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第3章 エルグレドの旅 編

第 132 話 フィルフェリーと妖精の兄妹

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 フィルフェリーは数十日ぶりに聞く「人語」での呼びかけにより、深い眠りに落ちようとする ふちから一気に意識が覚醒した。

「ねぇ? ここで何をしてるの? あなた達、だぁれ?」

 眠りの縁で聞いた少女の声———目の前に立つその声の主から再び問いかけられたフィルフェリーは一瞬、夢か現実かの判断がつかなかった。人間の子? フィルフェリーは改めて少女の姿を確認し、とりあえずこの少女には敵意が無いことを感じ取る。

「あ……こんばんは……。私はフィルフェリー……こっちは……エグザルレイよ」

 少女は興味深そうな目で半身を起こしたフィルフェリーと、その横に 仰向あおむけに眠っているエグザルレイを見つめる。

「……ねぇ? それは何をしているの?」

 フィルフェリーの腕とエグザルレイの腕をつなぐ「血分けの管」を指さし、少女が たずねた。フィルフェリーは管をつなげたまま眠りに落ちそうになっていた事を思い出し、管を外しながら答える。

「これはね……特別な治癒魔法よ。この人は……ずっと眠ってしまう病気だから……」

「へぇ……」

 少女はその説明に理解が出来たのか分からないが、自分の質問にそれなりにちゃんと答えてくれたフィルフェリーにさらに関心をもった様子だ。

「ね? ここも良い場所だけど、 朝露あさつゆれちゃうかもよ。私達の家に泊めてあげましょうか?」

「え?……あなた……御家族がいるの? ここに……」

 フィルフェリーの声に緊張が こもる。

 そうだ……こんなに幼い人間の少女が、こんな森の中で1人で住んでいるはずはない。家族……他に人間の大人がこのアルビ大陸にも住んでいるの?……もし、エグデン側の人間だとしたら……

 そんなフィルフェリーの不安を感じ取ったように、少女は首を かしげて口を開く。

「……エルフの女と人間の男がこんな所になぜ居るのか……きっとお 兄様にいさまも知りたいと思うから……」

 お兄様?…… 兄妹きょうだいで森の中に住んでる? あ!

「ねえ……あなたはもしかして……妖精族の……」

 少女はニッコリ微笑む。

「当たり前でしょ? 私はハルミラル。妖精王タフカの妹……さ、案内するわ」

 フィルフェリーはエグザルレイを かかえると、妖精の少女ハルミラルの後に付いて森の奥へ歩き出した。


―・―・―・―・―・―


「お帰り、ハルミラル……さて……そんな客人を連れて来てどうするつもりかな?」

 ハルミラルに連れられ 辿たどり着いたのは、少し開けた「森の中の広場」という雰囲気の場所だった。広場の中心には 根元ねもとにポッカリ大きな うろが開く大樹がある。その大樹の周りに、10数人の子ども達……人間なら10歳前後の男児女児という見た目の妖精達が思い思いにくつろいでいた。
  うろの手前に腰掛けていた妖精……他の妖精よりも少し年上の少年に見える妖精が立ち上がると、広場へ入ってきた三人に向かい声をかける。

「北の坂地前で見つけたから……お話を聞きたいかなぁ、と思って……」

 フィルフェリーは妖精達の視線……特にハルミラルの「兄」と思われる少年妖精の視線に危険な敵意を感じた。その敵意は……抱きかかえているエグザルレイに向けられている。

「……こんばんは……私達は……ハルミラルに案内されたから付いて来ただけ。お 邪魔じゃまなら立ち去るわ……」

 フィルフェリーは自分の足に 法力ほうりきを満たし、いつでも べる準備をした。妖精の少年はそんなフィルフェリーの様子を さっしたようで、すぐに敵意の色を収める。

「人間だけならお断りだが……エルフも一緒だし……人間とは言っても死の縁にぶら下がっているだけの様子……まあいい……。いらっしゃい、お客さま」

 少年妖精は笑顔を浮かべ2人を自分達のコミュニティーへ招きいれた。

「ようこそ。私は妖精王のタフカ……妹とは……もう自己紹介済みだね?」


◆  ◆  ◆  ◆  ◆


「えっ! 遥《はるか》と妖精王に?」

 篤樹はエルグレドの話に反応し声を上げた。エルグレドは苦笑しつつ首を横に振る。

「ハルカさんではなくハルミラル……妖精王の妹妖精です。彼らの生態も 特殊とくしゅなんです。……妖精王は前世の記憶を引き継ぎつつ、数十年から数百年の不定期間隔かんかくで転生します。その妹妖精も転生はするんですが……こちらは記憶ではなく感情だけを引き継いで転生するそうです。そして……この妖精王タフカと妹妖精ハルミラルが そろっている時期に、その他の『妖精王の子ども達』としての1世代妖精が誕生するという……」

