194 / 464
第4章 陰謀渦巻く王都 編
第 186 話 エシャーの友だち
しおりを挟む
文化法暦省公営学舎は「学校」というより「自然公園」のような雰囲気だ。500m四方ほどの面積に学舎2棟と寄宿舎2棟の他、教職員用の研究棟等が点在している。10km四方の長城壁内王都面積から考えるなら、かなり広い面積を有する施設だ。
「外はもう暗いから、今夜は寄宿舎だけね」
エシャーはサレマラの案内で寄宿舎内を案内してもらっていた。
「こっちが女子の寄宿舎で、学舎を挟んで反対側に男子の寄宿舎があるの。建物の造りは同じよ」
「そっかぁ……だから女の子しかいなかったんだね……」
食堂にいた60人ほどが全て女学生だったことの理由にエシャーは納得する。
「そういうこと。男子の寄宿生は100人くらいかなぁ? 授業は男女一緒なんだけどね。貴族の子たちはほとんど通いだから……この学舎には全部で300人くらいの学生がいるのよ」
サレマラは一通りの案内を終えると、談話室へエシャーを連れて行った。中には10人ほどの学生が2~3人のグループに分かれて談笑している。
「ほらぁ、みんな! 自習時間でしょ!」
サレマラが注意をする。しかしその声は食堂の時のような厳しめのものでも無かったせいか、皆「はぁい」と一応の返事をしたわりに動き出す気配は無い。
「まったくぅ……何の話をしてんの?」
サレマラは3人でテーブルを囲んでいる低学年の子らに話しかけた。ミシュバットの妖精たちくらいの、まだ幼い顔立ちの子らは真剣な顔でサレマラを見上げる。
「ねぇ、サレマラ……。あの『お化け』の話、聞いた?」
かわいらしいピンクのリボンで髪を束ねている子が尋ねる。
「お化け?」
キョトンとした顔で聞き返すサレマラに別の子が口を開く。
「湖の森の『お化け』の話!」
「あ……ああ……あれね……」
サレマラは理解したように頷く。
「なぁにその『お化け』って?」
エシャーが興味津々に話に加わって来た。3人の少女は「噂のルエルフのお姉ちゃん」が話に加わって来てくれたのが嬉しかったのか、興奮したように説明を始める。
「あのね! 湖の森の中に『お化け』が出るの!」
「ジルも見たんだって!」
「森の中ですごく大きな音もしたんだよ!」
堰を切ったように次々と自分の知っている「情報」を提供し始めた少女たちを、サレマラは呆れたように溜息を 吐いて制する。
「はいはい! 分かった分かった! あんまり騒いでると、森のお化けがここまで来ちゃうよ! 早く自分たちのお部屋に戻りなさい!」
まだ何かと「情報提供」をしたがってる子たちをサレマラが 急き立てるように談話室から追い出すと、他の学生たちも潮時を感じたように退室していく。
「サレマラって……先生なの?」
エシャーが不思議そうに尋ねた。問われた本人は一瞬、何のことかとキョトンとし、すぐにその誤解を打ち消す。
「ああ! 違うわよ。同じ寄宿生、学生よ。でも今年から寄宿舎の 学生舎監になったからさ……仕事よ仕事!」
サレマラが笑顔で答えた。
「学生……舎監……?」
「まあ寄宿学生の代表ってこと。昔は先生が常駐してたらしいんだけど、そんなの息苦しいじゃない? 規律を守るって条件で、先生には出て行ってもらったんだって。その代わり『学生舎監』を立てて規律順守に務めるのが条件ってこと」
手慣れた様子で談話室の整頓をしながら、サレマラは制度の説明をする。
「さっきの子たちの話……『お化け』が出るって……」
「噂よ、ウ・ワ・サ」
室内を見渡し、整頓を確認しながらサレマラは答えた。
「王城の湖北岸に、王宮管轄地の森が在るのよ。初代エグデン王が王城を建てる前から在った森なんだって」
「1000年前の森が……」
エシャーは是非そこに行ってみたいとすぐに思った。そんな思いに気づくことも無くサレマラは話を続ける。
「長城壁が作られて、壁内王都が整備されても、その森の一部だけは元のまま残されたのよ。エグデン王の命令でね。遠目には綺麗な森なんだけど手入れされてない原生林だし、一般国民は立入禁止になってるから『近寄る大人は』ほとんどいないわ」
