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第3章 エルグレドの旅 編
第 136 話 最悪の再会
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「さあ、これを使いなさい。 長短組の2本モノだよ」
ミツキはエグザルレイに長短2本の剣を渡す。
「君は……法術は全く使えないようだね?」
エグザルレイは渡された2本の剣を確かめながら応える。
「ええ……以前、義理の兄から習おうとはしたんですが……どうやらこの身には 不相応な力のようで……」
エグザルレイは確認した剣を 鞘に収めた。
「……せめて治癒魔法だけでも身につけるよう、姉から言われましたが……無理でした」
「そうかい……それじゃ宝の持ち腐れかなぁ、それ……」
ミツキはエグザルレイに渡した剣を指さす。
「法術剣士が持てば、かなり能力を発揮する 法力増幅素材を使ってる剣なんだけどね……」
「法力……増幅素材……ですか?」
エグザルレイは改めて剣を見る。確かに記憶にある金属の重みや手触りとは違う。
「どうだい? せっかくだから 基礎だけでも教えてあげようか?」
ミツキはエグザルレイに笑顔で提案した。
「……でも……早く行ってあげないと……」
しかし、ハルミラルの 切羽詰った言葉を思い出し、エグザルレイは断りを入れる。何より……法術の学びには良い思い出が無かったので、いずれにせよ拒むつもりでいた。ミツキはそんなエグザルレイの思いを読むようにジッと見つめる。
「そう……時間はどうにでもなるんだよ? ここには訓練に適した場所もあるからね。それでも……やってみたいとは思わないかな?」
「……ええ……私は……剣術と体術だけで充分ですから……」
ミツキは残念そうにエグザルレイを見る。
「素質は充分だと思うけどなぁ……分かった。では、君が自分自身で学びたいと思った時にはいつでも言ってくれ。じゃ……行くかい?」
「……はい」
2人は小屋を出ると、森の出入口である 洞に向かう。
「さあ、入りなさい」
ミツキはエグザルレイを洞に入るよう促した。
「妖精達には出入のための歌を教えたんだが……君はどんな方法が良いかな?」
「歌? 出入のための方法……ですか?」
ミツキは笑顔で頷く。
「この森と外界との出入のためには色々な条件が 揃わないとダメなんだよ。でも、そんな偶発的な条件よりも簡単な方法……パスワードみたいな魔法を僕がかける事で、特定の人物の行き来を簡単に出来るようにしてるんだ」
「パス……ワード?」
「合言葉だよ。何か君に相応しい合言葉は……」
ミツキは少し 悪戯っぽく笑みを浮かべた。
「いいかい? この洞の中……まあ、向こうの洞でも同じだが……こう言いなさい。『フィリーと共に同じ時を!』とね」
「『フィリーと共に同じ時を』……ですか?」
エグザルレイが伝えられた言葉を言い終えた瞬間、洞の外に立っていたミツキの姿が消えた。いや……ミツキの姿だけでなく、その背後にあった森の木々の姿も突然変わってしまった。
「……アルビの……森……って事ですか……」
あまりに唐突な移動に、エグザルレイは呆気に取られやがて苦笑する。今までの情報から判断し、自分が「賢者の森」から飛ばされたのだと理解した。
「それにしても……もう少し言いやすい合言葉にして欲しかったですね……」
苦く笑みを浮かべたまま洞の外の様子を 窺う。賢者の森とは違い、うっそうとして暗く感じる森だ。
「ここが……アルビの森……」
エグザルレイは用心しつつ洞から出た。その直後、首筋に突き刺さるような嫌な感覚を覚える。
この感覚は……
ビュオッ!
咄嗟に身を 屈めたエグザルレイの頭上を、何かが高速で通り過ぎていった。
この感覚……そうだ……殺気だ!
