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第4章 陰謀渦巻く王都 編

第 185 話 朝を迎えて

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 翌朝、篤樹はまだ陽が顔を出す前に目が覚めた。一瞬、自分がどこにいるのか、仲間たちがどこにいるのか分からず焦ったが、少し落ち着くと昨夜の記憶もしっかりと甦って来る。

「起きるか……」

 室内のどこに時計があるのか……有ったとしても今が何時なのかどうせ分からない。この王妃来賓室には「窓にガラスが入っている」ので、外の明るさは感じるが気温を感じる事が出来ない。篤樹はベッドを降りると窓辺に寄り、開閉方法を確認する。
 どうやら下部のツマミを持ち上げると窓枠左右の中心を軸に下半分が外に上半分が内側に回転する仕組みだと気付くのに数分を費やした。窓を開くと少し寒いくらいの外気が一気に室内に広がっていく。

「……ん……う~ん!」

 篤樹は室内の空気が入れ替わるのと同じように、自分の中に溜まっている眠気の残りを大きな欠伸で追い出した。沐浴場に行き顔を洗うと、さらに頭もスッキリとしてくる。

 よし! 法力訓練だ!

 篤樹は意を決したように、急いで夜着を脱ぎ捨て自分の服に着替える。一瞬、明らかに服に染み込んでる「悪臭」に気付いた。

 そう言えば、洗濯とかっていつも誰かがやってくれてたもんなぁ……

 王宮で準備された新品みたいな夜着を脱ぎ、昨日一日着た服をまた着直したからこそ気付いた「悪臭」……元の世界では母や父が、こっちの世界でもスレヤーをメインに皆が交代で洗濯をしてくれたが……

 俺……まだ洗濯当番はやってなかったなぁ……

 篤樹は鏡に映る自分の姿を確認し、 手櫛てぐしで髪型を整える。

「……俺もちゃんとやらないと……」

 自分に言い聞かせるように呟き、両頬を両手で軽く叩くように包んだ。そのついでに、そっと鼻を触ってみる。痛みは全く無い。鼻血の跡もアザも何も残っていなかった。

 やっぱり治癒魔法って凄いんだなぁ……。アイリくらいでもこんだけ出来るのかぁ……よし! 覚えるぞぉ!

 扉の横の小物台に置いてあった鍵を握ると、篤樹は部屋を出る。廊下に出て扉を閉めると小さく「カチャリ!」と音がした。

 カギがかかったってことかな?

 とりあえず試しにドアノブを回そうと握るが全く動かない。

 ……で……これを挿し込めば……

 篤樹は部屋の鍵を鍵穴に挿し込み、すぐに抜いた。

 これで……開くのか?

 ドアを押すとスッと中に向かって扉が開いた。何となく「教えられた事を、自分もちゃんと出来た」と嬉しくなる。ドアの開け閉めがキチンと出来るのを確認し、篤樹は安心して部屋を出た。
 一番端部屋なので、結構長い廊下を階段に向かい静かに歩いて行く。正面にミラの居室扉が見える。昨夜のように2名の女衛兵が扉の左右に立っているが……

 あれ? フロカさんたちじゃ無いんだ……

 初顔の2人の女衛兵は、廊下を進んで来る篤樹を 怪訝けげんそうな表情で見ている。来客の伝達は行われているようで、特に警戒されている様子は無い。だが、さすがに篤樹が階段の手前で2人に挨拶をし、階段を降り始めると声をかけられた。

「おはようございます。どちらへ?」

「あ……ちょっと外に行こうかなって……朝の運動に……」

 衛兵2人は顔を見合わせる。

 なんだろう? 外に出ちゃマズイのかなぁ……

「階下の侍女にお声掛けをされて出られて下さい」

「は……い……伝えておきます」

 とにかく「王宮ルール」を知らない篤樹は、自分の言動で「誰かが怒り出すかも……」と、つい不安になる。しかし、どうやら早朝外出は侍女に伝えさえすれば問題無さそうだ。

 篤樹は階下へ降り立ち、はたと立ち止まる。

 左に行けば、昨夜ここに来る時に通った「王妃の廊」だよな……どこから出られるんだろう?

