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第2章 ミシュバットの妖精王 編
第 73 話 やるべきこと
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リュネ長老の部屋で「ユーゴの予言」を聞かされた篤樹達5人は、驚きの表情を浮かべたまま村長と長老を見つめていた。
「御長老……大賢者ユーゴについては、私達も様々な伝承をこれまで耳にしてまいりました。しかしその『予言』は初耳です。よろしければ、もう少し詳しくお話しをお聞かせ願えませんでしょうか?」
エルグレドが丁寧に尋ねる。リュネは少し困った表情を浮かべたが小さく頷いた。
「先ほども申し上げました通り、このユーゴの予言は代々の長老が受け継いだ口伝に御座いますので『詳しく』と申されましても……『世の終末の時がいずれの日かに来る。最後の者が尋ねてくる時、この世界は終わるだろう。最後に訪れるその者の名は<カガワアツキ>』……この一文を、ただ脈々と受け継いで来たに過ぎませんので……」
「あの!……それなら……」
篤樹が声を上げ一同の注目を集めた。あ、しまった……ま、いいや……
「えっと……それなら……『ユーゴ』という人について教えていただけませんか? 僕は……その……よく知らないので。その方の事を……」
「私もよく知らない」
エシャーが便乗する。エルグレドは2人の声を受けて改めてリュネに尋ねた。
「……そうですね。我々も大賢者ユーゴの功績に関しての情報は、法術士の端くれとしてわずかに聞き及んでいますが……その出自や人物像についてはほとんど存じ上げておりません……この村が彼女の<出身地>とされている理由等も含め……なぜユーゴの予言にこの<カガワアツキ>の名が出てきたかのヒントでも分かれば、あるいはその『終末』とやらを回避する方法も見出せるかも知れません」
リュネは静かに頷くと目を閉じ、記憶を辿るように語り始めた。
「……今より1000と数百を数える昔、奇跡の都市ミシュバットが滅びて500年を数える頃、この地には木こりを生業とする3つの家族が住んでおりました。人の世にはまだ国としての姿も無く、方々に小さな集落が点在していた時代であります。人々は手づからの業で生計を立てておりましたが、まだ法術も無い時代です。サーガや獣らに襲われる民も多い時代……人々は妖精らやエルフらの古代魔法の助けを得、サーガや獣らによる滅亡だけは免れ過ごしておりました。しかし、人が群れを成し『国』を築くにはあまりにも力無き時代でありました……」
そうか……この世界は人間にとって繁栄が難しい世界だったんだ……
「……後に村の長となるキシルという木こりの若者が森の中で一人の若い娘と出会いました。その娘は世の事は知らねど知識に富む者で、3つの木こりの家族を助け、また、助けられつつ日々を過ごしておりました。1年ほどが経った頃、キシルの両親がサーガに襲われ無残な死を遂げました。怒りに燃えるキシルは仇であるサーガを追い森へ向かい、その後を娘も追いました。法術も無い、ただの木こりの若者がサーガに敵うはずも無く、あわや返り討ちという時に……娘はエルフらのように、その手より攻撃魔法を繰り出したのでございます。なんと娘は、わずか1年の時を過ごす間に法術を自ら操る者へと成長していたのです。……その娘こそ、後の大賢者ユーゴ様その人でありました」
大賢者ユーゴ……1年で法術を生み出した……若い娘?
