それでついに彼らに殺されたようなものだ、あなたさえよければ、人間の醜さを認めさえすれば、私たちは悪魔の世界であなたをひいきしますよ、苦しみなど小さなものですみます」
「しかし……」
だが彼は絵に目をよくこらした。小さな子供が、自分に火を放とうとしているじゃないか。自分の積み上げた名誉ある業績に。
悪魔はいった。
「あなたは、人助けをしたのだ、慈善事業でね、だが時にひとはあなたを裏切り、時に、あなたを偽善者と罵った、あなたの本当の心などしりもしないのにね、けれど、今からでも遅くない、この子供への仕打ちを決められますよ、この子供はいま、現実において、あなたの財産に火をつけようとしている、優しくしたのに、この子供は、あなたの“やさしさ”を疑っているのだ、あなたはどうおもいますか?この子を許しますか?」
男は深く悩んだ。
「早くきめなさい、思い出してから決めては意味がないのです、あなたの主体的な決定にこそ意味がある、事実などはどうでもいいじゃありませんか、あなたはそうして事業を成功させてきた、結果こそがすべてなのですよ」
男は悩みになやんだ。そして、既に去ることのきまった世界に用はないとおもった。だが、人間の醜さを知ったまま、死んで、あるいはいずれ生まれ変わろうと思った。
「ならば、この子は、あなたの絵に火をつけるまえに、死ぬ事にきまりました」
現実ではなにがあったのか?、慈善事業で、男が貧しい土地に建てた小学校を男は訪れたときのことだった。ちょうどそのとき天災によって、小学校も崩れ、男も子供たちも下敷きになった。そしてある子供が、男の財産の一つに気づいた。
男が寄贈した絵だ。そう、男は事業家であり、かつ画家でもあった。彼の絵は、無償でかざられたがいくつもある絵の中で、男はその絵を他人に寄贈してはいけない事をわすれていた。男が寄贈した自身の自画像の裏には、あの地獄の回廊でみた絵画と同じ絵があった。ただひとつ、そこに少年の姿はなかった。
そう、この絵をみつけた少年こそが、あの画廊にいた少年。彼の名誉に、財産に泥を塗ろうとする者の正体だった。火の手がまわり、最上階にいた彼は逃げ場をうしなった。そこで彼の絵の恥部をみつけたのだ。つまりその絵には、絵だけではなく、彼の憎悪にみちた人への恨み言や、愚痴などが書き連ねてあった。少年は、鉄の額縁に綺麗にかざってあり、ひょっとすると燃えきらないであろうその絵をみて、考えた。
(彼の名誉のために、絵をもやそう)
そうして周囲の炎にその絵を放り込もうとした瞬間だった。支柱のひとつがくずれ、天井がくずれてきて、少年に落下した。
男はその時、ふと周囲をふりかえる。だが少年は同じ場所にはいなかった。男は回廊の奥、地下への扉の奥に、悪魔によって案内されていた。
「さあ、この階段の奥へは、あなた一人でおゆきなさい」
男は、寂しさを感じながら階段をおりていった。結局大成しても、得られるものはなかったのだという悲哀があった。
悪魔は、扉を閉めると、身震いをすると、体の半分が白くなり、天使のようになった。
「堕天使の仕事もきついものだ、“本当の善意”をもったものかどうか、最後の審判をしなければいけないのだから」
そういって、堕天使はその場をあとにしたのだった。
男が見渡すと、そこは画廊のような形で、壁のみならず、飾りだなや衝立のようなものに絵画や芸術的品々がかざってある。
いつのまにか男の隣に悪魔のようなものがいた。悪魔は、男にいった。
「どうです、世にも醜いものでしょう、世とは、醜いものです」
「そうですかな?」
男は、同意しかねる部分もあった。なにせ若いころの男は、人の心の温かさに支えられていた気がしたから。
しかし絵をみると、たしかに不気味だった。人々が実業家の彼に指をさし、無防備なかれに拳銃やナイフや、剣などで襲い掛かろうとしている。彼の背後には彼の家があった。宝物があった。