「ふうん……『大人は』?」
「そう。『大人は』ね」
サレマラは悪戯っぽく笑みを浮かべ見せる。
「子どもたちにとっては格好の遊び場よ。大人が近寄らないんだから。昔から『お化けが出る』って話を聞かされてるから、ほとんどの子は怖がって近寄らないんだけど……やっぱりさ、そういうの好きな子っているじゃない?」
「いるじゃない?」と聞かれても、エシャーは返答に困る。森を「怖い」と感じたことは無いし、そもそも「お化け」という存在もよく分からない。サーガとかが出るというのなら「危険」と感じるかも知れないが、怖いとか……ましてやそんな状況を「好き」という感覚はイマイチ理解出来なかった。困惑した笑顔で頷くしか出来ないエシャーを 他所に、サレマラは続ける。
「私も2~3年前くらいまではたまに行ったんだ。王宮兵団の人たちが巡回しててさ、その人たちに見つからないように森の中まで行くの! それが一番楽しかったなぁ……でも、森の中に入るとね……昼間なのにすごく静か……。町の音も聞こえなくなって……森を見てたら段々怖くなって来るのよねぇ……」
「森は……怖くないよぉ」
エシャーは何となく「友だち」を怖がられているように感じ、少し不満げに答えた。
「あっ、ゴメン! そうじゃないの!」
サレマラもさすがに今回のエシャーの反応には気づき、即座に訂正する。
「そりゃ、森の木々は何にも悪い事なんかしないもんね。大丈夫! 分かってる!……ただね……あの森は何となく他の森や木々と違う……特別な森や木々なんだなって……。まあ、決まりを破って森に近づいた子どもたちってのは、そう感じちゃうものなのよ!」
エシャーの気持ちを 慮り、サレマラは明るく話す。
「あ……ううん! そうなんだね……」
そのサレマラの気持ちに感謝し、エシャーも笑顔で相槌を打った。その表情を見て安心したようにサレマラは話を続ける。
「たださ……子どもたちの恐怖心や不安感から生まれた『森のお化けの話』だったはずなんだけど、最近……1年くらい前からかなぁ? 大人の間でも『森のお化け』の話が噂されるようになって来たの」
「大人も?」
「そう……。さっきの子たちが言ってたような話とか……夜中に森の中で動く光の玉を見たとか……。調査に入った兵隊が大怪我をして戻って来て『お化けにやられた』って証言したとか……」
サレマラはそう語りながらも、自分で直接見聞きしたわけではない話だったようで急に口調を改める。
「とにかくさ、そんな噂話がいま流行ってるってことよ!」
そう笑顔で言うと、お化け話を切り上げた。
「さ! それじゃ私たちも部屋に戻って自習しましょ!」
「自習? 私も?」
エシャーが困った顔を見せる。サレマラはニッコリと笑みをエシャーに向ける。
「エシャーには、私の自習を手伝ってもらいたいんだなぁ」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
翌日、エシャーはサレマラと共に魔法術学の授業に参加していた。
「では、古代魔法と人造魔法のレポートを発表していただきます。サレマラ、準備してきましたね?」
魔法術学の教室に 凛と響く年配女性教師の声に、サレマラは元気に答え前に進み出て発表を始めた。昨夜、エシャーと雑談のように話した「魔法術」についての内容が、レポートとして上手く分かりやすいものに整えられている。
「……ですので、古代魔法と人造魔法についてその発現原理には大きな違いは有りません。どちらも『イメージ』した効果を発現させるものです。但し、現象的イメージさえ持っていれば発現可能な妖精種の古代魔法に対し、人造魔法は発現までにいくつかの過程を経なければなりません。術士は原理的な応用を科学的に理解する必要があります。物質の構成を理解する知識、構成の変化によって生じる現象に対する知識、こうした化学的な理解と知識を修め、尚それらを組み合わせ用いる技術などが求められます」
