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第4章 陰謀渦巻く王都 編

第 221 話 肉親

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「あれぇ?」

 エシャーは文化法歴省公営学舎の馬車停め場に止まった一台を見つけると、不思議そうに声を上げた。

「どうしたのエシャー? 知り合い?」

 数台の馬車の内、1台の御者を見つめるエシャーにサレマラも不思議そうに声をかける。

「知り合いって言うか……似てるっていうか……」

 エシャーはなおもジッと御者の姿を確認した。

「うん! やっぱりそうだ!……ごめん、サレマラ。先に行っててくれる? 私、ちょっとあの人に話があるから!」

「え? あ……もう!」

 了解も得ずに元気に駆け出して行ったエシャーの背中を見送り、サレマラは微笑みながら学舎建物へ向かって行った。

 よく磨かれ黒光りを放つ「いかにも高級な貨車」を繋いだ馬車———その傍に立つ御者に、エシャーは躊躇なく近づいて行く。

「こんなところで何をしてるの? ミゾベさん。アッキーは?」

「ハッ?!」

 突然背後から声をかけられた御者は、かなり驚いた様子で振り返る。

「な……君は……いや! 何のことだね! わ……私は……そんな……君なんか知らん!」

 あたふたしながら「見知らぬ顔の御者」はエシャーに背を向けた。しかし、エシャーは御構い無しに回り込み顔を正面から覗き込む。

「なんで御者の恰好なんかしてるの? 顔の形まで変えて……面白い法術だね? どうやるの? あっ! それよりアッキーは? 来てるの? ここに……」

 矢継ぎ早に質問を繰り出し追いかけるエシャーから逃れるように、ミゾベはその場をグルグルと回りながら応える。

「知らん! 知らん! なんだね君は……早くどっかに行ってくれ!」

「ふうん……」

 ミゾベの慌てふためき様に、エシャーはようやく「ワケ有り」の空気を察した。ミゾベはそっと振り返りエシャーの表情を確認するが、ニヤニヤと意地悪そうな笑みを浮かべているエシャーを確認し、観念したように溜息をついた。

「……仕方ないなぁ……ルエルフの君に誤魔化しは通じないか。……頼むから声を小さく……自然な世間話のように頼むよ……」

 ミゾベは御者台の梯子に寄りかかりエシャーと向き合う。

「で? なんで?」

 エシャーは満面の笑みを浮かべミゾベに問い直した。

「顔を変えてるのは私がもう『ミゾベ』ではいられなくなったから。メルサ正王妃への反逆罪を犯してしまってね……内調部隊から解任された挙句、今は王宮兵団から追われる身になってしまっている。だからもう私を『ミゾベ』と呼ばないで欲しいんだ。いいね?」

「へぇ……何をやったの? ミゾ……えっとぉ……」

「バスリム……」

 「新しい名前」で呼ぶのにつまったエシャーに、ミゾベ改めバスリムが笑顔で答える。

「バスリム・マイヤだよ。『初めまして』、ルエルフのエシャーさん」

「バスリム……マイヤ?……ん?」

「こっちが本名なんだよ、私のね。もう10年以上『ミゾベ』を名乗って来たが……」

 エシャーは考えるように小首を傾げたが、バスリムは構わずに説明を続ける。

「アツキくんのことだったっけ? 聞きたいのは?」

「あっ! そうそう! ね? アッキーは? スレイは? どうなったの?」

「え? どうなったの……って?」

 エシャーの尋ね方が単に「友人の近況」を聞く様子では無いと察し、バスリムは返答に詰まる。

「アッキーが一昨日剣術の試合をしたって聞いたよ! 負けたらスレイが別の部隊に行っちゃうって。ねぇ? どうだったの? アッキーは勝ったの? 元気?」

「ちょちょ……ちょっと待てお嬢さん! 君はそんな情報をどこから……」

「あーっ!」

 バスリムに詰め寄っていたエシャーの目が急に輝きを帯びて見開き、同時に っ 頓狂とんきょうな声を上げる。

「わっ! バ……よしなさい!」

 大きく口を開いて指を向けるエシャーの手を叩き落とすように、バスリムはその腕を掴んで引き下げ注意する。エシャーは改めて確認するように、バスリムの顔をマジマジと見つめた。

