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第1章 旅立ちの日 編
第 28 話 エルフにあらざる『ロ・エルフ』
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裁判長の着席が 暗黙の合図であるかのように、ルロエとカミーラ以外の全員が着席する。
ルロエは、落ち着いた歩調で法廷の中を真っ直ぐ進み、中央付近に置かれている 被告人演台に立った。カミーラも 訴追人演台に立つ。2人はしばらく 見詰め合っているが、篤樹たちからはルロエの表情が見えない。
「久し振りだね。カミーラ」
ルロエの声は親しい友人に語りかけるようなものだった。
「黙れ! 模写生物が……反吐が出る!」
一方、カミーラの返事は憎悪に満ちた 辛らつなものだった。篤樹から見えるカミーラの顔は、 激しい怒りを必死に押し殺す 頑なな表情だ。
2人のやり取りに裁判長が口を 挟む。
「ああ、カミーラ大使。今回の裁判は……王からの命を受け、当裁判所も全面的に協力を引き受けたものです。ですから、基本的にはエルフ族協議会からの 要請を尊重し、宵暁裁判のルールに 則って進めていくものですが……その……御発言につきましては、もう少し表現を 抑えていただけますでしょうか?」
カミーラは裁判長に体を向け、軽く頭を下げた。
「では、続けてください」
裁判長が 促す。
「この場にお集まりの皆様へ、まずは感謝いたします」
カミーラは法廷内をグルリと見渡し一礼をした。
「さて、皆様ご承知のように、この度の裁きの座は我々エルフ族の伝統に従って 執り行わせていただくものです。と言うのも、訴える者である我々はエルフ族であり、訴えられる者であるこの男も、 一応はエルフ族に分類されている者であるからです。そうだね? ルロエ。君たちルエルフも『一応』エルフ族の亜種ではあるのだよな?」
カミーラの言葉の 端々に、悪意に満ちた侮辱を感じる。しかしルロエは声を荒立てることもなく応じた。
「はい、裁判長。彼の言う通り我々ルエルフ族は、 れっきとした『エルフ族』の1氏族 末裔に分類されています」
裁判長に向かって答えるため、今度は篤樹たちからもルロエの横顔がよく見える。目線はしっかり裁判長を向いていた。カミーラは面白くなさそうに鼻で笑うと言葉を続ける。
「ふん……まあ良いでしょう。ですから、この場にいる全ての皆様方には、この裁判は『正当なもの』として行われている、という事の証人となっていただきたいのです。 御異議は?」
篤樹は思わず手を挙げようかと思った。今のこの段階でも、すでに裁判長はエルフ族協議会に対して、なんとなく従属している雰囲気を感じる。
この裁判は、ルロエさんに有罪判決を下す目的で進められている「不正裁判」ではないでしょうか? そう質問したい気持ちだった。しかし、そんな発言をすれば、ルロエさんにとってますます不利な状況になるかも知れない。それに何よりも「子ども」が口出し出来るような空気ではなかった。
「沈黙による了解を感謝いたします。では暁に陽の光が 射すまで、我々の訴えに耳をお貸し下さり、この者への正しき裁きを導いていただけますように。さて……」
カミーラは裁判長に視線を固定する。
「『ルエルフ』はおよそ4000年ほど前、我らエルフ族の『 禁忌』を冒した者たちの末裔であります。それゆえに、我々エルフ族は彼らをこう呼びました……『ロ・エルフ』と。否定語である『ロ』を付けた『エルフに 在らざる者』と彼らは呼ばれていたのです。その呼び名は、いつの頃からか『ルエルフ』という『氏族の名』となっていきました」
篤樹はエシャーの顔を見た。今にも何かを言いたそうな、でもそれをグッと 堪えている表情だ。裁判長を見つめているルロエも同じ表情をしている。やっぱり親子だなぁ……似てるや。篤樹はエシャーとルロエの表情を見比べた。