 とりあえず篤樹は「外に出れそうな方角」に当たりをつけ、ホールを真っ直ぐ進み出す。

 さて……「階下の侍女」ってのがどこにいるのか……

「おっ! 早起きだなぁ、アツキ」

 階段下のちょっとしたホール右手の扉から、両手にバケツを提げて出て来たのはアイリだった。篤樹は心底ホッとし、笑顔で挨拶を交わす。

「おはようアイリ!……偉いなぁ……こんな時間から仕事なんだぁ……」

「ん? そっかぁ?」

 アイリはそう答えながらも満更でも無い表情だ。

「小さい頃から鍛えられてるからな……ん? 出るのか?」

「あ……うん。ちょっと朝の……運動に。でさ……どっから出られるの?」

 篤樹は苦笑いを浮かべ尋ねた。アイリは両手に持っていたバケツを壁際に寄せて置く。

「こっち。ついて来な」

 そう言うと、廊下を先導し篤樹を案内してくれた。

「別に迷路じゃないから、すぐに覚えられるだろ? でも広いからな。あんまり遠くまで行くなよ」

 確かにそれほど難しくは無いミラの「 従王妃宮じゅうおうひきゅう」内をアイリが先立って進み、庭へ出る扉を開く。

「お! サンキュー! ついでに今何時?」

「今……5時過ぎだったかなぁ……8時から朝食会だから遅れずに戻れよ」

 アイリはさっさと仕事に戻ろうとした。

「どこに戻りゃいいの?」

 その背に向け、不安げに問いかける篤樹の声に振り返り、笑顔で応じる。

「さっきオレが出てきた扉、あそこが会食場になってるから。ま、時間前になったら誰かが部屋の前に立つからすぐに分かるさ! とにかく遅れんなよ」

 そう言い残し、元来た廊下を戻って行った。

 5時過ぎかぁ……結構明るいなぁ……

 篤樹はもう一度大きく深呼吸と大欠伸をすると、帰り道を忘れないように気をつけながらゆっくり外へ歩き出した。

 湖水島に建つ王城・王宮関連施設は大きく4つの区画に分かれている。一番大きいのは王城。その手前に王宮区画が設けられ、王宮の他にそれぞれの王妃宮と謁見宮が別棟で建てられている。王宮区画は全ての旨が地下回廊でつながっていた。湖水島の西端には王宮兵団の区画が在り、王城北側には省庁関係の施設が2棟建っている。

 キレイに刈り揃えられた芝生のような草地を歩き湖岸に近付くと、篤樹は息を整える。エルグレドから教わった呼吸法を意識しつつ、大気に満ちている(らしい)法力を引き寄せ、濃度を高め……鼻や口だけでなく全身の毛穴から体内に「吸収するように」取り込む。

 吐き出すのは「息」だけ……「法力」は身体の中に残すイメージで……

 篤樹は「フィルター」をイメージしながら、教えられた呼吸法を繰り返した。初めは意識をしている分、何となく自分でもぎこちなさを感じる。だが、しばらく続けるとそれも消え、自然な呼吸となっていく。
 
「おはようさん!」

 スレヤーから声をかけられるまで、篤樹は時間の経過も感じないまま法力呼吸法の訓練に没頭していた。

「あ……スレヤーさん。おはようございます」

 水や空気、草木の「呼吸」と一体化するような感覚の中にいた篤樹は、かえって自分が発した声が異質なもののように感じる。

「どうだったよ? 従王妃のベッドの寝心地は?」

 スレヤーからの問いに、篤樹は苦笑いを浮かべた。

「なんか変な言い方しないで下さいよ。ミラさんのとこには、ちゃんと客間があるんですから……。すごく寝心地の良いベッドでしたよ。スレヤーさんのほうは?」

「夜中まで歓迎の宴を催してくれたぜ。久し振りに飲み過ぎたや」

 会話が急に止まる。お互いに笑顔のままで顔を見合わせ、スレヤーが小声で尋ねる。

「何かあったか?」

 スレヤーからの問いに、篤樹も小声で応じた。

「色々……そっちは?」

「ん? まあ……予想通りの部分と……予想を超える部分と……ってカンジだなぁ」

 そう言うと、スレヤーは身体を ほぐすようにゆったりとした運動をしながら篤樹に注意を促す。

「……真後ろと左後ろに2人……ヤバい事は話すなよ……」

 真後ろと左後ろ……

 スレヤーの動きに合わせ、篤樹も深呼吸とストレッチをしつつ、指示された方向を確認する。朝の散歩や運動をしている人々が周りにちらほら見える中、動きを止めてこちらに注目している人影に気付いた。