「ミゾベさんって……お兄さんがいるでしょ?」

 エシャーは満足そうな笑顔を浮かべると、狼狽しているバスリムに尋ねる。

「だからバスリムだって!……兄貴? ああ……いるよ。兄弟は……」

「えっと……そうだ! オスリムさん! オスリム・マイヤだ!」

 エシャーの言葉に、バスリムは驚きと戸惑いに表情を崩す。

「なぜ……君が兄貴の名を……」

「会ったもん! で、教えてもらったの。アッキーが剣術試合をすることになったって」

 思いもかけなかった所から肉親の名前を出され、驚きにしばらく言葉を失っていたバスリムだったが、気を取り直すとエシャーに声を落とすよう身振りで示す。

「……兄貴と……どこで会った?」

 エシャーはハッとしたように手を口に当てる。

「なんだねそれは?『言えない』ってことかね?」

「ヴン。言えヴァイ!」

 オスリムたちとの「絶対に秘密」という約束を思い出したエシャーは、口を押えたまま答えた。バスリムは苦笑する。

「なるほどね……。兄貴のヤツ……ヘマしやがったな……。君は……『森の中の隠れ家』を見つけたのかな?」

「えっ!」

「大丈夫……私と兄とは仲間だ。同じ組織の人間だよ。なんだよ……部外者にバレちゃってんじゃないか……嘘つきやがったな……」

 バスリムの後半の呟きは、兄に対する苦情のような独り言のようだった。

「え? じゃ……あそこのこと話しても良いの? 私……約束破りにならない?」

「ああ、大丈夫だよ。私も試合があった日の夜、兄たちと『あそこ』で会ったばかりだ。あの『階段の下』でね。だから互いに周知の情報ってわけだ。君は何も気にせずに私に話して大丈夫だよ。もちろん、引き続き他の誰にも絶対に秘密にしておいてもらいたいがね。それよりも兄貴たちだよ……君にバレてるならひと言教えてくれてりゃ……」

「じゃあさ、もういいでしょ? 教えて、アッキーたちのこと!」

 同じ「秘密」を共有している者同士の安心感からか、それともエルフの鑑定眼の前に嘘は通じないと観念してなのか、いずれにせよ「内調のミゾベ」から「情報屋」に戻ったバスリムは、王宮で起こった事の次第をエシャーへ伝えた。

「……そっかぁ……良かったぁ……」

 エシャーは目に涙を溜め、喜びの笑顔を見せる。バスリムは微笑み頷いた。

「ま、そのおかげで……私はまたしばらく裏社会に戻ることになったんだがね」

「そっかぁ。でもミゾ……じゃなかった、バスリムはなんでこんな所で御者なんかやってるの? 目立つとマズいんでしょ?」

「ん? だから説明したでしょ? 兄貴から『しばらくは王都内に留まれ』って指示されてるんだよ。10数年ぶりに『元の顔』にも戻したから、御者くらいの仕事ならバレることもないからね」

