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第6章
第四十一話 ババァと正体不明
しおりを挟む金属製の鎧で身を固めているというのに、森の茂みを進むアイゼンからほとんど音がしない。おそらく、鎧の形状が肉体の可動を阻害しない構造をしているのだろう。量産品の類ではなく、アイゼンのために用意された特注の鎧だ。それを差し引きしても、見事な身のこなしであるには違いがなかった。
またそれに続く近衛騎士隊の面々も、隊長のアイゼンよりは軽装であるものの、やはり物音をほとんど立てずに森の中を行軍している。これだけで、彼らが単なるお飾りの集まりではなく、非常に練度の高い精鋭部隊であることが伺える。
(作戦もあるし、味方としちゃぁ戦力があることに越したことはないんだがねぇ)
ラウラリスは近衛騎士隊やその隊長を横目で観察しながら、周囲にバレない程度に僅かばかりに表情を苦ませていた。
作戦が開始される少し前──アイゼンとの顔合わせの時まで遡る。
会議室で顔合わせをし、名乗りを終えたアイゼンがラウラリスに向けて言った。
「このような面構えで申し訳なイ。あいにくト、人様にお見せできるような顔ではないのでナ。こればかりはご了承願いたイ」
かつては生死を彷徨うほどの大怪我を負い、奇跡的にも生き延びることができたが代償に顔が著しく損傷し喉も完璧には治らなかったと、アイゼンは語った。彼の声が妙に聞こえるのは兜越しだからというだけではなく、特殊な呪具が装着されているかららしい。
(前にツヴィアのやつが使ってた変声の呪具と似たようなもんか)
アイゼンのものは、喉の損傷で機能が大きく損なわれた声帯の補助を行うもの。なんでも王妃が開発に携わった希少なものであるらしく、国内にいくつもないのだとか。
「以前に面だけは合わせてたか。必要ないかもしれないがこちらも名乗らせてもらう」
「それには及ばなイ、ラウラリス殿。剣姫の噂は我が近衛騎士隊にも伝わっていル。貴殿のような強者と肩を並べて戦える事ヲ、実に誇らしく思ウ」
「隊長さんにそう言ってもらえるとは実に嬉しいよ。期待を損なわないようにしないとあかんね、これは」
ラウラリスが手を差し出すと、鎧に包まれたアイゼンが握手で返す。あの王妃様の直参ではあるが、アイゼン当人は慇懃ながら気さくな人柄のようだ。ラウラリスは笑みを浮かべた。
──しかし、笑みの裏でラウラリスは強烈な違和感を覚えていた。
ラウラリスは普段、所作や筋肉の動き。表情などから対象の人となりを推し測っている。皇帝時代からの慣れであり癖でもあるのだが、相手が全身鎧であるとそうした情報の大半が失われてしまう。全身鎧から読み取れるのは、動作と声色だけとくる。しかもその片割れである音声は、帰来のものではなく呪具によって補助された半ば人工的なものだ。
握手から何か読み取れればと思ったが、全身の鎧のせいかこちらも芳しくない。まるで巌のように硬くとも、沼のように形がないとも取れる。
戦場であれば、たとえ相手が鎧で身を固めていようとも剣を交えれば分かることもある。ただ、一応は肩を並べる相手に対して作戦前に手合わせを願うのもどうかと。
まとめて大雑把に言えば、覚える違和感が本当に違和感であるのかすら判別しにくい対象なのである。こうも分かりにくい判別が難しい相手というのは、前世を含めても数えるほどしかいなかった。あの王妃が直々に選出した部隊の隊長というだけはあるということかも知れない。
「ところで、仕事の話をする前に聞いておきたいんだが。……私が王子様に稽古をつけた後って、王妃様とかどうなったんだい?」
「うム。あれ以降、王子殿下が張り切りだしたようダ」
時間を見ては自室で素振りをしているところを、世話係たちに見られているようダ。おかげで王妃様は気が休まらないとかなんとか。
「先日に私も稽古を付けさせてもらったガ、以前とはまるで別人のようになっておられタ。もし今の王子が在野の民であれバ、王妃様に願い近衛騎士の従兵として迎え入れたい程ダ」
「あれま、やる気に火がついちまったか、あの王子様」
大変に結構なことではあるが、あくまで自主練の域を超えないはずだ。折を見て、変な癖がついていないかチェックしておく必要があるかも知れない。
(──っと、これじゃぁ本当に孫馬鹿の老婆じゃないか)
どことなくこそばゆい感覚に、ラウラリスは頬を小さく掻いた
「王妃様には大変申し訳ないが、殿下の教育の一端に携わる者らとしてハ、非常に嬉しい限りダ。ああも自主的ニ、そして熱意を持って動かれている王子殿下を、王妃様も強くは止められないだろウ」
これを機に、王子の鍛錬を行う時間を少しずつ割ければと、アイゼンは言う。
息子を想う王妃の気持ちも理解できなくはないが、やはり肉体的にも健全であることは王族にとって非常に重要なことだ。ラウラリスはその切っ掛け作りを担ったというわけである。
「──ト、この話は王妃様には内密に頼みたイ。我らはあくまでも王妃様のご命令ガ至上。あのお方の意向には逆らえなんダ」
「まぁそもそも、あの王妃様と今後絡むことがあるかどうかってところだ」
「安心めされヨ。王妃様は私情で対応を変えられるような御仁ではなイ」
「だったらいいんだがね」
ケインからおおよその事情は聞かされていた。この正体不明ながらも気さくな近衛隊長は、いわばラウラリスへのお目付け役。行動の逐一は後ほど王妃に伝わることになるだろう。
(敵ってわぇけじゃぁないが、第一印象がよろしくなかった。後々に面倒の元にならなきゃいいんだが)
シドウの話が正しければ、彼女は獣殺しの刃にもあまり良い印象を持っていない。自分の何かしらの行動に理由をつけて、獣殺しを糾弾する理由作りを──とまで考えてしまうのは果たして杞憂だろうか。
(ま、この手の付き合いってのは初めてじゃぁないしな)
相手のことを信用はすれど、信頼はない。
肩を並べ命を助け合いながら、心は許さず。
同盟とは結局のところ、違う考えや仕組みを持つ者たちが、一つの目標のために手を組む契約に他ならない。馴れ合いではなく、妥協によって締結されるものなのだ。
皇帝ラウラリスにとっては慣れ親しんだものだ。
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