 監視されてるんだ……

「馬車に私物取りに行くんだけどよ、アッキーも一緒にどうだ?」

 スレヤーが提案する。そうだ……着替えを……

「あっ! 行きます……どこですか?」

「こっちだな」

 2人は「監視」に気付かないフリを通しながら並んで歩き出す。それぞれの監視役も2人の「背後」からついて来た。

「これで口元は見えねぇから……小声でな」

 のんびりとした歩調で歩きながらスレヤーは口を開く。

「ジンたちは正王妃と共に何かをやらかすみてぇだ……そっちは?」

「ミラさんは……よく分かりません。でも……幸せそうじゃなかったです」

「ゼブルンの件か……」

 スレヤーの口からゼブルン王子の名が出たことに篤樹は一瞬驚いたが、少し考えれば知ってて当然だと気付く。つい最近まで王都の軍部で働いていたのだから、篤樹以上に事情に詳しいはずだ。

「はい……」

 篤樹は短く答えた。

「剣術に優れていた方だって聞きました」

「かなりの使い手だったな。オレとは流れが違うから一概には言えねぇが『剣術試合』なら、アイツのほうがオレより上かもなぁ」

 アイツって……

「親しかったんですか?」

「ん? まあ……それなりにはな。……特剣隊の訓練にこっそり参加して来たり……面白ぇ王子さまだったぜ?」

 2人は省庁施設近くの引き馬用厩舎きゅうしゃに近付いた。ここでは兵士ではなく、省庁職員らしき人が管理をしている。

「忘れ物ですか?」

 スレヤーたちの姿を確認し、管理職員が声をかけて来た。

「ああ……私物をな。良いかい?」

 管理職員はクリップボードをスレヤーに渡しながら尋ねる。

「補佐官は?」

「さあ……どうなってんだか……」

 スレヤーは書類へのサインを終え、笑みを浮かべクリップボードを職員に返す。

「ま、大丈夫だろうよ。アッキー……」

 篤樹を呼び、管理職員から離れる。2人は貨車置き場に並べられている自分たちの馬車に乗り込むと、それぞれ必要な荷物を集めた。篤樹は着替え袋と共に、成者しげるものつるぎを手に持つ。

「アッキー、成者の剣それは置いていきな」

「え?」

「 宮城きゅうじょう内は兵団と衛兵以外、帯剣は 御法度ごはっとだ。見咎められれば剣を没収の上で牢にブチ込まれる。下手すりゃ『反逆罪』で死刑だ」

「死……刑?」

「そもそも成者の剣それは『没収』も出来ねぇ剣だからな……。面倒クセぇことにならねぇためにも、ここに置いていきな。どうせ誰にも盗め無ぇ代物なんだしよ」

 篤樹はスレヤーの忠告に従い、片膝をついて成者《しげるもの》の剣を貨車の隅に戻した。

「あ、そうだ……」

 スレヤーが思い出したように口を開く。

「アッキー……お前ぇ、法術訓練も良いけどよ、即実戦にはやっぱ剣術が必要じゃねぇか?」

「えっ? 剣術……ですか?」

「俺ぁ今日からしばらくジンの部隊……ここの兵団の剣術隊で指導することになってんだけどよ、お前ぇも基本だけでもやんねぇか?」

 篤樹は少し考え、答えた。

「そう……ですね。ミラさんに聞いてみます。一応……あの人の『客』になってるんで……」

「おう! どうせ兵団の連中は一日中訓練しかやってねぇからな。兵舎に来たら俺んとこに来れるよう、皆には言っとくからよ!」

 スレヤーはそう言うと「ニカッ!」と笑い、右手拳を突き出す。貨車床に片膝をついたまま、篤樹も笑顔で右手を突き出し拳を合わせた。そのままスレヤーは篤樹の手を握り、立ち上がる補助になる。

「2週間かぁ……早く、また旅に出てぇなぁ?」

「ですねぇ……」

 2人は貨車後方から見える王城を見ながら呟いた。

 エルグレドさん……どんな尋問を受けてるんだろう?

 内調がどんな情報を元にエルグレドを拘束したのか気になるが、今の篤樹たちには、それを知る術も無かった。
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