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第1章 旅立ちの日 編

第 27 話 宵暁裁判開廷

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 篤樹とエシャーはエルグレドに連れられ、 宵暁裁判しょうきょうさいばんが開かれるタグア裁判所「中法廷」に向かっていた。

「緊張してますか?」

 エルグレドが2人に語りかける。

「そりゃ……はい。裁判は……見るのも出るのも初めてですから……」

 篤樹はどうしようもないくらい緊張していた。

 待合室にいた後半の時間は、エシャーと2人で 巡監隊詰所じゅんかんたいつめしょの出来事を情報交換したり、他愛もない会話(食事が美味しかったこととか……)で時間を過ごしリラックス出来た。だが、エルグレドが戻り、裁判の流れや証言者の立場の確認等をしている内に段々と緊張感が高まって来た。

「とにかく2人とも……」

 中法廷室の扉前でエルグレドは立ち止まると、改めて確認するように2人を見る。

「証言者は、裁判長に証言を求められた時だけ答えること。それ以外の発言……特に不規則発言は絶対にしてはいけませんよ。それと、問われた質問には必ず、キチンと『よく考えて』答えて下さい。エルフではなくても、裁判長は隠し事や嘘を見抜くだけの経験値がありますからね。ルロエさんの関係者であるあなたたちが、正直にありのままを『 かしこく』証言することで、ルロエさんに対する裁判長の心証も良くなるはずです。とにかく、勝負は長くても明日の朝までです。それまでの間に……裁判長がルロエさんに『無罪』を宣告することを祈りましょう。さ、どうぞ」

 エルグレドはそう言うと法廷の扉を開いた。

 法廷の中は……篤樹がイメージしていた「元の世界」のものとはかなり違っている。「中法廷」という位なので、他にも大小の法廷が在るのだろうが、広さは学校の教室程度。篤樹のイメージとしては「小」に感じる広さだった。
 段差の無いフロアの正面中央には、裁判長が座るであろう机と椅子が置いてある。だが、それもまるで教卓のようなサイズだ。奥の壁に黒板でもあれば、どこかの教室かと思える雰囲気だ。

 法廷中央付近には「 譜面台ふめんだい」のような木製の台が2台、裁判長席から見て、左右から向き合うように置いてある。
 後方扉の左右壁際かべぎわと部屋の左右の壁際それぞれに、木製の長椅子……教会の礼拝堂にあるような長椅子が、一列ずつ えられている。
 部屋の壁に窓は無く、天窓が4箇所設けられていた。天井からは部屋の広さに不釣合いな大きさのシャンデリアが吊り下げられ、数十本ものロウソクの灯りで室内を照らしている。

「おや? 一番乗りだったようですね」

 エルグレドは無人の法廷に少し驚いた様子で2人に振り返った。

「ま、すぐに皆さんおいでになるでしょう。席に座ってお待ちしていましょうか」

 2人はエルグレドに続いて右側の壁際席に進む。
 
 裁判長席に近い順にエルグレド、篤樹、エシャーの順に並び腰を下ろす。3人が席に座るとほぼ同時に法廷の扉が開き、魔法使いのようなとんがり帽子をかぶった中年の男性が入廷して来た。真っ黒な布を身体に巻き付け、裁判所の職員に連れられての入廷だ。

「裁判長ですよ。2人とも立って」

 椅子に座ったばかりの篤樹とエシャーに、エルグレドが小声で指示を出す。裁判長は3人の姿を見ると近寄って来た。

「君たちがビデル閣下御指名の『重要証人』かな?」

「はい。そうです、裁判長。カガワアツキくんとルエルフのエシャーくんです」

 エルグレドに紹介され、篤樹は軽く頭を下げて 挨拶あいさつをする。しかしエシャーはジッと裁判長を「ガン見」している。エシャー、マズイって! 篤樹は裁判長が気を悪くするのではないかと心配になった。

「うむ。真っ直ぐな良い目だ。お父さんのためにも、真っ直ぐな証言を期待しているよ」

 だが篤樹の心配を 他所よそに、裁判長はエシャーに好意的な声をかける。むしろ厳しい目を裁判長から向けられたのは篤樹のほうだった。

「君もちゃんと目を見せてくれるかな? カガワアツキくん」

 声のトーンが下がっている。篤樹は目を上げた。 すような目つきで、裁判長は篤樹の目を見つめている。 動揺どうようした篤樹は思わず目を逸らす。まずい! 目がキョロキョロ およいでしまう! 自分でも分かるくらい、 視線しせんを落ち着かせられない。

「君は人と向き合う時に、目をそらすようにとでも教わって来たのかね?」

「あ、いえ……すみません。その……緊張して……」

 裁判長は明らかに 不機嫌ふきげんな態度だ。

「そんなんじゃ、君の証言が真実かどうか……判断しかねるぞ? 人と向き合う時は、しっかり目を見て欲しいものだな……」

 そう言い残し、裁判長席へ向かって行く。

 ……え? 俺……やらかした?