「おおっと! 妖精じゃ無ぇしエルフでも無ぇ……まさか人間がこの大陸にいるとはなぁ!」
エグザルレイは「何か」が飛んで来た方向とは逆方向に身を 翻し、大樹の陰に回りこむと、聞きなれない声の 主の正体を確認した。
あれは……サーガだ!……しかし……
「驚きましたね……ケンタウロス族からもサーガが出てしまっているとは……」
声の主を確認したエグザルレイは大樹の陰から声をかけた。
馬の頭部が在るべき部分に人間の上半身がつながっているかのような 風貌は、紛れも無く森の守り神として尊敬されるケンタウロス族に違いない。だが……幹の陰から改めて確認したそのケンタウロスの姿は、エグザルレイの知るケンタウロスの姿とは明らかに違う異様な姿に見えた。
全身の毛並みは整えられておらず、ボサボサに伸び放題……上半身は 苔にでも覆われているかのように青緑色に染まり、その顔には半分飛び出した 真黄色の眼球がギョロギョロと動いている。生命の 欠片も感じない姿……サーガ特有の姿だ。
「なにをぉ?」
サーガはエグザルレイの呼びかけに気分を害した様子で応える。
「俺をあんな半獣たちと一緒にするんじゃ無ぇ!」
脚力を活かし、一気に大樹へ向かい駆け寄って来るケンタウロスの動きをエグザルレイは瞬時に見極める。
武器は……持っていない? という事は……さっきの……
エグザルレイは先ほど頭上を通過した「何か」の方向に目を向けた。大樹から少し離れた地面に、斜めに槍が突き立っている。
ヤツは……あれを私に向かって投げ…… 外した。今の接近は自分の武器を回収し、改めて攻撃態勢をとるため……それなら……
ケンタウロスに視認させるため、エグザルレイはわざと大きな動きで大樹の裏に隠れる。「敵」の動きを確認したケンタウロスは、自分の 疾走に人間が恐れを抱き、身を隠したものだと判断すると、相手からの攻撃を警戒するより自分の槍を拾い上げることに意識を優先した。
エグザルレイは大樹の裏に回りこむと、そのままの勢いで大樹の根元を一周し、通り過ぎて行ったケンタウロスの背後をとる。
ちょうどケンタウロスは地面に刺さっている槍の 柄を握ったところだ。
さあ、あとは向きを変え、木の幹の裏に隠れている人間と向き合って……と体勢を変えたケンタウロスの左目の視界に何かが映る。
木の裏に隠れているはずの人間が……なんでこの距離に?……しかも……笑っていやがる!
驚いた表情を見せるケンタウロスの「馬の背」を足場にし、エグザルレイは長剣を「上半身の背」に突き立てた。剣は背骨を避け、少し横から斜めに入ると身体の中心を貫く。
一撃で心臓を刺し貫かれたケンタウロスは「まさか……」という表情をエグザルレイに向けたまま横倒しに地面へ倒れた。転倒前に剣を抜き飛び降りたエグザルレイは、横倒しになったケンタウロスの前面へ即座に回り込むと、今度は下半身の前足左右の中心から真っ直ぐ体内に向け長剣を突き刺しす。
エグザルレイからの連撃を受けたケンタウロスは、身を立て直す暇も無く絶命した。
「ふぅ……」
久し振りの戦闘の感触にエグザルレイはひと息を 吐き長剣を抜くと、血糊を払い落とす。そのまま、視線も巡らさずに声を発した。
「……黙って見学しているということは……サーガではないということですね?」
この戦闘を隠れて窺っている「何者か」がどう動くか気配を探りつつ、エグザルレイは剣を鞘に収め、樹上を見上げる。太い枝に腰かける人影は、 成者の儀を過ぎたかどうかの外見をした少年だった。
