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第7章 それぞれのクエスト 編

第 407 話 最後のミーティング

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 川尻恵美のメガネを持った8人は村長に状況を説明し、りこと共に滝裏の洞窟へ再び足を踏み入れた。他愛も無い会話を自然と楽しみつつ、最奥の空洞中央に無造作に置かれた「バスの椅子」を前に立つ。

「……美咲さん……勇気たちも了解してくれましたよ」

 全員の思いが整ったのを確認し、和希が声を発する。その声に反応したかのように、椅子全体がボンヤリと光を発し、やがてその光の粒子が集まり人型を創り出した。

「全員……揃ったのね……」

 人型光粒子の色彩が濃くなり、実際のサイズよりいくらか小柄であろうと一目で分かる大きさの加藤美咲が姿を現わす。笑みは浮かべているが、どこか申し訳無さそうな表情を見せている。

「それじゃ……段取りを説明するわね……」

「チガセーーー!!」

 美咲が語り始めようとした矢先、洞窟の入口から、突然大きな叫び声が響いて来た。

「ウワッ!」

「なに?!」

 美咲の言葉に集中する姿勢になっていた一同は、静寂を破る怒声に文字通り飛び上がって動揺する。真っ先に動き出したのは一樹と豊だった。2人は剣と棍棒を握ると、洞窟入口に向かい駆け出して行く。

「時間が……足り無かったわね……」

 2人の背を見送る和希の背後で、美咲がポツリと呟いた。

「え? 何か……」

 和希はその呟きを聞き洩らさず、振り返り尋ねる。

「あの子が……加奈さんが、もう近くまで来てるわ……」

「あっ……ガイムさん?!」

 勇気の声に反応し、和希は視線を入口方向へ向け直す。一樹と豊に両脇から抱えられて姿を現わしたのは、鳥人種戦士のガイムだった。しかし、別れ際に見た精悍さは見る影も無く、瀕死の重傷を負っている事が一目で分かる。

「ここが……」

 羽毛の大部分が抜け落ち、血に染まった身体を支えられながら、ガイムは視線をキョロキョロと動かす。その視線が止まった先に、美咲が緊張の面持ちで立っていた。

「古の……女神……なのか?」

「ええ……初めまして、鳥人種ガイム……」

 迎えた美咲の言葉に、ガイムは低く鼻を鳴らし首を横に振る。

「悪戯に生命を創り出し、無責任なルールを定めた『チガセの親玉』か……『アレ』を早く何とかしろっ!」

 叫んだガイムの口から、血の混じる泡状の液体が溢れ出した。ガクンと崩れそうな体勢を、一樹と豊が必死に支える。

「神村! りこに言って治癒魔法を!」

 豊の声で弾かれたように動き出した勇気は、りこに額を合わせガイムの治療を頼んだ。すぐにりこはガイムに寄り、両手を広げると状態を診る。あまりにも損傷個所が多く、どこから手を施せば良いか判断出来ないりこは、泣きそうな顔で勇気に振り返った。

「治療など……受けてるヒマは無い!」

 呼吸を落ち着けたガイムが、慎重に声を発する。

「 ヤツ黒魔龍は……生けるモノ全てを……動く者はサーガでさえも……全てを滅ぼすつもりだ!」

「ガイムさん! メシャクさんたちは?」

 和希の問い掛けに、ガイムは視線を向けた。

「エルフも小人も獣も……ほとんど生き残ってはいない。シャデラとは東の地で離れたきり会っていない。メシャクは……今、エルフの集落でヤツと戦っている……。頼む……早く黒魔龍を……滅消してくれ! 頼む……」

 意識を失い力の抜けたガイムを支えきれず、一樹と豊はゆっくり地面に寝かせた。

「エルフの集落って……」

「ここから20キロも離れてないわ!」

 美月と洋子の声を合図に、全員の目が美咲に向けられる。

「美咲さん!」

 和希の呼び掛けに、美咲はしばらく目を伏せた。少しの間を置き、両手を前に差し出すと、光粒子が空中で板状に集まり何かを映し出す。

「あっ!……あれは……」

 空中に映し出された半透明の映像に勇気が驚きの声を洩らした。まるでドローンの映像のように、空中からの視点で広大な森を見下ろしている。森の上空には、身をくねらせる巨大な黒魔龍の姿が映し出されていた。黒魔龍は数秒から数十秒間隔で鎌首を上げては、口から大量の「黒い矢」を眼下の森に放っている。

「あの森は……」

「エルフの……集落……?」

 康平と洋子がボソリと声を洩らした。その声に応えるように、映像の視点が森に近付いていく。

「くっ……」

 一樹の口から苦渋の声が洩れる。森の中に飛び込んだ視点が映し出したのは、無数の黒矢に貫かれた木々や岩々、そして……負傷して泣き苦しんでいるエルフ族の子どもと、そばで虹色の木霊に変わって行くエルフ女性の姿だった。

「美咲さん!」

 堪らず和希が叫ぶ。美咲は映像の視点を再び上空に戻し、視線を和希たちに向け直した。

「みんな……聞いてくれる?」

 美咲は真っ直ぐな視線で一同を見回す。その目は、有無を言わさない強さを秘めている。

「加奈さんの……黒魔龍の状態は思っていた以上に『悪い』わ。残念ながら……今の黒魔龍は、佐川さんからの命令を実行することだけに集中している……あれじゃ、ガラスの気配を消すだけでは、止められないわ……」

