上 下
195 / 464
第4章 陰謀渦巻く王都 編

第 187 話 剣道部と陸上部

しおりを挟む
「おう! アッキー。来たか!」

 スレヤーが満面の笑みで篤樹を出迎える。
 王宮兵団の兵舎外庭に整備された剣術訓練場では、いくつかのグループに分かれて午後の剣術訓練が行われていた。

「あ……スレヤーさん! えっと……お邪魔じゃないですか?」

 スレヤーの周りには5人の兵団剣士が囲むように立っている。どう見ても……素手のスレヤー1人と5人の剣士で「戦ってる」雰囲気だ。

「隙ありっ!」

 篤樹への挨拶をするスレヤーに向かい、背後から一人の剣士が飛びかかった。しかしスレヤーは剣が右肩口に当たろうとした瞬間に左回りに身をかわし、そのまま襲い掛かった剣士の左腕を左手で掴み、右手で後頭部を押さえるように添えると前のめりに倒す。
 その間に左右から飛びかかっていた剣士たちは一瞬、スレヤーの姿を見失ったように動きが鈍る。仲間の剣士を地面に討ち伏せていると確認し、剣の攻撃軌道を変える時にはすでにスレヤーは左斜め前の剣士に向かって駆け出していた。その手には先に倒した剣士の剣を握っている。
 突然、狂犬の的にされた事を悟った剣士は身動きすることも出来ないまま、スレヤーの掌底打を喰らい後方に吹き飛ばされた。それを見送った右手の剣士の首筋にはスレヤーの持つ剣がいつの間にか軽く触れている。
 先ほど攻撃をかわされた2人組が改めてスレヤーに斬りかかって来たが、スレヤーは右側の剣士の脇を潜り抜けつつ、その脇腹に柄頭を打ち付け背後に回り、向き直る。振り返ったもう一人の剣士の左斜め下から剣を振り上げ剣士の腕から剣を払い落した。
 そしてそのまま、何事も無かったように篤樹に答えた。

「いんにゃあ、全然問題無しだぜぇ! 遅かったじゃねえか?」

 篤樹は目の前で突如繰り広げられた「戦い」に唖然として目を見開いている。その圧倒的な戦い方にも当然驚いたのだが……不思議だったのは「目にも止まらぬ速さ」だったのに、スレヤーの流れるような体さばきを自分が「見て」驚いたことだった。
 それはルエルフの森の中で腐れトロルに襲われた時や、タフカとの戦いの時に感じた「スーパースロー映像」のような感覚ではない。スレヤーの動きに自分の目が追い付いているという不思議な感覚だった。

「どしたよ? そんなに目ぇ見開いてよぉ」

 スレヤーが篤樹に近寄りながら声をかける。

「スレイさん! もう一手お願いします!」

 スレヤーに倒された剣士たちがヨロヨロと立ち上がりながら声をかけてきた。

「10分休憩!」

 剣士たちの背後からの申し出を、スレヤーはあっさりと拒み休憩を宣言する。

「大丈夫かよ? アッキー」

「あ……はい。大丈夫です……何て言うか……やっぱスレヤーさんって強いんですねぇ……」

 篤樹はスレヤーの背後で立ち上がった剣士たちが「休憩」の号令に従い、再び地べたに座り直す姿を見ながら感想を口にした。

「ミラさんが……今日は朝からどこかに出かけたらしくって……。お昼を一緒にって言われてたんで待ってたんです。でも結局戻って来なくて……そんなんでちょっと遅れました。すみません」

「謝るこたぁ無ぇやね。そっちも大変だなぁ……我がまま王妃に振り回されてるみたいでよ」

 笑顔でスレヤーは篤樹を労う。

「んじゃ、アイツら休ませてる間に早速やるか?」

 自分が握っている剣を篤樹に差し出し渡した。篤樹がオズオズとその握柄を掴むと、スレヤーは完全に自分の手を離す。剣の「ズシッ!」とした全ての重みが腕の筋肉に伝わってくる。タグアの町の装備屋で手にした剣の重さを思い出す。