「我らエルフ族と『ロ・エルフ』……っと失礼、ルエルフ族との違いは何か? 外見上はよく似た特徴であると分類されますが、明らかに相違する点、それは命の長さ『寿命』です。我々は創世の時代、エルフ誕生の頃から1000年の 齢を神より賜わり、与えられた命の時を 建学の人生として歩む種族です。しかしながら、このロ……いや……『ル』エルフの者たちは、神からの賜物であるその命を 弄び、わずか100年も生きられぬ人間ごときとの間で 異種族間婚を行った結果、非常に短命な種族となってしまった者たちであります。ゆえに……」
「大使!」
裁判長が 厳しい声で口を挟む。
「先ほどもお願いしましたが、言葉は選ばれて下さい。ここは私たち『短命な』 たかが人間が『長年かけて』築き上げた文明社会の裁判所内です。いいですね?『森の 賢者』であるあなた方への 尊敬と 畏怖をもってこの裁判をお引き受けしていますが……『短命』な私にも公義を求める良心があることをお忘れなく!」
篤樹はギュッと拳を握った。なんだ、あの裁判長、言うことはちゃんと言えるんだ! てっきりエルフ族協議会の言いなり裁判長なのかと思ってたけど……
エシャーが篤樹の左手をギュッと握り返してきた。あ、そういえば手をつないだままだった……
「失礼。決して人間種を 侮辱しているわけではございません。短命な存在も、長寿を全う出来るエルフも、神の定めた 理に在る者……そのことを 蔑むつもりは御座いません」
カミーラは平然とそう言ってのけ、話し続ける。
「ゆえに、その理を 破壊する愚かな者……禁忌を冒した者たちとして、我らは『ロ・エルフ』を約1000年の間、エルフ族から 排してきました。しかし、かの創世七神の最上神とも呼ばれる『 湖神』の命により、そのルエルフ族はエルフ族の一氏族として認められるようにとなったのであります」
え? 「コシン」って「湖神様」? 先生?
篤樹は思いがけないタイミングで小宮直子の情報に出くわし驚く。
「短命種族に落ちぶ……いや、なってしまったルエルフ族。この者らに対する人間やエルフからの扱いを『不当』であると感じた『湖神』が、彼らのための逃れの地、時の流れを調節された『ルエルフ村』を創り、彼らをそこに 匿われたのです」
裁判長が 痺れを切らしたように声を上げた。
「カミーラ大使! エルフ史については私共人間も学ぶ機会は御座いますので、 御高説の事柄は充分に知っております。ですので、今回の裁判の核心部分……ルロエ氏を訴えておられる罪状を、そろそろ提示していただけませんか? それとルロエ氏。当法廷では私が制止しない限り、あなたにも自由に発言することが認められております。大使の発言の中に異議があれば、その 都度ご発言を願いたい」
裁判長は、被告とされているルロエの発言にも期待しているようだ。本来の宵暁裁判のルールは、訴追者と被告人が論戦を繰り広げ、それを聞く 傍聴者の雰囲気や論戦内容から、裁判長が最終的な判決を導き出すというものらしい。相手に言われるままで黙っているということは、被告にとって不利なのだ。
しかし、ルロエは穏やかな口調で裁判長に答える。
「カミーラの説明は、まあ、彼の感情的な 偏見がだいぶ入ってはいますが……我々の知るエルフ史と大きな相違は御座いませんので……」
この回答を聞いたエシャーが、篤樹とつないでいた手を突然離して立ち上がった。
「お父さん! 話が違う! 全然違う! ルエルフは愛の目が開かれたエルフ、命の喜びを知った真のエルフだって! いつも話してくれてたのに……大きな相違は無いって、どういうこと!」
「 君! えっと……エシャーくん!」
裁判長がエシャーの発言を止める。ルロエは驚いたようにふり返り、興奮する我が娘を見つめた。法廷内の皆の視線がエシャーに注がれている。裁判長が続けた。
「この法廷……宵暁裁判において、自由に発言が認められているのは訴追者と被告人の2名だけです。裁判前に説明を受けませんでしたか? まだなら今、覚えて下さい」
「でも……」
「不規則発言は……」
エシャーが、尚も言葉を発しようとするのを 遮り、裁判長が話を続ける。
