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第2章 ミシュバットの妖精王 編

第 102 話 秘密の記憶

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 アツキくんとエシャーさんは……あの位置ですか……

 遥を抱きかかえているタフカの背後に、 成者しげるものつるぎを構えて立つ2人の姿をエルグレドは確認する。

「君……名前は?」

 エルグレドはモンマに名を尋《たず》ねた。

「モンマ……」

「モンマくん……急いでハルカさんに伝心を……。彼女は恐らく、今、タフカと伝心しているはず……すぐにそれを切って、今、目の前にいるタフカに向かって命令をするように伝えて下さい。『お前が転生することを禁じる』と」

「そんな……そんな事したら王様は本当にもう……」

「頼む! 急いでくれ! 私を信じて欲しい!」

 鬼気迫るエルグレドの声に押され、モンマは伝心に集中する。

 よし……上手く行くはずだ……頼む! フィリー……助けてくれ!


◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 モンマ……? それをウチに言えって?……酷やなぁ……

 遥はタフカの右目を見た。伝心は切れている。しかしタフカの右目は遥の決断を後押しをしているようだ。

 もう……兄さまの「転生」も終わってしまう……。ほんじゃ……次に会えるんは「あの世」しかないんか?……そん時は……『ホンマの兄さま』にも会えるんかなぁ……

 タフカの背後に立つ篤樹とエシャーに気付き、遥は視線を向ける。

 何や……賀川……。それじゃあ……「ただの友達」にゃ見えんぞ……。エシャーちゃんかぁ……ホンマにエエ子やなぁ……。賀川と一緒に「この仕事」を背負てくれるんか……ありがと……。ウチも友達になりたかったなぁ……

「 あに……さま……」

「あ? 何だ? いいから早くこれを抜け! ハルミラル」

 遥はタフカに向かい、しっかりと声を張り上げ命令を下す。

「お前に命じる……お前の転生を禁じる! 分かったか! 今や……賀川ぁー!」

 絶叫にも似た決意の声を遥は絞り出し叫んだ。篤樹とエシャーが 成者しげるものつるぎを構え、タフカの背後から突き当たってくるのが見えた。

 あらゆるものを突き通す鋭い刃……ウチの胸まで……貫いてくれ!

 遥は篤樹たちが剣を突き立てた衝撃をタフカの腕と身体を通して感じ、自分の胸にも何かが当たったことを感じる。

 ……ホンマ……切れ味いい剣やなぁ……何も痛みを感じんよ……

 タフカの腕の力が弱まり、遥はストンと真下に降り立った。

 痛みが……無い……傷も……?

 遥は自分の胸の辺りを確認し、目の前に出されている誰かの腕に気付いた。

 腕? 誰の……

 目線を動かす。遥とタフカの間に、法力を帯びた左腕を伸ばして立つエルグレドの姿あった。

 補佐官が……助けてくれた……?

「タフカ……終わったぞ……」

 エルグレドは穏やかに落ち着いた口調でタフカに語りかける。タフカの肌の色が、胸から溢れる大量の出血とは裏腹に血の気を帯びてくる。

「イグ……いや……エル……この……策士め……」

 タフカはそう言って笑うと、エルグレドに自分の身体を預けるように倒れ込んできた。エルグレドはタフカを支えたまましゃがみ込み、膝立ちの状態に座らせる。

「……すまないね。立ったまま支えてあげたいが……私の左手もしばらく使えそうに無くてね」

 エルグレドの左手からも大量の血が溢れ流れていた。成者の剣の剣先を受け止めた傷口がパックリと開いている。

「兄さま!」

 遥がエルグレドの横からタフカに駆け寄り抱きついた。

「兄さま! ごめん! あれしか方法がなかったんよ!……逝かんといて……なあ……すぐに治療して……」

「やめろ……せっかくの……こいつの策が……無駄になる……」

 タフカはエルグレドを見つめた。

「あり……がとう……我が友……エグザルレイ……」

「兄さま……兄さま……? いや……いやや……もういやや! 兄さまと『さよなら』するんはもうイヤやー! 死なんで、お願いやから……もう死なんでよー!」

 遥は大声で泣き叫びながらタフカにしがみつく。篤樹とエシャーは握り締めている成者の剣を持ったまま立ち尽くし、その姿を見守ることしか出来ない。

「……俺は……死なんよ……。泣くな……ハル…………カ……」

 タフカは遥の名を呼び終わると、笑顔のままで右目を閉じた。その身体は光を放ち始め、やがて、遥の腕の中で無数の光の粒となり空へ飛び散っていく。王宮跡の広場には身を引き裂かれるような遥の幼い泣き声が、光の粒のように響き渡っていた。