……恐らく彼が、妖精王のタフカなんでしょうね……
エグザルレイからの呼びかけに、タフカは樹上の枝から軽やかに地面に降り立つ。
「……いつから気付いてた?」
「洞から顔を出してすぐに……。あなたを確認をする前にサーガの殺気を感じたもので、あちらへの対応を優先しました」
「ふん……」
タフカは面白くも無さそうにエグザルレイに 一瞥をくれると、倒れているケンタウロスの傍に寄る。
「人間のクセに『森の守り神』に手を下すとはなぁ……」
「『神』ではなくサーガでしたので」
エグザルレイは事も無げに言い放ち、言葉をつなぐ。
「ミツキさんから、あなた達の助力になれと言われて来たんですが……必要ありませんでしたか?」
タフカは絶命しているケンタウロスをジッと見下ろしたまま応じる。
「こいつは『消えないヤツ』か……まあいい。お前、なぜこいつを二度刺した?」
タフカは顔をエグザルレイに向けて問う。
「……なぜ? と言われると?」
「一撃目で心臓をキチンと貫いただろ? 普通ならそれで片は付く。そうなれば二撃目はなんだ? 死を早めたのか? それともいたぶったのか?」
エグザルレイはタフカの聞かんとする意図を 汲み取った。
「ああ! なるほど……いえ、一撃目は『上半身の心臓』を、二撃目は『下半身の心臓』を狙ったんですよ」
「なに?……心臓を……二つ?」
タフカは驚いた表情でエグザルレイを見る。
「ええ。昔……子どもの頃に聞いた話ですが、ケンタウロスは下半身のための心臓と上半身のための心臓をそれぞれに持つと聞いていたので……実際に向き合った時、心音を2つ確認してその話を思い出しましてね。だから2撃はどちらも『必要な一撃ずつだった』……ということです」
涼しげな表情で淡々と説明をするエグザルレイを、タフカは品定めをするようにジッと睨む。
「グラディーの『悪邪の子』か……」
エグザルレイは 微笑を浮かべたまま、タフカの強い視線を受け止める。
「……ハルミラルからはとんだ 腑抜け野郎だと聞いていたが……少しは役に立ってもらえそうだな」
「腑抜け……ですか」
賢者の森の中でハルミラルに投げかけられた痛烈な言葉を思い出し、エグザルレイは苦笑した。
確かに……そう言われても仕方無い状態でしたね……でも……
地に倒れて絶命しているサーガを見下ろす。グラディーの森でも何体かのサーガを倒し、防衛戦略の駒に使ったこともあったが、ケンタウロス種は初めて 対峙する敵だった。
随分と長い間感じた事の無かった殺気も、新鮮な刺激となり心地良ささえ感じた。師匠ケパ仕込みの剣突きも、久し振りの感触として両手に残っている。この感覚……敵を倒し自分が生き残る事で得られる「生の実感」を心と身体が思い出し、歓喜にも似た興奮を覚えていた。
「……戦いが好きなのか? 貴様は」
高揚の微笑を浮かべるエグザルレイに気付いたタフカが尋ねる。思いもしなかった問い掛けに、エグザルレイは「ハッ」と表情を改める。
「……何を……言ってるんですか? 別に……好きで戦うわけではありません」
自分自身が笑みを浮かべていた事に気付いていなかったエグザルレイは、「心外だ」とでも抗議するようにタフカに答えた。
「……まあいい。今は……たとえ人間であろうとも、戦えるヤツが1人でも多いに越した事は無いからな……ついて来い」
タフカは背を向けると、森の中へ歩き出す。エグザルレイも黙ってその後について行く。しばらく森を進むと、小高い丘になっている開けた草原に出た。
