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第7章 それぞれのクエスト 編

第 414 話 出会いと別れ

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 妖精王の子ども「モンマ」の先導で、篤樹とエシャーはユフ大陸南東の森林地帯まで移動して来た。成者の剣による法力効果で、妖精やエルフ・ルエルフと遜色無い走力で、篤樹も木々の合間を駆け抜ける。

「モンマ! あとどの位だよ!」

 法力走のため疲労も大して感じていないが、3時間近くの激走に篤樹はいい加減ウンザリし始めていた。

「休憩は必要無い。もう少しだ!」

 別に休みたいワケじゃ無ぇよ……篤樹は心の中でモンマの返答に呟き、隣を駆けるエシャーに目を向ける。視線を合わせたエシャーは軽く微笑み、先導するモンマの背中に顔を向け直した。

 法力走の効果により、篤樹の周囲は新幹線の車窓を流れる景色のように次々と過ぎて行く。初めの内こそ強化された自分の走力に戸惑いと不安を感じたが、今ではスッカリこの速度にも慣れていた。それでも3時間近く駆け続けて来たということは、創世7神の神殿から200キロ近くは離れた場所なのだろうと予測し、篤樹は溜息を吐く。

「見えた……あそこだ」

 モンマの声が耳に届き、篤樹とエシャーは前方に集中した。モンマが落とした速度に合わせ2人も足を緩める。やがて、バオバブの木の様な巨大な樹木の前で3人の足は止まった。幹の直径は10メートル以上あり、高さも30メートル以上は有りそうだ。かなり高い位置に枝は生えているが、地上から20メートルくらいまでは巨大な煙突のような幹だけがそびえている。

エグラシス大陸側では見たことも無いその樹姿に篤樹とエシャーは圧倒され、目と口をポカンと開き、しばし立ち尽くし見入っていた。

「2人でアホ面してるヒマは無い。こっちだ……」

 モンマは2人に声をかけると、幹の手前を右回りに移動し始める。

「ア……アホって……おい! モンマ!」

 見た目小学4年生の男児妖精から投げかけられた言葉に、篤樹は思わず抗議の声を返し、エシャーと共に早足でモンマの後を追う。幹周りを3分の1周ほど移動すると、まるで洞窟のような「 うろ」がポッカリと口を開いていた。

「この中に…… 三月みつきが……」

 親しい同級生との再会を期待し洩らした篤樹の声に、モンマが冷たい口調で応じる。

「やはりカガワアツキは話をよく聞かない男なんだな。ミツキさまの森には入れなかったと王さまもハルさんも言ってたのを覚えて無いのか? ここにミツキさまは居ない」

 さっさと洞の中に入っていくモンマの背をジト目で睨み、篤樹は面白く無さそうに口を尖らせる。

「行こ……アッキー」

 エシャーが篤樹の腕を取り、2人は横並びにモンマの後を追って洞の中に足を踏み入れた。

「す……ご……」

「わぁ! 立派な樹だねぇ!」

 洞の内部はかなり立派な空洞が出来ている。高さも10メートルは有りそうだ。所々に出来た外皮の裂け目から陽の光が射し込み、木の内側というよりも円形のコテージに踏み入ったような錯覚を覚える。

