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第4章 陰謀渦巻く王都 編

第 199 話 プレッシャー

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「……んじゃま、 上手うまいこと言っといてくれ。『お化けが見せた幻』とかってでもよ」

 「階段のお うち」入口までサレマラたちを運び終えると、オスリムはエシャーに念を押した。エシャーは複雑な思いのまま笑顔を見せる。

「うん……分かった。上手く言えるかなぁ……。2人とも……ありがとう」

 オスリムとナフタリは顔を見合わせフッと笑った。

「礼には及ばないよ。私の認識の甘さが招いたことなのだからね。子どもはお化けを怖がって逃げ出すものと思っていたが……恐怖に勝る好奇心で、こんなに小さな子たちが行動するとはね……認識を変えなきゃならないな」

 ナフタリの言葉にオスリムも続ける。

「もうちょい『怖い仕掛け』が必要かもなぁ……ま、とにかくここは、もうしばらくそっとしておいてもらいてぇからよ、しっかりフォローしてくれな?」

 2人はエシャーに別れを告げると、ナフタリを先頭に階段を下って行った。

「ルエルフのエシャー……か。上手く話を合わせられるか、心配ですねぇ……」

 最初の踊り場を折れた辺りでオスリムが口を開く。

「素直そうな だったね。『嘘』は苦手だろう、あの は……。誰かに問い詰められないことを願うしかないな……で、状況は?」

「メルサ正王妃も、ジンの剣士隊を中心に動きを早めてますね……ミラ様のほうも、フロカ様たちが軍部の若者らと連携をとられています。グラバ従王妃が……少々参ってるみたいですね。怪しげな呪術者を宮中に招いたとの話があります。あと、ユーゴの連中は大群行の調査とやらで、大部分が王都から散ってます。残りは評議会の中心メンバー……ヴェディスの他に20名ってとこです」

 「すだれ根」を通り抜けると、ナフタリは包帯を解き始めた。

「エグデン王国の忌まわしき歴史も……ついに終わりの日が近い、か……。表面張力を破る『最後の1滴』はいつ落ちるのか……」

「ちなみに、こっちの 面子めんつもほとんど王都に入ってきてますぜ。難民やら商人の ていで、城壁外に100と内に50……法術使いも30人はいます」

 オスリムはナフタリの包帯を巻き取る手伝いをしながら伝える。

「『 最後おわりの者が尋ねくる時』……か。機は熟したのかも知れないな……」

 包帯をはずし終えると、ナフタリは両手のひらで自分の顔を包むように ほぐしつつ語る。

「カガワアツキ…… 最後おわりの者……この国を変える最後の1滴は、彼なのかも知れないな……」

 オスリムは丁寧に包帯を丸め、笑みのこもる声で応じた。

「さあ……どうでしょうねぇ…… 内通者コウモリたちの話じゃ成者しげるものになったばかりの普通の男みたいですぜ。国を変えるような器にゃ見えねぇそうで……やっぱり最後の1滴となるのは ゼブルン王子・・・・・・……あなたしかいないと思いますがねぇ」

 ナフタリ……いや、ゼブルンは、その声に静かな笑みを浮かべる。

「いずれにせよこの1~2週だな……。エグデンが終わるのか……新生するのか……。いや! 私がこの手で……必ず変えて見せる!」

 ゼブルンの言葉を、オスリムは同意の頷きと笑顔で聞き留める。

 腐りきったエグデン王国を変える「志ある者」に全力で仕えろ……か。ご先祖さんは、こんな王子が現れるって情報を、どこで手に入れてたのやら……


◇  ◇  ◇  ◇  ◇


「よし! アッキー。最後の一本だ! 俺を るつもりで打って来い!」

 スレヤーは涼し気な表情で模擬剣を構えると、目の前で模擬剣を支えに荒い息を吐いている篤樹へ呼びかけた。

「は……ひぃ……ちょ……」

 篤樹は2キロ弱の模擬剣を床から持ち上げようとするが、剣の重みがまるで10キロの米袋のように感じる。剣を握る力も限界を超え、手の平は痺れ、柄と手の平に薄い隙間が生じているような錯覚さえ覚えさせる。それでもなんとか持ち上げた剣を右肩の上に載せると、両足を踏ん張り構えスレヤーを正面に捉える。

「長期戦はスタミナ勝負になるからなぁ。切れた後での最後の1撃をどう繰り出すか……センスの見せどころだぜぇ?」

 スレヤーは楽しそうに告げる。

「兵団の3士級レベルならスタミナもそれなりだからな……こんな状況になっちまう可能性も充分に考えられるってこった。相手はお前を舐めてかかるから、2手で仕留めに来るだろうよ。完全勝利をジンに見せるためにな。剣を払い、首を刺す……セオリー通りの攻撃が来たなら……その時……お前は何を狙う?」

 篤樹はスレヤーが攻撃態勢に入ったことを感じとった。昨日今日の突貫訓練ではあるが「みっちり」指南されたおかげで、闘気の変化をそれなりに感じ取れるようになっている。

 剣を払い……首を刺す……ってことは……

 スレヤーが間合いを一気に詰め、篤樹の右肩目がけ剣を振り下ろしてきた。3士級のスピードと威力を したスレヤーの動きには、十分に目が追いつくようになっている。篤樹は肩に載せていた剣を両手でしっかりと持ち上げ、振り下ろされてくる剣打を受けようと構えた。

 ガシャーン!