「不規則発言は法廷を 侮辱するのみならず、裁判の判決を不当に操作しようと試みる『不正な行為』であるとみなしますよ。私は公正に訴えを裁きたいと願いここにいます。ですが、その判断を 妨げようというのなら、その者……不規則発言を行う側に『正義が無い』とみなし、それを裁定の基準として 結審させてもらうことになります。良いですか?……訴追者と被告人以外は皆、私から求められるまで、口を閉ざしておかれますように。これが最後通告です」
裁判長は右手の人差し指を自分の 唇に当ててそう言うと、左手でエシャーに着席を 促す。その時、カミーラが口元を 緩めてニヤッとしたのを篤樹は見逃さなかった。そうか……わざと 挑発してるんだ! 篤樹はまだ何か言いたげなエシャーの右手にソッと左手を触れた。ビクッ! としてエシャーが篤樹を見る。
「エシャー……座って。アイツはこっちを挑発してる」
篤樹は小声で話しかけ、カミーラを見るように合図を送った。エシャーもカミーラを見る。カミーラはそれに気付くと、口元の緩みを直し目を 背けた。
「……スミマセン……でした……」
エシャーも少し冷静さを取り戻し、呟くように謝罪を述べると、おとなしく座り直す。その様子を確認した裁判長がうなずきながら話を続けた。
「御理解ありがとう諸君。さて……しかし私は今、重要証人の不規則発言の中で気になる一言に出会ってしまった。ゆえにその説明をルロエ氏に尋ねたい。『ルエルフは愛の目が開かれたエルフ』とはどういう意味ですかな?」
裁判長がルロエに発言を促す。
「……エルフ族の見解と我々の認識の違いですが……」
ルロエが語り出す。
「カミーラが……今は『大使』ですか。大使が語られたエルフ史は……エルフ族の主観に基づく歴史です。ルエルフ族は同じ歴史でも、違った認識をもって歩んで来ました。ご承知の通り、エルフは約1000年の齢を与えられている種族です。身体的な 治癒力も高く、基本的に皆、齢を全うします……1000年という命の時を。他の種族と比べるなら、 膨大な時を与えられた種族です。そのため、他の短命な種族との交流を持たず、広大な森の中でその齢の日々を過ごしておりました。しかし、他の種族……と言いますか、創世の時代から人間も地に増え広がっていましたので、今から5000年ほど前には、望むと望まぬとに関わらずエルフと人間の接触機会も増えて来ました。やがて……種族の違いを超え、互いの人格と人格とを認め合う者たちも出てきます。友として、同労者としての交易や交流が生じましたが、与えられている齢の違いは超え難い 垣根です。衰えゆく友の姿を、エルフはえも言えぬ悲しみをもって見守るしか出来ませんでした。やがて異種族との交流は 控えるべき……との風潮がエルフの中に広がり、特に異種族間での結婚は禁忌とされるようになりました。しかし『1000年の時』を投げ打ってでも、愛する者との交わりに生きたいと願うエルフもいたのです。当時、すでに何組ものエルフと人間の異種族婚夫婦は存在していました……その間に生まれた子どもらも。しかし……夫婦や親子として生きる時間に大きな違いがあることは、確かに『不幸』でもあります。エルフ族からは禁忌を 侵し、汚れた者たちとして 排除され……人間たちからは『もの珍しい生物』として 酷い虐待や差別も起こりました。異種族間で生まれたルエルフは、外見こそエルフの特徴を持ちますが、身体的には人間の特徴を色濃く受け継ぎます。……私たちの祖先はそのような差別・虐待・排除の苦しみの中、 救済を神に求め祈り、願い続けました」
ルロエはここでひと息をつき、裁判長の反応を確かめた。裁判長は「続けて」という仕草でルロエを促す。
