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第2章 ミシュバットの妖精王 編
第 88 話 襲撃
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エルグレドは3台の馬車に用心深く近寄って行く。何かがおかしい……
「エルグレドさん……あの馬車が……何か?」
篤樹はエルグレドのただならぬ気配を感じて声をかける。
「……アツキ君……少し離れて見ていてもらえますか? あそこの建物の角にでも隠れていて下さい」
エルグレドは大通りの端に停められている馬車とは反対側にある建物を指差した。
「は……い……。でも、なんで……」
「すみません。万が一の用心のためです。さあ、行って下さい」
エルグレドの緊迫した声に押されるように、篤樹は言われた通り指示された建物へ移動する。振り返るとエルグレドはジッと篤樹を見つめていた。
ちゃんと隠れるまで待ってくれてるんだ……
篤樹は早足に建物の陰に入り、振り返って様子を伺う。馬車に向かってエルグレドが再び歩を進め始めた姿が見える。篤樹は建物の陰から首を出し大通りの左右を確認した。ギルバート少尉の周りには、相変わらず多くの人々が集まっては散って行っく。軍部の兵士が3~4人ずつのグループを組み、市街地中心に向かい進む姿……
「君! 何をしてるんだ?」
背後から急に声をかけられ、篤樹は飛び上がりそうな勢いで振り向いた。3人の男性……格好から見ると兵士の1グループのようだ。
「あ、ぼ、僕は……エルグレドさんの指示で……」
「総員退避!!」
篤樹が兵士に答え終わる間もなく、エルグレドの叫び声が大通りに響き渡った。……え? 何? 篤樹は目の前の3人に向けていた視線をエルグレドの方へ戻す。
エルグレドは両腕を前に突き出す攻撃魔法体勢をとり、1台の軍馬車ほろ上に狙いを定めている。ほろの上には軍馬車の中から湧き上がって来る光の粒が集まり、何かの形を成そうとしているのが見えた。
時間にして数秒もかかっていなかったかも知れない。光の粒は今や人型―――篤樹と同年齢くらいの少年の姿になり、まだ残光を放っている。
「早く! 全員逃げろ!」
もう一度エルグレドが大声で叫ぶが、指示に従う者はいない。かえって何グループもの兵士が馬車に向かって集まって来る。
「何だ……あれは?」
篤樹の背後にいた兵士グループも大通りに出て行く。
ダメだ……ダメだ! エルグレドさんがあんな声で逃げろと言ってるんだから……全員逃げなきゃダメだ!
喉まで出掛かっている言葉なのに、篤樹は声に発する事が出来ない。相当ヤバイ「敵」だと感じた事で、声の出し方を忘れてしまったように口をパクパク動かすことしか出来ない。
「どうした!」
ギルバート少尉も異変に気付き、エルグレドに駆け寄って行く。
「少尉! 全員即時避難を!」
エルグレドは怒鳴り声で指示を出す。しかしギルバートはその指示よりも自分の視覚情報に従った指示を叫ぶ。
「総員攻撃!」
少尉は軍馬車の上に立つ「光る不審者」に気付いた瞬間、攻撃命令を発した。大通りに集まって来ていたいくつかの兵士グループから攻撃魔法による炎や光、棒弓銃による矢や投げ槍が光る少年目がけて放たれた。……しかし全ての攻撃は少年の周りで弾け飛び、何一つ本体にまで届かない。
少年は閉じていた目をゆっくりと開いた。
「総員、退避ー!」
エルグレドは少年目がけて白光を放つ攻撃魔法を仕掛けつつ、もう一度大声で叫んだ。しかしエルグレドの攻撃も少年の前で弾け飛ぶ。完全に実体化を成したその少年は、狂気に満ちた笑顔でエルグレドを見ている。
「やっと……見つけたぞ……『王子サマ』」
少年はエルグレドにそう告げると両手を大きく開いた。
「よせ! タフカ!」
