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第2章 ミシュバットの妖精王 編

第 81 話 視線

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 ミシュバット遺跡の入口に着いた一行は、一旦馬車を降りて集合した。

「補佐官方は『結びの広場跡』の調査と伺っておりますが……警護兵は本当に不要なのですか?」

 法暦省文化部の職員が確認する。

「そうですね。私達は独自調査チームですから、軍部のお手を煩わすのも申し訳ありませんし……それに遺跡調査隊の警護人数を割いていただくワケにもいきませんからね」

 エルグレドは丁重に軍部兵の同行を辞退する。

「まあ、こっちは俺もいるから安心してくれ!」

 軍部の兵士に向かってスレヤーが声をかけたが、兵士達は微妙な笑顔でその宣言を受け流した。

「そうですかぁ……? 一応、ビデル閣下からは探索隊にも警護をつけるようにと命じられているんですが……」

 職員が探索隊を……というよりは『命令を受けた自分の立場』を心配して食い下がる。エルグレドは仕方ないですね、とでも言うように探索隊を見回した。

「では『結びの広場跡』に詳しい方を2名ほどお願い出来ますか?」

「分かりました!」

 職員はホッとしたように答える。

「ゲラブ曹長、人選をお願いします」

 声をかけられたゲラブ曹長は、初めから決めていたように兵士らに声をかけた。

「ムドベ上等兵とサキシュ上等兵、本日はエルグレド補佐官の探索隊に同行警護。スレヤー伍長の指揮下に入れ!」

 10名ほど集まっていた軍兵の中から2人の兵が前に出る。

「スレヤー伍長、この上等兵2名を貴官に任せる。宜しく頼む」

「スレヤー伍長、配官命令了解しました!」

 スレヤーはゲラブ曹長に敬礼を示すとニヤリと笑む。曹長は苦笑いでスレヤーに近づいて来た。

「すみません……一応、上官という事で……」

 ゲラブは申し訳なさそうにスレヤーに声をかける。

「構わねぇよ。板について来てるじゃねぇか、曹長さんよ。頑張れよ!」

 スレヤーはゲラブの肩をポンと叩き小声で答えた。エルグレドはその様子を確認し、職員らに改めて声をかける。

「では、私達は本日16時30分頃まで調査を行い、終わり次第町へ戻ります。これからは各自での行動ということで」

 遺跡街に入っていく調査隊と分かれた探索隊は、町の北側に張り出し見えている岩山を目指し再び馬車を進ませた。御者台には手綱を握るスレヤーと、道案内としてサキシュ上等兵が横に座っている。

「近くで見ると……やっぱり廃墟なんですねぇ……」

 篤樹は荷台の後ろから見えるミシュバットの「町」を見ながら、誰にとも無く呟いた。荷台の枠に背中を預けていたエルグレドが答える。

「約2000年もの間、誰一人住んでいなかった建造物群ですからね。……新築の家でも、10年も無人で放置されれば傷むものです。そう考えればミシュバットがどれだけ保存状態が良い遺跡なのかということが分かります。やはり人の手だけで築かれた町では無いのでしょう」

 人が妖精の力を借りて築いた都市だと言われているのもそのためか……。妖精……

 篤樹は、30年以上も10歳前後の子どもの姿でこの世界で生きてきた高山遥のことを考えた。

 文化法暦省、ビデルさん、エルグレドさん……一体どんな「秘密」があるんだろうか……

「大将! そろそろ着きますぜ」

 御者台のスレヤーから荷台に向けて声がかけられた。エルグレドは手に地図を持って御者台に近づく。

「あの岩山の中腹に見える平坦な場所、あれがミシュバットの結びの広場と思しき場所ですね。馬車であの崖は登れませんから、そこに見える岩陰で馬車を停めて下さい」

 スレヤーはエルグレドが指示した岩陰まで馬車を進ませた。陽が高くなって来ているが、馬車が隠れる程度の日陰を確保出来そうな、大きな岩の陰に馬車を停める。馬車が止まると同時に、それぞれ自分の担当する荷物を持って馬車から降りて行く。