「結局ソイツなのですか……」
草むらから顔を出し声をかけたのは、タフカの妹ハルミラルだった。周りで身を隠していた妖精たち20人程も姿を現わす。
「そう言うなハルミラル。コイツは『例のサーガ』を瞬殺したぞ? 腑抜けどころか……伝説の悪邪の子そのものだ」
思いもよらない高評価をタフカの口から得られたことに、エグザルレイは驚きの表情を向ける。しかし……タフカは優しい笑顔をハルミラルに向けたままだ。
「え?……でもミツキ様の森では……抜け殻のようにエルフの木にくっついてメソメソとしていたんですよ?」
エグザルレイは苦笑した。事実だから仕方が無い。タフカは笑いながら応える。
「ハルミラル……今のお前は覚えていないだろうが……コイツがここに最初に来た時は、抜け殻どころかカエルの 干物のような姿だったんだ。エルフの女に抱えられ、荷物のように持ち運ばれるような……。それがここまで回復し、あのケンタウロスのサーガを見事に倒したんだから……私はそれはそれで嬉しいんだよ」
そうか……フィリーの記憶の中で見た「初めて会った時」のことを妖精王は覚えてるのか……
「……その節は……フィリーと2人、お世話になりましたね……ありがとうございました」
森の中での出会いから一変した態度のタフカに向かい、エグザルレイも社交辞令でない感謝を述べる。しかしタフカは笑顔のまま振り向き、明らかな敵意のこもる声で応じて来た。
「……気にするな。人間は嫌いだがエルフは同族だ。特にあの女は……フィリーは良いヤツだった。だから願いに応じてやっただけの話。……でもまさか、僅かに残された命までお前に分け与え樹木化してしまうとはな……良いヤツだったが……愚かな女だ」
エグザルレイはタフカの言葉にピクッと反応した。
フィリーを「愚か」だと……
「ん? どうしたエグザルレイ・イグナ王子様。エルフの命をすすって生き延びた人間であるお前が、フィリーの代わりに生きることになったんだろう?……私は彼女が生きていたほうが良かった、と素直に思ってるだけだ」
タフカの顔に、悪意に満ちた笑みが浮かぶ。
喧嘩を……売っているのか……
「……タフカ……くん。君に言っておくことがあります。……私はイグナの王子ではありません。ただのエグザルレイです。それ以外の何者でもありません。それと……フィリーの代わりに生きてるわけではない。彼女は今もちゃんと生きています……共に生きています。何より……彼女を 侮辱するような言葉は……許さない……」
エグザルレイはタフカを 睨みつける。妖精王とは言え、見た目は人間の少年の姿……。自分より10歳近くも年下に見える「子ども」に対し、熱くなるべきではないと思いつつ、だからこそ感情的な怒りが込み上げて来る。
タフカは小馬鹿にしたように鼻で笑う。
「おい。愚か者の人間風情が、妖精王である私に口ごたえか? 許さないだと? じゃあどうする!」
タフカはスッと右手を差し出した。
あの動作は……
エグザルレイは殺気を感じとり、素早く反応して身を避けた。タフカの右手の指先から青白い光が放たれ、つい今までエグザルレイが立っていた空間に一筋の線を描いた。グラディーの森でエルフのエグデン兵が放った攻撃法術と同じ法撃だ。
「ほう! 避けたか? やるじゃないの……王子様」
今度は左手を突き出したタフカは、指先で何かを描くように動かす。エグザルレイは反撃に転じようと鞘から長剣を抜き、タフカに飛びかかる。
ガンッ!