◇  ◇  ◇  ◇  ◇


「……襲撃犯が消えた、だと?」

 目の前に立つエルグレドとスレヤーからの報告を受け、ギルバート少尉は不満げな声を出した。

「はい。人型ではありましたが、実際はエルフ系のサーガだったようです。絶命後、黒霧になり消えました。本件の犯人はヤツ1体だけと確認しました!」

 スレヤーがもう一度報告内容を噛み砕いて語る。ギルバートはガタガタに隆起した石畳の上に落ちている『襲撃犯の服』に目を向けた。確かに自分も見たあの襲撃犯のものだ。しかも心臓付近に剣裂跡と血の滲みを確認すると、この報告を信じないわけにはいかない。

「ふん……目撃者が身内ばかりですな、大臣補佐官?」

 スレヤーの横で涼しげな微笑を浮かべているエルグレドに向かい、ギルバートは挑むように問いかける。

「ええ。彼らがサポートしてくれたので何とか倒すことが出来ました。……軍部の到着も想像以上に早かったので、こうして全員が早期に治療も受けられたことを、特別探索隊責任者として心から感謝しています」

 この!……ぬけしゃあしゃあと……

 ギルバートはエルグレドを睨みつけながら話を続けた。

「ところで補佐官、私からもお伺いしたいことが……」

「なんでしょうか?」

「えっと……ですね……ん?……そのぉ……あー……何ですかな?」

 ギルバートは何かを訊く気は満々なのに、自分が何を聞くつもりでいたのかを思い出せず、口篭り始めた。エルグレドはニッコリ微笑む。

「少尉も今日はお疲れでしょう?『一度は死んだ身』でもありますし。ご質問はいつでも承りますから、また、いつか思い出されたらお声掛け下さい。では、我々はこれで……」

 エルグレドはギルバートに背を向けて歩き始める。スレヤーもギルバートへ形ばかりの敬礼を済ませ、エルグレドの後に続く。

「……あれが妖精の忘却魔法ってやつの効果ですか?」

 スレヤーがニヤニヤしながらエルグレドに訊ねた。エルグレドも愉快そうに笑顔で答える。

「そうですね。モンマくんにお願いしたんです。ついうっかり少尉の前でタフカの名前を出してしまったので気になってたんです。……あの子が術の使い手だと分かって助かりました!」

 広場の周りには軍部の兵士が30名ほど追撃隊として駆けつけて来ていた。しかし全てが終わったあとだったため、誰にも妖精達の姿は見られていない。今は襲撃犯滅消の現場検証に慌しく動き回っている。

「しっかし……大将は瞬間移動魔法も出来るんすね? 最後にハルカって妖精を助けた時の瞬移、驚きやした!」

「ごく限られた距離だけの法力強化移動ですよ。まあ、あとは『潜在的な力』……ですかね。ただ、自分でもビックリです。あんなに正確に移動出来るとはね」

「エシャーを飛ばしたやつは?」

「あれはとっさの事だったので……彼女自身の力とアツキくんを思うイメージに、私の力が加わってあのような効果を生んだんでしょう。もう一度やれと言われても……恐らく、意識して再現することは出来ないでしょうね。それに……」

