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第4章 陰謀渦巻く王都 編

第 178 話 開かれた扉

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 謁見えっけんの から王と王妃たちが退室した。王たちの足音が聞こえなくなると、すぐにビデルが声を発する。

「……ということだ。これから最高法院裁判が終わるまでの2週間、探索隊活動はしばらく停止となる。まったくエルグレドめ……疑わしい真似をしおって……」

 ビデルは肩をすくめてエルグレドを非難するように呟いたが、本心からというワケでも無さそうだった。

「あれほどの男だ……叩けばとんでもない ほこりが出てきそうだな? ビデル大臣」

 カミーラは意地悪な笑みを浮かべてビデルに語りかける。

「だが、何があろうとも期限は変わらんからな。分かってるな? ルロエ」

 ルロエはフッと笑みを洩らす。

「まだ2週間だぞ? 気が早いんじゃないかカミーラ。裁判の後でも2ヶ月も余裕があるんだ。何とかしてくれると信じて待つよ」

 ルロエが招くように手を広げると、エシャーが父に駆け寄り抱きついた。

「そのためにも、エルグレド君の無罪は必須条件だがね……」

 ルロエは我が の髪をいとおしそうに撫でながら呟く。

「ふん……他人任せでただ待つ身というのも『守りの盾』を盗んだ罰と思えば軽いものか? まあいい……行くぞ、レイラ」

 カミーラはルロエを見下げるように言い放つと、後方扉に向かい歩み出した。ミシュラとカシュラも静かに従って行く。

「じゃあね、エシャー……一旦お別れよ」

 レイラがエシャーの頭に軽く手を載せると、エシャーは涙を一杯に溜めた大きな瞳を見開き振り向いた。

「うん……元気でね……」

「あなたのほうこそ。しっかり元気に過ごすのよ」

 そう言うと、すでに開かれた扉から出ようとしているミシュラとカシュラの後に続き、部屋を後にする。

「アツキくん……」

 ビデルが周りの衛兵の様子を気にするように、小声で篤樹に語りかけて来た。

「はい?」

 篤樹もつられたように小声で応じ、顔を近づける。

「その……どうだね? この2週間ほどで……何か『成長』は有ったかね?」

 タグアの巡監隊詰所で見せた好奇心に満ちた瞳を輝かせるビデルに尋ねられ、篤樹は何と答えようかと言葉を濁す。ビデルは期待していたような返事が得られないと思ったのか溜息をつく。

「何か『変化』があれば是非、私にも知らせてくれよ。君の『成長』を心から願っているからね」

 そう言うと篤樹の肩をポンポンと叩いた。篤樹は何だか観察用の動物にされている気がしてゾッとしながらも、一応愛想笑いを浮かべ身を遠ざける。

「さて……では我々も行こうかルロエ。この後、王城に寄ってエルグレドの手続きもせねばならんし、君の娘の手続きも済ませないとならないからな」

 ビデルが扉に向かって歩き出した。エシャーはルロエの ふところから離れると、篤樹とスレヤーの傍に駆け寄る。

「アッキー……気をつけてね! 何をされたか……後で全部教えてね」

 エシャーは心配そうな目で篤樹をジッと見つめた。

「あ……うん……全部な。……エシャーもここの学校……学舎のこと教えてね。俺の学校とどう違うのか、興味有るし……」

 篤樹は出来る限り平静を装いながらエシャーに答える。篤樹の右手をエシャーは両手でギュッと握り締め、顔の前まで持ち上げた。

「絶対に……無理はしないんだよ?」

 なんだよエシャー……心配性だなぁ……

 篤樹も自分の左手を添え、エシャーの手を握り返す。

「心配すんなって。王宮なんだから、むしろ安全だろ?……スレヤーさんも残ることになっちゃったんだから……」

 そう。篤樹がこの展開の中でもどこか安心出来ているのは、結局、この王城と王宮が建つ湖水島にはエルグレドもスレヤーも居るという安心感が土台にあるからだ。これがもしも本当に自分一人だけだったとしたら……とても「仰せのままに」なんて言えなかったかも知れない。