へぇ……そうなんだぁ……
発表を聞きながらエシャーはすっかり感心してしまった。自分にとって火や水や光はそれ以外の何物でも無い。だから自分が知っている火の熱さや輝きや動きをイメージすればそれが現れる……そんな感覚しか無かった。こうした古代魔法は幼い頃から自然に発現出来ていた。
それとは別に、ルロエや村人から教えてもらった「現象」もある。熱や圧力によって生じる膨張や破裂などを見た時には驚いたものだ。そうした「加工により生じる現象を発現させる魔法」のことを人造魔法だと教わっていたのだが……実際はもっと複雑な知識と技術が必要なのだと初めて理解する。
「……以上のことから妖精種にのみ発現可能であった魔法術が、1300年前に大賢者ユーゴにより人間種にも発現可能であることが証明され、今日までの発展を遂げて来ました」
サレマラの発表が終わると年配女性教師は自らが拍手を送り、学生たちにも促した。
「非常に良くまとまったレポートでしたね、サレマラ。実技の失点をカバー出来るだけの素晴らしい内容だったと思います。では席へ……他の皆さんのレポートはこの後、教室を出る時に提出して下さい。本日未提出者はD評価とします」
サレマラへの評価と連絡事項を終えると、年配女性教師は教科書を開く。
「では28ページを開いて……」
教師が指示を出している間に、サレマラはエシャーの隣に戻って来た。
「ありがとうね、エシャー。古代魔法の術者の実体験話が効いたみたい!」
小声でエシャーに感謝を述べ席に座り、サレマラも教科書を開く。エシャーも小声で応じた。
「どういたしまして。すごいねサレマラ、先生みたいだった! すごくよく分かったよ。面白かった!」
笑顔を向けて発表の務めを労う。サレマラも笑顔で応えると、スッと教科書を寄せてくれた。
生まれて初めて見る「教科書」を、エシャーは初め興味津々に覗き込んでいたが……年配女性教師の声はまるで「眠りを誘う魔法」でも使っているかのように心地良すぎる。いつしかエシャーは夢の世界に足を踏み入れていた……
―・―・―・―・―・―
「ごめんね……サレマラ……」
昼休みの学生食堂の一角で、エシャーは今までの人生で感じたことの無いほど落ち込んだ気持ちでサレマラに詫び続けていた。
「もう、ホントに良いってぇ。エシャー気にし過ぎ!」
サレマラは笑いながらカットフルーツを口に運ぶ。
「あれはブレッダ先生が怒り過ぎなだけよ」
午前中最後の授業だった魔法術学の教室に響いたエシャーの寝息を、年配女性教師ブレッダは聞き逃さなかった。教科書を読むのを止め、エシャーとサレマラの席を睨みつける。サレマラが慌ててエシャーをつついた時には、ブレッダの手から一筋の光が伸びエシャーの額に命中していた。
圧縮された空気の塊の「弾」……サレマラの説明では、毎授業で1人か2人はこの攻撃で強制覚醒させられるという名物魔法なのだが……生まれて初めての授業を夢うつつで聞いていたエシャーに、正常な状況判断は出来なかった。ブレッダからの「攻撃魔法」に対し、寝惚けた意識のまま「反撃魔法」を咄嗟に発動させてしまったのだった。
当然の事ながら授業は中断。あわや大怪我を負いかねない「反撃」を受けたブレッダは烈火の如く怒り狂い、エシャーだけでなくサレマラにまで「監督責任」を問い、最後は「前期D判定」を宣告して授業が終わってしまったのだ。
「あーあ……せっかくサレマラの役に立てたと思ったのに……」
レポート発表の評価が良かっただけに、エシャーは自分のせいでサレマラの足を引っ張ってしまった事を心から後悔している。
「大丈夫よ。期末試験の学科でちゃんと取り返すから!」
サレマラは笑顔でそう言うと、最後のカットフルーツを口の中に放り込む。エシャーもホッとして気持ちがだいぶ軽くなり笑顔を見せた。新しく出来たこの友だちと過ごす2週間が……楽しい毎日だといいなぁ……
「外はもう暗いから、今夜は寄宿舎だけね」
エシャーはサレマラの案内で寄宿舎内を案内してもらっていた。