「モンマ……で? 例の光る子どもは……どこ?」

 しばらく洞の内部を観察した篤樹とエシャーは、視線をモンマに向けて尋ねた。だが、問われたモンマも周囲をキョロキョロ見回している。

「ねぇ? モンマ……」

 エシャーからの再度の呼び掛けに、ようやくモンマは顔を向けた。不貞腐れたような表情には不安の色が宿っている。

「ここに……連れて行けって言われただけだし……ボクに聞かれても……」

「そ、そうか? そうだったんだ!」

 モンマが今にも泣き出しそうな表情に変わったのを見て、篤樹は思わず明るい声を出す。

「何か……呼び出し方法とかがあるのかと思ったよ! そっか、遥のヤツ、ただ俺たちを案内しろって言ってただけだもんな!」

「そだよね! タフカもハルカも、調べてたら急に光る子どもが現れたって言ってたもんね! どこに居るんだろうねぇ?」

 篤樹に合わせエシャーも慌てて同調意見を述べると、辺りをキョロキョロ見回した。

「ありがとな、モンマ! ここまでの道案内、助かったよ!」

 責任を感じ、暗い表情を見せるモンマに篤樹は笑顔で労う。「さて……」と話しを変え、エシャーと同じように篤樹も周囲を改めて確認する。コテージのようだとは言ってもただの洞内に床は無く、剥き出しの地面には腐葉土と育ち切れない草が所々に在るだけだ。

「……ここで……黙って待ってれば……良いのかな?」

 篤樹が拍子抜けしたような声を洩らした直後、エシャーとモンマが何かを感じ取り、同時に顔を上方にあげた。つられて篤樹も視線を上に向ける。

「何? どうしたの2人と……も……」

 尋ねた答えをエシャーたちから聞くまでも無く、篤樹の目にも洞の上方から光の粒子が降り注いで来るのが見えた。光の粒子は洞の地面中央に集まって行く。3人は抱き合うように身を寄せ、後ずさりながらその様子を呆然と眺めていた。

「だ……れ……だろ?」

 1ヶ所に集まり形を成して行く光の粒が、やがて、人型に成ろうとしていることに気付き、篤樹は誰にともなく語りかける。しかし、エシャーもモンマも、現れようとしている者が「敵意」を持つ者か否かを探るのに集中している様子で、篤樹の問いに応えなかった。

「あっ……」

 降り注ぐ光粒子は1つ所に集結し完全に人型を成すと、一瞬、目の眩むほどの光を放った。3人はそれぞれの手で目を覆い、顔を背ける。

「ここは……」

 すぐに若い女性の戸惑う声が聞こえた。その声に反応し、篤樹は視線を声元に向けるが、先ほどの光でまだ目の前が薄く白い霧に覆われているようにチカチカしている。

「あなたは……」

 エシャーはすでに視力が回復しているようで、声の主をハッキリ識別していた。洞の地面中央に立つ女性は3人の存在に気付き、小首をかしげ、やわらかな笑みを浮かべている。 あおみがかった濃いグレーの髪は肩ほどの長さに整い、レイラほどでは無いがクセの無い柔らかなストレートだ。細身の体と色白な顔はどこか病弱さを感じさせるが、その笑みには生命の喜びが満ちている。緑地のワンピースは前時代のシンプルなデザインだが、特別な生地感を かもし出していた。
 しかしエシャーは何よりも、彼女の両側頭からのぞく特徴的に尖った大きな耳に注目する。

「エルフ……なのか?」

 モンマが驚きの声を洩らす頃、篤樹もようやく目の前の白い霧が晴れ、唐突に現れた女性をハッキリ認識出来た。同じタイミングで、女性は篤樹に視線を合わせ笑みを浮かべる。

「あなたがカガワ・アツキくん?」

「え……あ、はい! えっと……」

 突然、名前を呼ばれた篤樹は慌てて返事をするが、そのまま疑念を表情に表わす。女性は嬉しそうにうなずくと1歩前に進み出た。

「ホントだ……エルの言ってた通りの子ね。じゃあ、お隣の子がエシャー?」

「え?」

「うん!」

 女性の言葉に戸惑いの声を洩らした篤樹と違い、エシャーはその女性が何者なのかという確信を持ち、満面の笑みで応える。

「初めまして! フィリーでしょ?」

「はあ?!」

 まるで親しい従姉妹にでも会ったかのように、喜びの声を上げて女性に抱きついて行ったエシャーの背に向け、篤樹の唖然と洩れた声が追いかけた。女性はエシャーを抱きしめ、その頭を愛おしそうに撫でる。