しかし攻撃のために一歩踏み出した途端、何か見えない壁のようなものに頭部をぶつけ、エグザルレイは仰向けに倒れてしまった。すかさずタフカが、倒れたエグザルレイの腹に飛び乗って来る。
「ほら? 人間は役立たずだろ? エルフのほうが何倍もマシさ!」
タフカは右手の人差し指でエグザルレイの 眉間に狙いを定めると「ニヤリ!」と笑った。しかし、その笑みはすぐに消える。エグザルレイはいつの間にか抜いた短剣を左手で握り、タフカの右脇腹に突き当てていた。
「……この短剣のひと突きでも、充分に心臓までは届くぞ? どうする?」
馬乗りになっているタフカを睨みつけたまま、エグザルレイは静かに言い放った。
ミツキはエグザルレイに長短2本の剣を渡す。
「君は……法術は全く使えないようだね?」
エグザルレイは渡された2本の剣を確かめながら応える。
「ええ……以前、義理の兄から習おうとはしたんですが……どうやらこの身には 不相応な力のようで……」
エグザルレイは確認した剣を 鞘に収めた。
「……せめて治癒魔法だけでも身につけるよう、姉から言われましたが……無理でした」
「そうかい……それじゃ宝の持ち腐れかなぁ、それ……」
ミツキはエグザルレイに渡した剣を指さす。
「法術剣士が持てば、かなり能力を発揮する 法力増幅素材を使ってる剣なんだけどね……」
「法力……増幅素材……ですか?」
エグザルレイは改めて剣を見る。確かに記憶にある金属の重みや手触りとは違う。
「どうだい? せっかくだから 基礎だけでも教えてあげようか?」
ミツキはエグザルレイに笑顔で提案した。
「……でも……早く行ってあげないと……」
しかし、ハルミラルの 切羽詰った言葉を思い出し、エグザルレイは断りを入れる。何より……法術の学びには良い思い出が無かったので、いずれにせよ拒むつもりでいた。ミツキはそんなエグザルレイの思いを読むようにジッと見つめる。
「そう……時間はどうにでもなるんだよ? ここには訓練に適した場所もあるからね。それでも……やってみたいとは思わないかな?」
「……ええ……私は……剣術と体術だけで充分ですから……」
ミツキは残念そうにエグザルレイを見る。
「素質は充分だと思うけどなぁ……分かった。では、君が自分自身で学びたいと思った時にはいつでも言ってくれ。じゃ……行くかい?」
「……はい」
2人は小屋を出ると、森の出入口である 洞に向かう。
「さあ、入りなさい」
ミツキはエグザルレイを洞に入るよう促した。
「妖精達には出入のための歌を教えたんだが……君はどんな方法が良いかな?」
「歌? 出入のための方法……ですか?」
ミツキは笑顔で頷く。
「この森と外界との出入のためには色々な条件が 揃わないとダメなんだよ。でも、そんな偶発的な条件よりも簡単な方法……パスワードみたいな魔法を僕がかける事で、特定の人物の行き来を簡単に出来るようにしてるんだ」
「パス……ワード?」
「合言葉だよ。何か君に相応しい合言葉は……」
ミツキは少し 悪戯っぽく笑みを浮かべた。
「いいかい? この洞の中……まあ、向こうの洞でも同じだが……こう言いなさい。『フィリーと共に同じ時を!』とね」
「『フィリーと共に同じ時を』……ですか?」
エグザルレイが伝えられた言葉を言い終えた瞬間、洞の外に立っていたミツキの姿が消えた。いや……ミツキの姿だけでなく、その背後にあった森の木々の姿も突然変わってしまった。
「……アルビの……森……って事ですか……」
あまりに唐突な移動に、エグザルレイは呆気に取られやがて苦笑する。今までの情報から判断し、自分が「賢者の森」から飛ばされたのだと理解した。
「それにしても……もう少し言いやすい合言葉にして欲しかったですね……」
苦く笑みを浮かべたまま洞の外の様子を 窺う。賢者の森とは違い、うっそうとして暗く感じる森だ。
「ここが……アルビの森……」
エグザルレイは用心しつつ洞から出た。その直後、首筋に突き刺さるような嫌な感覚を覚える。
この感覚は……
ビュオッ!
咄嗟に身を 屈めたエグザルレイの頭上を、何かが高速で通り過ぎていった。
この感覚……そうだ……殺気だ!
