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第2章 ミシュバットの妖精王 編
第 89 話 拉致
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救護と遺体収容のため、大勢の兵や法暦省職員達が駆け回る大通りを横断し、篤樹は市街地中心方向へ歩き出した。しばらく進むと、遥が先ほどと同じわき道から再び顔を見せる。
あいつ……何やってんだよ……
篤樹は周りの人々に怪しまれないよう注意しつつ歩を速めた。
わき道の角に着いて覗き込む。2つほど先の建物の角まで移動していた遥は、篤樹がついて来たのを確認すると角を曲がり姿を隠す。
場所を替えようってことか……そりゃ、見つかるとまずいもんな……
篤樹がわき道に進み出そうとすると、背後から1人の兵士が声をかけて来た。
「きみ! 補佐官のお弟子さん!」
マズイ! 遥を見られちゃったか?
振り返ると、声をかけてきた大柄な兵士が笑顔で近づき、改めて話しかけてきた。
「さっきの蘇生魔法……俺のダチは息を吹き返したよ。あんたのおかげだ……ありがとな!」
「あ……いえ、そんな……別に……。良かったですね。お友達……」
日焼けした顔が印象的なその兵士は、嬉しそうに白い歯を見せ笑顔で頷く。外見に似合わない潤んだ瞳……泣き腫らした目で篤樹を真っ直ぐに見る。
「……補佐官も無事だと良いが……ま、あんたもあまり深追いはせずに、部隊が整うのを待っていたほうが良いと思うが……1人で行く気かい?」
あ……この人、俺がエルグレドさんを追いかけてると思ってるのか……
「御心配、ありがとうございます。……ある程度探して、見つからなければこっちに戻ります」
篤樹は早く遥を追いたい気持ちを抑え、怪しまれないようにこの場を切り抜けるため慎重に言葉を選んで答えた。兵士はニッ! と笑うと朝のスレヤーのように拳を握り篤樹に突き出した。篤樹もそれに応える。
「……死ぬなよ。後でダチからもあんたに礼を言わせてくれな!」
兵士からの送り出しの言葉を受け、篤樹はわき道を進み、遥が曲がった角を曲がる。再び3つほど先の建物の角で待っていた遥が手招きをし、さらにその角を曲がった。
とにかく……部隊から離れないと話も出来ない。早く遥からさっきのヤツのことを聞きださなきゃ……
遥はしばらく篤樹と距離を保ったまま先を進んだ。やがて、大通りから聞こえていた人々の声も聞こえない、数本奥の通りに出る。通りの向こうに開けた土地が1区画有り、その中央に少し大きめの廃墟が上半分崩れた状態で建っていた。
「賀川! こん中や!」
廃墟の入口に立つ遥が篤樹に声をかけ建物の中に消えた。篤樹は周囲に誰もいないのを確認すると遥が消えた建物の中へ入って行く。
「こっちや……」
入口から入ると、すぐ真横から遥の声が聞こえた。明るい外から入ったばかりなので、篤樹はまだ目が慣れていない。真っ暗闇に感じる。
「ちょ……遥、ちょい待ち! 暗くって……」
遥が手に持っていた松明に火を灯した。篤樹にも段々と周りの様子が見えてくる。入口から入るとすぐに瓦礫の山が見えた。外からは上部だけが崩れているように見えたが、中は上部から崩れ落ちた瓦礫に埋まってしまっているようだ。入口から左に入った壁際に沿って1~2m幅の通路が残っているだけで、後は完全に瓦礫に埋まっている。
瓦礫と壁の間の通路を遥は進んで行く。篤樹も松明を頼りにその後に続いた。
「……賀川ぁ。いつから法術士になったん?」
遥が楽しそうな声で尋ねて来た。
「はぁ? あ……さっきの救急救命のやつか……。見てたのかよ……」
「うん……。でも……間に合わんかったなぁ……何人死んだ?」
打って変わって暗い声で遥が尋ねる。
「分からない……多分20人くらい……。10人くらいは息を吹き返したって言ってたけど……」
「そっか……賀川んおかげでちょっとは被害を防げたんかなぁ……」
「あのさ……」
瓦礫の間に出来た迷路のような通路を奥へ進みながら、篤樹は遥に尋ねた。
「さっきのヤツ……エルグレドさんが『タフカ』って呼んでたヤツ……。あれ、誰? 遥が止めたいって言ってたのって、アイツのこと?」