「ユーゴ様はキシルをはじめ、残り2つの木こりの家の者達に法術を伝授なされました。サーガや獣に怯えることなく、人々が平和に暮らす力となればと……。やがて、妖精の魔法を操る人間が現れたとの噂は広まり、あちらこちらから法術を学びたいとの人々がこの地へ集い……この『村』は誕生しました」
「……しかしその事を大賢者ユーゴは好ましく思っておられなかった……わけでしょう?」
エルグレドが口を挟んだ。リュネは悲しそうな表情でうなずき話を続ける。
「……初めは人々が安心して生きられる世界をとの想いから、ユーゴ様も喜んで人々に法術をご指導なされておられたのです。しかし……人の性なのでしょうか……やがて法術の力を己の欲を満たすために用いる者らが現れ……ついにこの村の中で、人間同士が法術を用いて殺し合うという恐ろしい事件が起こってしまったのです。……当時500名程になっていた村人の内、女子供も含めて200人以上が犠牲となる争いを目の当たりにされたユーゴ様は……争いを収めるためとはいえ自らも人を殺められた事に心を痛め、ついに心を患われてしまわれたのです。……この建物はそのユーゴ様のお気持ちを少しでもお慰めするためにと、村の長となっていたキシルがユーゴ様の知識を元に築いたものです」
ユーゴ様の知識を元に……畳や和室や日本庭園を? やっぱり大賢者ユーゴって「日本」と何か関係がある人なんだ……
「ほどなくユーゴ様は旅に出ると言われて村を後にされました……その数十年後、遠い東の地でユーゴ様はあの大魔法院を築かれ、多くの民が法術を学び……それを活かして文明が発達し、国々が生じ……今日の人類繁栄へと繋がって来たのです」
「……この村で起こった争いの中で、ユーゴ様はよほど心に深い傷を負われていたのでしょうね。私は法術を大魔法院の流れで学びましたが、ユーゴ様ご自身がこのリュシュシュ村の事を話された、という記録は一切ありませんでしたから……」
エルグレドの言葉にリュネは頷く。
「心お優しい方だったのでしょう。この村のことを、事件と共にお忘れになられたのではなかろうかと理解しております」
「ねぇ、アッキー?」
後ろから突然エシャーに呼ばれ、篤樹はギョッと振り返る。
「な、なに?」
「なんかさぁ、そのユーゴって人とアッキーって似てない?『敵』を倒すのがイヤだとかさぁ……」
一同の目が篤樹に向けられる。
「いや……だからこの前も言っただろう? 俺達の世界で『人殺し』ってのは敵も味方も無く、みんな嫌なんだって!……そもそも敵だろうがなんだろうが『誰かを殺す状況』なんか、一生の内に一度も無いのが普通なんだから……」
「……どういう事ですか?」
エシャーと篤樹のやり取りを聞いていたリュネは、不思議そうに尋ねて来た。エルグレドが篤樹の身の上を簡単に説明する。
「……そうですか。『別の世界』から迷い込まれてきた……と?」
「あ、はい……です」
「そんな馬鹿な話を信じてるのかい? あんたらは?」
村長が呆れたようにエルグレド達を見回す。
「私が最初にアッキーを見つけたの。だからアッキーが言ってる事は本当だと思うよ」
エシャーが理由にもならない理由を自信たっぷりの笑みで述べる。
「私はそれを『確認』するという気持ちが正直なところです。まあ、事実であるとほぼ確信していますが……であれば一体なぜこのようなことになっているのかを知りたいと願っています」
エルグレドも力強く持論を語る。
「俺は別に信じるも信じねぇも関係ねぇ。アツキがそう言ってんならそうなんだろ? 今の俺達には特に関係ねぇ話だ」
スレヤーは「自分が出会った篤樹」だけにしか興味は無い。
「あら? スレイ。気が合うわねぇ。私も別にどうでも良くてよ。アッキーはアッキー、ただそれだけの話」
レイラもそう言うと言葉を続ける。
「でも、今までの話から考えると、その『ユーゴ』という方にアツキは何か心当たりは無いのかしら? あの魔導師タクヤも『ドウキュウセイ』というチガセなんでしたら、同じ仲間に『ユーゴ』って方はいなかったのかしら?」
ユーゴ? 娘って事は女子だよなぁ……『ユーゴ』なんて名前の女子はいなかったし、ウチのクラスには『ゆうこ』ってのもいなかったよなぁ……一番近いのは井上陽子と小平洋子の「ようこ」コンビくらいだけど……あいつらが「法術」なんか考えつくかぁ?
