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第3章 エルグレドの旅 編

第 135 話 2人の思い

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  賢者けんじゃの森の木々達は、風も無いのに大きくざわついていた。ミツキは 逆毛立さかげたつ嫌な予感に引き寄せられ、アルビの森との出入口である大樹のうろへ走った。洞の中から妖精達の歌声が遠くに聞こえる。そして……

「賢者さまー! お助け下さーい!」

 突然、 のどが張り裂けるような絶叫が賢者の森の 静寂せいじゃくを破った。ミツキは洞の開口部に駆け寄り、中を覗く。

「そんな大声で呼ばなくても……聞こえてるよ。どうしたんだい? ハルミラル。今回はお肉を持って来てくれたワケじゃ……」

 ミツキは洞の中から飛び出して来た少女……妖精王の妹ハルミラルに優しく声をかける。次の瞬間、ミツキは『おや?』という表情になった。

「あ……失礼しました。そんな近くにおられるとは知らず……あの! お助け下さい! 森が……アルビの森が大変なんです!」

 ミツキはジッとハルミラルを見つめる。

「ハルミラル……また……転生したんだね……」

「えっ?」

 ハルミラルは「大賢者さま」に見つめられている上、意味不明な言葉を投げかけられ困惑した。

「……僕を……覚えて……いない……ね?」

「え……? あの……すみません……初めまして……」

 ミツキは一瞬寂しそうな顔を見せたが、すぐに優しい笑顔を浮かべる。

「いや……いいんだ……君はタフカと違い、転生の度に新しい記憶になるのだから仕方無いさ。ただ……今回はすごく時が経ったんだなと思ってね」

「・・・」

 ハルミラルは困ったような 愛想笑あいそわらいを浮かべて口を閉ざす。

 エルくんの回復のために……森達もフィリーに力を貸した……って事かな? 森を動かすエルフの力の変化で「時」の流れがまた変わった……それなら……今は安定期か?

「すまないねハルミラル。お兄さんは元気かい?」

「あ……はい!……でも今は……大変なんです! お力をお貸し下さい!」

 ハルミラルが必死に訴える表情にミツキは確信した。

 外の世界が……動き始めた……


―・―・―・―・―・―


「エルくん……」

 ミツキはハルミラルを連れ、フィリーの樹にもたれかかるエグザルレイのもとへ来た。2人の気配を感じながらも、エグザルレイは うつろな目を樹上に向け微動だにしない。ミツキは 溜息ためいきをつく。

「君に……仕事をお願いしたいんだが……」

 ……仕事?

 エグザルレイは久しく聞いていなかった単語に反応し、目線をミツキに向けた。その隣には、フィリーの「記憶の旅」の中で見た少女が立っている。ミツキがその少女に何か耳打ちをすると、少女は意を決したように声を上げた。

「愛に満ちたるエルフのフィリー! 私はハルミラル! 妖精王タフカの妹です!妖精王タフカの めいにより、大賢者ミツキさまに助力を仰ぎたくこの地へ参りました!」

 ハルミラルの声に反応し、フィリーの樹の枝葉がざわつく。

「……されどミツキさまはこの地を離れられぬ身。よって、ミツキさまの 推挙すいきょにより、あなた方に助力を仰ぎます。あの時の『借り』を返して下さい!」

 エグザルレイは目の前で叫び出した少女の強い生命力に驚き、目を見開いた。その背を預けているフィリーの樹も大きくざわついている。

「……この子は」

 ミツキがフィリーの樹に声をかけた。

「この子はハルミラル……妖精王タフカの妹だよ。キミも覚えているだろ?……ただ、残念ながら『あの時』のハルミラルから4~5回は転生してしまっているから、キミと出会った古い記憶は無いんだがね」

 フィリーの木の葉音が止む。

「この子が言うには……今、外の世界……アルビ大陸が大変な混乱に おちいっているらしい。サーガ共が群れを成し、様々な種族の集落や 棲家すみかを根こそぎ襲い、破壊し、 殺戮さつりくして回っているそうだ。あのサーガ共が、おびただしい群れを成して1つの行動を共にしている……この意味が……分かるよね?」