「……人と共に生きることを選んだとき、私たちの先祖は思ったのです。『1000年』という齢を与えられていながらも、その大部分を 漫然と……時の過ぎ行くままに暮らし、代わる代わる気の向くままに、寝所を共にする相手を 換え……『夫婦』や『家族』という関係を構築することも無いエルフ族は……『森の賢者』と呼ばれていながら、その 実態は『与えられた齢の時を無駄に 浪費している』だけなのだと。むしろ、100年という齢……その限られた短い時を知り、全身全霊をかけて生きる人間たちの輝く姿に『生きる命の 尊さ』を感じた祖先たちは、人と共に生き、共に歩み、共に命を全うしたいと願ったのです。その時……エルフ社会では味わうことの無かった感情……『愛』という感情が生まれたのです。愛の目が開かれたエルフ、命の 尊さを知ったエルフ、それが『ルエルフ』である、と私たちは信じています」
「それこそがロ・エルフと呼ばれる 所以だと教えたはずだぞ! ルロエ!」
カミーラが 堪えかね口を挟んできた。
「人間たちの語る『愛』というものがエルフ族には無いだと? そうではない! そのような感情自体が不要なのだ! よく考えてみたまえ。我らエルフ族は、人間のような『夫婦』や『家族』などという誓約関係がなくても、生きていく知恵と力を持つ存在なのだ。人間のように『助け合う』などという不便な共同社会を築かなくても、 各々が必要な生活環境を作り出す力をもっている。合理的な思考をもって自らの世界を築き上げる種族なのだ! にもかかわらず、この 崇高な思慮を失い、道を 誤ってしまった者が一族から出たことを我らは大いに恥とし、 嘆いているのだ!」
「カミーラ……大使。相変わらずお互いの意見を聞く耳は持ち合わせていないようだね……私も君も。それは立場が違うのだから仕方がない事だ。だからこの歴史観に対しては『どちらが正しいか』を言い争う気持ちは毛頭無い。私はルエルフの歴史観から証言したまでのこと。熱くなるな」
「フン……湖神の導きがなければとっくに 途絶えていた『下等模写生物』のくせに……」
「大使! 今なんと申されましたか!」
カミーラの 悪態に裁判長が注意を向ける。篤樹は「良い感じだ!」と手応えを感じ始めた。どうやらカミーラはエルフ族のプライドが前面に出過ぎている感じがする。それは「エリート意識・選民意識」だ。
ルロエやルエルフ族を「下等模写生物」と言い放つのは、自分たちエルフを「高等生物」と自認している証拠……その根拠が1000年の齢を神から受けた存在、という点に置かれているのだから、彼のルエルフに対する 侮蔑は、同時に「短命生物」である人間種に対しても向けられていることになる。
でも、この裁判の裁判長はその「人間」だ。カミーラがルエルフ族やルロエを「下等生物」という見下した姿勢で断罪し続ければ、裁判長の心証はどんどん悪くなっていくに違いない。このままいけば勝てるかも!
ルロエは、落ち着いた歩調で法廷の中を真っ直ぐ進み、中央付近に置かれている 被告人演台に立った。カミーラも 訴追人演台に立つ。2人はしばらく 見詰め合っているが、篤樹たちからはルロエの表情が見えない。
「久し振りだね。カミーラ」
ルロエの声は親しい友人に語りかけるようなものだった。
「黙れ! 模写生物が……反吐が出る!」
一方、カミーラの返事は憎悪に満ちた 辛らつなものだった。篤樹から見えるカミーラの顔は、 激しい怒りを必死に押し殺す 頑なな表情だ。
2人のやり取りに裁判長が口を 挟む。
「ああ、カミーラ大使。今回の裁判は……王からの命を受け、当裁判所も全面的に協力を引き受けたものです。ですから、基本的にはエルフ族協議会からの 要請を尊重し、宵暁裁判のルールに 則って進めていくものですが……その……御発言につきましては、もう少し表現を 抑えていただけますでしょうか?」
カミーラは裁判長に体を向け、軽く頭を下げた。
「では、続けてください」
裁判長が 促す。
「この場にお集まりの皆様へ、まずは感謝いたします」
カミーラは法廷内をグルリと見渡し一礼をした。
「さて、皆様ご承知のように、この度の裁きの座は我々エルフ族の伝統に従って 執り行わせていただくものです。と言うのも、訴える者である我々はエルフ族であり、訴えられる者であるこの男も、 一応はエルフ族に分類されている者であるからです。そうだね? ルロエ。君たちルエルフも『一応』エルフ族の亜種ではあるのだよな?」
カミーラの言葉の 端々に、悪意に満ちた侮辱を感じる。しかしルロエは声を荒立てることもなく応じた。
「はい、裁判長。彼の言う通り我々ルエルフ族は、 れっきとした『エルフ族』の1氏族 末裔に分類されています」
裁判長に向かって答えるため、今度は篤樹たちからもルロエの横顔がよく見える。目線はしっかり裁判長を向いていた。カミーラは面白くなさそうに鼻で笑うと言葉を続ける。
「ふん……まあ良いでしょう。ですから、この場にいる全ての皆様方には、この裁判は『正当なもの』として行われている、という事の証人となっていただきたいのです。 御異議は?」
篤樹は思わず手を挙げようかと思った。今のこの段階でも、すでに裁判長はエルフ族協議会に対して、なんとなく従属している雰囲気を感じる。
この裁判は、ルロエさんに有罪判決を下す目的で進められている「不正裁判」ではないでしょうか? そう質問したい気持ちだった。しかし、そんな発言をすれば、ルロエさんにとってますます不利な状況になるかも知れない。それに何よりも「子ども」が口出し出来るような空気ではなかった。
「沈黙による了解を感謝いたします。では暁に陽の光が 射すまで、我々の訴えに耳をお貸し下さり、この者への正しき裁きを導いていただけますように。さて……」
カミーラは裁判長に視線を固定する。
「『ルエルフ』はおよそ4000年ほど前、我らエルフ族の『 禁忌』を冒した者たちの末裔であります。それゆえに、我々エルフ族は彼らをこう呼びました……『ロ・エルフ』と。否定語である『ロ』を付けた『エルフに 在らざる者』と彼らは呼ばれていたのです。その呼び名は、いつの頃からか『ルエルフ』という『氏族の名』となっていきました」
篤樹はエシャーの顔を見た。今にも何かを言いたそうな、でもそれをグッと 堪えている表情だ。裁判長を見つめているルロエも同じ表情をしている。やっぱり親子だなぁ……似てるや。篤樹はエシャーとルロエの表情を見比べた。
「我らエルフ族と『ロ・エルフ』……っと失礼、ルエルフ族との違いは何か? 外見上はよく似た特徴であると分類されますが、明らかに相違する点、それは命の長さ『寿命』です。我々は創世の時代、エルフ誕生の頃から1000年の 齢を神より賜わり、与えられた命の時を 建学の人生として歩む種族です。しかしながら、このロ……いや……『ル』エルフの者たちは、神からの賜物であるその命を 弄び、わずか100年も生きられぬ人間ごときとの間で 異種族間婚を行った結果、非常に短命な種族となってしまった者たちであります。ゆえに……」
「大使!」
裁判長が 厳しい声で口を挟む。
「先ほどもお願いしましたが、言葉は選ばれて下さい。ここは私たち『短命な』 たかが人間が『長年かけて』築き上げた文明社会の裁判所内です。いいですね?『森の 賢者』であるあなた方への 尊敬と 畏怖をもってこの裁判をお引き受けしていますが……『短命』な私にも公義を求める良心があることをお忘れなく!」
篤樹はギュッと拳を握った。なんだ、あの裁判長、言うことはちゃんと言えるんだ! てっきりエルフ族協議会の言いなり裁判長なのかと思ってたけど……
エシャーが篤樹の左手をギュッと握り返してきた。あ、そういえば手をつないだままだった……
「失礼。決して人間種を 侮辱しているわけではございません。短命な存在も、長寿を全う出来るエルフも、神の定めた 理に在る者……そのことを 蔑むつもりは御座いません」
カミーラは平然とそう言ってのけ、話し続ける。
「ゆえに、その理を 破壊する愚かな者……禁忌を冒した者たちとして、我らは『ロ・エルフ』を約1000年の間、エルフ族から 排してきました。しかし、かの創世七神の最上神とも呼ばれる『 湖神』の命により、そのルエルフ族はエルフ族の一氏族として認められるようにとなったのであります」
え? 「コシン」って「湖神様」? 先生?