「ムドベ上等兵! 馬車の見張りを頼む」

 スレヤーが若い兵士に指示を出す。

「は!……あの……私一人だけで?」

 ムドベは驚きと緊張の面持ちで答えた。

「なんだぁ? お前ぇ、恐ぇのか?」

 スレヤーは笑いながら声をかけたが、ムドベの動揺が冗談ではない雰囲気なのを察すると、改めて尋ね直した。

「どしたぁ? 初出勤の新兵でもあるめぇし……」

 2人のやり取りに気づいたエルグレドが近づいて来る。サキシュ上等兵を先頭に岩山へ進みかけていた一同も引き返してきた。

「どうされましたか?」

「いや……馬車の見張りを上等兵に頼んだら、なんか1人だと心細ぇみたいなんで……」

 ムドベは自分が臆病者と思われてしまったのかと、気が気ではない様子で反論する。

「あ……いえ、伍長。別に……その……心細いとかではなく……」

「伍長。よろしいでしょうか?」

 同僚の立場を守るように、サキシュが口を挟んで来た。

「ん? どした? 言ってみろ」

「……その……お聞きになられていると思いますが、遺跡調査隊の『事故』というか『襲撃』の件なのですが……」

 出発前に法暦省の職員が話していた件か……。軍部に護衛を要請するに至った理由について、まだ詳しい説明は聞いていなかったが……

「どんな事故だったのですか?」

 エルグレドが話の続きをサキシュに促す。

「は……い……。実は、上からは詳細を誰にも……探索隊の皆様にも話すなと言われているのですが……軍が護衛についた前々回と前回の2回にも『事故』が起こっていまして。……どちらも死者が出てるんです」

「死亡事故ですか? それは確かに聞いていませんねぇ……」

 エルグレドが首を傾げながらサキシュの情報に相槌を打つ。すぐにムドベが話を引き取った。

「自分達も前回、前々回の調査に同行していたのですが……最初の被害者は軍部の兵士2名でした。持ち場からかなり離れた建物横の路上で2名とも転落死していました。足跡を辿ると、どうやらその建物の屋上から転落したのだろう、という事は分かったのですが……なぜ彼らがそんな場所へ上ったのは全く不明です」

 サキシュが頷きながら続ける。

「先月の調査では、軍部の兵士3名と文化法暦省の調査隊員2名が被害に遭いました。調査済みの区画を進んでいた時に、突然、道の両側の建物が崩れ落ちて来たんです。建物の崩壊を防ぐため、補強魔法を施していた建物であったにもかかわらずです」

「ゲラブの野郎、んな事ひと言も無かったじゃねぇか!」

 スレヤーが遺跡群の方角を見ながら悪態をついた。エルグレドがたしなめる。

「まあまあスレイ。彼も組織人なのですから……それにしても、文化法暦省の職員まで亡くなっている事故なのに、私の耳に入って来ていないというのは解せません。……ミシュバット遺跡の調査は事故の危険性が高いというのは知っていましたが、先月の事故での死者情報というのは初耳です」

「実は……」

 訝しがるエルグレドに、サキシュが少しまごまごとしながら答える。

「その……確かな情報ではなく……あくまでも我々軍部の……護衛隊内での噂話として聞いていただきたいんですが……」

「何か?」

「ミシュバの文化法暦省内に……その……ビデル大臣の指揮系統とは別の指揮系統が在るのではないかと……。いや! 本当に噂ですし、具体的に誰がそうというわけではないんですが……」

「おう! もっとちゃんと話せ!」

 スレヤーが凄みを利かせてサキシュに詰め寄る。

「あ、はい! あの……従王妃ミラ様の指揮系統が存在しているのではないかと……あくまでも噂でありますが……」

「ミラ様の?」

 エルグレドが手を口に当てて何か考えている。篤樹は近くにいたレイラに尋ねる。

「あの……従王妃って?」

「あら? そうねぇ……今のエグデン王国の国王の妃の中の1人よ。人間達は面倒な制度が好きみたいよねぇ。ほら、この国って4つの国が『共和国』って名前でひとつにまとまった国でしょ? で、その時の決め事で国王は、もともとの4つの国の系列から王妃を1名ずつ迎える事にしたらしいわ。1王4妃制ね。その内の1名が正王妃、残り3名が従王妃って立場になってるのよ。で、それぞれの王妃から生まれた男子の中から、王宮内の皇位継承選定委員会が次の国王を選任する……」

「えー? 好きな人と結婚するんじゃないのぉ?」

 エシャーが話しに加わってくる。

「人間が作り上げる王様ってのはねぇ、不自由な生き方しか出来ないものなのよ」

 レイラが憐れむような目で篤樹を見た。

「ぼ……僕は王族とかじゃないですから!」

「わぁかってるわよぉ。自由に恋愛を楽しみなさいね、ボ・ウ・ヤ」

 レイラがニヤッとする。クソー! 馬鹿にされてる!