「そん……な……」

 勇気が動揺の声を洩らすと、脇から一樹が苛立った声で尋ねる。

「じゃ、『ガラス』を消しても、柴田はあのまんま暴れまくるってことかよ! どうすんだよ!」

「彼女を……直接狙いましょう……」

「えっ……」

 美咲からの提案の言葉に、全員が理解出来ず息を飲む。その動揺に対し、美咲は明確な指示を語り始めた。

「『ガラス』を滅消させる力を、黒魔龍の『核』……黒水晶の中に閉じこもっている加奈さんに向けて放つのよ。あなたたち……オリジナル人間の内在力を集束すれば……黒魔龍の『核』そのものを滅消するだけの力にもなるはず……」

「そ……それって……」

「柴田加奈を『殺せ』ってことかよ! そんなの、本末転倒じゃん!」

 動揺して口を挟んだ洋子と豊に、美咲は決意のこもる視線を向ける。

「このまま彼女を暴走させて、この地の人々の命を奪わせ続けるなんて、絶対に許されないわ! もちろん……加奈さんが悪いワケじゃ無い……でも、彼女を止めるためには…… 今は・・それしか方法が無いのよ!」

 美咲自身もかなり危機感を抱いた決断の言葉に、誰も反論の声を発する事が出来なかった。「ごめんね……みんな……」と前置きし、美咲は語り続ける。

「……この滝周囲を包んでいる法力壁を解くわ。もう……ずいぶん弱まっているから、どの道あと数年ももたなかったでしょうけど……。地脈を通し、加奈さんとこの地の人たちが交わえるように、他との干渉を断つために設けた『壁』よ。この『壁』を解けば、加奈さんはここに在る『ガラス』にすぐに気が付くわ。そうすれば……」

「本能的に、こっちに向きを変えて来る……」

 一樹の声に、美咲はうなずいた。

「この洞窟は、長年の蓄積法力に満ちた地脈の集束点よ。ここに私が6人の内在法力を誘引して最大充填させるわ。恵美さんはその力を放って加奈さんを……黒魔龍の『喉』の部分に在る『核』を滅消するイメージを整えてくれる? 準備が整ったら、神村くん……『りこちゃん』の法力波で恵美さんの内在創造力を『起爆』してもらってね」

「何かよく分かんねぇけど、頼むぜ! 神村!」

 豊が笑みを浮かべて勇気の背中を叩く。

「グッ……痛いよ! 力を加減してよね、牧野くん!」

 心もとない表情を浮かべて沈黙していた勇気は、豊からの一撃でようやく素に戻れたように声を発した。その勢いのまま、勇気は美咲に向き直り尋ねる。

「僕らは……僕と川尻さんは……皆の命をエネルギーに使って柴田さんを殺すってことですよね?……それが僕らの『仕事』なんですか? ホントに……それしか方法は無いんですか?!」

「俺も質問、良いかい?」

 勇気への返答を待たず、豊が美咲に尋ねた。

「ガラスも黒魔龍も『滅消』させるために、俺たちもここで消し飛んで死んじまうワケだよな? その後さ……死んだ後って、どうなるんだ? 先生や美咲さんみたいに『分心霊』とかってオバケみたいになんの?」

 豊の質問の意図を汲み、美咲は目を伏せ、首を横に振る。

「加奈さんについては……恐らくまた『再生』すると思うわ。佐川も直子先生も私も……この星を創造する以前に『光る子ども』から直接の力を受けたから……何度も何度も佐川さんに殺されては……再生していたから……」

 直子と美咲が、この星の歴史を創造する以前の状態を一同は思い出す。時間の概念の無い「永遠」の闇の中で繰り返された佐川による暴力支配の記憶に一樹は顔をしかめる。「ただ……」と繋ぎ、美咲は続けた。

「この星を創った後に連れて来られたみんなについては……正直……どうなってしまうのかは分からない。千里さんたち3人は……あの『滅消後』、完全に存在が消えたわ。肉体だけでなく、彼らの内に在った生命の波長も……完全に……」

「死後の世界ってのは『こっち』でも『行ってみなけりゃ分から無ぇ世界』ってことかよ……」

 困り顔で説明する美咲の言葉に、豊は軽い口調で応じ勇気に視線を向ける。

「了解……んじゃ、俺らは先に行って見て来るとすっかな?」

「そんな……牧野くん……」

 情けない表情で応える勇気に洋子が近寄り、懐から布で包んだ「小刀」を取り出した。

「情けない顔してんじゃ無いの! 泣き虫勇気。……ほら、あんたの自慢のナイフ、返しとくわ」

「あ! これ……僕の小刀じゃん! よっこちゃんが拾ってくれてたの?」

 思いがけない「再会」に、勇気は驚きの声を上げる。

「豊が河原で拾って、小平が管理してくれてたんだよ」

 一樹が簡単に説明する。その視線は、美咲が映し出す「黒魔龍」の様子に向けられたままだ。

「美咲さん……もう始めないと……エルフの集落が……」

 和希の言葉を合図に、全員の視線が「投影される黒魔龍」に向いた。美咲はうなずくと、勇気と恵美に最後の指示を伝える。

「川尻さん……ここから真っ直ぐ南に向けて法力を放つイメージでね。そうすれば、ここよりも充填法力の強い地脈の集束地点と繋がるわ。そこからさらに大陸の南端にも大きな集束点があるから……その直線上を貫く『法撃』を想像して欲しいの……」

 恵美の脳裏に、美咲の指示が映像化されて伝えられていく。

「そして、神村くん……」

 恵美への指示を送りながら、美咲は勇気に語りかけた。

「川尻さんの『想像』が『創造』を発現出来るまでに整ったら、りこちゃんと一緒に川尻さんの中に出来上がった『創造』を解き放って。良い?」

 勇気の脳裏にも、恵美と同じように「やるべきこと」が美咲から伝達されていく。2人は嗚咽する事も無く、ただ、さめざめと涙を流し続けていた。
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