篤樹は思いがけないタイミングで小宮直子の情報に出くわし驚く。
「短命種族に落ちぶ……いや、なってしまったルエルフ族。この者らに対する人間やエルフからの扱いを『不当』であると感じた『湖神』が、彼らのための逃れの地、時の流れを調節された『ルエルフ村』を創り、彼らをそこに 匿われたのです」
裁判長が 痺れを切らしたように声を上げた。
「カミーラ大使! エルフ史については私共人間も学ぶ機会は御座いますので、 御高説の事柄は充分に知っております。ですので、今回の裁判の核心部分……ルロエ氏を訴えておられる罪状を、そろそろ提示していただけませんか? それとルロエ氏。当法廷では私が制止しない限り、あなたにも自由に発言することが認められております。大使の発言の中に異議があれば、その 都度ご発言を願いたい」
裁判長は、被告とされているルロエの発言にも期待しているようだ。本来の宵暁裁判のルールは、訴追者と被告人が論戦を繰り広げ、それを聞く 傍聴者の雰囲気や論戦内容から、裁判長が最終的な判決を導き出すというものらしい。相手に言われるままで黙っているということは、被告にとって不利なのだ。
しかし、ルロエは穏やかな口調で裁判長に答える。
「カミーラの説明は、まあ、彼の感情的な 偏見がだいぶ入ってはいますが……我々の知るエルフ史と大きな相違は御座いませんので……」
この回答を聞いたエシャーが、篤樹とつないでいた手を突然離して立ち上がった。
「お父さん! 話が違う! 全然違う! ルエルフは愛の目が開かれたエルフ、命の喜びを知った真のエルフだって! いつも話してくれてたのに……大きな相違は無いって、どういうこと!」
「 君! えっと……エシャーくん!」
裁判長がエシャーの発言を止める。ルロエは驚いたようにふり返り、興奮する我が娘を見つめた。法廷内の皆の視線がエシャーに注がれている。裁判長が続けた。
「この法廷……宵暁裁判において、自由に発言が認められているのは訴追者と被告人の2名だけです。裁判前に説明を受けませんでしたか? まだなら今、覚えて下さい」
「でも……」
「不規則発言は……」
エシャーが、尚も言葉を発しようとするのを 遮り、裁判長が話を続ける。
「不規則発言は法廷を 侮辱するのみならず、裁判の判決を不当に操作しようと試みる『不正な行為』であるとみなしますよ。私は公正に訴えを裁きたいと願いここにいます。ですが、その判断を 妨げようというのなら、その者……不規則発言を行う側に『正義が無い』とみなし、それを裁定の基準として 結審させてもらうことになります。良いですか?……訴追者と被告人以外は皆、私から求められるまで、口を閉ざしておかれますように。これが最後通告です」
裁判長は右手の人差し指を自分の 唇に当ててそう言うと、左手でエシャーに着席を 促す。その時、カミーラが口元を 緩めてニヤッとしたのを篤樹は見逃さなかった。そうか……わざと 挑発してるんだ! 篤樹はまだ何か言いたげなエシャーの右手にソッと左手を触れた。ビクッ! としてエシャーが篤樹を見る。
「エシャー……座って。アイツはこっちを挑発してる」
篤樹は小声で話しかけ、カミーラを見るように合図を送った。エシャーもカミーラを見る。カミーラはそれに気付くと、口元の緩みを直し目を 背けた。
「……スミマセン……でした……」
エシャーも少し冷静さを取り戻し、呟くように謝罪を述べると、おとなしく座り直す。その様子を確認した裁判長がうなずきながら話を続けた。
「御理解ありがとう諸君。さて……しかし私は今、重要証人の不規則発言の中で気になる一言に出会ってしまった。ゆえにその説明をルロエ氏に尋ねたい。『ルエルフは愛の目が開かれたエルフ』とはどういう意味ですかな?」
裁判長がルロエに発言を促す。
「……エルフ族の見解と我々の認識の違いですが……」
ルロエが語り出す。