 フィリーの樹は静かな葉音を鳴らして答える。ミツキは笑みを浮かべた。

「僕は……この森から出られない……もちろんキミもだ。今、自由に動けるのは……エルくんだけ……。彼にこの仕事を頼みたい。彼自身のためにも!」

「ちょ……ちょっと待って下さい!」

 エグザルレイは話の流れがよく飲み込めないが、とにかくこの会話には割って入るべきだと感じる。

「何を……何を勝手に話を進めてるんですか? 私は……このままで良いんです! ここで…… ちる日までフィリーと共に同じ時を……」

「抜け がらのように過ごしたいと?」

 ミツキは たまりかねた様に口をはさんだ。

「フィリーが願っていた君の回復とは……今の君の姿は彼女が命を削ってまで願い求めていた姿なのかい?」

「な……そ……んな……」

 エグザルレイはフィリーの樹を見上げる。しばらくの間があり、静かに葉音がざわついた。

「今この森は安定期に入っている。時の流れは外界と同じはずだ……」

 ミツキはフィリーの樹に向かい尚も語りかける。

「エルくんはエルフからの血分けで命を保ち、この森でさらにその生命の しずくを受けて回復した男だ。身体は……心配しなくても、以前以上に万全のはずだよ」

 フィリーの樹はしばらく考えるように静まった。そして、ざわざわと葉音を鳴らし始めた。エグザルレイはいつもと様子が違うフィリーの樹を振り返って見上げる。

「そんな……ダメだよフィリー……無理だ……私はもう……君と離れたくないんだ……」

 エグザルレイは木の幹にしがみついた。

「……あの……賢者さま……あの人間を?」

 ハルミラルは話の流れから、どうやらあの「使え無さそうな男」を押し付けられるのでは? との予感が働いた。

 賢者さまの推挙とはいえ……あんな抜け殻のような人間を?

 しかしミツキはハルミラルに答えず、黙ってエグザルレイの背中を見つめ続けている。

「イヤだ……行きたくない! 君と離れたくない!……お願いだ! 共に同じ時を……」

 フィリーの木は激しく鳴らしていた葉音を止めた。その訪れた静寂に、ハルミラルは顔を上げる。

「あっ……葉が……」

 フィリーの樹から木の葉が一枚ヒラヒラと落ちて来た。一枚だけではない。二枚三枚と……

「フィリー……」

 エグザルレイはフィリーの樹の異変に目を見開く。

「エルくん……。彼女の思いを……受け取りなさい」

 ミツキの声に視線を動かし、ゆっくり樹上を見上げる。ハラハラと落ちて来る木の葉……それはまるで……フィリーが流す涙のようだ。

 泣いて……いるのかい? フィリー……

「ここが……君たちにとって『楽園』だというのなら……終点であり目的地だというのなら、僕もこれ以上は何も言わない。しかし……『守りの樹』になったエルフと、抜け殻のように 怠惰たいだな時をもてあそぶ人間の男の姿を見ていて……僕は何の魅力も感じない。これが君たちの願っていた『共に同じ時を生きる』という姿なのかい?」

 ミツキは穏やかな口調ではあるが、決断を迫る厳しさの こもった言葉をエグザルレイに投げかける。しかし、なおもエグザルレイは かぶりを振った。

「……いや……です」

 フィリーの樹の根元に視線を落とし、エグザルレイは呟く。

「なぜ……私がここを離れなきゃならないんですか……あなたが頼まれた仕事をあなたが出来ないからって……いやですよ……私は……」

 消え入りそうな声を洩らし、フィリーの樹にそっと左手を添える。

「私は……私達はもう……戦う事に疲れたんです。……故郷を追われ、奪われ、ようやくここに辿り着いたんですよ?……目が覚めたらフィリーはいない……いえ……ここに『居る』けど……語り合うことも抱きしめる事も出来ない……それならせめていつまでも そばに……」

「賢者さま!」

 堪りかねた様子のハルミラルが、苛立ちと怒りの籠った声を上げた。

「アルビは一刻を争う事態なんです! それなのに……なんですか、あの情け無い人間種は! 冗談じゃありません! あんな奴より、横の木の枝で弓を作って下さったほうがよほど役に立つでしょう!」

「まあまあハルミラル……とにかく、助力は送るからタフカの元へ戻って待っていてくれないか?」

 ミツキはハルミラルの頭に優しく手を載 |《の》せたしなめる。

「……私……あの人間は嫌いです!」

 そう言い残すと、ハルミラルは森の出入口である洞へ駆け出して行った。ミツキはその背中を苦く笑みながら見送る。

「ふぅ……さて、と。エルくん…… きみがテコでも動かないつもりでいるのなら、僕にも考えがあるよ?」

 考え……?

 エグザルレイは追い詰められた小動物のように、オドオドとした目をミツキに向けた。

 自分が かなわない相手である事は本能的に分かる。ここで……殺すとでもいうのだろうか?

「なにを……なさるつもりですか?」

 エグザルレイはフィリーの樹の前に両腕を開き立った。何かの攻撃をされるのであれば……まずは自分が受ける、という意思表示を示す。しかしミツキは、薄く笑い首を横に振り応える。

「別に……何もしない。ただそれだけだよ。君にもフィリーにも、何もしない。放っておく……森の草木のように でることもせず、関心を寄せる事もしない。ただ放っておくとしよう」

 ミツキの宣言の言葉が、何千本もの矢のように心に刺さった。

 私とフィリーを……忘れるってことか? ここに居るのに……放ったらかし……

「……フィリーは君の巻き添えだよ。彼女の思いを受け止めようともしない君の弱さのせいでね」

 ミツキの視線がとても厳しく、鋭く刃のように感じる。

 フィリーの……思い?