遥はすぐには返事をしない。なんて答えようかと話の切り出しを迷っている様子だ。
「……こっから階段やけん、気ィつけてな」
どのくらい進んだか分からないが、瓦礫に埋もれて幅が半分位になっている階段を遥は地下へ降り始めた。篤樹は足を止める。
「おいって! なあ? アイツは誰なんだよ!」
「下に降りてから教えるってば!!」
篤樹の苛立ちが遥にも染つったかのように、廃墟内に響くほどの大声で返事が返って来た。
マズイマズイ……遥を怒らせちゃ……
「……わぁったよ。降りりゃ良いんだろ……」
遥は階段の途中で振り返り、篤樹に視線を合わせた。
「ごめん……でも、落ち着いて話したいから……」
ひと言の詫びを入れ遥は向き直ると、さらに階段を降り続ける。篤樹は今度は黙ってその後に続いた。
「……もうちょい下」
30段ほど下った踊り場で遥は声をかけ、左に折れた。地下鉄の駅の階段のような雰囲気だ……何mくらい地下なんだろう?
さらに30段ほど降りると地下通路に出た。遥は壁に固定されている松明立てに手に持つ松明を差し込む。すると、まるでそれがスイッチだったように通路に明かりが点いた。遥の屋根裏部屋で見たような50cm角程度の天窓みたいな白い明かりが、通路の天井に5m間隔くらいで連鎖的に点っていく。
「……ここは?」
篤樹は通路の前後を見渡し、遥に尋ねた。
「ミシュバットの……地下街? みたいなもんかと思っとるよ。上と違ってまだまだ頑丈みたいやから、そうそう崩れはせんと思う……こっちな」
遥は階段下から通路を左に向かい進み始めた。篤樹は一体いつになったらちゃんと話が出来るのか気が気ではなかったが、いつもと違う遥の様子に遠慮し黙ってついて行く。
ふと背後に気配を感じて振り向いた。
「うわっ! な、何だ?」
篤樹の後ろに5人の子ども……妖精達が立っていた。
「遥っ!」
前に向き直ると、こちらも遥と篤樹の間に3人の妖精が立っている。見た感じは小学3~4年生くらいの男子と女子だが、それぞれが剣や棒を持って篤樹を睨みつけている。
「な……なんだよ……遥ッ!……お前……俺を騙したのか!?」
3人の妖精の背後に立つ遥は困ったような、哀しげな表情を見せた。
「……すまん……賀川……」
そう呟き背を向ける。
何だよ……何なんだよっ!
立ち塞ぐ妖精達に目もくれず、遥に掴みかかろうと動き出した瞬間、篤樹は目の前が真っ白になっていく感覚を覚えた。白いモヤが急速に目の前に広がりながら、自分の意思に反して手足が動かなくなっていく。痛みは無かった。ただずっと頭の中で「何でだよ! 遥ッ!」という、発しきれなかった自分の声がグルグルとこだましていた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「何があった!?」
スレヤーは御者台から飛び降りると、近くにいた兵士に怒鳴り声で近づいた。
「襲撃です! 伍長!」
問われた兵士とは別の、顔馴染みの兵士が答えてきた。
「襲撃? 犯人は? 人数は? 被害は!」
矢継ぎ早に情報を求めるスレヤーの腕を、馬車から下りて来たレイラがそっと叩く。
「どれくらい前の話?」
「あ……はい! 30分ほど前です。……あそこに見える軍馬車のほろの上に突然襲撃者が1人で現れ……強力な攻撃魔法の一撃で30名程がやられました」
兵士の指差す方向をスレヤーとエシャーが確認する。慌しく兵士や法暦省の職員達が走り回っている通りの片側には、20袋程の遺体収容袋が並べられていた。
反対側には臨時の救護テントが張られ、担架に乗せられたまま治療を受けている5名と、椅子に腰掛けて治療を受けている数名が確認出来た。
「ウチの大将……エルグレド補佐官は?」
スレヤーが落ち着いて訊ね直す。
「補佐官殿は……犯人を引きつけ、市街地深奥方向へと向かわれました。……襲撃犯と言葉を交わされたのは補佐官殿お1人の御様子でした。……お知り合いのようだったと……」
「エルが襲撃犯と!?」
レイラが驚いて声を上げる。
「はい……そばにおられたギルバート少尉がそのように証言されていたと聞いております!」
馬車から降りて来たエシャーとレイラ、スレヤーは顔を見合わせた。昨夜も今朝もさすがにそんな話はしていなかった……いや!
