上 下
417 / 464
第7章 それぞれのクエスト 編

第 406 話 覚悟

しおりを挟む
「覚悟が必要なプラン?」

 洞窟から戻って来た和希たちとのミーティングで、勇気と恵美は想定していなかった話に首をかしげた。以前、勇気と恵美が「軟禁された小屋」に、今は8人で集まり思い思いの場所に身を置いている。

「う……ん……」

 大田康平が曖昧に応えたが、すぐに牧野豊が口を開く。

「まあ、何に取り組むんだって覚悟が必要って話だよ! とにかく、田中くんの話を最後まで聞きなって!」

 話を戻された田中和希が、視線を勇気と恵美に向けた。

「美咲さんの『情報』を、ボクらも全部『受け取った』後、どうやれば柴田加奈を助け出せるのか……あの『黒魔龍状態』から解放して上げられるのか、方法を尋ねたんだ……」

 小平洋子と小林美月が、ずっと視線を合わせない様子を不思議に思いつつ、川尻恵美は和希の説明に耳を傾ける。

「柴田加奈は、とにかくボクらの想像を絶するほどの虐待を……『向こう』でも『こっち』でも心と体に受けて来た……」

 語り出した和希の言葉に、全員が沈黙する。言葉として伝え聞いただけでなく、加藤美咲による特別な「情報共有魔法」により、その現場に居合わせていたかのようなリアリティーで加奈の「虐待被害」を思い出す。

「あの出来事の中で彼女は『ガラス』を、自分を傷つける凶器であり、助けを求める声を妨げる絶望的な隔ての壁だと認識するようになってしまった……。『ガラス』に恐怖を感じ、嫌悪し、消し去りたいと願う……これって、お母さんや『あの男』や『佐川』に対する恐れや憎しみの感情を 代替だいたいする自己防衛本能だと思うんだ」

「だいたい?」

 聞き馴染みの無い単語に、勇気がキョトンとした目で聞き返す。その問いに、和希より先に豊が応えた。

「『代わりに』って意味だよ! つまり柴田は、お袋さんや変な男や佐川には直接反抗したり復讐したり出来ないから、その怒りを全部『ガラス』にぶつけてるってことだ。 『壁』が憎いわけじゃ無いけど、親と喧嘩したら『壁』を殴るだろ? あれと同じようなもんだよ!」

 的確に答えられた、とドヤ顔の豊に、勇気は曖昧な笑みを浮かべ「だいたい『壁』なんか普通は殴らないって……」という呟きを飲み込みうなずく。和希は苦笑しながら話を続けた。

「まあ……豊みたいな感情の出し方も有るんだろうね……ただ、柴田加奈は自分の苦しみをどう表せば良いのかも分からないまま……いや……その表現さえも暴力で押さえ込まれてたから……黒魔龍という力を創造した彼女は、『無意識下での反抗』に暴走してるんだ」

「他人を巻き込みながらな……」

 上田一樹が小さく口を挟む。その声に、和希は鋭い視線を向けた。

「一樹……」

「覚悟が要るプランってのは、こうだ」

 和希からの抗議の視線に目を合わせず、一樹が続ける。

「前回、柴田が暴れた時の原因は小林隆が持ち込んだメガネのガラスレンズだった。で、美咲さんは小林・津田・江夏の3人に俺たちと同じ『情報』を伝え、その『ガラス』を完全に滅消させた。……やつら3人と1つの大陸ごと、きれいサッパリな」

「え?」

 あまりにもサラッと語る一樹の話に、恵美は思わず声を洩らす。その声に美月が反応した。

「人工的に作り出されたガラスって、自然に分解されるまで100万年とか200万年とかかかるんだって……でも、柴田さんが『ガラス』と認識しない状態に急いで処理しないといけないから……」

「地脈に流れる先生たちの『法力』と、千里たち3人の内に在る『オリジナル人間の創造力』を合わせて滅消させたんだってさ……小林くんのメガネは」

 途中から説明に加わった洋子が続ける。

「でも、1500年前に大きな力を放った美咲さんは、まだ新しい力が蓄えられて無いんだって。直子先生も佐川を押さえるため、地核で力を集中してるからこっちの手助けは出来ないみたい……」

「で、今回は『俺たち』が、小林たちの役回りってこと」

 一樹が話の結論を引き受ける。

「柴田を混乱させてる『ガラスの臭い』を消せば、とりあえず『黒魔龍状態』からは助けてやれるんじゃ無いか、ってね!」
 
「でも! それって……つまり……」

 話の内容を飲み込み、勇気が確認するように和希を見る。和希は静かな笑みを浮かべうなずいた。

「滅消しちゃう……ってことだよね」

「全然、実感は湧かねぇケドな」

 豊が相槌を入れる。「洞窟組」の6人は、それぞれが微妙な笑みを浮かべていた。勇気と恵美は、6人がすでに「覚悟を決めた決断」を得ている雰囲気を察すると、小さく息を吐き顔を見合わせうなずいた。