 エルグレドは包帯を巻かれている左腕を見ながら笑みを浮かべる。

「腕に法力強化防御を施したとは言え、成者の剣を皮と肉だけで止められたのも予想外でした。おかげでハルカさんに剣先が届かなくて済みましたよ」

「……で? そのハルカさん達とアッキー達はどこへ?」

 スレヤーは周囲を見渡した。

「秘密の場所で別れを惜しんでいるんでしょう。しばらくは自由時間で構わないでしょう。どうですスレイ、一緒に遺跡観光でも?」

 エルグレドとスレヤーは広場を後にし、ブラブラと遺跡市街地へ歩いて行った。


―・―・―・―・―・―


 軍の部隊が到着する直前、篤樹達は王宮跡の裏にある「秘密の出入口」へ移動していた。さすがに、これほどの人数の「妖精達」の姿を見せるワケにはいかない。

「……ねぇ? ホントに一緒に来ない? せっかく友達になれたのに……」

 エシャーからの執拗な説得に、遥は嬉しそうな笑みを浮かべながらも首を横に振る。

「ゴメンなぁエシャーちゃん……。ウチも行きたいんはやまやまなんやけど……」

 そう言うと、レイラと たわむれている妖精達に目を向けた。

「……あの子ら ほおって行ったら育児放棄みたいやからなぁ……。ま、見た目は同じ歳でも一応、ウチは年長者やし、王様の妹って立場の保護者やから……」

「そっかぁ……あーあ、残念だなぁ……」

 エシャーは諦め切れない様子だ。

「……エシャー! ちょっとこっちを手伝って下さる?! もう……みんな可愛くって可愛くって!」

 レイラが極上の笑顔を浮かべ、エシャーに呼びかける。

「はーい!……あのね……レイラも私も……サーガだったタフカが生んだ可哀想な不完全妖精を一杯倒しちゃって……気が滅入ってたんだ……。でも、こうしてみんなと会えて……すっごく良かった! ありがとう、ハルカ!」

 エシャーは遥に満面の笑みで礼を述べると、レイラと妖精達の元へ駆けて行った。
 
「遥ぁ……亮達の事もあるし……ホントに一緒に行かないか? 妖精達のみんなも連れてさ」

 篤樹もダメ元でもう一度遥を誘ってみる。だが遥は口元に笑みを浮かべ、目を閉じて首を横に振る。

「補佐官が言うたやろ?……あん時ウチから転生を禁じられたのは『サーガのタフカ』やった……やけん、サーガのタフカに抗っていた『兄さまタフカ』には転生禁止命令は効いとらんって。完全にサーガ化しとらんかった兄さまなんやけん……ちゃんと……また転生するだろうって言ってたやん?」

 ああ……エルグレドさんの「策」って言ってたなぁ……。ホントに良かった! 俺もエシャーも「妖精滅亡の実行犯」にならずに済んで!

「……この大陸のどっか……たぶん静かな森ん中で……兄さまが次に転生して来た時にさ……一人ぼっちでニュルリって出て来るんは可哀想やん? ウチラが出迎えてやったら喜ぶって思わん? サプライズや!」

「……分かったよ……みんなの大好きな『王さま・兄さま』だもんな。無事に『誕生』の時を出迎えられたら良いな。……何にせよ、お互い何とかして連絡は取り合おうぜ!……同級生なんだしさ。それにさ、この旅が終わったら亮と高木さんにも連絡してさ、みんなで同窓会もやろうぜ! 約束な!」

 篤樹の提案に遥は嬉しそうな顔で頷き、すぐに「ハッ!」と真顔になる。

「あっ! そう言えば賀川、さっきの『約束』……果たしてもらわないかんな!」

「はい? えと……何の約束?」

「ウチのホッペタ!」

 遥は自分の左頬を指差しながら篤樹に見せた。

 あ……ビンタの件、ね……

 改めて妖精遥の顔を見る。タフカからやられた鼻のあざと鼻血の跡、切れた唇からはまだ血が滲んでいる。

「ああ……覚えてるよ! ったく……ほら!」

 篤樹は遥の身長に合わせて腰を少し屈め、顔を突き出した。

「いやいやいや!……あの子らに見られたら、ウチのイメージガタ落ちやん!……誰にも見られんトコで……ほら! そこん壁裏でな!」

 遥は人目を避ける壁裏を指さす。篤樹は「やれやれ……」とでも言うように溜息をつき、指示に従った。

「……あのさ……何発でもって言ったけど……限度は考えろよ」

「わぁかってるって!……ほら! ちょいと が高いぞ、賀川。もうちょいかがんでくれんと……」

「はいはい……」

 篤樹は外套で包み持っていた成者の剣を壁に立て掛け、言われるままに腰を曲げて顔の位置を下げると目を閉じた。

……遥の両足のかかとが、そっと上がった……


―・―・―・―・―・―


「カガワアツキ……何をしているんだ?」

 目の前に立つモンマの声に反応し、篤樹は目を開いた。

 あれ? 何を……って……ん?

