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第4章 陰謀渦巻く王都 編

第 186 話 エシャーの友だち

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 文化法暦省公営学舎は「学校」というより「自然公園」のような雰囲気だ。500m四方ほどの面積に学舎2棟と寄宿舎2棟の他、教職員用の研究棟等が点在している。10km四方の長城壁内王都面積から考えるなら、かなり広い面積を有する施設だ。

「外はもう暗いから、今夜は寄宿舎だけね」

 エシャーはサレマラの案内で寄宿舎内を案内してもらっていた。

「こっちが女子の寄宿舎で、学舎を挟んで反対側に男子の寄宿舎があるの。建物の造りは同じよ」

「そっかぁ……だから女の子しかいなかったんだね……」

 食堂にいた60人ほどが全て女学生だったことの理由にエシャーは納得する。

「そういうこと。男子の寄宿生は100人くらいかなぁ? 授業は男女一緒なんだけどね。貴族の子たちはほとんど通いだから……この学舎には全部で300人くらいの学生がいるのよ」

 サレマラは一通りの案内を終えると、談話室へエシャーを連れて行った。中には10人ほどの学生が2~3人のグループに分かれて談笑している。

「ほらぁ、みんな! 自習時間でしょ!」

 サレマラが注意をする。しかしその声は食堂の時のような厳しめのものでも無かったせいか、皆「はぁい」と一応の返事をしたわりに動き出す気配は無い。

「まったくぅ……何の話をしてんの?」

 サレマラは3人でテーブルを囲んでいる低学年の子らに話しかけた。ミシュバットの妖精たちくらいの、まだ幼い顔立ちの子らは真剣な顔でサレマラを見上げる。

「ねぇ、サレマラ……。あの『お化け』の話、聞いた?」

 かわいらしいピンクのリボンで髪を束ねている子が尋ねる。

「お化け?」

 キョトンとした顔で聞き返すサレマラに別の子が口を開く。

「湖の森の『お化け』の話!」

「あ……ああ……あれね……」

 サレマラは理解したように頷く。

「なぁにその『お化け』って?」

 エシャーが興味津々に話に加わって来た。3人の少女は「噂のルエルフのお姉ちゃん」が話に加わって来てくれたのが嬉しかったのか、興奮したように説明を始める。

「あのね! 湖の森の中に『お化け』が出るの!」

「ジルも見たんだって!」

「森の中ですごく大きな音もしたんだよ!」

  せきを切ったように次々と自分の知っている「情報」を提供し始めた少女たちを、サレマラは呆れたように溜息を いて制する。

「はいはい! 分かった分かった! あんまり騒いでると、森のお化けがここまで来ちゃうよ! 早く自分たちのお部屋に戻りなさい!」

 まだ何かと「情報提供」をしたがってる子たちをサレマラが き立てるように談話室から追い出すと、他の学生たちも潮時を感じたように退室していく。

「サレマラって……先生なの?」

 エシャーが不思議そうに尋ねた。問われた本人は一瞬、何のことかとキョトンとし、すぐにその誤解を打ち消す。

「ああ! 違うわよ。同じ寄宿生、学生よ。でも今年から寄宿舎の 学生舎監がくせいしゃかんになったからさ……仕事よ仕事!」

 サレマラが笑顔で答えた。

「学生……舎監……?」

「まあ寄宿学生の代表ってこと。昔は先生が常駐してたらしいんだけど、そんなの息苦しいじゃない? 規律を守るって条件で、先生には出て行ってもらったんだって。その代わり『学生舎監』を立てて規律順守に務めるのが条件ってこと」

 手慣れた様子で談話室の整頓をしながら、サレマラは制度の説明をする。

「さっきの子たちの話……『お化け』が出るって……」

「噂よ、ウ・ワ・サ」

 室内を見渡し、整頓を確認しながらサレマラは答えた。

「王城の湖北岸に、王宮管轄地の森が在るのよ。初代エグデン王が王城を建てる前から在った森なんだって」

「1000年前の森が……」

 エシャーは是非そこに行ってみたいとすぐに思った。そんな思いに気づくことも無くサレマラは話を続ける。

「長城壁が作られて、壁内王都が整備されても、その森の一部だけは元のまま残されたのよ。エグデン王の命令でね。遠目には綺麗な森なんだけど手入れされてない原生林だし、一般国民は立入禁止になってるから『近寄る大人は』ほとんどいないわ」