「やっぱり……結構重たいんですよねぇ……」

「そっかぁ? 真剣だともうちょい重いぞ?」

 篤樹の感想をスレヤーは軽く受け流しつつ、地べたに座っている剣士の傍から剣を拾い上げて来る。

「真剣って……え? これ……模擬刀ですか?!」

 スレヤーは拾い上げた剣の調子を確かめるように、片手で3回振り下ろす。

「あたり前ぇだろ? 真剣であんな訓練やってちゃ、ここの兵団が全滅しちまわぁな」

 そう言って大笑いする。篤樹は改めて剣身を確認した。確かに「刃」は丸く、厚みがある。これじゃ、確かに斬れないだろう。

「でも、スレイさんならそれでも人を殺せるでしょうや!」

 剣士たちが座ったまま笑って声をかける。スレヤーは口元に笑みを浮かべ、その感想を受け取った。

「ここの剣士隊の剣は『突き』と『叩き』に重きをおいてんだよ。だから元々『斬れ味』にはそれほどこだわりが無ぇんだなぁ」

「そう……なんですか……」

 もう一度剣身を見ながら篤樹は剣の重みを確かめる。

 確かに……こんなのでスレヤーさんに頭を思いっきり叩きつけられたら……頭蓋骨が割れるだろうなぁ……でも……

 篤樹は剣道部部長兼生徒会長の江口の事を思い出していた。

 江口の竹刀でも……スレヤーさんの力なら人を殺せそうだよなぁ……


◆  ◆  ◆  ◆  ◆


 陸上部顧問の岡部から言い渡されたメニューに、陸上男子部員は困惑していた。梅雨時期の屋内トレーニングは珍しい事ではないけど……

「何で剣道部と陸上部で合同練習なんかすんの?」

「岡部がサボりたいからだろ?」

 最終学年の中体連に向け練習を重ねている三年生達は、長引く雨を恨めしそうに睨みつける。グラウンドを走れない不満を口々に洩らしながら、体育館に向かう廊下を歩いていく。

「なんで男子だけ? 女子は休みなのに……」

 篤樹たち2年と新入部員の1年は逆に「休めないこと」への不満を口々に呟く。

 体育館に着くと、バレー部とバドミントン部が半面ずつをネットカーテンで仕切って練習していた。どちらも「女子」の練習時間ということもあり、男子陸上部員たちは何となく気恥ずかしさを感じながら体育館に入って行く。

 剣道部は正面のステージ上ですでに集合していた。篤樹たちは壁際を縦1列に並び、所在無げにステージへ移動する。

「お? 陸上部ぅ! 急げぇ!」

 陸上部に気づいた剣道部顧問の村田が声を上げた。いくつかの社会人大会でも上位入賞経験を持った実力有る有段者と聞いている。雰囲気としては生徒たちから嫌われてもいないし怖がられてもいない「生真面目で物静かな若おじさん」という感じの英語教員だ。だが剣道部員からの信頼はかなり厚い。岡部とは大違いだ……

 短パンやジャージ姿の陸上部に対し、剣道部はキチンと道着を着用している。ステージ下の女子たちから、変な取り合わせと見られていそうだ。

「じゃあ、それぞれで準備運動……始め!」

 村田の号令で剣道部も陸上部も、それぞれ普段自分たちが行う準備運動を行う。20分近く時間をかけてのウォーミングアップが終わると村田からの指示が出された。

「さて……じゃあ岡部先生から頼まれてるから……陸上部も裸足になって自分のタオルを出して!」

 篤樹たちは顔を見合わせる。剣道部は初めから裸足なので、ワラワラとそれぞれで準備を始めた。何をさせられるのか分からないが……陸上部男子たちも、とりあえず指示されるままに体育館シューズとソックスを脱ぎ、カバンからタオルを取り出す。