「こっちが女子の寄宿舎で、学舎を挟んで反対側に男子の寄宿舎があるの。建物の造りは同じよ」
「そっかぁ……だから女の子しかいなかったんだね……」
食堂にいた60人ほどが全て女学生だったことの理由にエシャーは納得する。
「そういうこと。男子の寄宿生は100人くらいかなぁ? 授業は男女一緒なんだけどね。貴族の子たちはほとんど通いだから……この学舎には全部で300人くらいの学生がいるのよ」
サレマラは一通りの案内を終えると、談話室へエシャーを連れて行った。中には10人ほどの学生が2~3人のグループに分かれて談笑している。
「ほらぁ、みんな! 自習時間でしょ!」
サレマラが注意をする。しかしその声は食堂の時のような厳しめのものでも無かったせいか、皆「はぁい」と一応の返事をしたわりに動き出す気配は無い。
「まったくぅ……何の話をしてんの?」
サレマラは3人でテーブルを囲んでいる低学年の子らに話しかけた。ミシュバットの妖精たちくらいの、まだ幼い顔立ちの子らは真剣な顔でサレマラを見上げる。
「ねぇ、サレマラ……。あの『お化け』の話、聞いた?」
かわいらしいピンクのリボンで髪を束ねている子が尋ねる。
「お化け?」
キョトンとした顔で聞き返すサレマラに別の子が口を開く。
「湖の森の『お化け』の話!」
「あ……ああ……あれね……」
サレマラは理解したように頷く。
「なぁにその『お化け』って?」
エシャーが興味津々に話に加わって来た。3人の少女は「噂のルエルフのお姉ちゃん」が話に加わって来てくれたのが嬉しかったのか、興奮したように説明を始める。
「あのね! 湖の森の中に『お化け』が出るの!」
「ジルも見たんだって!」
「森の中ですごく大きな音もしたんだよ!」
堰を切ったように次々と自分の知っている「情報」を提供し始めた少女たちを、サレマラは呆れたように溜息を 吐いて制する。
「はいはい! 分かった分かった! あんまり騒いでると、森のお化けがここまで来ちゃうよ! 早く自分たちのお部屋に戻りなさい!」
まだ何かと「情報提供」をしたがってる子たちをサレマラが 急き立てるように談話室から追い出すと、他の学生たちも潮時を感じたように退室していく。
「サレマラって……先生なの?」
エシャーが不思議そうに尋ねた。問われた本人は一瞬、何のことかとキョトンとし、すぐにその誤解を打ち消す。
「ああ! 違うわよ。同じ寄宿生、学生よ。でも今年から寄宿舎の 学生舎監になったからさ……仕事よ仕事!」
サレマラが笑顔で答えた。
「学生……舎監……?」
「まあ寄宿学生の代表ってこと。昔は先生が常駐してたらしいんだけど、そんなの息苦しいじゃない? 規律を守るって条件で、先生には出て行ってもらったんだって。その代わり『学生舎監』を立てて規律順守に務めるのが条件ってこと」
手慣れた様子で談話室の整頓をしながら、サレマラは制度の説明をする。
「さっきの子たちの話……『お化け』が出るって……」
「噂よ、ウ・ワ・サ」
室内を見渡し、整頓を確認しながらサレマラは答えた。
「王城の湖北岸に、王宮管轄地の森が在るのよ。初代エグデン王が王城を建てる前から在った森なんだって」
「1000年前の森が……」
エシャーは是非そこに行ってみたいとすぐに思った。そんな思いに気づくことも無くサレマラは話を続ける。
「長城壁が作られて、壁内王都が整備されても、その森の一部だけは元のまま残されたのよ。エグデン王の命令でね。遠目には綺麗な森なんだけど手入れされてない原生林だし、一般国民は立入禁止になってるから『近寄る大人は』ほとんどいないわ」
「ふうん……『大人は』?」
「そう。『大人は』ね」
サレマラは悪戯っぽく笑みを浮かべ見せる。
「子どもたちにとっては格好の遊び場よ。大人が近寄らないんだから。昔から『お化けが出る』って話を聞かされてるから、ほとんどの子は怖がって近寄らないんだけど……やっぱりさ、そういうの好きな子っているじゃない?」