「そっか……もう、みんな『納得』した上での決断なんだね……」

「滅消って……やっぱり『死んじゃう』ってことだよね? なんか……ちょっと怖いな……」

 6人の雰囲気に合わせ、勇気と恵美も極力落ち着いた声で同調する。しかしその言葉に一樹が被せるように続けた。

「あ、お前ら2人のポジションは別な」

「へ?」

 キョトンと聞き返した勇気に、和希が説明を加える。

「ボクら6人は『エネルギー』の役……で、コントロールが川尻さん、発射スイッチが勇気……ってポジションになるね」

 理解が追い付かない恵美は、視線を洋子と美月に向けた。2人は少し強張った笑みを浮かべた。

「この世界は色んなモノを『想像』で『創造』して出来てるでしょ? だから『想像力』が強いほど、イメージ通りのモノを生み出せるんだって。で、私たちの中で一番『想像力』が強いのは恵美だよねって……ほら! 美術で造った作品なんかも、恵美のが1番だったし!」

「それに……上手く行って柴田さんと『お話し』出来る状態になったら、男子より女子が残ってたほうが良いだろうし……」

「そんな!……でも……」

 2人の説明に困惑する恵美の横で、目を見開いたままの勇気に向かい和希がやんわりと語りかける。

「ボクらは誰も、この世界での『魔法の使い方』を身につけていないから……川尻さんの『想像』を『創造』に変える役割を『りこちゃん』にお願いしたいんだ。で、そのりこちゃんと思いを合わせられるのは……勇気。キミしか居ないだろ?」

「そんな……ダメだよ……そんなの……」

「ゴチャゴチャ言うなって!」

 和希の説明に顔を伏せる勇気に、豊が明るく声をかけた。

「川尻がイメージする『創造』を、俺らの中に在るっていう『力』で増幅させて放つ。その『発現装置』がお前とりこちゃんってのが、美咲さんとも話し合って決めたポジションなんだよ」

「勝手に決めないでよ!」

 勇気は身を震わせて叫んだ。

「言ってる意味分かってるの?! 僕と川尻さんとりこちゃんに……みんなを殺す役目を負わせようとしてるんだよ?! 有り得ないでしょ! 僕らを殺人犯にするつもりなの?!」

「だから覚悟決めろって言ってるだろっ!」

 泣き出しそうな声で叫ぶ勇気を真っ先に止めた怒声は、和希から発せられたものだった。勇気と恵美、そして康平と洋子は、不意に発せられた和希の怒声に目を見開き堪えていた涙が溢れ出す。

「彼女を……柴田加奈の『黒魔龍状態』を止めなきゃいけない……それは、ボクらクラスメイトがみんなでやるべき仕事だよ……」

 和希は静かに語り始める。

「無意識とは言え……彼女は『自分を守ろうとして』この世界でこれまで多くの人を苦しめ、傷つけてしまったんだ。責められるべきは佐川だし、柴田加奈の母親と……『お父さん』って奴だよ。だけど今は、あの『黒魔龍』状態を止めるために、ボクらが出来る方法はこれしかないんだ。そして……」

 視線を勇気と恵美に向け、和希は続けた。

「『黒魔龍』の状態から解放された彼女を助けて上げるのが……勇気と川尻さんの役目なんだよ。分かってくれる?」

 ふわっとした笑みを浮かべ、和希は勇気と恵美に決断を促す。

「それ……が……それしか……ホントに……方法は……無いのかなぁ?」

 涙に声を詰まらせながら、勇気は視線を和希に向ける。その視線を一樹、豊へと動かすが、男子3人は軽くうなずきを見せるだけだった。

「よっこ……ちゃん……ホントに……それで……良いの?」

 美月と抱き合い嗚咽する洋子に、勇気は助けを求めるように声をかける。しばらくの間を置き、洋子は顔を勇気に向けた。

「自分で……ちゃんと決めなさいよ……馬鹿勇気。私たちは……もう……決めたんだから……」

「ま、なんつうかさ……」

 重苦しい空気をはらうように、一樹が張りの良い声を発する。

「『滅消』だとか『死ぬ・殺す』とかじゃ無くってよ、役割分担、ポジション決めって風に考えようぜ? 誰かの『犠牲』とかじゃなくて、チームプレイってことでさ!」

 背中を預けていた壁から離れ、一樹は一歩前に進み立つ。

「たかがメガネレンズを『消し去る』のが、正直、こんなに大ごととは思って無かったけどさ……ま、柴田を正気に戻す唯一の方法なんだってんだから、キッチリみんなで決めようぜ!」

 自然と一樹のそばに皆は歩み寄り円陣となる。円の中央に差し出された一樹の右手に、和希が自分の手を合わせのせた。その上に豊が続き、康平、洋子、美月と続く。

「恵美……」

 美月から名を呼ばれた恵美が、ゆっくりと手をのせた。

「ぼ……僕は……」

「神村」

 尚も声を詰まらせる勇気に、一樹が声をかける。

「俺たちは……ただの同級生じゃない。同じチームの『仲間』なんだからさ。キッチリ決めてくれよ」

 向けられた一樹の笑みに、勇気は唇をギュッと結びうなずいた。そのまま、恵美の手の上に自分の右手を合わせのせる。

「よし! んじゃ、それぞれのポジションで、キッチリ決めるぜ! 3年2組特別課外活動開始だ! 行くぞー!」

「オー!」
しおりを挟む
1 / 4

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

他人の寿命が視える俺は理を捻じ曲げる。学園一の美令嬢を助けたら凄く優遇されることに

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:29,572pt お気に入り:1,429

異世界じゃスローライフはままならない~聖獣の主人は島育ち~

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:8,236pt お気に入り:9,086

よくある令嬢物語の婚約者たちの話

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:21

【書籍化】ダンジョン付き古民家シェアハウス

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:71pt お気に入り:1,566

異星界物語 ~異世界転生かと思ったらアブダクションでした~

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:104

処理中です...