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第6章
第四十二話 ステゴロババァ
しおりを挟む亡国が拠点としている盗賊の隠れ家だが、さらに歴史を辿れば帝国時代にまで行き着く。兵士の駐屯地として築かれた砦であったのだ。
当時の記録を見る限りではこの辺りに軍事的価値はさほどない。駐屯地の存在は、終わらぬ戦火によって膨れ上がった軍隊の捌け口として建築されたものと推測されている。
当時は──特に帝国では、軍隊は非常に人気の職業であった。命の危険は当然あるものの、正式に入隊さえすれば質はともかく安定した食料の供給があり、戦場で功をなせば取り立ててもらえる夢もあった。もっとも、この夢を掴めた者はごく僅かであったのだが、その事を承知の上で軍への志願者は後を絶たなかった。それほどまでに帝国の内情が閉鎖的であり末期になっていたことが伺える。
旧帝国領であるエフィリス王国にはこうした『無意味な軍事施設』が点在しており、その全てが把握されているわけでもない。盗賊のような無法者が利用したことでようやく所在が発覚することも多々ある。
「さっさと取り壊しとけば、良からずに利用される事もなかったろうに」
「人員も予算にも限度があるからナ。こうしたモノはどうしても後回しにされがちダ」
「平和が長く続いたご時世だからなおさらか」
拠点が見える位置まで辿り着くと、物陰から隠れて見据えるラウラリスとアイゼン。大人数だと目立つため騎士隊の面子はここから更に離れた位置に待機をさせている。
元々は砦であり原型は三百年前に建てられた代物。苔や緑が生い茂る壁面には年代を感じ、何かの遺跡だと聞かされても頷ける外観だ。経年で崩壊した部分には真新しい素材で補強しているようで、歪な様相を現している。
「これもまた帝国の負の遺産ってことかい。嫌になっちまうよ、本当に」
「かの大国が残した爪痕ハ、三百年を経てもなお癒えきれずカ」
当初は一チームで制圧可能と推測されていたが、旧帝国時代の砦でもあったと発覚した時点でさらに資料を調べたところ、建物の規模が想定よりも大きいことが判明した。近衛騎士隊からの人員だけでは作戦の遂行に問題があるとされ、二つ目の部隊が導入されることとなった。
それが、ケイン率いる獣殺しの刃と、ヘクト率いるレヴン商会雇いの傭兵団だ。
ヘクトは本調子ではないものの、万全で金級ハンターの最上位帯。今の状態でも金級の中から下ほどの実力はあり戦力としては申し分ない。
獣殺しの刃と商会は裏では互助関係にあるものの、その事を知るのは王都の内部でも極わずかだ。この辺りには口を挟まないあたり、おそらく王妃はこの繋がりを知らないか表立っては預かり知らぬを装っているかのどちらかであろう。
表門からはラウラリスたちが請け負い、事前の情報で調べた他の出入り口からはケインたちが侵入。二箇所から攻め立て、内部で合流後は一気に全域を制圧する手順だ。
「あちらの配置はどうなっていル?」
「今反応が確認できた。いつでも良さそうだよ」
ラウラリスの手元には獣殺しの刃から渡された呪具が握られている。獣殺しの刃の人間が使うもので、短距離かつ単純な信号に限られるが離れた距離でも合図が送れると言うものだ。
二つで一対のモノであり、片方を操作するともう片方が発光するという非常に単純な効果しかないが、姿も見えず声も届かない距離であれば非常に有用だ。示し合わせが事前に済んでいれば、こうした作戦の号令がわりになる。
チカチカと明かりが灯るのは、ケインたちの準備が完了したということだ。
入口にはやはり見張り役が二人立っている。ご丁寧にラウラリスらが様子を窺っている地点から入口までの間は木々が伐採され遮蔽物はほとんどない。建材を確保するのと同時に、門からの死角をなくすためだろう。
常套手段であれば、気づかれない位置まで迫ってから弓矢による狙撃で見張りを排除するところではあるが。
「では始めよウ」
「じゃ、ちょっと行ってくるよ」
ラウラリスは呪具を操作して信号を送り返し、長剣を鞘ごと外し地面に横たえると物陰から一気に駆け出した。
足音を立てず、けれども解き放たれた矢の如き疾駆。
襲撃者の姿を見張りが捉えた時には既に、彼女の握り拳が鼻先に触れる直前であった。鼻骨がめりこむほどの衝撃に意識が刈り取られる。
「ッ、貴──」
隣にいたはずの仲間が一瞬で倒された、残された見張りが慌てて剣を構えようとするが、鞘に手をかけたところでラウラリスの回し蹴りがこめかみを穿っていた。身構えもできずほぼ無防備な状況でくらえば、正気を保つのは不可能に近い。
「見てくれは整えてるが、やっぱり素人だね。見張りに立つなら槍にしとくかそうじゃなくても剣は鞘から抜いておかないと」
瞬く間に見張りを無力化したラウラリスは、聞こえていないと承知の上で説教じみた小言を投げかけた。
入口の奥から人の気配が迫ってこないかを確認する。物音が聞こえないことから、ここでの騒ぎは中にまで届いていないようだ。
自身が駆けてきた方向に手を振ると、隠れていたアイゼンとその部下たちが姿を現した。
「剣姫と呼ばれていながラ、徒手でも一流とは恐れ入ル」
「自分で名乗ったわけじゃなしねぇ。それに、相手はズブの素人だ。自慢にゃならん」
感心するアイゼンが持ってきた長剣をベルトで固定し直し、ラウラリスは肩を竦める。わざわざ得物を外していたのは、少しでも躰を軽くし駆ける速度を上げるためである。
彼女が日頃、長剣を扱っているのは効率と好みの合致であり、本来の彼女は武器を選ばない。全身連帯駆動を極めた彼女にとって、たとえ無手で握った拳であろうとも必殺の武器になり得るのだ。
実のところ、ラウラリスは徒手空拳での戦闘は好みではある。ただ、成長しきっていない今の躰では本気を出すと拳を痛めかねず、どうしても手加減せずにはいられないのが現状であった。
「予定通り、隊の半分は入口の確保。中からの逃亡者がいれば確実に無力化しろ。やむを得ない場合を除いて死傷者はなるべく出すな」
アイゼンの指示を受けた隊員たちがサッと敬礼する。
「残りの者は我らに続け。では行くぞ」
「さぁって、今回は何が出てくることやら」
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