「いるじゃない?」と聞かれても、エシャーは返答に困る。森を「怖い」と感じたことは無いし、そもそも「お化け」という存在もよく分からない。サーガとかが出るというのなら「危険」と感じるかも知れないが、怖いとか……ましてやそんな状況を「好き」という感覚はイマイチ理解出来なかった。困惑した笑顔で頷くしか出来ないエシャーを 他所に、サレマラは続ける。
「私も2~3年前くらいまではたまに行ったんだ。王宮兵団の人たちが巡回しててさ、その人たちに見つからないように森の中まで行くの! それが一番楽しかったなぁ……でも、森の中に入るとね……昼間なのにすごく静か……。町の音も聞こえなくなって……森を見てたら段々怖くなって来るのよねぇ……」
「森は……怖くないよぉ」
エシャーは何となく「友だち」を怖がられているように感じ、少し不満げに答えた。
「あっ、ゴメン! そうじゃないの!」
サレマラもさすがに今回のエシャーの反応には気づき、即座に訂正する。
「そりゃ、森の木々は何にも悪い事なんかしないもんね。大丈夫! 分かってる!……ただね……あの森は何となく他の森や木々と違う……特別な森や木々なんだなって……。まあ、決まりを破って森に近づいた子どもたちってのは、そう感じちゃうものなのよ!」
エシャーの気持ちを 慮り、サレマラは明るく話す。
「あ……ううん! そうなんだね……」
そのサレマラの気持ちに感謝し、エシャーも笑顔で相槌を打った。その表情を見て安心したようにサレマラは話を続ける。
「たださ……子どもたちの恐怖心や不安感から生まれた『森のお化けの話』だったはずなんだけど、最近……1年くらい前からかなぁ? 大人の間でも『森のお化け』の話が噂されるようになって来たの」
「大人も?」
「そう……。さっきの子たちが言ってたような話とか……夜中に森の中で動く光の玉を見たとか……。調査に入った兵隊が大怪我をして戻って来て『お化けにやられた』って証言したとか……」
サレマラはそう語りながらも、自分で直接見聞きしたわけではない話だったようで急に口調を改める。
「とにかくさ、そんな噂話がいま流行ってるってことよ!」
そう笑顔で言うと、お化け話を切り上げた。
「さ! それじゃ私たちも部屋に戻って自習しましょ!」
「自習? 私も?」
エシャーが困った顔を見せる。サレマラはニッコリと笑みをエシャーに向ける。
「エシャーには、私の自習を手伝ってもらいたいんだなぁ」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
翌日、エシャーはサレマラと共に魔法術学の授業に参加していた。
「では、古代魔法と人造魔法のレポートを発表していただきます。サレマラ、準備してきましたね?」
魔法術学の教室に 凛と響く年配女性教師の声に、サレマラは元気に答え前に進み出て発表を始めた。昨夜、エシャーと雑談のように話した「魔法術」についての内容が、レポートとして上手く分かりやすいものに整えられている。
「……ですので、古代魔法と人造魔法についてその発現原理には大きな違いは有りません。どちらも『イメージ』した効果を発現させるものです。但し、現象的イメージさえ持っていれば発現可能な妖精種の古代魔法に対し、人造魔法は発現までにいくつかの過程を経なければなりません。術士は原理的な応用を科学的に理解する必要があります。物質の構成を理解する知識、構成の変化によって生じる現象に対する知識、こうした化学的な理解と知識を修め、尚それらを組み合わせ用いる技術などが求められます」
へぇ……そうなんだぁ……
発表を聞きながらエシャーはすっかり感心してしまった。自分にとって火や水や光はそれ以外の何物でも無い。だから自分が知っている火の熱さや輝きや動きをイメージすればそれが現れる……そんな感覚しか無かった。こうした古代魔法は幼い頃から自然に発現出来ていた。