「……今朝のあの態度……大将はこうなる事を予測してたってことか?」
「エルのお知り合いが襲撃犯……?」
「ねぇ! アッキーは? アッキーはどこ?」
エシャーの問いかけに兵士が困惑する。スレヤーが質問を引き取った。
「エルグレド補佐官と一緒に、今日ここに入った少年がいたはずだ。アツキ……カガワアツキという14~5歳の少年を知らないか?」
兵士はハッと気付いたように答える。
「『アツキ』さんですか、彼の名は! 彼のおかげでギルバート少尉と8名の兵が絶対死の攻撃魔法から助けられたんです!」
兵士は、篤樹が蘇生魔法術の指示を出してくれたおかげで、9名の命が助かった様子を3人に克明に伝えた。
「……おじいちゃんの時と……同じだ……」
話を聞き終わったエシャーがボソッと呟いた。
「止まった心臓をまた動かす魔法……って……すごい発想ね」
レイラが感心したように頷く。
「ホントに……最初は私も彼の指示の意味が分かりませんでした。……しかし、今回の処置で意味と原理を理解しました! 心臓は止まってしまっても、早い段階ならまた動き出させる事が出来るのだと学びました!」
兵士は自分の両手をジッと見つめながら感動したように報告する。
「ねぇ! それで? アッキーはどこにいるの!」
エシャーが堪りかねたように再び質問する。
「え? あ……いやぁ……自分は教えられた蘇生魔法と救護に付きっ切りでしたので……。あ! 兵長!」
質問を受けていた兵士が、近くを通りかかった大柄な別の兵士に声をかける。
「ん? どうした?」
日焼け顔が印象的な兵長は立ち止まると、スレヤーに気付き慌てて敬礼する。
「……っと、失礼しました! 何か御用でしょうか伍長!」
「人探しだ。エルグレド補佐官と一緒にいた少年を知らねぇかい? カガワアツキっていう少年なんだが……」
「少年……? カガワ……アツキ……さんですか……彼の名は。はい! 彼はエルグレド補佐官の後を追い、市街地深部へ行かれました!」
「何っ!」「えっ?」
スレヤーとエシャーが同時に声を上げる。兵長は続けた。
「深追いはせずに、発見出来なかった時はすぐにこちらへ戻って来られるとのことでした!」
「1人でか!」
スレヤーは確認というよりも、抗議を込めた口調で訊ねる。
「はい! お1人で行かれました!」
「バカヤロー!! 貴様、何を考えてるんだ! こんな危険な……襲撃犯の後をアツキひとりで追わせたのか! 一撃で30人を倒すような敵だぞ!」
「……そう……言われましても……」
「あの子……大丈夫かしら?」
レイラが心配そうに市街深部に続く大通りを見つめる。
「……ったく! こんだけ 大の大人が揃って出張っていながら、子ども1人に襲撃犯を追わせるなんて……」
レイラとスレヤーの言葉に、兵長は堪り兼ねたように反論の声を上げた。
「あの! お言葉ですが伍長! 彼は……『子ども』ではありません!」
「ああ? 何だぁ?」
突然の反論にスレヤーが不快そうに返答する。
「アッキーは『 成者の儀』も終えて無ぇんだぞ!」
「しかし!……しかし、彼は……十分に大人です!『成者の儀』を終えているか終えていないかではなく、彼は 自らの意志で……責任をもって行動した、立派な『 成者』であります!」
「貴様……」