「ふうん……『大人は』?」

「そう。『大人は』ね」

 サレマラは悪戯っぽく笑みを浮かべ見せる。

「子どもたちにとっては格好の遊び場よ。大人が近寄らないんだから。昔から『お化けが出る』って話を聞かされてるから、ほとんどの子は怖がって近寄らないんだけど……やっぱりさ、そういうの好きな子っているじゃない?」

 「いるじゃない?」と聞かれても、エシャーは返答に困る。森を「怖い」と感じたことは無いし、そもそも「お化け」という存在もよく分からない。サーガとかが出るというのなら「危険」と感じるかも知れないが、怖いとか……ましてやそんな状況を「好き」という感覚はイマイチ理解出来なかった。困惑した笑顔で頷くしか出来ないエシャーを 他所よそに、サレマラは続ける。

「私も2~3年前くらいまではたまに行ったんだ。王宮兵団の人たちが巡回しててさ、その人たちに見つからないように森の中まで行くの! それが一番楽しかったなぁ……でも、森の中に入るとね……昼間なのにすごく静か……。町の音も聞こえなくなって……森を見てたら段々怖くなって来るのよねぇ……」

「森は……怖くないよぉ」

 エシャーは何となく「友だち」を怖がられているように感じ、少し不満げに答えた。

「あっ、ゴメン! そうじゃないの!」

 サレマラもさすがに今回のエシャーの反応には気づき、即座に訂正する。

「そりゃ、森の木々は何にも悪い事なんかしないもんね。大丈夫! 分かってる!……ただね……あの森は何となく他の森や木々と違う……特別な森や木々なんだなって……。まあ、決まりを破って森に近づいた子どもたちってのは、そう感じちゃうものなのよ!」

 エシャーの気持ちを おもんばかり、サレマラは明るく話す。

「あ……ううん! そうなんだね……」

 そのサレマラの気持ちに感謝し、エシャーも笑顔で相槌を打った。その表情を見て安心したようにサレマラは話を続ける。

「たださ……子どもたちの恐怖心や不安感から生まれた『森のお化けの話』だったはずなんだけど、最近……1年くらい前からかなぁ? 大人の間でも『森のお化け』の話が噂されるようになって来たの」

「大人も?」

「そう……。さっきの子たちが言ってたような話とか……夜中に森の中で動く光の玉を見たとか……。調査に入った兵隊が大怪我をして戻って来て『お化けにやられた』って証言したとか……」

 サレマラはそう語りながらも、自分で直接見聞きしたわけではない話だったようで急に口調を改める。

「とにかくさ、そんな噂話がいま流行ってるってことよ!」

 そう笑顔で言うと、お化け話を切り上げた。

「さ! それじゃ私たちも部屋に戻って自習しましょ!」

「自習? 私も?」

 エシャーが困った顔を見せる。サレマラはニッコリと笑みをエシャーに向ける。

「エシャーには、私の自習を手伝ってもらいたいんだなぁ」


◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 翌日、エシャーはサレマラと共に魔法術学の授業に参加していた。

「では、古代魔法と人造魔法のレポートを発表していただきます。サレマラ、準備してきましたね?」

 魔法術学の教室に りんと響く年配女性教師の声に、サレマラは元気に答え前に進み出て発表を始めた。昨夜、エシャーと雑談のように話した「魔法術」についての内容が、レポートとして上手く分かりやすいものに整えられている。

「……ですので、古代魔法と人造魔法についてその発現原理には大きな違いは有りません。どちらも『イメージ』した効果を発現させるものです。但し、現象的イメージさえ持っていれば発現可能な妖精種の古代魔法に対し、人造魔法は発現までにいくつかの過程を経なければなりません。術士は原理的な応用を科学的に理解する必要があります。物質の構成を理解する知識、構成の変化によって生じる現象に対する知識、こうした化学的な理解と知識を修め、尚それらを組み合わせ用いる技術などが求められます」