それとは別に、ルロエや村人から教えてもらった「現象」もある。熱や圧力によって生じる膨張や破裂などを見た時には驚いたものだ。そうした「加工により生じる現象を発現させる魔法」のことを人造魔法だと教わっていたのだが……実際はもっと複雑な知識と技術が必要なのだと初めて理解する。
「……以上のことから妖精種にのみ発現可能であった魔法術が、1300年前に大賢者ユーゴにより人間種にも発現可能であることが証明され、今日までの発展を遂げて来ました」
サレマラの発表が終わると年配女性教師は自らが拍手を送り、学生たちにも促した。
「非常に良くまとまったレポートでしたね、サレマラ。実技の失点をカバー出来るだけの素晴らしい内容だったと思います。では席へ……他の皆さんのレポートはこの後、教室を出る時に提出して下さい。本日未提出者はD評価とします」
サレマラへの評価と連絡事項を終えると、年配女性教師は教科書を開く。
「では28ページを開いて……」
教師が指示を出している間に、サレマラはエシャーの隣に戻って来た。
「ありがとうね、エシャー。古代魔法の術者の実体験話が効いたみたい!」
小声でエシャーに感謝を述べ席に座り、サレマラも教科書を開く。エシャーも小声で応じた。
「どういたしまして。すごいねサレマラ、先生みたいだった! すごくよく分かったよ。面白かった!」
笑顔を向けて発表の務めを労う。サレマラも笑顔で応えると、スッと教科書を寄せてくれた。
生まれて初めて見る「教科書」を、エシャーは初め興味津々に覗き込んでいたが……年配女性教師の声はまるで「眠りを誘う魔法」でも使っているかのように心地良すぎる。いつしかエシャーは夢の世界に足を踏み入れていた……
―・―・―・―・―・―
「ごめんね……サレマラ……」
昼休みの学生食堂の一角で、エシャーは今までの人生で感じたことの無いほど落ち込んだ気持ちでサレマラに詫び続けていた。
「もう、ホントに良いってぇ。エシャー気にし過ぎ!」
サレマラは笑いながらカットフルーツを口に運ぶ。
「あれはブレッダ先生が怒り過ぎなだけよ」
午前中最後の授業だった魔法術学の教室に響いたエシャーの寝息を、年配女性教師ブレッダは聞き逃さなかった。教科書を読むのを止め、エシャーとサレマラの席を睨みつける。サレマラが慌ててエシャーをつついた時には、ブレッダの手から一筋の光が伸びエシャーの額に命中していた。
圧縮された空気の塊の「弾」……サレマラの説明では、毎授業で1人か2人はこの攻撃で強制覚醒させられるという名物魔法なのだが……生まれて初めての授業を夢うつつで聞いていたエシャーに、正常な状況判断は出来なかった。ブレッダからの「攻撃魔法」に対し、寝惚けた意識のまま「反撃魔法」を咄嗟に発動させてしまったのだった。
当然の事ながら授業は中断。あわや大怪我を負いかねない「反撃」を受けたブレッダは烈火の如く怒り狂い、エシャーだけでなくサレマラにまで「監督責任」を問い、最後は「前期D判定」を宣告して授業が終わってしまったのだ。
「あーあ……せっかくサレマラの役に立てたと思ったのに……」
レポート発表の評価が良かっただけに、エシャーは自分のせいでサレマラの足を引っ張ってしまった事を心から後悔している。
「大丈夫よ。期末試験の学科でちゃんと取り返すから!」
サレマラは笑顔でそう言うと、最後のカットフルーツを口の中に放り込む。エシャーもホッとして気持ちがだいぶ軽くなり笑顔を見せた。新しく出来たこの友だちと過ごす2週間が……楽しい毎日だといいなぁ……
0
お気に入りに追加
78
あなたにおすすめの小説
異世界転移しましたが、面倒事に巻き込まれそうな予感しかしないので早めに逃げ出す事にします。
sou
ファンタジー
蕪木高等学校3年1組の生徒40名は突如眩い光に包まれた。
目が覚めた彼らは異世界転移し見知らぬ国、リスランダ王国へと転移していたのだ。
「勇者たちよ…この国を救ってくれ…えっ!一人いなくなった?どこに?」
これは、面倒事を予感した主人公がいち早く逃げ出し、平穏な暮らしを目指す物語。
なろう、カクヨムにも同作を投稿しています。
日本列島、時震により転移す!
黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。
異世界で魔法が使えるなんて幻想だった!〜街を追われたので馬車を改造して車中泊します!〜え、魔力持ってるじゃんて?違います、電力です!
あるちゃいる
ファンタジー
山菜を採りに山へ入ると運悪く猪に遭遇し、慌てて逃げると崖から落ちて意識を失った。
気が付いたら山だった場所は平坦な森で、落ちたはずの崖も無かった。
不思議に思ったが、理由はすぐに判明した。
どうやら農作業中の外国人に助けられたようだ。
その外国人は背中に背負子と鍬を背負っていたからきっと近所の農家の人なのだろう。意外と流暢な日本語を話す。が、言葉の意味はあまり理解してないらしく、『県道は何処か?』と聞いても首を傾げていた。
『道は何処にありますか?』と言ったら、漸く理解したのか案内してくれるというので着いていく。
が、行けども行けどもどんどん森は深くなり、不審に思い始めた頃に少し開けた場所に出た。
そこは農具でも置いてる場所なのかボロ小屋が数軒建っていて、外国人さんが大声で叫ぶと、人が十数人ゾロゾロと小屋から出てきて、俺の周りを囲む。
そして何故か縄で手足を縛られて大八車に転がされ……。
⚠️超絶不定期更新⚠️
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
【しっかり書き換え版】『異世界でたった1人の日本人』~ 異世界で日本の神の加護を持つたった1人の男~
石のやっさん
ファンタジー
12/17 13時20分 HOT男性部門1位 ファンタジー日間 1位 でした。
ありがとうございます
主人公の神代理人(かみしろ りひと)はクラスの異世界転移に巻き込まれた。
転移前に白い空間にて女神イシュタスがジョブやスキルを与えていたのだが、理人の番が来た時にイシュタスの顔色が変わる。「貴方神臭いわね」そう言うと理人にだけジョブやスキルも与えずに異世界に転移をさせた。
ジョブやスキルの無い事から早々と城から追い出される事が決まった、理人の前に天照の分体、眷属のアマ=テラス事『テラスちゃん』が現れた。
『異世界の女神は誘拐犯なんだ』とリヒトに話し、神社の宮司の孫の理人に異世界でも生きられるように日本人ならではの力を授けてくれた。
ここから『異世界でたった1人の日本人、理人の物語』がスタートする
「『異世界でたった1人の日本人』 私達を蔑ろにしチート貰ったのだから返して貰いますね」が好評だったのですが...昔に書いて小説らしくないのでしっかり書き始めました。
平凡冒険者のスローライフ
上田なごむ
ファンタジー
26歳独身動物好きの主人公大和希は、神様によって魔物・魔法・獣人等ファンタジーな世界観の異世界に転移させられる。
平凡な能力値、野望など抱いていない彼は、冒険者としてスローライフを目標に日々を過ごしていく。
果たして、彼を待ち受ける出会いや試練は如何なるものか……
ファンタジー世界に向き合う、平凡な冒険者の物語。
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
ユーヤのお気楽異世界転移
暇野無学
ファンタジー
死因は神様の当て逃げです! 地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる