転生ババァは見過ごせない! 元悪徳女帝の二周目ライフ

ナカノムラアヤスケ

文字の大きさ
126 / 185
第6章

第四十一話 ババァと正体不明

しおりを挟む

 金属製の鎧で身を固めているというのに、森の茂みを進むアイゼンからほとんど音がしない。おそらく、鎧の形状が肉体の可動を阻害しない構造をしているのだろう。量産品の類ではなく、アイゼンのために用意された特注の鎧だ。それを差し引きしても、見事な身のこなしであるには違いがなかった。

 またそれに続く近衛騎士隊の面々も、隊長のアイゼンよりは軽装であるものの、やはり物音をほとんど立てずに森の中を行軍している。これだけで、彼らが単なるお飾りの集まりではなく、非常に練度の高い精鋭部隊プロフェッショナルであることが伺える。 

(作戦もあるし、味方としちゃぁ戦力があることに越したことはないんだがねぇ)

 ラウラリスは近衛騎士隊やその隊長を横目で観察しながら、周囲にバレない程度に僅かばかりに表情を苦ませていた。



 作戦が開始される少し前──アイゼンとの顔合わせの時まで遡る。

 会議室で顔合わせをし、名乗りを終えたアイゼンがラウラリスに向けて言った。

「このような面構えで申し訳なイ。あいにくト、人様にお見せできるような顔ではないのでナ。こればかりはご了承願いたイ」

 かつては生死を彷徨うほどの大怪我を負い、奇跡的にも生き延びることができたが代償に顔が著しく損傷し喉も完璧には治らなかったと、アイゼンは語った。彼の声が妙に聞こえるのは兜越しだからというだけではなく、特殊な呪具が装着されているかららしい。

(前にツヴィアのやつが使ってた変声の呪具と似たようなもんか)

 アイゼンのものは、喉の損傷で機能が大きく損なわれた声帯の補助を行うもの。なんでも王妃が開発に携わった希少なものであるらしく、国内にいくつもないのだとか。

「以前に面だけは合わせてたか。必要ないかもしれないがこちらも名乗らせてもらう」
「それには及ばなイ、ラウラリス殿。剣姫けんきの噂は我が近衛騎士隊にも伝わっていル。貴殿のような強者つわものと肩を並べて戦える事ヲ、実に誇らしく思ウ」
「隊長さんにそう言ってもらえるとは実に嬉しいよ。期待を損なわないようにしないとあかんね、これは」

 ラウラリスが手を差し出すと、鎧に包まれたアイゼンが握手で返す。あの王妃様の直参ではあるが、アイゼン当人は慇懃ながら気さくな人柄のようだ。ラウラリスは笑みを浮かべた。

 ──しかし、笑みの裏でラウラリスは強烈な違和感を覚えていた。

 ラウラリスは普段、所作や筋肉の動き。表情などから対象の人となりを推し測っている。皇帝時代からの慣れであり癖でもあるのだが、相手が全身鎧であるとそうした情報の大半が失われてしまう。全身鎧から読み取れるのは、動作と声色だけとくる。しかもその片割れである音声は、帰来のものではなく呪具によって補助された半ば人工的なものだ。

 握手から何か読み取れればと思ったが、全身の鎧のせいかこちらも芳しくない。まるで巌のように硬くとも、沼のように形がないとも取れる。

 戦場であれば、たとえ相手が鎧で身を固めていようとも剣を交えれば分かることもある。ただ、一応は肩を並べる相手に対して作戦前に手合わせを願うのもどうかと。

 まとめて大雑把に言えば、覚える違和感が本当に違和感であるのかすら判別しにくい対象なのである。こうも分かりにくい判別が難しい相手というのは、前世を含めても数えるほどしかいなかった。あの王妃が直々に選出した部隊の隊長というだけはあるということかも知れない。

「ところで、仕事の話をする前に聞いておきたいんだが。……私が王子様に稽古をつけた後って、王妃様とかどうなったんだい?」
「うム。あれ以降、王子殿下が張り切りだしたようダ」

 時間を見ては自室で素振りをしているところを、世話係メイドたちに見られているようダ。おかげで王妃様は気が休まらないとかなんとか。

「先日に私も稽古を付けさせてもらったガ、以前とはまるで別人のようになっておられタ。もし今の王子が在野の民であれバ、王妃様に願い近衛騎士の従兵として迎え入れたい程ダ」
「あれま、やる気に火がついちまったか、あの王子様」