 へぇ……そうなんだぁ……

 発表を聞きながらエシャーはすっかり感心してしまった。自分にとって火や水や光はそれ以外の何物でも無い。だから自分が知っている火の熱さや輝きや動きをイメージすればそれが現れる……そんな感覚しか無かった。こうした古代魔法は幼い頃から自然に発現出来ていた。

 それとは別に、ルロエや村人から教えてもらった「現象」もある。熱や圧力によって生じる膨張や破裂などを見た時には驚いたものだ。そうした「加工により生じる現象を発現させる魔法」のことを人造魔法だと教わっていたのだが……実際はもっと複雑な知識と技術が必要なのだと初めて理解する。

「……以上のことから妖精種にのみ発現可能であった魔法術が、1300年前に大賢者ユーゴにより人間種にも発現可能であることが証明され、今日までの発展を遂げて来ました」

 サレマラの発表が終わると年配女性教師は自らが拍手を送り、学生たちにも促した。

「非常に良くまとまったレポートでしたね、サレマラ。実技の失点をカバー出来るだけの素晴らしい内容だったと思います。では席へ……他の皆さんのレポートはこの後、教室を出る時に提出して下さい。本日未提出者はD評価とします」

 サレマラへの評価と連絡事項を終えると、年配女性教師は教科書を開く。

「では28ページを開いて……」

 教師が指示を出している間に、サレマラはエシャーの隣に戻って来た。

「ありがとうね、エシャー。古代魔法の術者の実体験話が効いたみたい!」

 小声でエシャーに感謝を述べ席に座り、サレマラも教科書を開く。エシャーも小声で応じた。

「どういたしまして。すごいねサレマラ、先生みたいだった! すごくよく分かったよ。面白かった!」

 笑顔を向けて発表の務めを労う。サレマラも笑顔で応えると、スッと教科書を寄せてくれた。
 生まれて初めて見る「教科書」を、エシャーは初め興味津々に覗き込んでいたが……年配女性教師の声はまるで「眠りを誘う魔法」でも使っているかのように心地良すぎる。いつしかエシャーは夢の世界に足を踏み入れていた……


―・―・―・―・―・―


「ごめんね……サレマラ……」

 昼休みの学生食堂の一角で、エシャーは今までの人生で感じたことの無いほど落ち込んだ気持ちでサレマラに詫び続けていた。

「もう、ホントに良いってぇ。エシャー気にし過ぎ!」

 サレマラは笑いながらカットフルーツを口に運ぶ。

「あれはブレッダ先生が怒り過ぎなだけよ」

 午前中最後の授業だった魔法術学の教室に響いたエシャーの寝息を、年配女性教師ブレッダは聞き逃さなかった。教科書を読むのを止め、エシャーとサレマラの席を睨みつける。サレマラが慌ててエシャーをつついた時には、ブレッダの手から一筋の光が伸びエシャーの額に命中していた。
 圧縮された空気の塊の「弾」……サレマラの説明では、毎授業で1人か2人はこの攻撃で強制覚醒させられるという名物魔法なのだが……生まれて初めての授業を夢うつつで聞いていたエシャーに、正常な状況判断は出来なかった。ブレッダからの「攻撃魔法」に対し、寝惚けた意識のまま「反撃魔法」を咄嗟に発動させてしまったのだった。
 当然の事ながら授業は中断。あわや大怪我を負いかねない「反撃」を受けたブレッダは烈火の如く怒り狂い、エシャーだけでなくサレマラにまで「監督責任」を問い、最後は「前期D判定」を宣告して授業が終わってしまったのだ。

「あーあ……せっかくサレマラの役に立てたと思ったのに……」

 レポート発表の評価が良かっただけに、エシャーは自分のせいでサレマラの足を引っ張ってしまった事を心から後悔している。

「大丈夫よ。期末試験の学科でちゃんと取り返すから!」

 サレマラは笑顔でそう言うと、最後のカットフルーツを口の中に放り込む。エシャーもホッとして気持ちがだいぶ軽くなり笑顔を見せた。新しく出来たこの友だちと過ごす2週間が……楽しい毎日だといいなぁ……
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