篤樹はしばらく考え、首を横に振る。
「いや……そんな名前の子はいませんでした……」
「でもさ『チュウガクセイ』が『チガセ』になるんだったら、他の似たような名前から『ユーゴ』に変わったのかもよ?」
エシャーが篤樹の肩に手を置き、揺さぶりながら「提案」する。
「う……う……ん……ごめん! やっぱ分かんない!……でも、俺の名前を知ってる同級生の誰かの可能性はすごく高いと思います! さっきのあのシャーペン……『ユーゴの軌跡』って言ってたあの筆、あれは僕らが中学校で使ってる道具のひとつですから……多分、ウチのクラスの誰かが……こっちの世界で『大賢者ユーゴ』になったんだ……とは思います」
篤樹は自分で言いながらも何だか「ホントかよ?」という気分になっていた。
「……とにかく」
エルグレドが話をまとめる。
「御長老も言われたように、このアツキ君が世界を『終末』に導くような者ではないと私達も考えます……しかし、あの大賢者ユーゴがなんの根拠もなく、そのような予言を残されたとも考えられません。そしてユーゴの予言に出てくる<カガワアツキ>は恐らく……このアツキ君であると考えられます。総合的に考えるなら、アツキ君が『この世界』に現れた事で世界に何か大きな転機が訪れる……もしくは、その転機にアツキ君が現れるという予言ではないか、と考えます」
「はーい」
エシャーが手を上げた。
「どう違うのか分かんない!」
「あの……僕もちょっと……」
エシャーと篤樹からの質問にエルグレドが笑顔を見せて答える。
「……つまり、アツキ君が『来たから』世界に何か悪い事が起こる、という事ではないということです。『世界の終わり』というのが何なのかは分かりませんが、ユーゴは世界に、何か大きな災厄が訪れるであろう事を予言しました。その大きな災厄の始まりを知る手がかり……合図なのかきっかけなのかは分かりませんが、それがアツキ君の登場と大きく関わりがあるのではないか、という事です。ですから、仮にアツキ君を消し去ったとしても、その大きな災厄が無くなるという事ではないだろうと考えるわけです」
「えっと……じゃあ、別に僕が何かこの世界に悪い影響を及ぼしてるとかっていう話では……」
篤樹は恐る恐る聞く。
「そうではないだろうという見解です。雪虫が飛べば雪が降る季節だと知りますが、雪虫がいなくなったとしても雪は降るという事です」
雪虫? 何それ?
篤樹は周りを見たが、みんなその説明に納得がいっているようなので改めて聞きなおせなかった。
いいや。後でエシャーにでも聞こう……
「じゃあ、アッキーが『来た』って事はそのユーゴの言う『世の終末』が近いっていうことなの?」
エシャーが確認する。レイラが頷きながら答えた。
「今日の『指揮系統を持つ群れ化したサーガたち』もその『終末』へ向かう序曲なのかも知れませんわね……」
場の空気が凍りつく。
「レ、レイラぁ……変な冗談言わないでよぉ」
エシャーが横に座っているレイラの肩を叩く。しかしレイラは微笑を浮かべたまま答えた。
「あら? いたって真面目な意見のつもりよ、私は。エルはいかが?」
エルグレドは手で口を押さえるように考えていたが、問いに応え口を開く。
「さあ……しかし、大群行以外で、あのようなサーガの群れ行動がこの大陸に起きたという記録はありません。これまでに無い何かが起こっているのは確かです。それが『世界の終わり』なのか『かつて無い災厄』なのか……」
「まあ、でもよぉ……」
スレヤーが口を開く。
「世界がいつ終わるかどうかなんてなぁ分かんねぇけど、人の命なんかはどうせいつかは終わるわけだし、ま、どっちみち今は世界も在るし俺らも生きてるわけだからさぁ……まずは、今やるべき事をやるのが一番良い生き方なんじゃねぇかなぁ?」
「あらスレイ? あなた哲学でも学ばれたのかしら?」
レイラも少し軽い気持ちになって答える。
