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第7章 それぞれのクエスト 編

第 415 話 充填

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 巨木の うろの中で、篤樹はエルフ女性フィルフェリーの前に立っている。何故かエシャーはフィルフェリーと手を繋ぎ、身を寄せ嬉しそうな笑みを浮かべていた。少し離れた位置に立つ妖精王の子モンマは、3人のやり取りを興味深そうに眺めている。

「じゃあ…… 三月みつきも……もう……」

「ええ……私が送り出された時には……ほとんど生命の光は消えかかっていたわ……」

 フィルフェリーの言葉によってその場をしばらく包んだ沈黙を、エシャーの声が破った。

「でも……どうして光る子どもはエルにそこまで固執するんだろう?」

 フィルフェリーは表情をやわらげ、エシャーの髪を左手で優しくときながら応える。

「さあ?……本人も自覚は無いみたいだけど、私が感じたのは光る子どもにとってエルは『特別な存在』みたいね。カトウミサキから こぼれ落ちた、本来失われるはずの生命……それを守り育み、世に送り出した光る子どもにとって、もしかするとエルは『自分が創り出した初めての生命』……我が子と感じてるのかも……」

「あの……それで……」

 篤樹の声にフィルフェリーは視線を上げた。

「ホントに……エルグレドさんはもう、こっちに戻って来られ無いんですか?」

 フィルフェリーは寂しそうに微笑み、首を横に振る。

「彼自身の力では無理ね……こちらから行くことも出来ない。光る子どもが彼をこちらに再び送り出す意志も全く無さそうだし……完全に引き離されちゃったわね」

 少し明るめの声で冗談めかしたフィルフェリーは「でもね……」と言葉を繋ぐ。

「ミツキさまの御配慮と、光る子どもの力で……最後にもう1度、彼の温もりと優しさに抱きしめてもらえたから……私は幸せよ。もう2度と叶わない願いだと思ってたから……」

「ホントに?」

 エシャーはフィルフェリーの ふところから顔を上げ、視線を合わせる。探るように見つめるエシャーの視線を、フィルフェリーは優しく受け止め微笑んだ。

「……ホントよ。彼と出会えて本当に幸せだわ。この気持ちは、永遠に失われない。たとえ、生命の光が消えてしまったとしてもね」

 フィルフェリーは視線を篤樹に戻す。

「さ……それじゃあ、私も『約束』を守らないと! アツキくん、行きましょうか? タクヤの塔へ」

「あ……はい……」

 歯切れの悪い返答で、篤樹は視線をエシャーに向ける。篤樹もエシャーも光る子どもに頼み込み、2人一緒に運んでくれるよう交渉するつもりでいたのだが……フィルフェリーの「飛翔魔法」という物理的移動魔法となると、確かに「人数制限」が必要かも知れない。エシャーは不安そうな視線を篤樹に返す。

「あの……フィルフェリーさん?……その……やっぱり、僕だけしか無理ですか? エシャーも一緒にってワケには……」

 おずおず尋ねる篤樹に、フィルフェリーは苦笑いを浮かべうなずいた。

「2人かぁ……アツキくんだけと思ってたからなぁ……」

「お願い、フィリー! 何か方法が無いか、一緒に考えて!」

 口火を切った交渉に、エシャーも加わり懇願する。フィルフェリーは愛おしそうな眼差しをエシャーに向け、両手でその頭を包んだ。

「私1人の法力量じゃ、とても無理だと思うわ。でもエシャー……あなたがさっきからずっと『法力充填』してくれていたおかげで、いけそうな気もするわね」

 フィルフェリーは悪戯っぽい笑みを浮かべ、エシャーにウインクする。

「え! あ……うん……すごく……弱ってるように見えたから……」

 自分なりの気遣いがフィルフェリーにはお見通しだったことに、エシャーはバツが悪そうな苦笑いを返した。

 あ……エシャーがずっとフィルフェリーさんと密着してたのって……自分の法力を分けてあげてたからなのか……

 「初対面」のフィルフェリーに対するエシャーの密着理由を、篤樹は2人の会話から理解する。

「おかげで、私とエシャーの法力相性がすごく良いってことも分かったわ。私1人でアツキくんとエシャーの2人を運ぶのは無理だけど、これなら私とエシャーの2人でアツキくんを運ぶってイメージが出来る」