「おおっと! 妖精じゃ無ぇしエルフでも無ぇ……まさか人間がこの大陸にいるとはなぁ!」
エグザルレイは「何か」が飛んで来た方向とは逆方向に身を 翻し、大樹の陰に回りこむと、聞きなれない声の 主の正体を確認した。
あれは……サーガだ!……しかし……
「驚きましたね……ケンタウロス族からもサーガが出てしまっているとは……」
声の主を確認したエグザルレイは大樹の陰から声をかけた。
馬の頭部が在るべき部分に人間の上半身がつながっているかのような 風貌は、紛れも無く森の守り神として尊敬されるケンタウロス族に違いない。だが……幹の陰から改めて確認したそのケンタウロスの姿は、エグザルレイの知るケンタウロスの姿とは明らかに違う異様な姿に見えた。
全身の毛並みは整えられておらず、ボサボサに伸び放題……上半身は 苔にでも覆われているかのように青緑色に染まり、その顔には半分飛び出した 真黄色の眼球がギョロギョロと動いている。生命の 欠片も感じない姿……サーガ特有の姿だ。
「なにをぉ?」
サーガはエグザルレイの呼びかけに気分を害した様子で応える。
「俺をあんな半獣たちと一緒にするんじゃ無ぇ!」
脚力を活かし、一気に大樹へ向かい駆け寄って来るケンタウロスの動きをエグザルレイは瞬時に見極める。
武器は……持っていない? という事は……さっきの……
エグザルレイは先ほど頭上を通過した「何か」の方向に目を向けた。大樹から少し離れた地面に、斜めに槍が突き立っている。
ヤツは……あれを私に向かって投げ…… 外した。今の接近は自分の武器を回収し、改めて攻撃態勢をとるため……それなら……
ケンタウロスに視認させるため、エグザルレイはわざと大きな動きで大樹の裏に隠れる。「敵」の動きを確認したケンタウロスは、自分の 疾走に人間が恐れを抱き、身を隠したものだと判断すると、相手からの攻撃を警戒するより自分の槍を拾い上げることに意識を優先した。
エグザルレイは大樹の裏に回りこむと、そのままの勢いで大樹の根元を一周し、通り過ぎて行ったケンタウロスの背後をとる。
ちょうどケンタウロスは地面に刺さっている槍の 柄を握ったところだ。
さあ、あとは向きを変え、木の幹の裏に隠れている人間と向き合って……と体勢を変えたケンタウロスの左目の視界に何かが映る。
木の裏に隠れているはずの人間が……なんでこの距離に?……しかも……笑っていやがる!
驚いた表情を見せるケンタウロスの「馬の背」を足場にし、エグザルレイは長剣を「上半身の背」に突き立てた。剣は背骨を避け、少し横から斜めに入ると身体の中心を貫く。
一撃で心臓を刺し貫かれたケンタウロスは「まさか……」という表情をエグザルレイに向けたまま横倒しに地面へ倒れた。転倒前に剣を抜き飛び降りたエグザルレイは、横倒しになったケンタウロスの前面へ即座に回り込むと、今度は下半身の前足左右の中心から真っ直ぐ体内に向け長剣を突き刺しす。
エグザルレイからの連撃を受けたケンタウロスは、身を立て直す暇も無く絶命した。
「ふぅ……」
久し振りの戦闘の感触にエグザルレイはひと息を 吐き長剣を抜くと、血糊を払い落とす。そのまま、視線も巡らさずに声を発した。
「……黙って見学しているということは……サーガではないということですね?」
この戦闘を隠れて窺っている「何者か」がどう動くか気配を探りつつ、エグザルレイは剣を鞘に収め、樹上を見上げる。太い枝に腰かける人影は、 成者の儀を過ぎたかどうかの外見をした少年だった。
……恐らく彼が、妖精王のタフカなんでしょうね……
エグザルレイからの呼びかけに、タフカは樹上の枝から軽やかに地面に降り立つ。
「……いつから気付いてた?」
「洞から顔を出してすぐに……。あなたを確認をする前にサーガの殺気を感じたもので、あちらへの対応を優先しました」
