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第6章

第十六話 助言役ババァ

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 亡国対策の会議へ出席することへの要請。資料室にやってきたきたケインが難しい顔をしていた理由である。誰が言い出したかなど、もはや考える余地すら無い。

 もちろん強制ではなかったし、ケインは「機関への貸し一つとしてもらって良い」とラウラリスにとっての利も提示した。獣殺しの刃にまた新たに融通を引き出せる材料が得られるとなれば悪くない。

 加えて、会議の場でシドウが口にした通り、同盟発起の切っ掛けを作り出したのはラウラリスの活躍によるもの。無関係を言い張れる立場でも無かった。

 亡国の壊滅はラウラリスにとっても望むところ。国が本腰を入れ各所と連携を取るのであれば、それら代表者の顔を拝むのもやぶさかでは無い。

 ただ予想外であったのが、まさか用意されている席が代表者扱いであることだ。てっきり、アマンと同じように補佐役として紛れるのかと思っていた。なのに、部屋に入る直前にシドウに告げられたのは、進行役である彼の隣。助言役アドバイザー席とは言うが、否が応でも目立つ位置だ。

 これが、会議が始まってからずっと、ラウラリスが不機嫌であった理由だ。

 会議室に入った時、ラウラリスの知った顔があることには驚きはなかった。献正教会ラクリマレヴン商会アクリオが揃って王都に現れた。お題目が対策会議これであるならむしろ納得できる者であった。他に一名、ラウラリスの顔を見て口元を引き攣らせていたが、今はいいだろう。

 この場に居合わせた理由を問いかけられシドウが答えた今、いつまでもテーブルに肘をついてむくれてもいられないのはラウラリスも理解していた。

 初めて遭遇してからしばらく経過したが、『亡国を憂える者』の規模が相当に大きいことは把握していた。

 どれほどの力を要していたところで、ラウラリスは一人の人間にすぎない。亡国の全てを根絶やしにしようとすれば、掛かる時間は相当なものだ。その間に無辜の民に被害が及ぶのを考えると、私事を一時抑えるのもやむなし。

 腹を括ったラウラリスは、息を吐くと肘をテーブルからどかして口を開いた。

「ご紹介に預かったラウラリスだ。無所属フリーの賞金稼ぎをしている。本当はこういった場に出るのは遠慮したいんだが、隣のシドウって男にハメられたのと、事が『亡国』に絡むってんで参席した」

 よそ行きのお嬢様然とした口調ではなく、普段のまま。けれども、声の奥には力を込めて。特別に大きいわけでもなく、むしろ静かな語り口。けれども不思議と会議室の全域に通る声であった。さりげなくシドウに向けて毒を吐くが、さほど効いた様子はなかった。

 ラウラリスの顔を知らなくとも『剣姫』の噂はもはや国中に広がっている。

 どこからともなく現れ、寄る辺を持たぬ身でありながら実力は既に金級ゴールドハンターにも匹敵するとされている凄腕の少女剣士。この場に居合わせる代表者たちも当然、剣姫についての噂は耳にしている。

『もしかしたら』と、会議室に現れ一目見た時点で察していた者もいるかもしれない。けれども、実力者と呼ぶには少女はあまりにも可憐すぎであった。

 しかし、国内で屈指の規模を誇る三つの組織が認め、進行役であるシドウが紹介した。何よりも決定的なのは、
彼女ラウラリスの発した声。ただの少女が発するには、静かな威厳が含まれすぎている。もはやシドウの隣に座る人物が剣姫けんきラウラリスであると疑う余地はなかった。


 そこからしばらくは、質疑応答のような会話が続く。代表者が問いかけ、シドウが答えていくといった形だ。国内屈指の有力者たちが連携をとり一つの目的を達するに、意見のすれ違いや誤認あってはならない。

 その間、ラウラリスは席に深く座り腕組みをしながら代表者たちの様子を観察していた。

「剣姫殿。一つ、質問をしてもよろしいだろうか」

 ある拍子に手を挙げ、発言したのは商会の元締めだった。レヴン商会に次ぐ程の規模を誇り、一部の分野においては上回っているとされている。

「なんだい。あいにくと同盟の内容とやらについては答えられないよ」
「承知しています。別件でお聞きしたい事が」

 皆の注目が集まったのを待ってから、言葉を再開する。

「この場にいる多くの者は、亡国より損害を被り、また犠牲者を擁する者もいる。だが実際に目の当たりにした者はほとんどないだろう」

 元締めの言葉に、代表者の幾人かが頷いた。彼らだけではなく、代表者の大半が該当するであろう。

「実際に亡国と刃を交えてきたあなたの観点から、亡国を打倒するための『勘所』をお聞かせ願いたい」

 勘所ときたか──ラウラリスは顎に手を当てた。

 部下から報告される被害の数値は把握していても、現実として亡国の危うさを肌で感じたことは無いのだろう。一方で、それを明確に自覚した上での発言だ。

 指示を出す場と実際に事が起きる現場との認識の差異は、時に致命的なミスを起こす。代表者としてこの場に参席しているだけあって、やはり押さえる点を分かっていた。

 横目でシドウを見るが、彼からはこれといった反応は無い。好きに答えろという事だろう。あるいは彼もラウラリスがどう返すかが気になっているのか。

「……これから話す内容は私が個人で思ってる事だ。惑わすつもりじゃぁ無いが、どう捉えるかはそちらに任せるよ」

 前置きを述べてから、ラウラリスは語り出す。

「私の知る限り、『亡国を憂える者』は今から数えて二十年も前に現れた犯罪組織だ。生産性も欠片もない馬鹿で傍迷惑な奴らだが、統率が取れてるのは間違いない」

 単なる無秩序な組織であるならば、獣殺しの刃や国の軍隊が叩き潰してそこで終わりだ。だが亡国は度々に損害を出しながらもこれまでながらえてきている。

「個人か複数人かは不明だが、仮に『盟主』としておこう。おそらくだがこの盟主は相当なやり手だ。これだけの長い期間、崩壊させずに維持できてるのがその証拠だ」
「つまり、剣姫殿が考える『勘所』とはその盟主であると」
「ああ。盟主こいつにきっちりとをつけなけりゃ、どれだけ削いでも必ず時間をかけて勢力を取り戻す。無理なら、復活の余地を与えず徹底的、完膚なきまで根こそぎ信者どもを叩き潰すのが最低条件・・・・だ」

 国を滅ぼす時に近いものがある。

 もし本気で国を滅亡させるなら、君臨する統治者とその一族を処刑するか、統治者の周囲を全て滅ぼすしかない。

 残った者たちを従える者が誰も居なくなれば、残された者たちは反旗の旗印を立てられず一時の抵抗はあれどやがては失速する。統治者が残っていても従う者がいなければ抗う力も失われ、まさに手足をもがれたる等しい。

 どちらも中途半端では、後に必ず禍根を残す事になる。

「言っておくぞ。こいつは今を生きる人間が久しく味わってなかった人間同士の『戦争』だ。『亡国を憂える者』って馬鹿な国を打ち滅ぼすためのな。そいつを頭の片隅にでも届いておきな」

 過激の一言では収まり切らぬラウラリスの発言であったが、この場にいる誰もが──進行役であるシドウでさえも口を挟まず、固唾を飲むほどに黙って聞き入るのであった。
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