「ほら、エシャー」

 部屋の出口からルロエが呼びかける。エシャーは最後にもう一度ギュッと強めに篤樹の手を握った。

「じゃ、行くね……」

  名残惜なごりおしそうに2、3度振り返りながら、エシャーたちも謁見の間を後にする。

 唐突に、これまでずっと黙って立っていたミゾベが愚痴る声が背後から聞こえた。

「まったく……不公正だ……王は補佐官贔屓びいきときた! あれで公正な裁判を行ってくれると思うか?」

「おっとぉ! そういやあんたもいたな、ミゾベさん」

 スレヤーがワザとらしく驚いて見せる。

「な……貴様! 言葉遣いが……」

 ミゾベが抗議しようとするが、スレヤーは右手の人差し指を立てると自分の唇に当て「黙れ」のジェスチャーを示す。

「残念でした! 俺ぁ先ほどの王様の 勅令ちょくれいで、一時『軍部付』から『王宮兵団付』に所属が替わったんだなぁ。分かるかい?」

 あ……そういうことかぁ……

 篤樹も事情を察してニヤリと笑う。ミゾベもスレヤーの言わんとするところを理解したようだ。

「君は……じゃあ……」

「一応、目上のモンへの礼節は守るぜぇミゾベ『さん』よぉ……んでも、せっかく軍部規則から解放されたんだから、やらんで良い真似まではもうしねぇぜ?」

 スレヤーはこれ見よがしにミゾベにウインクを見せる。ミゾベはまだ何か言いたそうではあったがフゥと溜息をつく。

「まあいい。どうせ貴様なんか、ただの伍長止まりの一般兵なんだからな。そもそも……」

 捨て台詞のような悪態をミゾベが吐き始めた途端、一旦閉ざされていた謁見の間の扉が勢い良く開いた。

「スレイ! お帰り!」

 早足で入って来たのは、白銀に輝く甲冑に黒マントを羽織った長身の兵士……明らかに一般兵とは格の違う格好をした男だった。追いかけるように数名の兵士も部屋になだれ込んでくる。

「聞きましたよスレイさん!」

「王宮兵団に配属なんですよね?」

 口々にスレヤーを歓待する兵士達の中に、先ほど案内をしてくれたムンク軍曹の姿もあった。

「まったく……しばらく世話になるだけだよ……」

 スレヤーは苦笑いを浮かべながら歓待に答える。

「耳が早いな? さっき決まったばかりだぜ?」

「午後に情報がこっちにも入ってな。で、エルグレドさんの隊に配属された軍部付がお前だって分かったもんで、メルサ様にお願いをしておいたんだ。是非とも我が隊で預かりたいとな!」

 スレヤーは呆れたように笑うと篤樹に視線を向けた。

「紹介するよ。ウチの隊の主役カガワ・アツキだ」

 スレヤーがジンに篤樹を紹介する。篤樹はおずおずと頭を下げた。いかにも西洋風の騎士っぽいジンは、金色の長髪を後ろで1つ結びに括り、透き通るような水色の瞳を輝かせながら篤樹に視線を移す。