 大変に結構なことではあるが、あくまで自主練の域を超えないはずだ。折を見て、変な癖がついていないかチェックしておく必要があるかも知れない。

(──っと、これじゃぁ本当に孫馬鹿の老婆ババァじゃないか)

 どことなくこそばゆい感覚に、ラウラリスは頬を小さく掻いた

「王妃様には大変申し訳ないが、殿下の教育の一端に携わる者らとしてハ、非常に嬉しい限りダ。ああも自主的ニ、そして熱意を持って動かれている王子殿下を、王妃様も強くは止められないだろウ」

 これを機に、王子の鍛錬を行う時間を少しずつ割ければと、アイゼンは言う。

 息子を想う王妃の気持ちも理解できなくはないが、やはり肉体的にも健全であることは王族にとって非常に重要なことだ。ラウラリスはその切っ掛け作りを担ったというわけである。

「──ト、この話は王妃様には内密に頼みたイ。我らはあくまでも王妃様のご命令ガ至上。あのお方の意向には逆らえなんダ」
「まぁそもそも、あの王妃様と今後絡むことがあるかどうかってところだ」
「安心めされヨ。王妃様は私情で対応を変えられるような御仁ではなイ」
「だったらいいんだがね」

 ケインからおおよその事情は聞かされていた。この正体不明ながらも気さくな近衛隊長は、いわばラウラリスへのお目付け役。行動の逐一は後ほど王妃に伝わることになるだろう。

(敵ってわぇけじゃぁないが、第一印象がよろしくなかった。後々に面倒の元にならなきゃいいんだが)

 シドウの話が正しければ、彼女は獣殺しの刃にもあまり良い印象を持っていない。自分ラウラリスの何かしらの行動に理由をつけて、獣殺しを糾弾する理由作りを──とまで考えてしまうのは果たして杞憂だろうか。

(ま、この手の付き合いってのは初めてじゃぁないしな)

 相手のことを信用はすれど、信頼はない。

 肩を並べ命を助け合いながら、心は許さず。

 同盟とは結局のところ、違う考えや仕組みを持つ者たちが、一つの目標のために手を組む契約に他ならない。馴れ合いではなく、妥協によって締結されるものなのだ。 

 皇帝ラウラリスにとっては慣れ親しんだものだ。
しおりを挟む
感想 662

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。

カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。 だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、 ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。 国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。 そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。

お前は家から追放する?構いませんが、この家の全権力を持っているのは私ですよ?

水垣するめ
恋愛
「アリス、お前をこのアトキンソン伯爵家から追放する」 「はぁ?」 静かな食堂の間。 主人公アリス・アトキンソンの父アランはアリスに向かって突然追放すると告げた。 同じく席に座っている母や兄、そして妹も父に同意したように頷いている。 いきなり食堂に集められたかと思えば、思いも寄らない追放宣言にアリスは戸惑いよりも心底呆れた。 「はぁ、何を言っているんですか、この領地を経営しているのは私ですよ?」 「ああ、その経営も最近軌道に乗ってきたのでな、お前はもう用済みになったから追放する」 父のあまりに無茶苦茶な言い分にアリスは辟易する。 「いいでしょう。そんなに出ていって欲しいなら出ていってあげます」 アリスは家から一度出る決心をする。 それを聞いて両親や兄弟は大喜びした。 アリスはそれを哀れみの目で見ながら家を出る。 彼らがこれから地獄を見ることを知っていたからだ。 「大方、私が今まで稼いだお金や開発した資源を全て自分のものにしたかったんでしょうね。……でもそんなことがまかり通るわけないじゃないですか」 アリスはため息をつく。 「──だって、この家の全権力を持っているのは私なのに」 後悔したところでもう遅い。

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

魔王を倒した手柄を横取りされたけど、俺を処刑するのは無理じゃないかな

七辻ゆゆ
ファンタジー
「では罪人よ。おまえはあくまで自分が勇者であり、魔王を倒したと言うのだな?」 「そうそう」  茶番にも飽きてきた。処刑できるというのなら、ぜひやってみてほしい。  無理だと思うけど。

もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

婚約破棄された令嬢が記憶を消され、それを望んだ王子は後悔することになりました

kieiku
恋愛
「では、記憶消去の魔法を執行します」 王子に婚約破棄された公爵令嬢は、王子妃教育の知識を消し去るため、10歳以降の記憶を奪われることになった。そして記憶を失い、退行した令嬢の言葉が王子を後悔に突き落とす。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。