ホラー短編集

ショー・ケン

文字の大きさ
上 下
6 / 41

最後の審判

しおりを挟む
男は、自分の死を自覚してから、その場所にいた。どす黒い一室に、様々な絵がならんでいる。顎に手を近づける。あごひげにふれおもいだす。ああ、そうか、私は結構な有名人だった。そして何かの事業で大成した実業家だ。

 男が見渡すと、そこは画廊のような形で、壁のみならず、飾りだなや衝立のようなものに絵画や芸術的品々がかざってある。

 いつのまにか男の隣に悪魔のようなものがいた。悪魔は、男にいった。
「どうです、世にも醜いものでしょう、世とは、醜いものです」
「そうですかな?」
 男は、同意しかねる部分もあった。なにせ若いころの男は、人の心の温かさに支えられていた気がしたから。

 しかし絵をみると、たしかに不気味だった。人々が実業家の彼に指をさし、無防備なかれに拳銃やナイフや、剣などで襲い掛かろうとしている。彼の背後には彼の家があった。宝物があった。
「どうしてこんな……」
「それもそうです、あなたの本当の気持ちなど、人はわかろうともしないものですから」
「私がどれだけ人を信じたか知らないで」
「どうです?やはり人は醜いでしょう」
 男は、過去の事を思い出せなかった。だが確かに、人々に多く妙なやっかみや、意地の悪いクレームをつけられてきたような気がする。

「あなたは、人が良すぎるのだ、それでついに彼らに殺されたようなものだ、あなたさえよければ、人間の醜さを認めさえすれば、私たちは悪魔の世界であなたをひいきしますよ、苦しみなど小さなものですみます」

「しかし……」

  だが彼は絵に目をよくこらした。小さな子供が、自分に火を放とうとしているじゃないか。自分の積み上げた名誉ある業績に。

 悪魔はいった。
「あなたは、人助けをしたのだ、慈善事業でね、だが時にひとはあなたを裏切り、時に、あなたを偽善者と罵った、あなたの本当の心などしりもしないのにね、けれど、今からでも遅くない、この子供への仕打ちを決められますよ、この子供はいま、現実において、あなたの財産に火をつけようとしている、優しくしたのに、この子供は、あなたの“やさしさ”を疑っているのだ、あなたはどうおもいますか?この子を許しますか?」
 男は深く悩んだ。
「早くきめなさい、思い出してから決めては意味がないのです、あなたの主体的な決定にこそ意味がある、事実などはどうでもいいじゃありませんか、あなたはそうして事業を成功させてきた、結果こそがすべてなのですよ」
 男は悩みになやんだ。そして、既に去ることのきまった世界に用はないとおもった。だが、人間の醜さを知ったまま、死んで、あるいはいずれ生まれ変わろうと思った。

「ならば、この子は、あなたの絵に火をつけるまえに、死ぬ事にきまりました」 

 現実ではなにがあったのか?、慈善事業で、男が貧しい土地に建てた小学校を男は訪れたときのことだった。ちょうどそのとき天災によって、小学校も崩れ、男も子供たちも下敷きになった。そしてある子供が、男の財産の一つに気づいた。

 男が寄贈した絵だ。そう、男は事業家であり、かつ画家でもあった。彼の絵は、無償でかざられたがいくつもある絵の中で、男はその絵を他人に寄贈してはいけない事をわすれていた。男が寄贈した自身の自画像の裏には、あの地獄の回廊でみた絵画と同じ絵があった。ただひとつ、そこに少年の姿はなかった。

 そう、この絵をみつけた少年こそが、あの画廊にいた少年。彼の名誉に、財産に泥を塗ろうとする者の正体だった。火の手がまわり、最上階にいた彼は逃げ場をうしなった。そこで彼の絵の恥部をみつけたのだ。つまりその絵には、絵だけではなく、彼の憎悪にみちた人への恨み言や、愚痴などが書き連ねてあった。少年は、鉄の額縁に綺麗にかざってあり、ひょっとすると燃えきらないであろうその絵をみて、考えた。
(彼の名誉のために、絵をもやそう)
 そうして周囲の炎にその絵を放り込もうとした瞬間だった。支柱のひとつがくずれ、天井がくずれてきて、少年に落下した。

 男はその時、ふと周囲をふりかえる。だが少年は同じ場所にはいなかった。男は回廊の奥、地下への扉の奥に、悪魔によって案内されていた。
「さあ、この階段の奥へは、あなた一人でおゆきなさい」
 男は、寂しさを感じながら階段をおりていった。結局大成しても、得られるものはなかったのだという悲哀があった。

 悪魔は、扉を閉めると、身震いをすると、体の半分が白くなり、天使のようになった。
「堕天使の仕事もきついものだ、“本当の善意”をもったものかどうか、最後の審判をしなければいけないのだから」
 そういって、堕天使はその場をあとにしたのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

怖い話短編集

お粥定食
ホラー
怖い話をまとめたお話集です。

サクッと読める♪短めの意味がわかると怖い話

レオン
ホラー
サクッとお手軽に読めちゃう意味がわかると怖い話集です! 前作オリジナル!(な、はず!) 思い付いたらどんどん更新します!

餅太郎の恐怖箱

坂本餅太郎
ホラー
坂本餅太郎が贈る、掌編ホラーの珠玉の詰め合わせ――。 不意に開かれた扉の向こうには、日常が反転する恐怖の世界が待っています。 見知らぬ町に迷い込んだ男が遭遇する不可解な住人たち。 古びた鏡に映る自分ではない“何か”。 誰もいないはずの家から聞こえる足音の正体……。 「餅太郎の恐怖箱」には、短いながらも心に深く爪痕を残す物語が詰め込まれています。 あなたの隣にも潜むかもしれない“日常の中の異界”を、ぜひその目で確かめてください。 一度開いたら、二度と元には戻れない――これは、あなたに向けた恐怖の招待状です。 --- 読み切りホラー掌編集です。 毎晩21:00更新!(予定)

【短編】怖い話のけいじばん【体験談】

松本うみ(意味怖ちゃん)
ホラー
1分で読める、様々な怖い体験談が書き込まれていく掲示板です。全て1話で完結するように書き込むので、どこから読み始めても大丈夫。 スキマ時間にも読める、シンプルなプチホラーとしてどうぞ。

ちょこっと怖い話・短編集(毎話1000文字前後)──オリジナル

山本みんみ
ホラー
少しゾワっとする話、1話1000文字前後の短編集です。

【怖い話】とある掲示板の書き込みpart1【集めてみない?】

市井安希
ホラー
2ちゃんねる風の怪談を投稿していきます。

合宿先での恐怖体験

紫苑
ホラー
本当にあった怖い話です…

(ほぼ)5分で読める怖い話

涼宮さん
ホラー
ほぼ5分で読める怖い話。 フィクションから実話まで。

処理中です...