「待って、スレイ……」
反論しようとするスレヤーをレイラは止めると、兵長を真っ直ぐに見つめた。兵長もジッとレイラを見つめる。
「あなたは彼を『大人』と認めたのね?」
「は? はい!……彼は絶対死の魔法で絶命していた仲間を見捨てませんでした…… 諦めませんでした!……何かあれば責任を問われるような危険な法術指導を、彼は救命のためにと、臆することなく自らの知識を、勇気をもって皆に指導しました。自分の利益のためにではなく……自分が不利になるような事を……他者のためになることだけを彼は進んで選び取ったのです!『成者の儀』を終えていようがいまいが、彼は立派に大人です! 自分は彼を……戦友だと考えます!」
兵長は涙を溜めた目をしっかり開き、直立の姿勢で答えた。スレヤーは呆気にとられ、ポカンとしている。レイラが代わりに兵長に答えた。
「あらあら、ほんのちょっと離れていた間に、すっかりボウヤから大人になっちゃったみたいね、アッキーは。……ありがとう、兵長さん。嬉しい報告だったわ」
そう言うと兵長に向かい、ニッコリと笑顔を見せた。
「……で、彼はどちらに向かって行ったのかしら? 教えて下さる?」
「あ……はい。失礼しました!」
レイラの笑顔に見とれてしまっていた兵長は、顔を赤らめながら答える。
「……あの馬車の先……えっと、そこから4ブロック先のわき道を左に曲がって入って行かれました。……ですからここから見て左側の街区の中央付近ではないかと……」
「そう……ありがとう。助かったわ、見送って下さった方がいたおかげで、大体の範囲も分かって」
レイラはそう言って頷く。
「ところで追跡部隊はあとどのくらいで整うのかしら?」
「は?……すみません、まだ負傷兵の治療やらで編隊が整っていないので、なんとも……。あと30分はかかるかと……」
「まあ、指揮官があれじゃしゃあねぇな……」
スレヤーが救護テントを見ながら呟く。椅子に座って治療を受けているギルバート少尉の周りに、小隊長クラスの兵士が集まっているのが見えた。
「完全に元気か、いっそのこと意識を失うかして指揮権が誰かに代わってたほうが動きが早かったかもなぁ……。あれじゃ、少尉自身が自分も出るの出ないのって判断だけで時間を食っちまう」
「じゃ、私達だけで先に行こ!」
エシャーがレイラとスレヤーに提案する。
「……そうねぇ。行きましょうか?『大人』3人で」
レイラはそう言うとエシャーの頭に軽く手を乗せた。エシャーが嬉しそうに目を閉じる。
「……って事だ! 兵長、悪ぃがここの責任者にはそう言っといてくれ。エルグレド補佐官探索隊御一行様が仲間の迎えに町に入ってったってよ」
兵長は一瞬困った顔をしたが、フッと笑うと姿勢正しく敬礼した。
「了解しました! お気を付けて!……アツキさんを無事に連れ帰って下さい。自分、彼との約束があるので……と、あと補佐官殿も」
兵長に敬礼を返した3人は、篤樹の後を追って移動を始めた。思い出したようにレイラが振り返る。
「あ……それと、兵長さん。私達の馬車をお願いしますわ。荷台の中で上等兵がお2人眠っていますけど、私の魔法で眠ってるだけですからお気になさらないで下さいね。もし、私達が戻らなかった場合は夕方には起こして差し上げて下さいな」
眠ってる上等兵?
兵長は3人の背中を見送ると、首を傾げて馬車の荷台を確認した。ムドベとサキシュが幸せそうな寝顔を掛け布から覗かせている。兵長は一瞬迷ったが、笑みを浮かべると、何も言わずに荷台のほろをキチンと閉ざし、引き馬の手綱をもって日陰の馬車置き場へつなぎに行った。
あいつ……何やってんだよ……
篤樹は周りの人々に怪しまれないよう注意しつつ歩を速めた。
わき道の角に着いて覗き込む。2つほど先の建物の角まで移動していた遥は、篤樹がついて来たのを確認すると角を曲がり姿を隠す。
場所を替えようってことか……そりゃ、見つかるとまずいもんな……
篤樹がわき道に進み出そうとすると、背後から1人の兵士が声をかけて来た。
「きみ! 補佐官のお弟子さん!」
マズイ! 遥を見られちゃったか?
振り返ると、声をかけてきた大柄な兵士が笑顔で近づき、改めて話しかけてきた。
「さっきの蘇生魔法……俺のダチは息を吹き返したよ。あんたのおかげだ……ありがとな!」
「あ……いえ、そんな……別に……。良かったですね。お友達……」
日焼けした顔が印象的なその兵士は、嬉しそうに白い歯を見せ笑顔で頷く。外見に似合わない潤んだ瞳……泣き腫らした目で篤樹を真っ直ぐに見る。
「……補佐官も無事だと良いが……ま、あんたもあまり深追いはせずに、部隊が整うのを待っていたほうが良いと思うが……1人で行く気かい?」
あ……この人、俺がエルグレドさんを追いかけてると思ってるのか……
「御心配、ありがとうございます。……ある程度探して、見つからなければこっちに戻ります」
篤樹は早く遥を追いたい気持ちを抑え、怪しまれないようにこの場を切り抜けるため慎重に言葉を選んで答えた。兵士はニッ! と笑うと朝のスレヤーのように拳を握り篤樹に突き出した。篤樹もそれに応える。
「……死ぬなよ。後でダチからもあんたに礼を言わせてくれな!」
兵士からの送り出しの言葉を受け、篤樹はわき道を進み、遥が曲がった角を曲がる。再び3つほど先の建物の角で待っていた遥が手招きをし、さらにその角を曲がった。
とにかく……部隊から離れないと話も出来ない。早く遥からさっきのヤツのことを聞きださなきゃ……
遥はしばらく篤樹と距離を保ったまま先を進んだ。やがて、大通りから聞こえていた人々の声も聞こえない、数本奥の通りに出る。通りの向こうに開けた土地が1区画有り、その中央に少し大きめの廃墟が上半分崩れた状態で建っていた。
「賀川! こん中や!」
廃墟の入口に立つ遥が篤樹に声をかけ建物の中に消えた。篤樹は周囲に誰もいないのを確認すると遥が消えた建物の中へ入って行く。
「こっちや……」
入口から入ると、すぐ真横から遥の声が聞こえた。明るい外から入ったばかりなので、篤樹はまだ目が慣れていない。真っ暗闇に感じる。
「ちょ……遥、ちょい待ち! 暗くって……」
遥が手に持っていた松明に火を灯した。篤樹にも段々と周りの様子が見えてくる。入口から入るとすぐに瓦礫の山が見えた。外からは上部だけが崩れているように見えたが、中は上部から崩れ落ちた瓦礫に埋まってしまっているようだ。入口から左に入った壁際に沿って1~2m幅の通路が残っているだけで、後は完全に瓦礫に埋まっている。
瓦礫と壁の間の通路を遥は進んで行く。篤樹も松明を頼りにその後に続いた。
「……賀川ぁ。いつから法術士になったん?」
遥が楽しそうな声で尋ねて来た。
「はぁ? あ……さっきの救急救命のやつか……。見てたのかよ……」
「うん……。でも……間に合わんかったなぁ……何人死んだ?」
打って変わって暗い声で遥が尋ねる。
「分からない……多分20人くらい……。10人くらいは息を吹き返したって言ってたけど……」
「そっか……賀川んおかげでちょっとは被害を防げたんかなぁ……」
「あのさ……」
瓦礫の間に出来た迷路のような通路を奥へ進みながら、篤樹は遥に尋ねた。
「さっきのヤツ……エルグレドさんが『タフカ』って呼んでたヤツ……。あれ、誰? 遥が止めたいって言ってたのって、アイツのこと?」
遥はすぐには返事をしない。なんて答えようかと話の切り出しを迷っている様子だ。
「……こっから階段やけん、気ィつけてな」
どのくらい進んだか分からないが、瓦礫に埋もれて幅が半分位になっている階段を遥は地下へ降り始めた。篤樹は足を止める。
「おいって! なあ? アイツは誰なんだよ!」
「下に降りてから教えるってば!!」
篤樹の苛立ちが遥にも染つったかのように、廃墟内に響くほどの大声で返事が返って来た。
マズイマズイ……遥を怒らせちゃ……
「……わぁったよ。降りりゃ良いんだろ……」
遥は階段の途中で振り返り、篤樹に視線を合わせた。
「ごめん……でも、落ち着いて話したいから……」
ひと言の詫びを入れ遥は向き直ると、さらに階段を降り続ける。篤樹は今度は黙ってその後に続いた。
「……もうちょい下」
30段ほど下った踊り場で遥は声をかけ、左に折れた。地下鉄の駅の階段のような雰囲気だ……何mくらい地下なんだろう?
さらに30段ほど降りると地下通路に出た。遥は壁に固定されている松明立てに手に持つ松明を差し込む。すると、まるでそれがスイッチだったように通路に明かりが点いた。遥の屋根裏部屋で見たような50cm角程度の天窓みたいな白い明かりが、通路の天井に5m間隔くらいで連鎖的に点っていく。
「……ここは?」
篤樹は通路の前後を見渡し、遥に尋ねた。
「ミシュバットの……地下街? みたいなもんかと思っとるよ。上と違ってまだまだ頑丈みたいやから、そうそう崩れはせんと思う……こっちな」
遥は階段下から通路を左に向かい進み始めた。篤樹は一体いつになったらちゃんと話が出来るのか気が気ではなかったが、いつもと違う遥の様子に遠慮し黙ってついて行く。
ふと背後に気配を感じて振り向いた。
「うわっ! な、何だ?」
篤樹の後ろに5人の子ども……妖精達が立っていた。
「遥っ!」
前に向き直ると、こちらも遥と篤樹の間に3人の妖精が立っている。見た感じは小学3~4年生くらいの男子と女子だが、それぞれが剣や棒を持って篤樹を睨みつけている。
「な……なんだよ……遥ッ!……お前……俺を騙したのか!?」
3人の妖精の背後に立つ遥は困ったような、哀しげな表情を見せた。
「……すまん……賀川……」
そう呟き背を向ける。
何だよ……何なんだよっ!
立ち塞ぐ妖精達に目もくれず、遥に掴みかかろうと動き出した瞬間、篤樹は目の前が真っ白になっていく感覚を覚えた。白いモヤが急速に目の前に広がりながら、自分の意思に反して手足が動かなくなっていく。痛みは無かった。ただずっと頭の中で「何でだよ! 遥ッ!」という、発しきれなかった自分の声がグルグルとこだましていた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「何があった!?」
スレヤーは御者台から飛び降りると、近くにいた兵士に怒鳴り声で近づいた。
「襲撃です! 伍長!」
問われた兵士とは別の、顔馴染みの兵士が答えてきた。
「襲撃? 犯人は? 人数は? 被害は!」
矢継ぎ早に情報を求めるスレヤーの腕を、馬車から下りて来たレイラがそっと叩く。
「どれくらい前の話?」
「あ……はい! 30分ほど前です。……あそこに見える軍馬車のほろの上に突然襲撃者が1人で現れ……強力な攻撃魔法の一撃で30名程がやられました」
兵士の指差す方向をスレヤーとエシャーが確認する。慌しく兵士や法暦省の職員達が走り回っている通りの片側には、20袋程の遺体収容袋が並べられていた。
反対側には臨時の救護テントが張られ、担架に乗せられたまま治療を受けている5名と、椅子に腰掛けて治療を受けている数名が確認出来た。
「ウチの大将……エルグレド補佐官は?」
スレヤーが落ち着いて訊ね直す。
「補佐官殿は……犯人を引きつけ、市街地深奥方向へと向かわれました。……襲撃犯と言葉を交わされたのは補佐官殿お1人の御様子でした。……お知り合いのようだったと……」
「エルが襲撃犯と!?」
レイラが驚いて声を上げる。
「はい……そばにおられたギルバート少尉がそのように証言されていたと聞いております!」
馬車から降りて来たエシャーとレイラ、スレヤーは顔を見合わせた。昨夜も今朝もさすがにそんな話はしていなかった……いや!