エルグレドが少年の名を叫び、馬車に駆け寄ろうとした次の瞬間、少年は両手の指から煙のような白い糸状の法力光を何十本も伸ばし始めた。エルグレドは立ち止まる。
「よせ!」
絶叫にも似たエルグレドの制止の声をあざわらうかのように、タフカと呼ばれた少年は両手を大きく左右に振った。白い糸状の法力光が、まるで生きたレーザービームのように大通り全体へ超高速で駆け巡る。それは通りに集まって来ていた兵士達の胸に次々と突き当たっていった。
その内の1本が篤樹目がけて飛んで来たが、とても避ける事が出来ない。篤樹はその攻撃を胸板に真っ直ぐに受け、後方に吹き飛ばされてしまった。
攻撃を受けた兵達は次々にその場に膝をつき、崩れるように倒れて行く。タフカはその様子を見渡すと、もう一度両手を大きく振った。広げられていた白い糸状の法力光が、瞬時にその指先へと収まっていく。
攻撃に備えて防御態勢をとっていたエルグレドは急いで辺りを確認した。
「なん……て……ことを……」
搾り出すようにエルグレドは呟くと、再びタフカに右手を突き出し攻撃魔法の体勢をとる。タフカはフッと笑い、瞬間移動のようにエルグレドの横に立った。
「……裏切り者が」
耳元で囁かれた声にエルグレドが反応する間も無く、タフカの拳がエルグレドの顔面に叩きつけられる。エルグレドは地面に転がり倒れた。
「敵襲! 敵襲!」
大通りの入口近くにいた法暦省職員や兵士達はタフカの初撃から免れていたようだ。法術兵と法術が使える法暦省職員達が遠巻きに防御魔法態勢と攻撃魔法態勢をとっている。その後方で信号煙筒が立て続けに打ち上げられた。
「ゴミどもが……」
何本も上がる黄色い煙とその下にいる人々に、タフカの目が向けられる。エルグレドはタフカの狙いをそらすため、大通りを市街地中心に向かって走り出した。
「ん? 逃げるのかい、『王子サマ』」
背中を向けて駆けて行くエルグレドに向かい、タフカは右手を突き出す。
「消えろ!」
叫び声と同時に青い光を放つ攻撃魔法がエルグレドの背に撃ち込まれる。しかしエルグレドの背中に到達する前にその光は弾け飛ぶ。
「あ……やっぱり『王子サマ』は抜け目無いなぁ……。おもしろい……お望み通り、ゴミどもは後回しにしてやるよ」
タフカはエルグレドの後を、軽い足取りで追いかけ始めた。
「待てー! 止まれー!」
遺跡入口に集まっている兵士達が声をかけるが、タフカは振り向きもしない。得体の知れない少年からの突然の襲撃を目の当たりにした兵士達は、制止を呼びかけつつも後を追う事が出来ずにいる。
入口近くの本部テントにいて難を逃れていた法歴省職員ミゾベが叫ぶ。
「と……とにかく皆さん! 負傷者の救護を! 急いで!」
エルグレドがタフカを遠ざけてくれている間にとの意識が生まれ、初撃で倒れた兵士達に何人もの救護兵が駆け寄って行く。
「……ダメです。絶対死の法術です! 全員息がありません」
「こっちもダメです!」
「生存者!」
あちこちで死亡確認の声が響き渡る中、大通りの横道から顔を出した救護兵が篤樹に肩を貸し、叫びながら出て来た。
「大丈夫か! 君は……エルグレド補佐官の連れだよね?」
篤樹を救護した兵士が語りかける。篤樹は白い糸のような攻撃を受け、衝撃が残る胸板をさすりながら答える。
「はい……大丈夫です……。みんなは?……エルグレドさんは?」
「補佐官はあの襲撃犯を引き離すため中心街のほうへ行かれた。それよりも君も早く治療を!」
篤樹は兵士に肩を借りたまま大通りの惨状に目を向ける。あちらこちらに倒れている兵士達と救護に集まる人々の姿……
あの一撃で……これだけの人数を……
手を置いている胸元に「渡橋の印」を感じた。
先生の力で守られたのか……。ルエルフ村でもらったこの「ボタン」に込められた先生の魔法が……心臓を守ってくれた……。絶対死の魔法……心臓を止める魔法? だったら……
篤樹の脳裏に突然、何かのドラマで観た心臓の脈打つシーンが浮かんで来る。
さっきの攻撃魔法で、あの衝撃で強制的に心臓が止められてしまったのなら……逆の方法で強制的に心臓を動かせば……
「あの!」
肩を貸してくれている救護兵に篤樹は声をかけた。
「倒れているみんなは?」
「絶対死の攻撃魔法を受けて全滅だよ……。君1人だけだ……生存者は……」
篤樹は救護兵の腕を解き、近くで倒れている兵士に駆け寄る。目と口を開いたまま呼吸をしていない。だが予想通り、胸を貫かれた様な外傷も無い。
これって……
「医療法術士の方はいますか!?」
「あ……私が……」
篤樹の呼びかけに、近くにいた若い兵士が手を上げる。
「さっきの魔法は『一瞬で心臓を止める攻撃魔法』でした! 魔法による打撃で、心臓を止める衝撃波を打ち込まれたんです!……だから……止まってる心臓をもう一度動かせば助かる人もいるはずです! 魔法で心臓をポンプのように揉むイメージって出来ますか?」
篤樹は倒れている兵士の胸の中央を指差した。
「この骨の下にある心臓をイメージ出来ますか?」
もう一度訊ねる。
「ちょっと……やってみます」
申し出た兵士は屈んで篤樹が指差す位置に右手をかざした。法術のイメージを高めている。
「心臓の……血を送り出すための動きが止まってるんです。血液を循環させていれば助かる可能性があります! 1分間に100回くらい心臓を揉むようなイメージで!」
「わかりました!」
兵士は言われた通りに術を施し始めた。篤樹は周りに集まり始めた人々に向かい声をかける。
「他の人達にも同じように処置をするよう伝えて下さい! 急いで! 処置には続きもありますから、伝え終わったらまた聞きに戻って来て下さい!……どうですか?」
篤樹の指示を受けて伝令が広がって行く。息も心臓も止まっているという事で死亡認定をし、遺体回収袋を待っているあちらこちらの救護者達が次々に蘇生処置を始める。
「100回揉んだら一度休んで下さい。心臓の様子は分かりますか? 心房と心室……4つに分かれた……心臓の4つの部屋は分かりますか?」
「見えてます!」
篤樹の指示に兵士が答える。
あれは理科だったっけ? 保体だったけ?
心臓の構造イラストが篤樹の脳裏に浮かんでくる。心臓揉みが一旦落ち着いたようだ。血液が強制的に循環されたおかげか、倒れている兵士の顔に血の気が戻っている。しかし、また色が薄くなり始めた。
まだか……
「さっきと同じようにまた100回お願いします。この作業、他の人達にもどんどん伝えて下さい!」
蘇生術を行い始めていた他のグループでワッ! と声が上がった。
「おお! 息を吹き返したぞ!」
歓喜の報告の声が聞こえた。
マッサージだけで再開出来たんだ……良かった……。でもまだ……
篤樹は自分の目の前で必死に「心臓もみ」を続けている兵士に尋ねる。
「いいですか? 続けながら聞いて下さい。この100回が終わったら、先ほど言った心臓の4つの部屋をよく確認して下さい。痙攣というか……細かく、不規則に動いている部分があるかも知れません。その時は電気ショック……雷のようなビリビリを使えますか?」
「雷撃魔法が使えます!」
「では、もしも確認して痙攣があったら加減をした雷撃を心臓に流して下さい!」
篤樹の指示を受けた法術士が体勢を整える。
「……99……100!……微小な痙攣を感じます。どうします? 本当に雷撃を?」
「攻撃や破壊ではなく、ほんの一瞬だけで……痙攣と同じくらいの震えを与えるショック程度の力加減って出来ますか? 出来るならそれで!」
法術士は頷いた。
「ハッ!」
法撃の声を上げる。
「痙攣は?」
篤樹はすぐに訊ねた。法術士はしばらく手をかざしたまま確認する。
「ありません……あっ!……心臓が……自発活動再開しました!」
法術士の言葉とほぼ同時に、倒れていた兵士の口から変な呼吸音が聞こえ、その後、完全に呼吸が戻って来た。
……あ……この人……助かったんだ……よし!