「君が例の『チガセ』の卵かぁ! エルグレドさんの報告書で読んだよ。初めまして! 私は王宮兵団剣士隊を預かるジン・サロンだ。よろしく!」

 そう言うとジンは篤樹に右手を差し出した。篤樹もすぐに応え右手を差し出すと、ジンはその手を引き寄せ、強めの握手を交わす。

「ちなみに階級は大佐だったよなぁ?」

 スレヤーがミゾベにチラッと視線を送りつつジンに尋ねる。

「ん? 階級? お前らしくない話を振るなぁ? そんなもんは便所紙と一緒で、たまに使う程度のもんだろ? 実力に比例しない階級制度なんか気にするな!」

 ミゾベとの確執を知る由も無いジンは何を勘違いしたのか、豪快に声を弾ませ語る。

「お前が軍部の伍長だろうが特剣三隊連長をクビになろうが関係ないさ! むしろそのおかげで現役最強の剣術師範が我が隊に加わってくれたんだからな!」

「クビになったわけじゃねぇよ! こっちからヤメてやったんだ!」

 スレヤーが訂正を入れるとジンは嬉しそうに笑い声を上げた。

「どっちでも良いさ! 要は『先のモノは忘れよ』ってこと。さあ! 明日からの事を今夜は語り明かそう!」

 ジンはスレヤーの肩に自分の腕を回し、まるで連行するように部屋から出て行こうとする。スレヤーは慌ててその腕を解いた。

「ちょ……ちょい待ち!」

 そのまま篤樹の傍に戻り寄ったスレヤーは、耳元に口を寄せる。

「まあ……こういう『熱い連中』だからよ……苦手なんだ」

 まず小声で心情を伝えると顔を離し、ニカッ! と笑む。

「んじゃ、アッキー。俺ぁこいつらと一緒にいるから、何かあれば声をかけてくれ!」

 そう言い残すと、ジンと並んで歩き出した。兵士達に囲まれ進む長身な2人の姿は、まるでファンに囲まれている人気格闘家のようだった。

「……ったく……騒がしい連中だ。あれが王宮兵団とは……嘆かわしい」

 ミゾベが苦々しく呟く。その「騒音」が切れた途端、謁見の間はシンと静まり返った。篤樹は改めて室内を見回す。部屋の四隅と扉の前に立つ兵士達は、まるで置物のように直立不動で微動だにしない。
 ミゾベは自分の発言後に訪れた静寂に 気圧けおされたように黙りこくってしまった。仲間が……いなくなった……篤樹は改めて今の自分の状況に気付かされる。

 どう……なるんだろう……この後……

 不意に部屋の前方から物音が聞こえた。扉が開くような音……続いて複数の足音が響いて来る。あの廊下から……
 篤樹は前方左右に開かれている「王と王妃の通路」に目を向けた。足音は王妃たちが出て来た右手の廊下から響いて来る。ほどなく、ミラ王妃の侍女たちが姿を現した。2人とも若い……というよりも篤樹と同じくらいの年齢に見える。

「カガワ・アツキさまですね? お迎えに上がりました」

 声をかけられた篤樹はどうしようかと迷い、全く不適任とは思いつつもミゾベに助けを求めるように視線を向けた。ミゾベは篤樹の視線も気にせず、侍女たちに向かって歩き出そうと動き出す。

「カガワ・アツキさまだけでございます。ミゾベさまはここで……」

 完全に篤樹だけの個人指名だ。ミゾベはピタッと足を止めると、不満タラタラの表情を浮かべ篤樹を見る。

「ほら、さっさとしないか! ミラ様をお待たせするんじゃない!」

 篤樹は「せめてミゾベさんも一緒なら少しは気楽なんだけどな」と考えていることに気付き、頭を振った。ワラにもすがる思いでこんな人を頼るより……篤樹は呼吸を整える。当たって突き抜けるしかないじゃん! 覚悟を決め、侍女たちに向かって歩き出す。

「こちらでございます」

 侍女の一人が先頭を歩み、篤樹はその後ろに続いて『王妃の廊』に入る。もう1人の侍女は背後について来る。謁見の間にはミゾベ1人だけが所在無げに残されることとなった。


―・―・―・―・―・―


 石造りの廊下はミシュバット遺跡の地下のように、何かの発光法術を用いた昼白色の石が数メートル間隔で天井に埋め込まれている。侍女たちに前後を挟まれ進むと、前方右手に扉が見えた。しかし先頭の侍女はその扉の前を素通りしさらに奥へ進む。左手に扉が現れたがそれも素通りした。

「廊下の途中に部屋があるんですか?」

 薄暗い石造りの廊下を無言で歩くプレッシャーに耐えられず、篤樹は侍女たちに質問する。急に声をかけたせいか、先を行く侍女が一瞬ビクッと肩を動かしたのが見えた。

「ここは『王妃の石廊』です。王宮内にあるそれぞれの王妃さまの居所からの出入通路が設けられております」

 背後の侍女が質問に答えた時、右手に3つ目の扉が見えた。

「ミラ様の居所へは、最奥の扉よりの出入となっております」

 篤樹の不安を晴らすように、前方の侍女が「行き先」を告げる。

 そっかぁ……一番奥なんだ……

 篤樹は先ほどの謁見時の王妃着座順を思い出していた。正王妃が王様の右隣でミラ従王妃は一番左端……第4王妃って位置付けなのかなぁ……

「こちらでございます」

 先行く侍女は石廊の行き止まりに設けられている扉の前で立ち止まった。

「どうぞ……」

 従王妃ミラの居所へ続く扉が、篤樹の目の前に開かれた。
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