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第4章 陰謀渦巻く王都 編

第 184 話 王制の犠牲者たち

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「フロカさんとミラさんって……友だちなの?」

 治癒魔法を使い、顔の傷を治してくれているアイリに篤樹は尋ねた。

「ああ。昔っからのな……」

「アイリ……」

 ベッドメイクを終えたチロルが いさめるような口調でアイリの名を呼ぶ。

「あっ……と……ダメかなぁ?」

 アイリはチロルに尋ねる。

「あ……秘密の話ならいいよ、無理して話さなくても。ちょっと気になっただけだから……」

 篤樹は先ほどフロカを「なぜか」怒らせてしまった件もあり、なるべくマズイ事態を避けたいと思った。

「そうだ……じゃあさ、さっき、なんでフロカさんは俺の事、あんなに怒ったの?俺……何かしちゃったっけ?」

 アイリとチロルは顔を見合わせる。

「本当に自覚してないのね?」

「だからミラ様はアツキに『この世界の規律』は求めるなって……」

 2人は楽しそうに笑う。

「先ず一つ目はさ……」

 アイリが説明を引き受ける。

「最初にフロカを見た時に……アツキ、変な目で見たんだろ?」

 変な目?そんな……

 篤樹は首を傾げた。

「いや……別に……ただ女の人が衛兵なんだって……珍しいなって……」

「やっぱり! それってフロカの怒りポイントなんだよなぁ」

「え? 何で? ってか……そんなの知らないし!」

 予想外の「怒りポイント」に篤樹は唖然とする。

「フロカはさぁ……まあ……前は『王女』だったんだよねぇ」

「はぁ?」

 アイリの情報に、篤樹は呆れたような声を出す。王女様? あれが?

「ほら、そういう反応になるだろ?」

 アイリは篤樹の顔の傷が癒えたのを確認し手を下す。

「昔からそうだったんだってさ。大好きなお兄様に憧れて、小さい頃から剣術の真似事をしてると、回りの侍女や王室の人間から叱られたり説教されたり……結構酷い扱いを受けたんだってよ。『王女に剣は不要・知識も不要・美しさと健康な身体さえあれば良い』ってな感じでさ」

「……厳しく育てられたんだ……」

 篤樹が相槌を打つ。

「厳しいとか……そんなものではないわ……王女『候補』の方々は……幼き日より将来のお妃になるためだけの『お道具』のような扱いを受けられてるのよ……」

 チロルが静かに……でも、怒りの籠もった持論を語る。それを受けてアイリも調子が上がったように語り出す。

「そういうこと! それでもフロカはこっそり剣術を学んでたんだ。大好きなお兄様から手ほどきを受けながらね。そんなんだからフロカは『兵士』である自分を変な目……珍しいモノを見るような目で見られると、すぐに怒っちゃうんだよ」

「そんなの……知らないし……大体、別に俺はフロカさんだからって『珍しがった』わけじゃないよ? こっちの世界で……軍部の兵隊とかの中でも女の人を見た事が無かっただけで……」

 篤樹はやっぱり「理不尽な怒り」を向けられた事に対し、自己弁護せずにはいられない。

「まあ、だからそれが1つ目の原因だろってこと。後は……まあ、ミラ様とあんなに長い時間2人っきりで何を話されてたのかなって疑念と、極めつけはミラ様の部屋を出る時のアツキの態度だろうなぁ……」

「俺の……態度?」

「あれは従王妃に対する御挨拶の姿勢ではなかったですものね……」

 チロルが納得顔で頷く。

 ご挨拶の……姿勢?

「そんなの!……だって……普通に、ちゃんと……」

 篤樹は納得いかない。

「だからさ! 従王妃様に対して『普通』の態度ってのは 不敬ふけいなの! 『格別の最敬意の態度』ってのが規律なの!……って事を知らないあんただから『適用外で相手しろ』とミラ様はおっしゃったわけだけどね」

「え? じゃあさ、あの時……その『格別の最敬意』で『お休みなさい』を言うとしたら、どうすれば良かったわけ?」

 それからややしばらく、チロルとアイリを講師とする『最敬姿勢講座』を篤樹は受ける事になった。中には時々スレイやエルグレドが見せる独特な挨拶の姿勢も含まれていた。

「……何か……メンドくせぇなぁ……」

 思わず篤樹は呟く。アイリは「膝立ちバージョン」の模擬挨拶姿勢から立ち上がり、エプロンを掃いつつ応じる。

「そうか? まあ、慣れればなんて事もないけどなぁ……」

「そうした『礼節』を幼い頃から完璧に身に付けてるからこそ、アツキさんがミラ様に示した挨拶の態度が許せなかったんでしょうね、フロカは……」

 チロルが推察を述べる。

 それにしたって……それでいきなり殴ったり蹴ったりするかぁ、フツー!