「ほんとッ!?」

 思いがけないフィルフェリーからの応答に、エシャーは歓喜の声を上げる。篤樹は喜びよりも驚きの表情をフィルフェリーに向けた。

「え? ホントに……良いんですか? 僕とエシャー、2人とも……一緒に?」

「大丈夫よ!……うん! ちゃんとイメージ出来るわ。さ、それじゃあ行きましょうか!」

 篤樹に抱きつき喜びを爆発させるエシャーを、フィルフェリーは嬉しそうに笑みを浮かべ見つめる。その視線が、横に立つモンマと合った。

「……もつのか? その身体で……」

 意見を発そうとしたモンマに向かい、フィルフェリーは人さし指を自分の唇に素早く当て、発言を制した。喜びの声を上げる篤樹とエシャーの耳にモンマの言葉が届いていないことを確認し、フィルフェリーはモンマに向け細く笑みうなずく。モンマは唇をキュッと結び、ジッとフィルフェリーを見つめる。

 私の身体に「完全な終わり」が来る前に……送り届けてみせるわ……。ケパ様……どうかお支え下さい……

 フィルフェリーは洞の裂け目から射し込む陽の光に顔を上げ、祈る想いで目を閉じた。勇猛に空を駆ける鳥人種グラディー戦士ケパの姿を脳裏に描いて……

 
◇  ◇  ◇  ◇  ◇


「かなわんなぁ……いつまで続くんやろ……」

 創世7神神殿前広場―――新たに立ち起こる土柱を見上げながら、高山遥は疲労の滲む顔で苦く笑う。佐川本体から洩れ出た思念により創り出される「泥中の邪神」は、この3時間ほどのあいだに6体も現れた。その度に創り出される敵意に満ちた創生体、そして「泥中の邪神」との戦いが息つく間もなく続く。
 現れる「泥中の邪神」は佐川自身による意識的思念体では無いため、その含有法力量や「強さ」にはバラつきがある。妖精王の子どもたち数名で対処可能な個体も居れば、タフカと遥が本気で立ち向かわなければ倒せない個体もいた。
 20数名いた「子どもたち」も、いまや満身創痍のタフカと遥のそばに立つ5名しか残っていない。

「ふぅ……」

 タフカは呼吸を整え、土殻から現れた3体の異形な創生体を眺める。

「ハル……あれは……何だ? オーガにも似ているが……また、こちらの生命体では見ないタイプだな」

「はっ! なんや……『鬼』かいな。しかも、えらい貧相な顔しとるのぉ……。あの運ちゃん、よっぽどボキャブラリーが乏しいんやろうなぁ……」

「ハル。言葉遣い……」

 身長5メートルほどの3体は、見た目だけで「赤鬼」「青鬼」「黒鬼」と判別出来る外見を有していた。「イボ」の付いた大きな金棒を持ち、ジロリと睨む。だが、遥たちは法力感知でその3体の鬼もまた「張りボテレベル」であることを見抜いていた。

「俺はサーガワーの分身体をやる。お前たちはあの3体をやれ」

 指示を残すと、タフカは創生体を生み出している「泥中の邪神」を探すために駆け出した。遥と子どもたちは自分の頬を叩き気合を入れ直す。

「さあ……ほな、みんなたち! 鬼退治と行こか!」

 妖精種の頂点であるタフカと、その妹ハルミラルの身体を持つ遥とは言え、度重なる戦いの中で法力枯渇状態に近づいている事を自覚していた。子どもたちも思うように身体が動かせず、法術の精度・強度も落ちている。それでも、数分とかけずに3人がかりで青鬼を倒した子どもたちは、遥と他の子どもたちへの加勢に向かおうとした。

「ギラン! 後ろ!」

 地に倒れた青鬼の様子を確認した遥は、加勢に向かって来ようとしている子どもたちに声をかける。3人の子どもたちの背後で、赤鬼が金棒を振り上げた姿が視界に入ったからだ。
 
「パルム!」

 呼びかけた子どもたちに向け、防御魔法での援護を放とうと構えた女児妖精を、遥は横から抱きかかえて転倒する。その頭上すれすれを、黒鬼の金棒が勢いよく斬り抜けた。

「アホ! ちゃんと周りを見て……」

「ギラン!」

 遥からの説教を受け終わる前に、パルムは兄弟の名を絶叫した。その声に反応し、遥は視線を3人の妖精たちに向け直す。しかし、その時すでにギランと2人の妖精は赤鬼が振るった金棒の直撃を受け、宙を舞いながら光粒子を放ち始めていた。