 しかし、スレヤーの重みある振り下ろしの一打を受けられるだけの握力は、両手に残ってはいなかった。ものの見事に模擬剣は床に叩き落される。

 しまった!

 篤樹は次の攻撃を確認しようとスレヤーに顔を向けつつ、床に落ちた剣に手を伸ばす。

「今の判断じゃ、アッキーの敗けってこった」

 スレヤーが右手で握る剣は、刃を水平に構え左手の甲に載せている。剣先は真っ直ぐ篤樹の首筋を狙った状態だ。10センチでも突き出せば、真剣なら確実に命を奪われるだろう。篤樹は尻から床にドカッと腰を下ろした。

「……じゃあ……無理ですね……勝てっこないですよ……」

 体操座りでもキツイや……

 篤樹は大の字に倒れ、仰向けのまま荒い呼吸を整える。

 無理だよ……こんな……一日二日の訓練で……。剣道もやった事ないのに……しかも上級者となんて……

 消えて無くなりたいほどの絶望感に篤樹は飲み込まれていた。

 とにかく疲れた……昨夜も遅くまで……今朝も早くから……もう……腕も上がらないよ……

 そんな篤樹を、スレヤーは優しく見下ろし、元気な声を注ぎ掛ける。

「よっしゃ! んじゃ、特訓はこれで終わりだ! あとは明日の朝に作戦会議と、最後の型を確認して試合に のぞむべぇ! ほら、アッキー! 風呂に行くぞ。立てよ!」

 篤樹の弱音にも脱力にもスレヤーは気を払うことはしない。訓練……しかも短期間での猛特訓なら心も体もボロボロになることは「普通のこと」なのだから珍しくも感じない状況なのだろう。
 篤樹は色々と泣き言や反論や弱音を吐きたい気もしていたが、今は何よりも水が飲みたかった。そしてドロドロに汗まみれになった服を脱ぎ……お風呂かぁ……良いなぁ……ゆっくりしたい……

「ほら、行くぞ!」

 スレヤーに掴み上げられ無理やりに立たされると、すぐにチロルが水を運んで来てくれる。篤樹は無言のまま両手でカップを奪うようにとると、一気に水を飲み干した。

「あの……お代わりもありますから……」

 チロルが言い終る前に篤樹は空のカップを差し出す。

「……下さい……もう一杯……」

 チロルが水差しからすぐに注ぐ。今度は口の中全体に水分を染み渡らせるようにゆっくりと飲み干した。

「プハーッ! おいしい!」

 カラカラに干乾びていた口と喉、そして「気分」が一気にスッキリと潤う。スレヤーも空になったカップをチロルに返した。

「よーし風呂だ風呂! いくぞアッキー!」

 スレヤーに肩を押され、篤樹はヨロヨロと動き出す。ミラから練習場として使用を許されていた部屋の扉を開くと、アイリとユノンが立っていた。

「スレヤー様、カガワ様、 湯浴ゆあみの用意が整ってございます」

 ユノンが深々と頭を下げて案内をすると、アイリも頭を垂れたまま2人に告げる。

「湯浴みは私ども3名がご奉仕させていただきます。どうぞこちらへ……」

 顔を上げたアイリは篤樹を見ると「ニッ!」と笑顔を見せた。

 あ……そうだ……スレヤーさんと2人っきりってわけじゃないんだった……


―・―・―・―・―・―・―


「いかがですかぁ、スレヤー様。こすり具合は?」

「すごい筋肉ですねぇ……大理石みたいですぅ……」

 浴室に据えられている大理石製のベッドのような台にうつ伏せ寝になっているスレヤー……その両側にチロルとユノンは分かれて膝立ちになり、泡立ちの良いサポナウリを使って 丁寧ていねいにスレヤーの背中と足を擦っている。