「理不尽だと思っただろう? 今」

 アイリが篤樹の気持ちを見透かしたように顔を覗き込む。

「そりゃ……まあ……ね。でも……所変わればっていうか……この世界の『規律』なんだとしたら……そうなのかって……」

「それがフロカのジレンマでもあるのさ!」

 アイリがしたり顔で答える。

「『規律』を叩き込まれて育ちながら『規律』に反して剣術に魅かれ王女の資格を失い、それでいて『規律』に縛られた王宮の衛兵として務めに立つ……そんな怒りやジレンマがあの拳と蹴りには込められてたと見たね!」

「何だよそれ! んじゃ、たまたまそのストレスのはけ口に殴られたのかよ、俺は!」

 アイリとチロルは篤樹の抗議を笑って受け流す。

 なんだよ! 俺が謝るような原因って……ほぼゼロじゃん!

 篤樹は理不尽さを感じながらも、何となく安心した。仮に、もしも自分が本当に最悪の原因を作ってたとしたら、どう謝ろうかと気になっていたのだ。でも……この内容なら「もう十分」だろう。

「で? フロカさんのお兄さんって今は何をしてるの? 妹に教えるくらいの剣術士なら、今は軍部とか王宮の兵団とかに?」

 篤樹は今までの会話の流れから何の気無しに尋ねたのだが……アイリとチロルの表情が分かり易いほどに動揺し互いを見合っている。

 え? なんか……地雷踏んだ?

 困惑する篤樹を前にし、チロルがアイリに「仕方無い……」という感じに頷きみせた。それを受け、アイリが口を開く。

「えっと……さぁ……オレたちから聞いたって……絶対に言うなよ? それにミラ様にこの話を絶対に振るなよ!……約束出来るか?」

 アイリはかなり真剣に篤樹に迫る。ここで「無理!」とは言えない。とにかく……聞いてから考えよう……篤樹はコクリと頷いた。

「まあ……みんな知ってる話なんだけどな……でも……口に出しちゃいけないんだ……『暗黙の了解』ってやつ。約束しろよ」

 アイリは念を押すように篤樹に告げる。

「フロカのお兄様……ゼブルン王子は……」

 王子?

 篤樹は一瞬「えっ?」と思ったが、フロカが「王女」なら、当然そのお兄さんは「王子」だよなぁと納得し、アイリの説明に聞き入る。

「事故でお亡くなりになったと聞いてる。『王族男子降民制度』で南東のグデン村へ おもむかれる途中で、土竜の群れに襲われたってな……でも……王位を継承した以外の王子のほとんどが、事故や病気で命を落とすなんてよ……偶然なワケぁ無いよな……」

「アイリ……」

 チロルが発言の自重を求めて首を横に振る。アイリは肩をすくめた。

「……って噂されるくらい多いってことさ……『王位に就かなかった王子たちの死』ってのが」

 付け加えるように話を一般化したアイリの声が耳に入りながらも、篤樹は先日ミシュバで聞いたエルグレドの話を思い出していた。『王族男子降民制度』という名の反乱分子要因の排除工作……今も続いてるんだ……

「ゼブルン様とフロカは、先代イグナ系従王妃の子ども……王子・王女だったけどさ、先代王の崩御で新王に選ばれたのがサルカス系のルメロフ様……。だからゼブルン様は排除された……って噂が有ったり無かったり……」

 アイリはチロルの気配を気にしつつ言葉を濁す。

「……ゼブルン様を知ってる 国民くにたみは皆、期待してたんだ……あの方なら……真のエグデン国王に相応しい王子様だってな。文武の才に け、お人柄も好く、宮中に籠もらずに 国民くにたみのもとを訪れて必要な まつりごとを考えられる……。それに背も高くてお顔立ちも美しくってさ、オレたちイグナ系貴族に仕える娘たちの憧れの王子様だったんだよ」

 まるで、アイドルグループの推しメン紹介をする女子のような口調でゼブルンを紹介するアイリの話を、篤樹は愛想笑いで聞いていた。

「でもさ……」

 アイリは目を閉じ、何かの場面を想像するようにしっとりとした口調に変わる。

「ゼブルン様とミラ様の関係を知ってる私たちはさ……憧れの王子様と素敵なミラ様が、いつか結ばれる日を夢見ることそのものが心からの楽しみだったんだ……」

「ミラ様はイグナ系貴族の公爵御令嬢でしたから……」

 チロルが補足してくれたが篤樹はその「凄さ」までは理解出来ない。とにかく王子様と貴族の娘の恋愛を、他の貴族の娘たちが憧れて見ていたってことかと理解する。

「……でも選定委員会が選んだのはルメロフ様だった」

 アイリの声のトーンが急に落ちた。

「夢も希望も無くなったさ……その報を知った瞬間にね。すぐに残酷な制度が発動されてさ……全ての王子たちの事実上の追放が始まった……。それだけじゃなく、次期王妃選びもね。年齢的にも立場的にもまずエグデン系のメルサ様が正王妃に選ばれた。その後は……サラディナ様……サルカス系の従王妃として……」