「すぐに他の人たちの所にも行って、このやり方を伝えて下さい! あと、誰か、医療法術士の方はこの兵士の看護を!」
篤樹の指示に従っていた若い法術兵士は、すぐにその場から立ち上がり、蘇生措置を施している他のグループに「自分が何をしたか」を伝えに行った。
心停止1分間毎に蘇生率が10%下がるんだったっけ……。はは……諦めなきゃなんとかなるもんだ……
息を吹き返した兵士が、担架に乗せられ運ばれて行く姿を見送ると、篤樹は急に足が震え始めた。
よく……助かってくれたなぁ……
「……キミ、エルグレド補佐官の弟子の人だよね?」
そばに寄って来ていた法暦省職員が興奮して声をかけてきた。
「弟子ってわけじゃ……」
「いや! すごいよ! こんな魔法は初めて見たよ! 何ていう魔法だい? 原理は?」
面倒臭い人っぽいなぁ……
「……魔法っていうか……心臓マッサージを医療法術士の方にやっていただいただけです。外から圧すよりも良いかなぁってイメージが湧いて来たから……。心臓の不規則な痙攣は電気ショックで改善する事もあるって聞いたから、雷撃魔法で代用も出来るのかなって……前に一回成功したこともあったから……。でも、全員が助かるワケではないと思います。……あの人が助かったのは……僕の力じゃありません……」
篤樹の宣告通り、タフカとエルグレドが立ち去って10分以上が経過した時点で、蘇生の歓声が上がったのは全体の半分以下の蘇生措置グループだけだった。タフカの攻撃を受けた30名ほどの兵士のうち生還者は10名もいない。その中ですぐに意識を取り戻せたのは2名だけ……その内の1人はギルバート少尉だった。
結局、蘇生が成功せずに遺体回収袋に納められていく幾人もの兵士達の姿を、篤樹は呆然と見ていた。周りの騒ぎが遠くに聞こえる……。人々の動きが、まるで映画の中の1シーンを観ているような、非現実的な様子に感じた。
ふと視線を感じ大通りのわき道に目を向けると、遥が顔を出して篤樹を見ている。だが、篤樹が気づいた様子を確認すると、遥はスッと顔を引っ込めてしまった。
……遥……何をやってんだ……
篤樹は遥の顔が見えたわき道に向かい歩み寄って行った。
「エルグレドさん……あの馬車が……何か?」
篤樹はエルグレドのただならぬ気配を感じて声をかける。
「……アツキ君……少し離れて見ていてもらえますか? あそこの建物の角にでも隠れていて下さい」
エルグレドは大通りの端に停められている馬車とは反対側にある建物を指差した。
「は……い……。でも、なんで……」
「すみません。万が一の用心のためです。さあ、行って下さい」
エルグレドの緊迫した声に押されるように、篤樹は言われた通り指示された建物へ移動する。振り返るとエルグレドはジッと篤樹を見つめていた。
ちゃんと隠れるまで待ってくれてるんだ……
篤樹は早足に建物の陰に入り、振り返って様子を伺う。馬車に向かってエルグレドが再び歩を進め始めた姿が見える。篤樹は建物の陰から首を出し大通りの左右を確認した。ギルバート少尉の周りには、相変わらず多くの人々が集まっては散って行っく。軍部の兵士が3~4人ずつのグループを組み、市街地中心に向かい進む姿……
「君! 何をしてるんだ?」
背後から急に声をかけられ、篤樹は飛び上がりそうな勢いで振り向いた。3人の男性……格好から見ると兵士の1グループのようだ。
「あ、ぼ、僕は……エルグレドさんの指示で……」
「総員退避!!」
篤樹が兵士に答え終わる間もなく、エルグレドの叫び声が大通りに響き渡った。……え? 何? 篤樹は目の前の3人に向けていた視線をエルグレドの方へ戻す。
エルグレドは両腕を前に突き出す攻撃魔法体勢をとり、1台の軍馬車ほろ上に狙いを定めている。ほろの上には軍馬車の中から湧き上がって来る光の粒が集まり、何かの形を成そうとしているのが見えた。
時間にして数秒もかかっていなかったかも知れない。光の粒は今や人型―――篤樹と同年齢くらいの少年の姿になり、まだ残光を放っている。
「早く! 全員逃げろ!」
もう一度エルグレドが大声で叫ぶが、指示に従う者はいない。かえって何グループもの兵士が馬車に向かって集まって来る。
「何だ……あれは?」
篤樹の背後にいた兵士グループも大通りに出て行く。
ダメだ……ダメだ! エルグレドさんがあんな声で逃げろと言ってるんだから……全員逃げなきゃダメだ!