「……今朝のあの態度……大将はこうなる事を予測してたってことか?」
「エルのお知り合いが襲撃犯……?」
「ねぇ! アッキーは? アッキーはどこ?」
エシャーの問いかけに兵士が困惑する。スレヤーが質問を引き取った。
「エルグレド補佐官と一緒に、今日ここに入った少年がいたはずだ。アツキ……カガワアツキという14~5歳の少年を知らないか?」
兵士はハッと気付いたように答える。
「『アツキ』さんですか、彼の名は! 彼のおかげでギルバート少尉と8名の兵が絶対死の攻撃魔法から助けられたんです!」
兵士は、篤樹が蘇生魔法術の指示を出してくれたおかげで、9名の命が助かった様子を3人に克明に伝えた。
「……おじいちゃんの時と……同じだ……」
話を聞き終わったエシャーがボソッと呟いた。
「止まった心臓をまた動かす魔法……って……すごい発想ね」
レイラが感心したように頷く。
「ホントに……最初は私も彼の指示の意味が分かりませんでした。……しかし、今回の処置で意味と原理を理解しました! 心臓は止まってしまっても、早い段階ならまた動き出させる事が出来るのだと学びました!」
兵士は自分の両手をジッと見つめながら感動したように報告する。
「ねぇ! それで? アッキーはどこにいるの!」
エシャーが堪りかねたように再び質問する。
「え? あ……いやぁ……自分は教えられた蘇生魔法と救護に付きっ切りでしたので……。あ! 兵長!」
質問を受けていた兵士が、近くを通りかかった大柄な別の兵士に声をかける。
「ん? どうした?」
日焼け顔が印象的な兵長は立ち止まると、スレヤーに気付き慌てて敬礼する。
「……っと、失礼しました! 何か御用でしょうか伍長!」
「人探しだ。エルグレド補佐官と一緒にいた少年を知らねぇかい? カガワアツキっていう少年なんだが……」
「少年……? カガワ……アツキ……さんですか……彼の名は。はい! 彼はエルグレド補佐官の後を追い、市街地深部へ行かれました!」
「何っ!」「えっ?」
スレヤーとエシャーが同時に声を上げる。兵長は続けた。
「深追いはせずに、発見出来なかった時はすぐにこちらへ戻って来られるとのことでした!」
「1人でか!」
スレヤーは確認というよりも、抗議を込めた口調で訊ねる。
「はい! お1人で行かれました!」
「バカヤロー!! 貴様、何を考えてるんだ! こんな危険な……襲撃犯の後をアツキひとりで追わせたのか! 一撃で30人を倒すような敵だぞ!」
「……そう……言われましても……」
「あの子……大丈夫かしら?」
レイラが心配そうに市街深部に続く大通りを見つめる。
「……ったく! こんだけ 大の大人が揃って出張っていながら、子ども1人に襲撃犯を追わせるなんて……」
レイラとスレヤーの言葉に、兵長は堪り兼ねたように反論の声を上げた。
「あの! お言葉ですが伍長! 彼は……『子ども』ではありません!」
「ああ? 何だぁ?」
突然の反論にスレヤーが不快そうに返答する。
「アッキーは『 成者の儀』も終えて無ぇんだぞ!」
「しかし!……しかし、彼は……十分に大人です!『成者の儀』を終えているか終えていないかではなく、彼は 自らの意志で……責任をもって行動した、立派な『 成者』であります!」
「貴様……」
「待って、スレイ……」
反論しようとするスレヤーをレイラは止めると、兵長を真っ直ぐに見つめた。兵長もジッとレイラを見つめる。
「あなたは彼を『大人』と認めたのね?」