「あ……モンマ……えっと……俺……ここで何を……あ、そうだ! モンマ、エルグレドさんの用事って何だったの?」

 篤樹は何だかボンヤリとしている頭を振り、思い出したようにモンマに訊ねた。

「別に! お前に教えてやる必要はないだろ!……補佐官も秘密にしとけって言ってたしな……」

 あれ? 何だかモンマ、不機嫌?……っていうか、顔を赤らめて……恥ずかしがってる? 俺に?

 何かが腑に落ちない様子で首を傾げながら、篤樹は「いつの間にか」移動していた壁裏を出た。妖精達と遥がモンマを待っている。

 あ……そっかぁ……。みんな、もう行っちゃうのか……

「モンマ!」

 みんなの下へと駆け出そうとしたモンマを、篤樹は呼び止めた。

「な……なんだよ?」

「……ありがとな。お前、とっても頼れる良い仲間だったよ。……これからも遥のこと頼むな!」

 篤樹はそう言ってモンマの頭をグリグリと撫で、別れの挨拶をする。

「やめろよ!……恥ずかしい。じゃあな!」

 モンマは篤樹と視線を合わせず、真赤な顔をして駆け出していく。その姿を確認すると、遥と他の妖精達もまるで忍者のように廃墟の町を囲む崖に向かって駆け出し、次々に姿を消して行った。顔も識別出来ないほど離れた場所で最後に手を振っているのは……遥……か? 篤樹が大きく両手を振って応えると、遥の姿もどこかへ消え去って行った。

「あーあ……行っちゃったね。もっと一緒に遊びたかったなぁ……」

 エシャーが両手を後頭部に組み、つまらなそうに呟く。

「仕方ないでしょ? この大陸から消えたはずの妖精達が、あんなにたくさんいるのを軍部に見られたら怪しまれるわ。……あら? アッキー、お口を切った?」

 レイラの言葉に反応し、エシャーが篤樹に近づく。

 ……え? 口?

 篤樹は自分の唇を触って確認する。

「そこじゃないよ。ここ……」

 エシャーが布を取り出し、篤樹の唇を拭いた。

「ん? 怪我してないよ?……血が付いてただけみたい」

「血が……?」

 どこで? いつ付いたんだろう?……ま、いっか……

「さ、エル達のところに戻りましょ。アッキーの『隠し事』は分かったけど、まだ『あの男』は何かを隠してることが確定してますから……締め上げて吐き出させてやらないと!」

 レイラの言葉を合図に3人は王宮跡裏を出ると、市街地跡に向かって歩き出した。


◇  ◇  ◇  ◇  ◇


「ハルさん……」

 ミシュバットの遺跡全景を見下ろす崖の上に立つ妖精達……モンマが遥に語りかけた。

「ん……なん? どした、モンマ」

 モンマは何だか恥ずかしそうに、伏し目勝ちに尋ねる。

「……さっきの……カガワアツキの記憶……消さなくても良かったんじゃ……」

「アカン! アカン! その話はやめてぇ!……ってか、ウチとモンマの記憶も消して欲しいくらいや!」

 遥が顔を赤らめ、モンマに答える。

「すみません……自分自身や王の血族妖精には効かないんです……」

「あ、ゴメンゴメン! ってか真面目君か、モンマは! 冗談や冗談!……ええんよ……もし出来たとしても……ウチの記憶は消さんといて……」

 モンマはなんだかワケが分からないが、とりあえず頷いた。

「……あと……質問が……」

「なんやぁ?」

 遥は遺跡に目を向けたまま返事をする。

「カガワアツキは……ホントにハルさんの世界で『2番目』に強い男だったんですか?……その……良いヤツだとは思いますけど……全然強そうには見えませんでした!」

 その問いかけに、遥は意味深な笑顔を遺跡に向けて浮かべた。

「……ホンマやってぇ……。賀川は『2番目』に……強い男よぉ……」

 遥はモンマに向き直る。その顔は傾き始めた太陽の光を顔全体に受け、スッキリと輝いていた。

「……賀川は2番、 あにさまが1番や!……さ! みんな、王様の誕生シーンを見つけにいくでー!」

「オー!!」

 遥と20人の妖精達は、元気一杯に飛び上がって掛け声を上げると、ミシュバット遺跡に背を向け、王が生まれる森を目指し駆け出して行った……


(第二章 ミシュバットの妖精王編 完結)
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