「……そうですね。今ここで考えて、すぐに何かの答えが出せる問題でもありませんし……何より、今はやるべき事があります。たとえ明日この世界が終わろうとも、今日リンゴの木を植えることが大切ですからね。この件を考えないわけにはいきませんが、この件に捕らわれ続けるのは……生きる道を誤る大きな罠にもなります……『その日』を考えつつ『今やるべきこと』に専念すべきですね」
「良かったぁ。もう俺ぁ腹がペコペコで……」
話が切り上げられる方向に動き出したことを確認し、スレヤーがホッとした声を出した。長老も笑顔を見せる。
「ではお客人方をお食事へご案内して下さいな、村長」
一同は村長宅へ戻り、用意された夕食を囲むことにした。
『ユーゴの終末予言』について、それぞれ思うところはあるようだが、今は、目の前にある事に思いを注ぐべき時だと認識を新たにする。
サーガ撃退の働きを労う宴はその日遅くまで続き、レイラのコップにはいつの間にか村の特産酒が注がれていた……
「御長老……大賢者ユーゴについては、私達も様々な伝承をこれまで耳にしてまいりました。しかしその『予言』は初耳です。よろしければ、もう少し詳しくお話しをお聞かせ願えませんでしょうか?」
エルグレドが丁寧に尋ねる。リュネは少し困った表情を浮かべたが小さく頷いた。
「先ほども申し上げました通り、このユーゴの予言は代々の長老が受け継いだ口伝に御座いますので『詳しく』と申されましても……『世の終末の時がいずれの日かに来る。最後の者が尋ねてくる時、この世界は終わるだろう。最後に訪れるその者の名は<カガワアツキ>』……この一文を、ただ脈々と受け継いで来たに過ぎませんので……」
「あの!……それなら……」
篤樹が声を上げ一同の注目を集めた。あ、しまった……ま、いいや……
「えっと……それなら……『ユーゴ』という人について教えていただけませんか? 僕は……その……よく知らないので。その方の事を……」
「私もよく知らない」
エシャーが便乗する。エルグレドは2人の声を受けて改めてリュネに尋ねた。
「……そうですね。我々も大賢者ユーゴの功績に関しての情報は、法術士の端くれとしてわずかに聞き及んでいますが……その出自や人物像についてはほとんど存じ上げておりません……この村が彼女の<出身地>とされている理由等も含め……なぜユーゴの予言にこの<カガワアツキ>の名が出てきたかのヒントでも分かれば、あるいはその『終末』とやらを回避する方法も見出せるかも知れません」
リュネは静かに頷くと目を閉じ、記憶を辿るように語り始めた。
「……今より1000と数百を数える昔、奇跡の都市ミシュバットが滅びて500年を数える頃、この地には木こりを生業とする3つの家族が住んでおりました。人の世にはまだ国としての姿も無く、方々に小さな集落が点在していた時代であります。人々は手づからの業で生計を立てておりましたが、まだ法術も無い時代です。サーガや獣らに襲われる民も多い時代……人々は妖精らやエルフらの古代魔法の助けを得、サーガや獣らによる滅亡だけは免れ過ごしておりました。しかし、人が群れを成し『国』を築くにはあまりにも力無き時代でありました……」
そうか……この世界は人間にとって繁栄が難しい世界だったんだ……
「……後に村の長となるキシルという木こりの若者が森の中で一人の若い娘と出会いました。その娘は世の事は知らねど知識に富む者で、3つの木こりの家族を助け、また、助けられつつ日々を過ごしておりました。1年ほどが経った頃、キシルの両親がサーガに襲われ無残な死を遂げました。怒りに燃えるキシルは仇であるサーガを追い森へ向かい、その後を娘も追いました。法術も無い、ただの木こりの若者がサーガに敵うはずも無く、あわや返り討ちという時に……娘はエルフらのように、その手より攻撃魔法を繰り出したのでございます。なんと娘は、わずか1年の時を過ごす間に法術を自ら操る者へと成長していたのです。……その娘こそ、後の大賢者ユーゴ様その人でありました」
大賢者ユーゴ……1年で法術を生み出した……若い娘?