喉まで出掛かっている言葉なのに、篤樹は声に発する事が出来ない。相当ヤバイ「敵」だと感じた事で、声の出し方を忘れてしまったように口をパクパク動かすことしか出来ない。
「どうした!」
ギルバート少尉も異変に気付き、エルグレドに駆け寄って行く。
「少尉! 全員即時避難を!」
エルグレドは怒鳴り声で指示を出す。しかしギルバートはその指示よりも自分の視覚情報に従った指示を叫ぶ。
「総員攻撃!」
少尉は軍馬車の上に立つ「光る不審者」に気付いた瞬間、攻撃命令を発した。大通りに集まって来ていたいくつかの兵士グループから攻撃魔法による炎や光、棒弓銃による矢や投げ槍が光る少年目がけて放たれた。……しかし全ての攻撃は少年の周りで弾け飛び、何一つ本体にまで届かない。
少年は閉じていた目をゆっくりと開いた。
「総員、退避ー!」
エルグレドは少年目がけて白光を放つ攻撃魔法を仕掛けつつ、もう一度大声で叫んだ。しかしエルグレドの攻撃も少年の前で弾け飛ぶ。完全に実体化を成したその少年は、狂気に満ちた笑顔でエルグレドを見ている。
「やっと……見つけたぞ……『王子サマ』」
少年はエルグレドにそう告げると両手を大きく開いた。
「よせ! タフカ!」
エルグレドが少年の名を叫び、馬車に駆け寄ろうとした次の瞬間、少年は両手の指から煙のような白い糸状の法力光を何十本も伸ばし始めた。エルグレドは立ち止まる。
「よせ!」
絶叫にも似たエルグレドの制止の声をあざわらうかのように、タフカと呼ばれた少年は両手を大きく左右に振った。白い糸状の法力光が、まるで生きたレーザービームのように大通り全体へ超高速で駆け巡る。それは通りに集まって来ていた兵士達の胸に次々と突き当たっていった。
その内の1本が篤樹目がけて飛んで来たが、とても避ける事が出来ない。篤樹はその攻撃を胸板に真っ直ぐに受け、後方に吹き飛ばされてしまった。
攻撃を受けた兵達は次々にその場に膝をつき、崩れるように倒れて行く。タフカはその様子を見渡すと、もう一度両手を大きく振った。広げられていた白い糸状の法力光が、瞬時にその指先へと収まっていく。
攻撃に備えて防御態勢をとっていたエルグレドは急いで辺りを確認した。
「なん……て……ことを……」
搾り出すようにエルグレドは呟くと、再びタフカに右手を突き出し攻撃魔法の体勢をとる。タフカはフッと笑い、瞬間移動のようにエルグレドの横に立った。
「……裏切り者が」
耳元で囁かれた声にエルグレドが反応する間も無く、タフカの拳がエルグレドの顔面に叩きつけられる。エルグレドは地面に転がり倒れた。
「敵襲! 敵襲!」
大通りの入口近くにいた法暦省職員や兵士達はタフカの初撃から免れていたようだ。法術兵と法術が使える法暦省職員達が遠巻きに防御魔法態勢と攻撃魔法態勢をとっている。その後方で信号煙筒が立て続けに打ち上げられた。
「ゴミどもが……」
何本も上がる黄色い煙とその下にいる人々に、タフカの目が向けられる。エルグレドはタフカの狙いをそらすため、大通りを市街地中心に向かって走り出した。
「ん? 逃げるのかい、『王子サマ』」
背中を向けて駆けて行くエルグレドに向かい、タフカは右手を突き出す。
「消えろ!」
叫び声と同時に青い光を放つ攻撃魔法がエルグレドの背に撃ち込まれる。しかしエルグレドの背中に到達する前にその光は弾け飛ぶ。
「あ……やっぱり『王子サマ』は抜け目無いなぁ……。おもしろい……お望み通り、ゴミどもは後回しにしてやるよ」
タフカはエルグレドの後を、軽い足取りで追いかけ始めた。
「待てー! 止まれー!」