「でも、まあ……問題よねぇ」

「何が?」

 エシャーは何が「問題」なのか分からない、という風にレイラに尋ねる。

「王室内の権力争いが起こっているかも知れないってことよ。エルは文化法暦省大臣の補佐官っていう、いわばエリート高官の地位にあるのよ。本来なら省内の全ての情報を知り得る立場の彼なのに『知らない事』が有るっていうのはおもしろくないでしょ?」

「そういう問題ではありません!」

 レイラの言葉が耳に入ったのか、エルグレドがムッとした声を出す。レイラは肩をすくめてペロッと舌を出した。

「私が不快に感じるかどうかではなく、問題なのは指揮系統が乱れているという事です。情報の共有がキチンとなされていないと現場に混乱が生じます。それは冗談抜きに大袈裟でなく、人命を脅かす危険な状況なんです。……王室内の権力争いか何か知りませんが、そんな私情を持ち込まれては……文化法暦省だけでなく軍部や他の機関にも混乱が生じてしまいます。全く……」

 エルグレドはタメ息をつく。

「まあ……軍部の中でそんな噂が出ているというのなら、法暦省の職員達の中にもその噂を知ってる者たちがいるって事でしょう。私はビデル閣下の補佐官なので、立場上は正王妃メルサ様の指揮系列になるわけです。もしも仮に噂どおりミラ様の系列下に組みするグループがあるとすれば、私達は『敵』と見られているでしょうね」

「そんな……敵だなんて……」

 篤樹は思いもしなかった話に困惑した。別に、誰かと争いたいわけでもないのに勝手に『敵』と思われてるなんて……

「権力争いとはそういうものです。当人達だけではなく、周りの者を巻き込んでいく最も醜悪な愚行政治ですよ」

 エルグレドはウンザリしたように目を閉じ首を振る。

「まあ、何にせよ原因不明の事故が多発していて、死者まで出てるってワケだし……それも、もしかすると何者かによる『襲撃』の可能性もあるってんなら、確かに上等兵1人だけじゃ不安だわなぁ」

 スレヤーが述べる所感に、ムドベは思わず声を上げる。

「そ、そんな! 不安とかでは……」

「強がんなって上等兵! よし! じゃ、大将……俺も馬車番に就いておきます。大事な『足』ですからね、何か有っちゃ困りますし」

「分かりました」

 エルグレドはスレヤーの提案に了解を示す。

「では、馬車はスレイとムドベ上等兵にお願いし、私達5人は広場へ上がりましょう。お互いに何か有ればこれで……」

 エルグレドは荷物袋の中から信号煙筒を出した。

「何事もなければ4時には戻って来ます。では、行きましょうか」

 探索隊はサキシュ上等兵を先頭に、エルグレド、レイラ、篤樹とエシャーの順に並んで岩山の斜面を上り始めた。スレヤーはその姿を見送りながら、隣のムドベに小さく声をかける。

「……おい、ムドベ。絶対に振り向くなよ」

「えっ?」

「バカ! 前を向いて皆を見送り続けながら聞け!……見られてる……3人か4人。岩の上のほうからな」

 ムドベはスレヤーの落ち着いた声の中に、これまでに感じたことの無い緊張感を感じていた。

「ど……どうすれば……」

「ただ『見てるだけ』なのか、それとも『狙ってる』のか分からねぇからな……。下手に動くなよ。場合によっちゃ……一戦有り得るって覚悟だきゃしとけ」

 馬車に陽陰を作っている大きな岩の裏には、まるで隠れんぼをする子ども達のような小さな人影が4体、ジッと息を潜めていた……
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