「ユーゴ様はキシルをはじめ、残り2つの木こりの家の者達に法術を伝授なされました。サーガや獣に怯えることなく、人々が平和に暮らす力となればと……。やがて、妖精の魔法を操る人間が現れたとの噂は広まり、あちらこちらから法術を学びたいとの人々がこの地へ集い……この『村』は誕生しました」
「……しかしその事を大賢者ユーゴは好ましく思っておられなかった……わけでしょう?」
エルグレドが口を挟んだ。リュネは悲しそうな表情でうなずき話を続ける。
「……初めは人々が安心して生きられる世界をとの想いから、ユーゴ様も喜んで人々に法術をご指導なされておられたのです。しかし……人の性なのでしょうか……やがて法術の力を己の欲を満たすために用いる者らが現れ……ついにこの村の中で、人間同士が法術を用いて殺し合うという恐ろしい事件が起こってしまったのです。……当時500名程になっていた村人の内、女子供も含めて200人以上が犠牲となる争いを目の当たりにされたユーゴ様は……争いを収めるためとはいえ自らも人を殺められた事に心を痛め、ついに心を患われてしまわれたのです。……この建物はそのユーゴ様のお気持ちを少しでもお慰めするためにと、村の長となっていたキシルがユーゴ様の知識を元に築いたものです」
ユーゴ様の知識を元に……畳や和室や日本庭園を? やっぱり大賢者ユーゴって「日本」と何か関係がある人なんだ……
「ほどなくユーゴ様は旅に出ると言われて村を後にされました……その数十年後、遠い東の地でユーゴ様はあの大魔法院を築かれ、多くの民が法術を学び……それを活かして文明が発達し、国々が生じ……今日の人類繁栄へと繋がって来たのです」
「……この村で起こった争いの中で、ユーゴ様はよほど心に深い傷を負われていたのでしょうね。私は法術を大魔法院の流れで学びましたが、ユーゴ様ご自身がこのリュシュシュ村の事を話された、という記録は一切ありませんでしたから……」
エルグレドの言葉にリュネは頷く。
「心お優しい方だったのでしょう。この村のことを、事件と共にお忘れになられたのではなかろうかと理解しております」
「ねぇ、アッキー?」
後ろから突然エシャーに呼ばれ、篤樹はギョッと振り返る。
「な、なに?」
「なんかさぁ、そのユーゴって人とアッキーって似てない?『敵』を倒すのがイヤだとかさぁ……」
一同の目が篤樹に向けられる。
「いや……だからこの前も言っただろう? 俺達の世界で『人殺し』ってのは敵も味方も無く、みんな嫌なんだって!……そもそも敵だろうがなんだろうが『誰かを殺す状況』なんか、一生の内に一度も無いのが普通なんだから……」
「……どういう事ですか?」
エシャーと篤樹のやり取りを聞いていたリュネは、不思議そうに尋ねて来た。エルグレドが篤樹の身の上を簡単に説明する。
「……そうですか。『別の世界』から迷い込まれてきた……と?」
「あ、はい……です」
「そんな馬鹿な話を信じてるのかい? あんたらは?」
村長が呆れたようにエルグレド達を見回す。
「私が最初にアッキーを見つけたの。だからアッキーが言ってる事は本当だと思うよ」
エシャーが理由にもならない理由を自信たっぷりの笑みで述べる。
「私はそれを『確認』するという気持ちが正直なところです。まあ、事実であるとほぼ確信していますが……であれば一体なぜこのようなことになっているのかを知りたいと願っています」
エルグレドも力強く持論を語る。
「俺は別に信じるも信じねぇも関係ねぇ。アツキがそう言ってんならそうなんだろ? 今の俺達には特に関係ねぇ話だ」
スレヤーは「自分が出会った篤樹」だけにしか興味は無い。
「あら? スレイ。気が合うわねぇ。私も別にどうでも良くてよ。アッキーはアッキー、ただそれだけの話」
レイラもそう言うと言葉を続ける。
「でも、今までの話から考えると、その『ユーゴ』という方にアツキは何か心当たりは無いのかしら? あの魔導師タクヤも『ドウキュウセイ』というチガセなんでしたら、同じ仲間に『ユーゴ』って方はいなかったのかしら?」
ユーゴ? 娘って事は女子だよなぁ……『ユーゴ』なんて名前の女子はいなかったし、ウチのクラスには『ゆうこ』ってのもいなかったよなぁ……一番近いのは井上陽子と小平洋子の「ようこ」コンビくらいだけど……あいつらが「法術」なんか考えつくかぁ?