遺跡入口に集まっている兵士達が声をかけるが、タフカは振り向きもしない。得体の知れない少年からの突然の襲撃を目の当たりにした兵士達は、制止を呼びかけつつも後を追う事が出来ずにいる。
入口近くの本部テントにいて難を逃れていた法歴省職員ミゾベが叫ぶ。
「と……とにかく皆さん! 負傷者の救護を! 急いで!」
エルグレドがタフカを遠ざけてくれている間にとの意識が生まれ、初撃で倒れた兵士達に何人もの救護兵が駆け寄って行く。
「……ダメです。絶対死の法術です! 全員息がありません」
「こっちもダメです!」
「生存者!」
あちこちで死亡確認の声が響き渡る中、大通りの横道から顔を出した救護兵が篤樹に肩を貸し、叫びながら出て来た。
「大丈夫か! 君は……エルグレド補佐官の連れだよね?」
篤樹を救護した兵士が語りかける。篤樹は白い糸のような攻撃を受け、衝撃が残る胸板をさすりながら答える。
「はい……大丈夫です……。みんなは?……エルグレドさんは?」
「補佐官はあの襲撃犯を引き離すため中心街のほうへ行かれた。それよりも君も早く治療を!」
篤樹は兵士に肩を借りたまま大通りの惨状に目を向ける。あちらこちらに倒れている兵士達と救護に集まる人々の姿……
あの一撃で……これだけの人数を……
手を置いている胸元に「渡橋の印」を感じた。
先生の力で守られたのか……。ルエルフ村でもらったこの「ボタン」に込められた先生の魔法が……心臓を守ってくれた……。絶対死の魔法……心臓を止める魔法? だったら……
篤樹の脳裏に突然、何かのドラマで観た心臓の脈打つシーンが浮かんで来る。
さっきの攻撃魔法で、あの衝撃で強制的に心臓が止められてしまったのなら……逆の方法で強制的に心臓を動かせば……
「あの!」
肩を貸してくれている救護兵に篤樹は声をかけた。
「倒れているみんなは?」
「絶対死の攻撃魔法を受けて全滅だよ……。君1人だけだ……生存者は……」
篤樹は救護兵の腕を解き、近くで倒れている兵士に駆け寄る。目と口を開いたまま呼吸をしていない。だが予想通り、胸を貫かれた様な外傷も無い。
これって……
「医療法術士の方はいますか!?」
「あ……私が……」
篤樹の呼びかけに、近くにいた若い兵士が手を上げる。
「さっきの魔法は『一瞬で心臓を止める攻撃魔法』でした! 魔法による打撃で、心臓を止める衝撃波を打ち込まれたんです!……だから……止まってる心臓をもう一度動かせば助かる人もいるはずです! 魔法で心臓をポンプのように揉むイメージって出来ますか?」
篤樹は倒れている兵士の胸の中央を指差した。
「この骨の下にある心臓をイメージ出来ますか?」
もう一度訊ねる。
「ちょっと……やってみます」
申し出た兵士は屈んで篤樹が指差す位置に右手をかざした。法術のイメージを高めている。
「心臓の……血を送り出すための動きが止まってるんです。血液を循環させていれば助かる可能性があります! 1分間に100回くらい心臓を揉むようなイメージで!」
「わかりました!」
兵士は言われた通りに術を施し始めた。篤樹は周りに集まり始めた人々に向かい声をかける。
「他の人達にも同じように処置をするよう伝えて下さい! 急いで! 処置には続きもありますから、伝え終わったらまた聞きに戻って来て下さい!……どうですか?」
篤樹の指示を受けて伝令が広がって行く。息も心臓も止まっているという事で死亡認定をし、遺体回収袋を待っているあちらこちらの救護者達が次々に蘇生処置を始める。
「100回揉んだら一度休んで下さい。心臓の様子は分かりますか? 心房と心室……4つに分かれた……心臓の4つの部屋は分かりますか?」
「見えてます!」
篤樹の指示に兵士が答える。
あれは理科だったっけ? 保体だったけ?