「カミーラが……今は『大使』ですか。大使が語られたエルフ史は……エルフ族の主観に基づく歴史です。ルエルフ族は同じ歴史でも、違った認識をもって歩んで来ました。ご承知の通り、エルフは約1000年の齢を与えられている種族です。身体的な 治癒力も高く、基本的に皆、齢を全うします……1000年という命の時を。他の種族と比べるなら、 膨大な時を与えられた種族です。そのため、他の短命な種族との交流を持たず、広大な森の中でその齢の日々を過ごしておりました。しかし、他の種族……と言いますか、創世の時代から人間も地に増え広がっていましたので、今から5000年ほど前には、望むと望まぬとに関わらずエルフと人間の接触機会も増えて来ました。やがて……種族の違いを超え、互いの人格と人格とを認め合う者たちも出てきます。友として、同労者としての交易や交流が生じましたが、与えられている齢の違いは超え難い 垣根です。衰えゆく友の姿を、エルフはえも言えぬ悲しみをもって見守るしか出来ませんでした。やがて異種族との交流は 控えるべき……との風潮がエルフの中に広がり、特に異種族間での結婚は禁忌とされるようになりました。しかし『1000年の時』を投げ打ってでも、愛する者との交わりに生きたいと願うエルフもいたのです。当時、すでに何組ものエルフと人間の異種族婚夫婦は存在していました……その間に生まれた子どもらも。しかし……夫婦や親子として生きる時間に大きな違いがあることは、確かに『不幸』でもあります。エルフ族からは禁忌を 侵し、汚れた者たちとして 排除され……人間たちからは『もの珍しい生物』として 酷い虐待や差別も起こりました。異種族間で生まれたルエルフは、外見こそエルフの特徴を持ちますが、身体的には人間の特徴を色濃く受け継ぎます。……私たちの祖先はそのような差別・虐待・排除の苦しみの中、 救済を神に求め祈り、願い続けました」
ルロエはここでひと息をつき、裁判長の反応を確かめた。裁判長は「続けて」という仕草でルロエを促す。
「……人と共に生きることを選んだとき、私たちの先祖は思ったのです。『1000年』という齢を与えられていながらも、その大部分を 漫然と……時の過ぎ行くままに暮らし、代わる代わる気の向くままに、寝所を共にする相手を 換え……『夫婦』や『家族』という関係を構築することも無いエルフ族は……『森の賢者』と呼ばれていながら、その 実態は『与えられた齢の時を無駄に 浪費している』だけなのだと。むしろ、100年という齢……その限られた短い時を知り、全身全霊をかけて生きる人間たちの輝く姿に『生きる命の 尊さ』を感じた祖先たちは、人と共に生き、共に歩み、共に命を全うしたいと願ったのです。その時……エルフ社会では味わうことの無かった感情……『愛』という感情が生まれたのです。愛の目が開かれたエルフ、命の 尊さを知ったエルフ、それが『ルエルフ』である、と私たちは信じています」
「それこそがロ・エルフと呼ばれる 所以だと教えたはずだぞ! ルロエ!」
カミーラが 堪えかね口を挟んできた。
「人間たちの語る『愛』というものがエルフ族には無いだと? そうではない! そのような感情自体が不要なのだ! よく考えてみたまえ。我らエルフ族は、人間のような『夫婦』や『家族』などという誓約関係がなくても、生きていく知恵と力を持つ存在なのだ。人間のように『助け合う』などという不便な共同社会を築かなくても、 各々が必要な生活環境を作り出す力をもっている。合理的な思考をもって自らの世界を築き上げる種族なのだ! にもかかわらず、この 崇高な思慮を失い、道を 誤ってしまった者が一族から出たことを我らは大いに恥とし、 嘆いているのだ!」
「カミーラ……大使。相変わらずお互いの意見を聞く耳は持ち合わせていないようだね……私も君も。それは立場が違うのだから仕方がない事だ。だからこの歴史観に対しては『どちらが正しいか』を言い争う気持ちは毛頭無い。私はルエルフの歴史観から証言したまでのこと。熱くなるな」
「フン……湖神の導きがなければとっくに 途絶えていた『下等模写生物』のくせに……」
「大使! 今なんと申されましたか!」
カミーラの 悪態に裁判長が注意を向ける。篤樹は「良い感じだ!」と手応えを感じ始めた。どうやらカミーラはエルフ族のプライドが前面に出過ぎている感じがする。それは「エリート意識・選民意識」だ。
ルロエやルエルフ族を「下等模写生物」と言い放つのは、自分たちエルフを「高等生物」と自認している証拠……その根拠が1000年の齢を神から受けた存在、という点に置かれているのだから、彼のルエルフに対する 侮蔑は、同時に「短命生物」である人間種に対しても向けられていることになる。
でも、この裁判の裁判長はその「人間」だ。カミーラがルエルフ族やルロエを「下等生物」という見下した姿勢で断罪し続ければ、裁判長の心証はどんどん悪くなっていくに違いない。このままいけば勝てるかも!
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