「ふん……」
タフカは面白くも無さそうにエグザルレイに 一瞥をくれると、倒れているケンタウロスの傍に寄る。
「人間のクセに『森の守り神』に手を下すとはなぁ……」
「『神』ではなくサーガでしたので」
エグザルレイは事も無げに言い放ち、言葉をつなぐ。
「ミツキさんから、あなた達の助力になれと言われて来たんですが……必要ありませんでしたか?」
タフカは絶命しているケンタウロスをジッと見下ろしたまま応じる。
「こいつは『消えないヤツ』か……まあいい。お前、なぜこいつを二度刺した?」
タフカは顔をエグザルレイに向けて問う。
「……なぜ? と言われると?」
「一撃目で心臓をキチンと貫いただろ? 普通ならそれで片は付く。そうなれば二撃目はなんだ? 死を早めたのか? それともいたぶったのか?」
エグザルレイはタフカの聞かんとする意図を 汲み取った。
「ああ! なるほど……いえ、一撃目は『上半身の心臓』を、二撃目は『下半身の心臓』を狙ったんですよ」
「なに?……心臓を……二つ?」
タフカは驚いた表情でエグザルレイを見る。
「ええ。昔……子どもの頃に聞いた話ですが、ケンタウロスは下半身のための心臓と上半身のための心臓をそれぞれに持つと聞いていたので……実際に向き合った時、心音を2つ確認してその話を思い出しましてね。だから2撃はどちらも『必要な一撃ずつだった』……ということです」
涼しげな表情で淡々と説明をするエグザルレイを、タフカは品定めをするようにジッと睨む。
「グラディーの『悪邪の子』か……」
エグザルレイは 微笑を浮かべたまま、タフカの強い視線を受け止める。
「……ハルミラルからはとんだ 腑抜け野郎だと聞いていたが……少しは役に立ってもらえそうだな」
「腑抜け……ですか」
賢者の森の中でハルミラルに投げかけられた痛烈な言葉を思い出し、エグザルレイは苦笑した。
確かに……そう言われても仕方無い状態でしたね……でも……
地に倒れて絶命しているサーガを見下ろす。グラディーの森でも何体かのサーガを倒し、防衛戦略の駒に使ったこともあったが、ケンタウロス種は初めて 対峙する敵だった。
随分と長い間感じた事の無かった殺気も、新鮮な刺激となり心地良ささえ感じた。師匠ケパ仕込みの剣突きも、久し振りの感触として両手に残っている。この感覚……敵を倒し自分が生き残る事で得られる「生の実感」を心と身体が思い出し、歓喜にも似た興奮を覚えていた。
「……戦いが好きなのか? 貴様は」
高揚の微笑を浮かべるエグザルレイに気付いたタフカが尋ねる。思いもしなかった問い掛けに、エグザルレイは「ハッ」と表情を改める。
「……何を……言ってるんですか? 別に……好きで戦うわけではありません」
自分自身が笑みを浮かべていた事に気付いていなかったエグザルレイは、「心外だ」とでも抗議するようにタフカに答えた。
「……まあいい。今は……たとえ人間であろうとも、戦えるヤツが1人でも多いに越した事は無いからな……ついて来い」
タフカは背を向けると、森の中へ歩き出す。エグザルレイも黙ってその後について行く。しばらく森を進むと、小高い丘になっている開けた草原に出た。
「結局ソイツなのですか……」
草むらから顔を出し声をかけたのは、タフカの妹ハルミラルだった。周りで身を隠していた妖精たち20人程も姿を現わす。
「そう言うなハルミラル。コイツは『例のサーガ』を瞬殺したぞ? 腑抜けどころか……伝説の悪邪の子そのものだ」
思いもよらない高評価をタフカの口から得られたことに、エグザルレイは驚きの表情を向ける。しかし……タフカは優しい笑顔をハルミラルに向けたままだ。
「え?……でもミツキ様の森では……抜け殻のようにエルフの木にくっついてメソメソとしていたんですよ?」