「よく分かったわね、エシャー! 初めてなのに……」

 そのまま視線を篤樹とモンマに向け、女性は笑顔で語りかけた。

「エルから聞いてるかしら? 初めまして。フィルフェリーよ」


◇  ◇  ◇  ◇  ◇


「どうして……フィリーを……」

 エルグレドは怒りを隠す気を毛頭見せず、右手を真っ直ぐ光る子どもに向けている。すでに放った3発の壊滅級攻撃魔法は、まるでそよ風のように光る子どもの体内へ飲み込まれていた。

「うん、エル! 良い判断だ。今後も怒りに任せた無意味な攻撃魔法は、全て彼に向かって放ち込むといいよ。全て昇華してくれるみたいだからね」

 鬼の形相を見せるエルグレドとは対照的に、杉野三月は落着き払った温かな笑みを浮かべ「愛弟子の 稚拙ちせつな愚行」をいさめる。エルグレドは視線だけを動かし、草の上で横になっている「師匠」を睨む。

「ボクの説明は分かり難かったかな?」

 光る子どもは大きな口をニンマリ開き、首をかしげた。それを受け、三月はエルグレドに補足を入れる。

「僕ら人間は『 遍在体へんざいたい』ではないからね。賀川くんを現在地から『タクヤの塔』まで速やかに移動させる手段として、フィリーの飛翔魔法が最適なのは確かだよ」

「ミツキさん! あなたまで! あ……」

 生命力を失いかけ、樹木化することで延命していた愛する女性フィルフェリーを、光る子どもは強引に「復体」させた。その行為に対し、エルグレドは心底からの怒りを覚えている。にもかかわらず、恩師三月までがその行為を容認する発言をしたことに、エルグレドは怒りと失望の眼差しを向けた。
 
 だが、草の上に横たわる三月の変化に気付き、エルグレドは言葉を切る。三月は「それにね……」と前置きし口を開いた。

「落ち着いて調べて見れば……キミにも分かるだろう? ボクはもう……長くなかった。時が……来てしまったんだよ」

 不治の病に侵された三月を守るため創られた特殊空間「賢者の森」は、三月の生命によって存在し続ける空間だ。すなわち守るべき主の「死」は、この空間魔法の終わりを意味する―――エルグレドはその真理を理解した。

「ほんの一瞬でも……また、フィリーを抱けて良かったと思え……なんて言わないよ。だけど……ボクが終われば……彼女も……樹木化したまま……終わる……から……」

 三月の声は、もうほとんど呼吸音だけに変わっている。エルグレドは三月の顔の横にひざまづき、その手を取って握り締める。

「そんな……ミツキさん! しっかりして下さい! ここは時を止められる空間でしょう! なんでこんな急に……」

「キミを彼女に会わせたかったらしいよ? その男は」

 光る子どもはニンマリと口角を上げエルグレドに語りかけた。

「『あの男』は約束を守って『最後の1人』が来るまで大人しくしてた。次は彼の順番だ。どんな『輝き』を見せてくれるのか、楽しみだなぁ……」

「ふざけるな!」

 エルグレドは光る子どもに向け攻撃魔法態勢をとったが、すぐに即射をためらい、腕に充填した法力を体内に戻す。

「エル……賢い……判断を……」

 握り締めていた三月の手から「力」が急速に失われたことを感じ、エルグレドは師匠の身体を抱き起した。

「ミツキさん?……ミツキさん!」

「死んだよ。そいつも終わりだね」

 相変わらずニタニタと笑みを浮かべ、光る子どもは淡々と告げた。

「ここも……『終わり』になるよ」

 閉眼した三月の亡き顔は、わずかに笑んでいるようにさえ見える。光る子どもの宣告に続き「賢者の森」が崩滅し始めた音を意識の遠くに聞きながら、エルグレドは恩師の亡骸をしっかりと抱きしめた。
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