 エシャーはキョトンとする。

「私、すぐに分かったよ?」

「それは君がルエルフ……エルフ属の者が持つ鑑定眼と法力感知力という特別な力を持ってるから! 特別なの! 普通はバレないの!」

「へぇ……そうなんだ」

 エシャーが不思議そうに頷いた時、不意に背後から声をかけられた。

「バスリムさん、お待たせ。そちらの……学生さん? エルフ……」

 身なりの整ったいかにも上品な若い女性が、1回生の男児と手をつないで馬車へ戻って来たところだった。

「ああ、お嬢様……お帰りなさい、お坊ちゃま」

 バスリムはすぐに御者顔に戻ると2人を丁寧に出迎え、まるで長年の従者のような動作で貨車の扉を開く。男児は母親の手を離れ開かれた扉へと駆け寄り振り返った。

「エルフじゃなくって『ルエルフ』ですよ、お母さま。ね?」

 そう言ってエシャーに笑顔を見せると、さっさと貨車に乗り込む。

「あ……初めまして! ルエルフのエシャーです」

 エシャーはその言葉に促されるように挨拶をする。戸惑い顔の女性は事情が分からず、愛想笑いを浮かべながらバスリムに目配せを送る。

「……事情を知る者です。……というか知られてしまいましたが……大丈夫! 信頼出来る者です」

 バスリムは貨車内の男児に聞こえないよう、小声で女性に伝える。女性は軽く頷いた。

「ごめんなさいね……少しワケ有りの関係なの……」

「あっ……大丈夫です。私……別に人に話すつもり無いですから。バスリムさんから私の友だちの事を聞きたかっただけです」

「そう? では……もう良いかしら?」

 女性は優しくそう言うと貨車に乗り込む。バスリムは外から貨車の扉を閉め御者台に向かう。

「……ということで、ま、しばらく私は御者としてここに姿を現すかも知れないが……もう今後は赤の他人の振りで頼むよ。お互いのためにもね」

 笑顔でエシャーに告げると御者台へ上がった。馬車から数歩離れて見送るエシャーに向かい、貨車の窓から男児が嬉しそうに手を振る。エシャーも笑顔で応じ、手を振り返した。馬車は門に向かい、ゆっくり進んで行く。

 「内調のミゾベ」じゃなく「情報屋のバスリム」かぁ……。御者のバスリムもやったり……忙しい人だったんだなぁ……

 エシャーはしばらくの間、馬車が出て行った門をぼんやり見つめていた。

「エシャー、どうしたの?」

 すぐそばまでサレマラが近づいていたことに気づき、エシャーは慌てて振り返る。

「え? ん……ううん……別に……あれ? 授業は?」

「先生が急に用が出来たからって、休講になってたぁ! ラッキー!」

「へぇ……」

「で? 知り合いだったのあの人? 御者さん? 1回生のお迎えなんでしょ? 良いよねぇ、あの子たちは午前講義だけなんだから」

 エシャーは曖昧に頷いた。

「でもさ、あの子のお母さんとも話してたでしょ? 知り合いなの?」

 サレマラは興味深そうにエシャーに尋ね続ける。

 そうか……あの子は別としても……あのお母さんはバスリムの「仲間」ってことなのかなぁ……

「あのさ、サレマラ……」

「なに?」

「さっきの子……あのお母さん……『外から来てる』ってことは……貴族なの?」

「え? あの1回生……ロジュシュだっけ? 違うよ。あの子は『あのミッツバンさん』の孫よ」

「ミッツ……バン?」

 キョトンとするエシャーに、サレマラは「ああ!」と納得したような表情で微笑み説明を加える。

「そっか! エシャーは知らないよね。ずっとルエルフ村だったからね。ミッツバンさんっていう人はね、ガラス錬成魔法を……」

「ああー! ベルクデさんの魔法を盗んだミッツバン!」

「ちょ……エシャー?」

 今度はサレマラがキョトンとする。

「あ……ごめん。でも私知ってる! ミッツバンって、テリペ村の人だよね? ガラス錬成魔法を作ったベルクデさんの弟子だったのに、その魔法を盗んで……」

「ちょ……ちょっと待って! ね、エシャー」

 サレマラはエシャーの説明を両手で制し、困惑の笑みを向けた。

「何かちょっと誤解があるみたいだけど……ミッツバンさんがテリペ村ってとこの出身なのは本当よ。で、ガラス錬成魔法を考案して、サガドの町で大成功をおさめて大金持ちになったのよ。でもさ……何? そのベルクデさんとやらから魔法を盗んだって話は? 誰からそんな話を聞いたの?」

 エシャーは答えに窮してしばらく考えたが、良い答えが見つからない。とりあえず苦笑いを浮かべて首を傾げる。

「ごめん……ちょっと……。旅の途中でテリペ村に寄った時に、そんな話を誰かがしてたみたいだったから……でもさ!」

 とにかく話を逸らすことと、情報の確認のために話題を戻す。

「あの子がそのミッツバンの孫ってことは……あの子のお母さんはミッツバンの子ども……てこと?」

「ん? さあ……多分そうじゃないかなぁ? あの子のお父さんは東のミルべ出身だって言ってたから……それがどうかした?」

「……ううん……そっか……」

 あのミッツバンの子どもがバスリムの「仲間」? それとも、ミッツバンって人も父娘揃ってバスリムやオスリムと同じ「情報屋」ってこと? どういう関係なんだろう……

 エシャーは学舎のガラス窓に目を向け、テリペ村で出会ったベルクデじいさんのことを思い出していた。
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