心臓の構造イラストが篤樹の脳裏に浮かんでくる。心臓揉みが一旦落ち着いたようだ。血液が強制的に循環されたおかげか、倒れている兵士の顔に血の気が戻っている。しかし、また色が薄くなり始めた。
まだか……
「さっきと同じようにまた100回お願いします。この作業、他の人達にもどんどん伝えて下さい!」
蘇生術を行い始めていた他のグループでワッ! と声が上がった。
「おお! 息を吹き返したぞ!」
歓喜の報告の声が聞こえた。
マッサージだけで再開出来たんだ……良かった……。でもまだ……
篤樹は自分の目の前で必死に「心臓もみ」を続けている兵士に尋ねる。
「いいですか? 続けながら聞いて下さい。この100回が終わったら、先ほど言った心臓の4つの部屋をよく確認して下さい。痙攣というか……細かく、不規則に動いている部分があるかも知れません。その時は電気ショック……雷のようなビリビリを使えますか?」
「雷撃魔法が使えます!」
「では、もしも確認して痙攣があったら加減をした雷撃を心臓に流して下さい!」
篤樹の指示を受けた法術士が体勢を整える。
「……99……100!……微小な痙攣を感じます。どうします? 本当に雷撃を?」
「攻撃や破壊ではなく、ほんの一瞬だけで……痙攣と同じくらいの震えを与えるショック程度の力加減って出来ますか? 出来るならそれで!」
法術士は頷いた。
「ハッ!」
法撃の声を上げる。
「痙攣は?」
篤樹はすぐに訊ねた。法術士はしばらく手をかざしたまま確認する。
「ありません……あっ!……心臓が……自発活動再開しました!」
法術士の言葉とほぼ同時に、倒れていた兵士の口から変な呼吸音が聞こえ、その後、完全に呼吸が戻って来た。
……あ……この人……助かったんだ……よし!
「すぐに他の人たちの所にも行って、このやり方を伝えて下さい! あと、誰か、医療法術士の方はこの兵士の看護を!」
篤樹の指示に従っていた若い法術兵士は、すぐにその場から立ち上がり、蘇生措置を施している他のグループに「自分が何をしたか」を伝えに行った。
心停止1分間毎に蘇生率が10%下がるんだったっけ……。はは……諦めなきゃなんとかなるもんだ……
息を吹き返した兵士が、担架に乗せられ運ばれて行く姿を見送ると、篤樹は急に足が震え始めた。
よく……助かってくれたなぁ……
「……キミ、エルグレド補佐官の弟子の人だよね?」
そばに寄って来ていた法暦省職員が興奮して声をかけてきた。
「弟子ってわけじゃ……」
「いや! すごいよ! こんな魔法は初めて見たよ! 何ていう魔法だい? 原理は?」
面倒臭い人っぽいなぁ……
「……魔法っていうか……心臓マッサージを医療法術士の方にやっていただいただけです。外から圧すよりも良いかなぁってイメージが湧いて来たから……。心臓の不規則な痙攣は電気ショックで改善する事もあるって聞いたから、雷撃魔法で代用も出来るのかなって……前に一回成功したこともあったから……。でも、全員が助かるワケではないと思います。……あの人が助かったのは……僕の力じゃありません……」
篤樹の宣告通り、タフカとエルグレドが立ち去って10分以上が経過した時点で、蘇生の歓声が上がったのは全体の半分以下の蘇生措置グループだけだった。タフカの攻撃を受けた30名ほどの兵士のうち生還者は10名もいない。その中ですぐに意識を取り戻せたのは2名だけ……その内の1人はギルバート少尉だった。
結局、蘇生が成功せずに遺体回収袋に納められていく幾人もの兵士達の姿を、篤樹は呆然と見ていた。周りの騒ぎが遠くに聞こえる……。人々の動きが、まるで映画の中の1シーンを観ているような、非現実的な様子に感じた。
ふと視線を感じ大通りのわき道に目を向けると、遥が顔を出して篤樹を見ている。だが、篤樹が気づいた様子を確認すると、遥はスッと顔を引っ込めてしまった。
……遥……何をやってんだ……
篤樹は遥の顔が見えたわき道に向かい歩み寄って行った。
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