篤樹はしばらく考え、首を横に振る。
「いや……そんな名前の子はいませんでした……」
「でもさ『チュウガクセイ』が『チガセ』になるんだったら、他の似たような名前から『ユーゴ』に変わったのかもよ?」
エシャーが篤樹の肩に手を置き、揺さぶりながら「提案」する。
「う……う……ん……ごめん! やっぱ分かんない!……でも、俺の名前を知ってる同級生の誰かの可能性はすごく高いと思います! さっきのあのシャーペン……『ユーゴの軌跡』って言ってたあの筆、あれは僕らが中学校で使ってる道具のひとつですから……多分、ウチのクラスの誰かが……こっちの世界で『大賢者ユーゴ』になったんだ……とは思います」
篤樹は自分で言いながらも何だか「ホントかよ?」という気分になっていた。
「……とにかく」
エルグレドが話をまとめる。
「御長老も言われたように、このアツキ君が世界を『終末』に導くような者ではないと私達も考えます……しかし、あの大賢者ユーゴがなんの根拠もなく、そのような予言を残されたとも考えられません。そしてユーゴの予言に出てくる<カガワアツキ>は恐らく……このアツキ君であると考えられます。総合的に考えるなら、アツキ君が『この世界』に現れた事で世界に何か大きな転機が訪れる……もしくは、その転機にアツキ君が現れるという予言ではないか、と考えます」
「はーい」
エシャーが手を上げた。
「どう違うのか分かんない!」
「あの……僕もちょっと……」
エシャーと篤樹からの質問にエルグレドが笑顔を見せて答える。
「……つまり、アツキ君が『来たから』世界に何か悪い事が起こる、という事ではないということです。『世界の終わり』というのが何なのかは分かりませんが、ユーゴは世界に、何か大きな災厄が訪れるであろう事を予言しました。その大きな災厄の始まりを知る手がかり……合図なのかきっかけなのかは分かりませんが、それがアツキ君の登場と大きく関わりがあるのではないか、という事です。ですから、仮にアツキ君を消し去ったとしても、その大きな災厄が無くなるという事ではないだろうと考えるわけです」
「えっと……じゃあ、別に僕が何かこの世界に悪い影響を及ぼしてるとかっていう話では……」
篤樹は恐る恐る聞く。
「そうではないだろうという見解です。雪虫が飛べば雪が降る季節だと知りますが、雪虫がいなくなったとしても雪は降るという事です」
雪虫? 何それ?
篤樹は周りを見たが、みんなその説明に納得がいっているようなので改めて聞きなおせなかった。
いいや。後でエシャーにでも聞こう……
「じゃあ、アッキーが『来た』って事はそのユーゴの言う『世の終末』が近いっていうことなの?」
エシャーが確認する。レイラが頷きながら答えた。
「今日の『指揮系統を持つ群れ化したサーガたち』もその『終末』へ向かう序曲なのかも知れませんわね……」
場の空気が凍りつく。
「レ、レイラぁ……変な冗談言わないでよぉ」
エシャーが横に座っているレイラの肩を叩く。しかしレイラは微笑を浮かべたまま答えた。
「あら? いたって真面目な意見のつもりよ、私は。エルはいかが?」
エルグレドは手で口を押さえるように考えていたが、問いに応え口を開く。
「さあ……しかし、大群行以外で、あのようなサーガの群れ行動がこの大陸に起きたという記録はありません。これまでに無い何かが起こっているのは確かです。それが『世界の終わり』なのか『かつて無い災厄』なのか……」
「まあ、でもよぉ……」
スレヤーが口を開く。
「世界がいつ終わるかどうかなんてなぁ分かんねぇけど、人の命なんかはどうせいつかは終わるわけだし、ま、どっちみち今は世界も在るし俺らも生きてるわけだからさぁ……まずは、今やるべき事をやるのが一番良い生き方なんじゃねぇかなぁ?」
「あらスレイ? あなた哲学でも学ばれたのかしら?」
レイラも少し軽い気持ちになって答える。
「……そうですね。今ここで考えて、すぐに何かの答えが出せる問題でもありませんし……何より、今はやるべき事があります。たとえ明日この世界が終わろうとも、今日リンゴの木を植えることが大切ですからね。この件を考えないわけにはいきませんが、この件に捕らわれ続けるのは……生きる道を誤る大きな罠にもなります……『その日』を考えつつ『今やるべきこと』に専念すべきですね」
「良かったぁ。もう俺ぁ腹がペコペコで……」
話が切り上げられる方向に動き出したことを確認し、スレヤーがホッとした声を出した。長老も笑顔を見せる。
「ではお客人方をお食事へご案内して下さいな、村長」
一同は村長宅へ戻り、用意された夕食を囲むことにした。
『ユーゴの終末予言』について、それぞれ思うところはあるようだが、今は、目の前にある事に思いを注ぐべき時だと認識を新たにする。
サーガ撃退の働きを労う宴はその日遅くまで続き、レイラのコップにはいつの間にか村の特産酒が注がれていた……
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