 嫌悪感を顕わにアイリは眉をひそめる。

「信じらんねぇよ、ホント! 実の兄と妹だぜ? ルメロフ様とサラディナ様は! 気持ちが悪いったらありゃしねぇよ!」

「え? え? どういう……こと?」

 篤樹は理解出来ずに聞きなおした。チロルが静かな声で応じる。

「1王4妃制では、王位継承した王子は旧4国の系列から王妃を1人ずつ迎えるの。4王妃は『最も王の系譜に近い者』から選ばれるわ……。でも……『血が近すぎて』あまり良くないのよ。それで伝統的に王位継承者は、同族貴族の中からの王妃を選ぶのよ。でも……ルメロフ様は実の妹君であるサラディナ様をサルカス系従王妃として是非にと願い出たの……前代未聞の珍事だったのよ……」

 俺が……姉ちゃんや文香と結婚するって感じか……うぇ! きもッ……

「数ヵ月後にグラディー系のグラバ様も入宮なされて……その半年後……去年の春に
ゼブルン王子が連れ去られるように都を離れて行かれた。その翌日……イグナ系従王妃としてフロカが選ばれたんだ。フロカはその日の夜……自害を試みた……自らの剣で腹を突き刺してね」

 アイリは見えない剣で自分の腹部を刺す動作を示す。

「幸い……発見が早かったから一命は取りとめたけどさ……子を宿せない身体になってしまったんだ。……もちろん王妃に選定されたことを苦にした自害未遂なんて公にはされてないよ。禁じられていた剣術練習をやっていて、誤って練習相手の剣が刺さったってことになっている。数日後、練習相手とやらに仕立て上げられた見ず知らずの男が死刑になってたってよ。王族への傷害罪とやらでな……」

「その件もあって、フロカは王妃候補から外されたの……」

 チロルは篤樹に目線を合わせ要点を述べ、溜息と共にまとめに入る。

「その代わりに……イグナ系貴族から王妃が選ばれることに……それがミラ様だったの……」

 そんな……ことが……あっ……

「ミラさんの大事な恋人の妹……ってことか……」

「あくまでも『元』だけどな……ゼブルン様はもう……」

 アイリは悲しそうに顔を背けた。

「断れ……無かったのかなぁ? やっぱり……」

 篤樹は思いつきで口を開いたが、すぐに「この世界の規律」とやらが有るのを思い出し言葉を濁す。

「王と王妃でさえ選定委員会の決定には絶対服従だからな……破れば本人だけでなく周り全部にどんな『災い』が起こるか……分かるだろ?……ミラ様はフロカを『災い』から助けるためにも、この命《めい》に従うしかなかった……従うことを選ばれたんだよ」

「そう……だったんだ……」

 あの2人の関係は……ゼブルンさんって人で結ばれてる特別な関係……そりゃ「死刑」になんかしないよなぁ……

 篤樹は改めて自分の早とちりな勘違いを恥ずかしく理解した。

「まあ……そういうことで……」

 アイリは息を吐いて気持ちを切り替える。

「まだあれから1年も経っていないからさ……みんなまだ傷付いてるんだ……絶対に話題にするなよ?」

 念押しをされ、篤樹は頷く。

 言えるわけ無いし……自分からこんな危険な話題を振るなんて有り得ない! 良かった、早めに聞いておいて……

「あの……ありがとなアイリ、チロルさん。事情が何となく分かったから……明日からは少し気をつけてみるよ。じゃ……」

「ちょい待ち、アツキ……」

 就寝前挨拶をしようとした篤樹の一言をアイリは断ち切り、口を挟む。

「なんでオレは呼び捨てでチロルには『さん』付けなんだ?」

「え? あ……なんでだろ?」

 咄嗟に言葉に詰まった篤樹に向かい、アイリは不満気な表情を見せる。

「えっとぉ……チロルさんは敬語だからかなぁ?……なんかこっちも『キチンと』話しをしないとって思うから……かも……」

 それを聞くとアイリは不満気に何かを言おうと口を開きかけたが、篤樹はそれに気付かず言葉を繋ぐ。

「で、アイリはずっとタメ口だからさ……なんか……友だちみたいに安心してしゃべっても大丈夫かなって……ほら、タメ口の途中で相手を『さん付け』って変だろ?」

「友だち?」

 アイリの表情が和らぐ。

「そう。友だち……だろ? ミラさんからも言われた通り……でも『さん付け』が良いってんなら……」

「いや、イイ! このままで行こう!」

 アイリは嬉しそうに微笑むと、チロルに顔を向ける。

「ほらな? チロルのしゃべり方じゃ友だちになれないんだよ!」

「あら、そうなの?」

 チロルが困った顔で篤樹を見る。篤樹は慌ててその言葉を打ち消す。

「んな事ないですよ! チロルさんとも……もう友だちでしょ? 2人とも、今日は本当にありがとう! お休みなさい!」

 篤樹は追い立てるように2人を室外に追いやる。

「あ……おう!」

「はい……何かあれば、いつでもベルを鳴らして下さいね」

 最後にもう一度、扉の隙間から就寝の挨拶を告げると、篤樹は急いで扉を閉めた。

 なんだか……面倒クサそうだぞ……王宮の住人ここのひとたちは……

 扉に背中を預け、篤樹は大きな溜息をついた。
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