「それはちょっとデカいな……誰か予備を貸してやれ!」

 篤樹が出した大きめのスポーツタオルを見た村田は、笑顔で剣道部員に声をかける。すぐに江口が普通サイズのタオルを持って来た。

「洗って返せよ?」

 江口はニヤリと笑うとタオルを真っ直ぐ広げ、篤樹の足元に置く。篤樹は一瞬「えっ?」という表情を見せ、元の位置に戻る江口の背を視線で追う。だが、整列している剣道部員の足元にも、同じようにタオルが広げて置いてあるのを見て首を傾げた。

「じゃ、陸上部も同じようにタオルを置いて……先ずは剣道部がやるのを見ておいて」

 何をやらされるのか分からない不安と好奇心に、陸上部員はニヤけたり首を傾げたりしながら指示に従う。

「始め!」

 江口たち剣道部は村田の合図と共に、自分の足元に置かれたタオルの端に右足の指を載せると、器用に足指を動かしながらタオルをたぐり寄せ始めた。最後の一人がタオルをたぐり寄せ終わると、村田は陸上部員らに顔を向ける。

「分かったか? 簡単だろ? じゃ、陸上部もやってみようか? よーい……始め!」

 村田は有無を言わさず、この奇妙な真似を陸上部にも強要した。

 よく分からないけど……足の指で……こうか?

 見よう見真似で篤樹もやり始めたが、どうも上手くいかない。

「急ぐ必要はないぞ! 競争じゃないからな。親指から小指までを上手く動かしてたぐり寄せろぉ。あと、かかとは浮かすなよぉ!」

 剣道部員の倍以上の時間をかけ、ようやく陸上部のメンバー全員の「たぐり寄せ」が終わった。

「痛ってぇ……」

「ふくらはぎがつりそう……」

 陸上部員たちは初めてやった「奇妙な動作」の所感を口々にこぼしながら、何となくレクレーション気分になっている。

「これは『タオルギャザー』というトレーニングだ」

 村田が笑顔で説明を始めた。

「ウチの部の筋トレにも取り入れてるメニューの一つだ。足裏や足指の筋肉を強めたり可動域を広げることで、より『粘り強い踏み込み』の力を得られる効果的なトレーニングだ。だがな、元々考案したのは陸上競技の指導者らしいぞ?」

 これが? 陸上に?

 陸上部員たちの顔からおふざけの色が消えた。地面をしっかりと捉えることの大切さを知っているのだから、その力が向上するトレーニングと聞けばふざけてなんかいられない。

「足裏は人体の土台・底だからな。その筋肉がしっかりすれば、体幹もより安定しやすくなる。理に適ったトレーニングだろ? ちなみに先生が最初にこのトレーニングを知ったのは、語学研修でハワイに行った時だ。その時に知り合ったフラダンスの指導者の方から教えてもらったんだ」

 陸上部員たちは面白そうな新しい練習法を教えてくれた「部活指導者」の言葉に集中している。一方、剣道部員たちはすでに何度も聞いた話なのだろう、たぐり寄せたタオルを再び広げ次の準備を始めていた。

「何ごとも基礎、土台が大事ってことだ。勉強だってそうだろ? 土台が おろそかだと、その上に積み上げられるものは限られてしまう。基礎がしっかりしていればいくらでも積み上げていくことが出来る! 英単語を一つでも多く覚えておけば、テストや入試だけでなく国際社会人としてより多くのものを積み上げられるんだぞ!」

 陸上部員たちも、村田の話の風向きが変わり始めたのを察知した者たちから順に足元のタオルを再セットし始める。

「よし! では左右それぞれ15本ずつ行くぞ。先ずは右から……始め!」

 村田の号令で「タオルギャザー」が開始された。結局、篤樹たち陸上部はその日、岡部からの依頼ということで剣道部が取り入れている「踏み込みに有効な下半身の筋トレ」をみっちり村田から指導されることになった。

「お前らって、毎日これやってんの?」

 練習後の整理運動を終え片付けに入る時に、篤樹は江口に聞いた。

「部活で? いや……筋トレは基本、各自が自宅でやってるかなぁ? 今日は多分、岡部に言われてたんじゃないの?」

 どうやら剣道部はこの日、陸上部の「新・筋トレメニューお試し」に付き合ってくれていただけだったようだ。

「やっぱ俺らは竹刀振ってナンボの競技だからさ。部活時間は村田先生から技術を教わるほうが良いんだよね」

 江口はそう言うと、竹刀を左手で握り軽く素振りを見せる。

 岡部は呼び捨てで村田には「先生」を付けるんだぁ……

 篤樹は内心思ったが、それよりも目の前に現れた「江口の腕」に目が行く。

「お前、凄いなぁ腕筋……」

 まるでブロンズ像のような質感を持つ江口の左腕が、竹刀を振る度に筋肉の輪郭をキレイに浮き上がらせている。

「よくまあ、そんなに『ピタッ!』と止められるもんだなぁ」

「ん? そりゃガキの頃からやってるからなぁ」

 江口は笑顔のまま続けて2~3回素振りを見せた。

「やって見るか?」

 素振りを終えると、江口は篤樹に竹刀を渡す。促されるままに、篤樹は竹刀を両手で握る。

「あ……思ったほど重くないんだ……結構軽いじゃん……」

 篤樹のひと言に江口は笑顔で応じた。

「そうだな。日本刀なら1キロ半くらいだけど、俺のは『さぶなな』だから500グラムも無いくらいかなぁ……振ってみろよ」

 江口の素振りを思い出し、篤樹は見よう見真似で竹刀を頭上に持ち上げて「ブンッ!」と一振りしてみる。

「お! 上手いじゃん。じゃあ、1・2のリズムで10回!」

 なんだか「にわか侍」な気分になった篤樹は、江口の指示するリズムで竹刀を振り始めた。が……7回を過ぎると竹刀を「真っ直ぐ振り下ろせない」のを腕に感じる。意志に反して剣先がブレるのだ。

「……はい10回!」

 たった10回の素振りで、篤樹は「腕が重い」と感じる。慣れない動きで少し呼吸を乱しながら、篤樹は竹刀を江口に返す。

「竹刀って……結構重いのな……振ってみるとさ」

 江口はニヤリと笑った。

「思ったほど軽くも無いだろ? 竹刀は」

 あっ……コイツ……さっき俺が「竹刀は軽い」って言ったから……

 素振りをさせた江口の意図に気付き、篤樹は苦く笑みを浮かべた。

「お前ってさ……一日何回くらい素振りとかしてんの?」

 素振り完敗の雰囲気を漂わせながら、篤樹は江口に尋ねる。

「基本800本かなぁ……まあ竹刀は『軽い』からな」

「悪かったよ!『軽い』なんて言って! 充分に重たいよ、それ!」

 江口の腕がこんなに「ご立派」な理由を身をもって篤樹は知り、剣道部の次期主将候補になるわけだと心底納得した。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

号外! 卒業の場で王子が理不尽な婚約破棄!

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:127pt お気に入り:1,231

何でもするって言うと思いました?

恋愛 / 完結 24h.ポイント:7pt お気に入り:79

侯爵令嬢はデビュタントで婚約破棄され報復を決意する。

恋愛 / 完結 24h.ポイント:35pt お気に入り:1,881

クライン工房へようこそ!【第15部まで公開】

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:7pt お気に入り:330

何も知らない愚かな妻だとでも思っていたのですか?

恋愛 / 完結 24h.ポイント:255pt お気に入り:1,707

貴方を愛する事はありません、絶対に

恋愛 / 完結 24h.ポイント:1,263pt お気に入り:164

優秀な妹と婚約したら全て上手くいくのではなかったのですか?

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:18,468pt お気に入り:2,610

処理中です...