「えっ! じゃあ妹とお兄さんで結婚するの?」

 エシャーも驚いたような声で尋ねた。

「そうではなくてよ、エシャー」

 レイラがエルグレドに代わり答える。

「結婚や夫婦という儀式や関係ではなく、妖精達……妖精王タフカと妹妖精ハルミラルは太古の昔から未来まで2人で1対いっついの存在っていうことなのよ」

「……彼らの生態については本人達も分かっていないものですし、私から上手く説明は出来ませんが……レイラさんの言う『永遠に1対の存在』という表現が近いかも知れませんね」

 エルグレドも うなずき、視線を篤樹に向けた。

「アツキくん……そういう事なので、この時点でのハルミラルはハルカさんとは全く関係の無い、純粋に妖精王タフカの妹ハルミラルだと理解して下さい」

「その時……基幹暦だと4350年頃って事なんでしょ?」

 スレヤーが確認する。

「そうですね……46~47年頃だったはずです」

 エルグレドは答える。

「タフカと初めて会ったのは、フィリーに連れられていったそのアルビの森の中だったんです。その時フィリーはタフカに、私の身の上と自分達がなぜアルビに渡って来たのかを話しました。もちろん、私自身はそのやり取りは一切知りませんでしたが、『フィリーの記憶を旅する中』で、自分が何故、ミツキの森に居るのか……フィリーが……守りの樹になってしまっているのかを知る事になったんです」


◆  ◆  ◆  ◆  ◆


「ではフィリー、確認だが……君はその人間の男……エル……だっけ? そいつを元の 身体からだに戻す方法を探しに、このアルビの地へ来たって事なんだね?」

 タフカはフィルフェリーの話を聞き終わると、改めて真意を尋ねた。フィルフェリーは黙って頷く。

「『血分けの管』……か。何ともおぞましい 邪法じゃほうだな……」

 タフカは身を震わせながら き てるように つぶやいた。

「これしか……もう、これしか方法が無かったから……エルの命を つなぎ止める方法が……」

「だけどさ!」

 ハルミラルが口を はさむ。

「普通は絶対に無理な方法なんでしょ? エルフの血を人間に分けて命を繋ぎ止めるなんて……やりたくっても誰でも出来る方法じゃないんだし……きっと2人は選ばれた2人なんだよ!」

「ハル!」

 嬉しそうに語るハルミラルをたしなめるようにタフカが名前を呼ぶと、ハルミラルは あわてて口を手でふさいだ。タフカはそんなハルミラルの様子をジッと見つめ、やがてフッと笑顔になる。

「……まあ……ハルミラルの意見も一理はあるな……」

 ハルミラルは兄からの同意を得られたと思うと、口を手で塞いだままニッコリ微笑んだ。

「……思いだけでなく……お互いの肉体もまた受け入れあった上で奇跡であるなら……邪法とばかり言うべきではないか……まあ良い」

 タフカはフィルフェリーに視線を戻す。

「その結末が……このアルビの地で2人そろっての死であったとしても構わない……というのは本心のようだな? フィリー。お前の身体……長命種族のエルフでありながら……死期が遠くない事を感じるぞ?」

 フィルフェリーは落ち着いた様子で微笑む。

「……私の死とエルの死は同じ時に迎えることになりそうだってことは……強く感じているわ。それならそれでも構わない。共に同じ時を2人で生きたんですもの……ただ……」

 フィルフェリーは静かな寝息……規則的な呼吸音を続けているエグザルレイを さびしそうに見つめる。

「もう一度……彼の声を聞きたいし……彼の腕に抱かれたい……そう願ってるから……最後まで あきらめるつもりはないわ」

「ふっ……強いエルフだね……」

 タフカは満足そうに微笑んだ。

「私は……この数回の転生の中で人間に対する恐怖心と憎悪を引き継いで来ている……その原因はまだハッキリと思い出せない。何かよほどの事が有ったのだろう。……だから人間との距離を取るため、このアルビに渡って来た」