「は? はい!……彼は絶対死の魔法で絶命していた仲間を見捨てませんでした…… 諦めませんでした!……何かあれば責任を問われるような危険な法術指導を、彼は救命のためにと、臆することなく自らの知識を、勇気をもって皆に指導しました。自分の利益のためにではなく……自分が不利になるような事を……他者のためになることだけを彼は進んで選び取ったのです!『成者の儀』を終えていようがいまいが、彼は立派に大人です! 自分は彼を……戦友だと考えます!」
兵長は涙を溜めた目をしっかり開き、直立の姿勢で答えた。スレヤーは呆気にとられ、ポカンとしている。レイラが代わりに兵長に答えた。
「あらあら、ほんのちょっと離れていた間に、すっかりボウヤから大人になっちゃったみたいね、アッキーは。……ありがとう、兵長さん。嬉しい報告だったわ」
そう言うと兵長に向かい、ニッコリと笑顔を見せた。
「……で、彼はどちらに向かって行ったのかしら? 教えて下さる?」
「あ……はい。失礼しました!」
レイラの笑顔に見とれてしまっていた兵長は、顔を赤らめながら答える。
「……あの馬車の先……えっと、そこから4ブロック先のわき道を左に曲がって入って行かれました。……ですからここから見て左側の街区の中央付近ではないかと……」
「そう……ありがとう。助かったわ、見送って下さった方がいたおかげで、大体の範囲も分かって」
レイラはそう言って頷く。
「ところで追跡部隊はあとどのくらいで整うのかしら?」
「は?……すみません、まだ負傷兵の治療やらで編隊が整っていないので、なんとも……。あと30分はかかるかと……」
「まあ、指揮官があれじゃしゃあねぇな……」
スレヤーが救護テントを見ながら呟く。椅子に座って治療を受けているギルバート少尉の周りに、小隊長クラスの兵士が集まっているのが見えた。
「完全に元気か、いっそのこと意識を失うかして指揮権が誰かに代わってたほうが動きが早かったかもなぁ……。あれじゃ、少尉自身が自分も出るの出ないのって判断だけで時間を食っちまう」
「じゃ、私達だけで先に行こ!」
エシャーがレイラとスレヤーに提案する。
「……そうねぇ。行きましょうか?『大人』3人で」
レイラはそう言うとエシャーの頭に軽く手を乗せた。エシャーが嬉しそうに目を閉じる。
「……って事だ! 兵長、悪ぃがここの責任者にはそう言っといてくれ。エルグレド補佐官探索隊御一行様が仲間の迎えに町に入ってったってよ」
兵長は一瞬困った顔をしたが、フッと笑うと姿勢正しく敬礼した。
「了解しました! お気を付けて!……アツキさんを無事に連れ帰って下さい。自分、彼との約束があるので……と、あと補佐官殿も」
兵長に敬礼を返した3人は、篤樹の後を追って移動を始めた。思い出したようにレイラが振り返る。
「あ……それと、兵長さん。私達の馬車をお願いしますわ。荷台の中で上等兵がお2人眠っていますけど、私の魔法で眠ってるだけですからお気になさらないで下さいね。もし、私達が戻らなかった場合は夕方には起こして差し上げて下さいな」
眠ってる上等兵?
兵長は3人の背中を見送ると、首を傾げて馬車の荷台を確認した。ムドベとサキシュが幸せそうな寝顔を掛け布から覗かせている。兵長は一瞬迷ったが、笑みを浮かべると、何も言わずに荷台のほろをキチンと閉ざし、引き馬の手綱をもって日陰の馬車置き場へつなぎに行った。
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