エグザルレイは苦笑した。事実だから仕方が無い。タフカは笑いながら応える。
「ハルミラル……今のお前は覚えていないだろうが……コイツがここに最初に来た時は、抜け殻どころかカエルの 干物のような姿だったんだ。エルフの女に抱えられ、荷物のように持ち運ばれるような……。それがここまで回復し、あのケンタウロスのサーガを見事に倒したんだから……私はそれはそれで嬉しいんだよ」
そうか……フィリーの記憶の中で見た「初めて会った時」のことを妖精王は覚えてるのか……
「……その節は……フィリーと2人、お世話になりましたね……ありがとうございました」
森の中での出会いから一変した態度のタフカに向かい、エグザルレイも社交辞令でない感謝を述べる。しかしタフカは笑顔のまま振り向き、明らかな敵意のこもる声で応じて来た。
「……気にするな。人間は嫌いだがエルフは同族だ。特にあの女は……フィリーは良いヤツだった。だから願いに応じてやっただけの話。……でもまさか、僅かに残された命までお前に分け与え樹木化してしまうとはな……良いヤツだったが……愚かな女だ」
エグザルレイはタフカの言葉にピクッと反応した。
フィリーを「愚か」だと……
「ん? どうしたエグザルレイ・イグナ王子様。エルフの命をすすって生き延びた人間であるお前が、フィリーの代わりに生きることになったんだろう?……私は彼女が生きていたほうが良かった、と素直に思ってるだけだ」
タフカの顔に、悪意に満ちた笑みが浮かぶ。
喧嘩を……売っているのか……
「……タフカ……くん。君に言っておくことがあります。……私はイグナの王子ではありません。ただのエグザルレイです。それ以外の何者でもありません。それと……フィリーの代わりに生きてるわけではない。彼女は今もちゃんと生きています……共に生きています。何より……彼女を 侮辱するような言葉は……許さない……」
エグザルレイはタフカを 睨みつける。妖精王とは言え、見た目は人間の少年の姿……。自分より10歳近くも年下に見える「子ども」に対し、熱くなるべきではないと思いつつ、だからこそ感情的な怒りが込み上げて来る。
タフカは小馬鹿にしたように鼻で笑う。
「おい。愚か者の人間風情が、妖精王である私に口ごたえか? 許さないだと? じゃあどうする!」
タフカはスッと右手を差し出した。
あの動作は……
エグザルレイは殺気を感じとり、素早く反応して身を避けた。タフカの右手の指先から青白い光が放たれ、つい今までエグザルレイが立っていた空間に一筋の線を描いた。グラディーの森でエルフのエグデン兵が放った攻撃法術と同じ法撃だ。
「ほう! 避けたか? やるじゃないの……王子様」
今度は左手を突き出したタフカは、指先で何かを描くように動かす。エグザルレイは反撃に転じようと鞘から長剣を抜き、タフカに飛びかかる。
ガンッ!
しかし攻撃のために一歩踏み出した途端、何か見えない壁のようなものに頭部をぶつけ、エグザルレイは仰向けに倒れてしまった。すかさずタフカが、倒れたエグザルレイの腹に飛び乗って来る。
「ほら? 人間は役立たずだろ? エルフのほうが何倍もマシさ!」
タフカは右手の人差し指でエグザルレイの 眉間に狙いを定めると「ニヤリ!」と笑った。しかし、その笑みはすぐに消える。エグザルレイはいつの間にか抜いた短剣を左手で握り、タフカの右脇腹に突き当てていた。
「……この短剣のひと突きでも、充分に心臓までは届くぞ? どうする?」
馬乗りになっているタフカを睨みつけたまま、エグザルレイは静かに言い放った。
応援ありがとうございます!
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