「おお……気持ち良いぜぇ! あんがとよ。贅沢言うならユノンちゃんはもうちょい力入れてくれると嬉しいなぁ」

「あ……はい……すみません、まだ慣れていないので……」

 スレヤーは背中を擦ってもらう事に慣れているようで、チロルもユノンに擦り方を指導しながら奉仕にあたる余裕があるようだ。

「さすが3隊連を指揮されておられた武漢様ですね。こちらの新しいお傷は痛みませんか?」

 チロルはスレヤーの背中にひと際大きく残る傷跡を気にする。数日前にタフカとの戦いで自ら貫いた刃の跡だ。

「おう! ちぃと かゆいくらいかなぁ。ま、でもゴッソリやってくれや!」

 三人の会話を聞きながら、篤樹はアイリと並んで隣の台に腰かけたままその様子を見ている。

「……最初に教えてくれりゃさ……俺だって別に……」

「いやさ……だからぁ! まさか浴衣を知らないなんて思わなかったから……」

 篤樹は自分がはいている「タオル地のトランクス」のような短パンを手で触りながらアイリをジト目で睨む。

「全部脱ぐのって……マナー違反だったの?」

「いや……別にそんなことは無いと思うよ。まあ……普通は侍女が湯浴み奉仕についた時には……王様でも浴衣は召されるけどな……あ、でも王妃方は召されないぜ!」

「そりゃ同性だもんね……」

 アイリの説明を受けながら、篤樹は恥ずかしそうにうつむいた。知らなかったのだから仕方が無い……まさか侍女が付いて風呂に入る時には、この専用の「タオル地トランクス」をはくのが決まりだったなんて……それどころか「不思議なパンツ」と勘違いしたまま、湯上り後に一晩はいてしまってたなんて……

「アッキーも早いとこ擦ってもらいな! スッキリするぜ!」

 スレヤーが横向きに顔を向け、篤樹に声をかける。

 いや……それにしても……

 篤樹が なおも躊躇ちゅうちょしていると、アイリも促した。

「ま、とにかくこれで一つ覚えたんだから良いじゃねぇかよ。はい、横になって……」

 アイリは立ち上がると、篤樹の両肩を押すように自分の両手を置き、グイッと身体の向きを変えさせようとする。

「あ痛てて……分かったよ、寝るから……」

 篤樹はスレヤーと並ぶ向きでうつ伏せになった。浴室に入る時には、今日も自分で身体を洗うつもりでいたのだが、服を脱ぐ段になって腕も足もピリピリとした筋肉痛と疲労で力が入らないことに気づいた。
 どうしようかと思っている横で、スレヤーがさっさと浴衣をはき終え「んじゃ洗ってもらっていいかい?」とチロルたちにお願いしたのだ。

 下半身は……隠したままで良かったのか……

 その時初めて、篤樹は前回の自分の入浴スタイルが間違っていたことを知ったのだった。

「ほら……力を抜いて!」

 篤樹の背中と両腕を、アイリは適度な力を込めてサポナウリを使い丁寧に擦りつつ、同時に心地良く揉みほぐしていく。身体を洗うだけでなく、マッサージも施してくれるのか……篤樹はこれまで味わったことの無い、最高の施術を受け気分が落ち着いて来た。思わず目を閉じ、身を任せてしまう。

「凄い……上手だなぁ、アイリのマッサージ……侍女の訓練とかでこういうのって、やり方も学ぶの?」

 アイリは手慣れた感じで進めながら答える。

「ん? まあ基本はな……あとは経験の積み重ね……。たまにフロカとか衛兵を実験台にしてな……訓練後にどこが一番凝ってるかとか……どこの揉みほぐしが気持ち良いかとか……。やってる間に自然と……な……気持ち良いか?」

「あ……うん……すごく……」

 篤樹は横向きのままゆっくりと目を開いた。目の前にはいやらしい笑みをニヤニヤと浮かべるスレヤーの顔が……

「な……なんですかスレヤーさん! そのいやらしい目は!」

「いやいやアッキー、お前ぇの『うん……すごく』のほうがよっぽどいやらしく聞こえたぜ!」

「も……もう! 変なこと言わないでくださいよ!」

 篤樹は起き上がって抗議したい気持ちだが、そんな気持ちを抑え込むほどにアイリのマッサージは心地良い。

「そうですよ、スレヤー様」

 アイリは篤樹の擦りマッサージを続けながらスレヤーに顔を向ける。

「明日の試合……全てはアツキの肩にかかってるのですから、しっかりと気持ち良く身体を揉みほぐさせていただかないと……」

 そうか……そうだった……俺の試合結果次第でこの二人は……

「……ま、アッキーは勝つさ!……苦戦はすっかも知れねぇけどな」

 スレヤーは自信に溢れた笑顔を向けた。

 プレッシャーを感じるなぁ……

「……頑張ります……死ぬ気で頑張ります!」

 篤樹はスレヤーの笑みに真剣な瞳で応えた。

 そうだよ……この理不尽な世界で生きていくためには……プレッシャーなんかに負けてたまるか!
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