 エグザルレイは恐る恐る樹を見上げた。枝葉が激しく鳴っている。木の葉が雪のように舞い落ちてくる。

「……彼女は、自分に残された生命力のほとんどを君の回復のため使い、残された僅かな命を保つ姿へとなった。だけどね……彼女に残された生命力をこんなに……葉を乱れ落とすことなんかに使ってしまえば……もう、長くはないよ。僕にはどうしてあげることも出来ない」

 ミツキはフィリーの樹とエグザルレイを交互に顔を向ける。

「君の独りよがりな思いだけでなく、『共に生きる』と誓い合った人の思いにも耳を傾けるべきじゃないのかい?」

 フィリーの……思い……どうやって……

 今にも泣き出しそうな顔でミツキを にらみつけ、エグザルレイはそのままフィリーの樹を見上げた。

 フィリー……君は……私に……どのような私であって欲しいと願ってるんだい?

 エグザルレイは生身のフィルフェリーを抱きしめるように、両腕を幹に回し額を押し当てる。そのまま目を閉じ、心を静める。

 そう……分かっているよ……今の私は、あの少女が言い放ったように情け無い人間だ。生きているという実感も無いまま……この不思議な森の力に甘えてフィリーの木の傍から動こうともしない、石コロのような存在になっているよね。キミが愛してくれた私は……どんな私だったのだろう? キミの思いに……私は今……応えられてはいないんだろうね……

行って……エル

 エグザルレイの心にフィルフェリーの声が聞こえた木がした。これは伝心? それとも 妄想もうそう? エグザルレイはその声に耳を傾ける。

 行って、エル。アルビの森へ……妖精達を助けてあげて。あなたがグラディーの『悪邪の子』で無くたって良い。そのままの優しいあなたを愛してる。だけど……優しさを失い、ただ弱々しくなってしまっているあなたを見るのはつらいわ……それが……私がここに居るからだと思えば…… 尚更なおさら……

 カサカサと葉が落ちて来る音が聞こえた。エグザルレイは目を開き、フィリーの樹に声をかける。

「分かった……行くよ……フィリー。少しの間……待っていてくれるかい?」

 フィリーの木の葉音が静かに止む。エグザルレイは決意を宿した目線をミツキに向けた。

「……剣を……貸していただけませんか?」

「ほう。フィリーと話し合えたのかい?」

 ミツキが笑顔で問いかける。

「……さあ?……でも……フィリーが反応してくれてるのだから……多分……話し合えたのだと思います」

「まだ確信は無いんだね?」

「はい……。私の『思い込み』なのかも……でも! このままじゃ……ダメだって言われた気はします……彼女に……失望されるのは私もツライですし……」

 ミツキはまるで品定めをするようにジッとエグザルレイを見つめた。

「……人間はね……誰かを愛したり、何かを大切に想う時……強くもなるし成長もするものだ。でもね……それによって弱くもなったり おとろえたりもするんだよ。君をここへ運んで来たフィリーは『強かった』よ。恐らく……今も強い人なんだと思う」

「私は……」

 エグザルレイは 自嘲気味じちょうぎみな笑顔を浮かべる。

「今の私は……そんなフィリーの『強さ』に甘えてるだけ……ってことなのでしょうか……」

「さあね。ただ……僕は今の君に、何の魅力も感じていない。僕が魅力を感じ、助力を惜しまないのは、彼女に対する僕の尊敬の思いからだけだ。君に対する『尊敬』は一切もっていない、という事は知っておいてもらいたいな」

 笑顔で言い放つミツキの言葉に、エグザルレイは苦笑した。

「 手酷てひどい評価ですね……。いつか……その評価を くつがえしてやりたくなりましたよ」

「おや? 良い目の光も持ってるじゃないか?」

  いどむように見つめるエグザルレイに、ミツキは嬉しそうに答える。

「よし……ついておいで。僕の小屋に以前、妖精たちが持って来た剣がある。良い剣ばかりだよ。それを必要なだけ持って行きなさい」

 ミツキはそう言うと、自分の小屋に向かい歩き出した。エグザルレイはフィリーの樹を見上げ、満足そうに声をかける。

「……じゃあ……行ってくるよ。大丈夫……無理は……しないから……」

 ミツキの後について歩き出したエグザルレイを、見守り送り出すようにフィリーの樹は静かに葉音を鳴らした。
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