「……っそぉ!」

 金棒を振り抜いた赤鬼に向け、遥は攻撃魔法を放つ。30年以上慣れ親しんで来た妖精王の妹ハルミラルの身体は、遥の想像する攻撃イメージを法術として忠実に創造し、赤鬼の頭部を粉々に吹き飛ばした。

「ハルさん! 上ッ!」

 生き残っているもう1人の男児妖精が叫びながら駆け寄り、パルムと共に防御魔法を頭上に張る。直後、黒鬼の金棒が振り下ろされて来た。

「キャッ!」

「うわっ……」

 法力枯渇間近で発現させた防御魔法は、金棒の打撃を大部分吸収したものの弾くには及ばない。防御魔法を砕いた金棒は遥の足下を叩きつけ、その衝撃で3人は後方に吹き飛ばされてしまう。

「アカン……もう……限界やて……」

 赤鬼を吹き飛ばした攻撃魔法で残っていた法力のほとんどを消費した遥は、ヨロヨロ立ち上がりながら黒鬼を睨み上げる。

「ハルさん……」

 パルムと男児妖精も疲労と恐れに身を震わせつつ、左右から遥の身体にしがみついて来た。黒鬼は遥たちの状態を認識しているのか、金棒を肩に担ぎ「ニタァ」と笑みを浮かべ3人を見下ろしている。

 なんや……ムカつくなぁ……あの面……

「どうしよう……もう……足が……」

「ボクも……腕の力が……」

「パルム……メキラ……すまんなぁ……」

 遥はすがりつく2人に声をかけた。

「そないな状態んとこ悪いんやけど……あの面……ムカつくち思わん?」

 2人の子どもは遥の言葉に「え?」と首をかしげ、その視線を追い、黒鬼を見上げた。

「……ムカつきますね、あれは」

「すごい、馬鹿にしてますねぇ……」

「せやろ?」

 遥は足元に転がる拳大の石を、右足の裏でゴリゴリ転がしながら続ける。

「2人とも……倒れん程度で良いけん、『力』をウチに分けてくれん?」

 パルムとメキラは口端を上げてうなずき、体内に蓄積された残りわずかな法力を遥に送り込む。

「あ……」

 すぐにパルムは膝を着き、メキラもよろけながら尻もちをついた。

「アホぉ! 倒れん程度に言うたやろ?」

「ハルさん……」

「お願いしますね……」

 呆れ顔の遥に、パルムとメキラは汗の滲む笑顔を向ける。遥は軽く笑んでうなずくと黒鬼を睨み上げた。勝利を確信している黒鬼は、金棒をゆっくりと頭上に持ち上げて行く。

「そのアホ面……」

 遥は地面に転がる拳大の石に目標を定めると、右足に法力を溜め後方に引いた。黒鬼も、金棒を振り下ろす位置を確かめるために顔を下に向けている。遥は思い切り右足の爪先で、足元の石を蹴り抜いた。

「ウチらに……見せんなやー!!」

 法力強化された遥の右足で蹴り放たれた石は、弾丸のように黒鬼の顔面目掛け飛んで行く。しかし、黒鬼はその「悪あがき」を読んでいた。速射弾であっても、軌道とタイミングを読まれていた蹴石は黒鬼の顔面を捉える寸前でかわされてしまう。

「グハー!」

 頭部をかわした勢いを使い振り上げた金棒を、黒鬼はそのまま遥たち目がけ振り下ろそうと視線を下げた。だがその視界には、地面に座り込み自分を見上げる2人の妖精の姿しか無い。

「こっちや、アホー!」

 胸板近くから聞こえた声に黒鬼が目線を下げた時には、すでに真っ直ぐ右足を伸ばした前傾姿勢で、胸部を貫き始めた遥の姿があった。法力強化された右足を槍のように伸ばし、黒鬼の心臓を刺し通した遥は、その勢いのまま黒鬼の背面まで貫通していく。

「ウチの差し足、ナメんなやー!」

 黒鬼の血に塗れながら背面から飛び出した遥は、法力枯渇の完全脱力となりながらも、満面の笑みを浮かべ地面に落ちて行った。
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