 タフカは立ち上がり、フィルフェリーにゆっくり近付く。

「今も……そこに寝ているのが『人間』だと思うだけで、強い殺意が湧き上がる……だが同時に……こんな弱々しい姿の人間に対してさえ恐怖を感じる自分もいる。とにかく……私達の目の前から早くこの男が消えてくれれば良いと思っている」

 フィルフェリーはエグザルレイを かばうようにタフカの前に立ちはだかった。しかしタフカの目には口で言うほどの敵意を感じられない。

「それ以上に……」

 タフカはフィルフェリーの前で立ち止まった。

「フィリー……妖精の命の流れを組むエルフの女……君がその特別な命さえ惜しまずにその男との時を願うと言うのなら……君が捜している『賢者の森』を教えてやっても良い……」

「え……知ってるの! その場所を?」

 フィルフェリーはタフカからの思わぬ提案に驚き尋ねた。タフカは微笑み頷く。

「知ってるよ。ただ……そこが君達を受け入れるかどうかまでは保証できないけどね」

「教えて! その場所を! あなたたちに迷惑は掛けないわ! お願い!」

 フィルフェリーは捜し求めていた「その森」への有力な手がかりを得たことに、喜びと驚きと動揺に興奮しながらタフカに詰め寄る。その勢いにタフカは面食らいながらたじろぎ応じた。

「わ……分かった……分かったって! そのつもりだって言ってるだろ!」

 タフカは数歩後ずさると、両足でしっかり立ち直して語る。

「……それと……生きてる限りお互いに迷惑を掛けあうのは、生きとし生ける者の定めだ。だから『迷惑は掛けない』なんて気安く言うな。実際……ちょっとは私達も労しないとならないのだから……いつか……借りは返せよ」

 タフカは急に「少年」のような態度になってブツブツと呟く。フィルフェリーは大きく頷いた。

「よし! みんなたち、集まってくれ!」

 フィルフェリーの思いを確認し、タフカは妖精達に集合をかける。2人のやり取りを見ていた妖精達は嬉しそうに駆け寄って来た。

「王様! やっぱりこの2人を『あそこ』に送ってあげるんです?」

「ああ……」

「そんな優しい王様って、大好き!」

「ああ……」

「お姉ちゃん、お幸せにね!」

 少女姿の妖精がフィルフェリーに声をかける。

「え?……あ……ありがとう……」

 フィルフェリーは何が起こっているのか理解出来ず、妖精達をキョロキョロ見渡した。

「じゃ、こいつは僕たちが!」

 2人の少年妖精がエグザルレイをサッと抱えて連れて行く。

「あ……ちょ……ちょっと!」

 フィルフェリーは慌ててその2人に声をかけた。

「あなたも行くのよ! さあ!」

 ハルミラルともう1人の少女妖精が、フィルフェリーの両手を つかんで引っ張っていく。

「ちょ、ちょっと! どこへ……」

 フィルフェリーとエグザルレイは妖精達に連れられ、広場中央に立つ樹の根元に開く大きな うろの中に押し込まれた。

「『賢者の森』への入口なんだよ、この洞が。今、我々がここの管理を任されているんだ」

 驚いた表情のフィルフェリーにタフカはそう言うとウインクを見せる。

「『賢者の森』への……入口?」

 妖精達が大樹の周りを囲むように手をつないで並ぶ。

「さあ、入口の扉を開くよ! 右に3周、左に2周、右に4周だ!」

 陽気な子ども達の歌声が広場に響き始める。

「『賢者の森』への入口はアルビに在る。だけど『賢者の森』はどこに在るのかは分からない。誰も知らないその森へ行けば、誰も知らない真理に出会える」

 フィルフェリーは洞の中でエグザルレイをしっかりと抱きしめながら、妖精達の不思議な歌と踊るかのような動作を見続けた。妖精達は大樹の周りを右回りに3周、左回りに2周、そして右回りに4周と回っている。最後の右回りの4周目……フィルフェリーは洞の入口前に立ったハルミラルとタフカと目をあわせた。2人は嬉しそうに笑っている。

 だが次の瞬間———洞の外の妖精達は 忽然こつぜんと姿を消し去ってしまった。
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