「どうしてこんな……」
「それもそうです、あなたの本当の気持ちなど、人はわかろうともしないものですから」
「私がどれだけ人を信じたか知らないで」
「どうです?やはり人は醜いでしょう」
男は、過去の事を思い出せなかった。だが確かに、人々に多く妙なやっかみや、意地の悪いクレームをつけられてきたような気がする。
「あなたは、人が良すぎるのだ、それでついに彼らに殺されたようなものだ、あなたさえよければ、人間の醜さを認めさえすれば、私たちは悪魔の世界であなたをひいきしますよ、苦しみなど小さなものですみます」
「しかし……」
だが彼は絵に目をよくこらした。小さな子供が、自分に火を放とうとしているじゃないか。自分の積み上げた名誉ある業績に。
悪魔はいった。
「あなたは、人助けをしたのだ、慈善事業でね、だが時にひとはあなたを裏切り、時に、あなたを偽善者と罵った、あなたの本当の心などしりもしないのにね、けれど、今からでも遅くない、この子供への仕打ちを決められますよ、この子供はいま、現実において、あなたの財産に火をつけようとしている、優しくしたのに、この子供は、あなたの“やさしさ”を疑っているのだ、あなたはどうおもいますか?この子を許しますか?」
男は深く悩んだ。
「早くきめなさい、思い出してから決めては意味がないのです、あなたの主体的な決定にこそ意味がある、事実などはどうでもいいじゃありませんか、あなたはそうして事業を成功させてきた、結果こそがすべてなのですよ」
男は悩みになやんだ。そして、既に去ることのきまった世界に用はないとおもった。だが、人間の醜さを知ったまま、死んで、あるいはいずれ生まれ変わろうと思った。
「ならば、この子は、あなたの絵に火をつけるまえに、死ぬ事にきまりました」
現実ではなにがあったのか?、慈善事業で、男が貧しい土地に建てた小学校を男は訪れたときのことだった。ちょうどそのとき天災によって、小学校も崩れ、男も子供たちも下敷きになった。そしてある子供が、男の財産の一つに気づいた。
男が寄贈した絵だ。そう、男は事業家であり、かつ画家でもあった。彼の絵は、無償でかざられたがいくつもある絵の中で、男はその絵を他人に寄贈してはいけない事をわすれていた。男が寄贈した自身の自画像の裏には、あの地獄の回廊でみた絵画と同じ絵があった。ただひとつ、そこに少年の姿はなかった。
そう、この絵をみつけた少年こそが、あの画廊にいた少年。彼の名誉に、財産に泥を塗ろうとする者の正体だった。火の手がまわり、最上階にいた彼は逃げ場をうしなった。そこで彼の絵の恥部をみつけたのだ。つまりその絵には、絵だけではなく、彼の憎悪にみちた人への恨み言や、愚痴などが書き連ねてあった。少年は、鉄の額縁に綺麗にかざってあり、ひょっとすると燃えきらないであろうその絵をみて、考えた。
(彼の名誉のために、絵をもやそう)
そうして周囲の炎にその絵を放り込もうとした瞬間だった。支柱のひとつがくずれ、天井がくずれてきて、少年に落下した。
男はその時、ふと周囲をふりかえる。だが少年は同じ場所にはいなかった。男は回廊の奥、地下への扉の奥に、悪魔によって案内されていた。
「さあ、この階段の奥へは、あなた一人でおゆきなさい」
男は、寂しさを感じながら階段をおりていった。結局大成しても、得られるものはなかったのだという悲哀があった。
悪魔は、扉を閉めると、身震いをすると、体の半分が白くなり、天使のようになった。
「堕天使の仕事もきついものだ、“本当の善意”をもったものかどうか、最後の審判をしなければいけないのだから」
そういって、堕天使はその場をあとにしたのだった。
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