 篤樹は泣きそうな気持ちになる。

「大丈夫? アッキー?」

 その動揺を 気遣きづかい、エシャーが声をかけた。

「あ……うん……ゴメン……」

「とにかく座りましょう……」

 エルグレドが2人を うながし席に座る。

「あの……僕……まずかったでしょうか?」

 裁判長は裁判長席の後ろに立ち、こちらに背を向けている。気づかれないように、篤樹は小声でエルグレドに尋ねた。

「私もちゃんと君に伝えておくべきでした。すみません。この世界では、目を見て話せない者は『何かやましいことを考えている』と疑われます。初対面の相手なら、特にまずは自分の『目』を相手にしっかりと見せ信頼関係を結ぶ、そういう礼儀作法れいぎさほうがあるんですよ」

 知らなかったとはいえ、裁判が始まる前に大きな失点を早速犯してしまった事を知り、篤樹は 愕然がくぜんとする。

「大丈夫だよ、アッキー。大丈夫!」

 エシャーが篤樹の左手を両手でギュッと握り締める。

 エシャーにまで なぐさめられて……なんか……情け無いなぁ、俺……「重要証人」なんて俺だけでも断ればよかった……

 すっかり弱気になってしまっている自分がこれまた情け無い。
 
 再び法廷の扉が開かれる音が響く。後方の扉に目を向けと、入って来たのはビデルとボロゾフだった。
 ビデルは篤樹達に一瞬だけ目を向けると、ボロゾフと共に後方扉左側の席に座る。裁判長を正面に見る席だ。裁判長はまだ 微動びどうだにせず、背を向けて直立している。

 ほとんど間をおかず、カミーラ高老大使とその従者らしき女性のエルフが2人入って来た。ボロゾフとビデルの前を何も言わず通り抜け、篤樹たちと向き合う形の長椅子に3人は腰を下ろす。

 カミーラはジッと篤樹たちを見ている。篤樹はつい目をそらしたくなったが、さっきの「失敗」を思い出し、しっかり視線を返す。ほとんど初対面の相手が、どんな思いでこちらを見ているのか分からないというのは不安だし、見られているのも何となく 不快ふかいな気分だった。
 カミーラは見た目50歳を越えた位の顔立ち……ルロエさんと同じくらいの世代に見える。とは言え、エルフ族だから実年齢は500歳を超えているという感じだろうか……

「彼は君を見ている。今度は絶対に目をそらさないで下さい」

 エルグレドがそっと篤樹に小声で語りかける。そりゃそうしてますよ。でも……目が痛い! 篤樹は相手を見つめる事に意識を向け過ぎ、瞬きをするタイミングまで忘れてしまっていた。

 これじゃまるでにらめっこだ! なんだよこの「礼儀作法」って! 早く目をそらしてくれよ! 

 篤樹は、ほぼ我慢比べの状態で、カミーラを見続けることに疲れてきた。折り良く、再び扉が開く。

「……お父さん」

 エシャーが隣で呟いた。篤樹もカミーラから目をそらし後方扉を見る。負けたわけじゃない! タイミング的に問題は無いはずだ! 篤樹は、また誰かに しかられるのではないかと思いつつも、もうカミーラの方に視線を戻す気は無かった。

 扉から入ってきたのはルロエただ1人だった。ドラマで見るような 刑務官けいむかんの付きいも、手錠てじょうも 腰縄こしなわも無い。へいの外で別れた時と比べると、いくらか せたようにも見えるが元気そうだ。
 ルロエも篤樹とエシャーに気付き、笑顔で軽く手を上げる。

「 今宵こよいのエルフは全てそろった。 宵暁しょうきょうさばきを我ら求めん!」

  唐突とうとつにカミーラが席を立ち叫ぶ。「立って!」エルグレドが小声で篤樹に指示を出した。急いで篤樹も立ち上がり、つられるようにエシャーも立ち上がる。ビデルとボロゾフ、裁判所の職員やカミーラの従者たちも、それぞれの場で立ち上がっている。

「 今宵こよいのエルフは全てそろった。 宵暁しょうきょうの裁きを我ら求めん!」

 その場にいる全員が……と言っても篤樹とエシャーは後半部分だけだったが……カミーラの言葉を 復唱ふくしょうする。その声に応じるように、背を向けて立っていた裁判長が、身体にまとっていた黒い布を広げてふり返った。

「 宵闇よいやみつつまれし森の中、あかつきに向かう裁きの時。 の光のごとき正しき裁きを我は願おう」

 そう言うと、まとっていた布をテーブルクロスのように広げ、裁判長席の机を おおう。どうやらこれが宵暁裁判の 開廷宣言かいていせんげんのようだ。

 篤樹は 不謹慎ふきんしんだとは思いつつも、必死で吹き出したい気持ちを おさえ、顔を下に向ける。

 何だこれ! 小学生の学習発表会みたい! 年末の番組でやってた「絶対に笑ってはいけないなんとか」みたいな不意打ちだ! いきなりこんなの、 卑怯ひきょうだよ!

 両手で顔を覆い、顔がニヤけないように ほおの筋肉を押し伸ばしてほぐす。

「絶対に笑わないで下さい!」

 篤樹の様子に気付いたエルグレドが、小声で注意をする。しまった! またやらかしてしまうとこだった! 篤樹は気持ちを切り替えた。

 今から「裁判」が行われるんだ。お世話になったルロエさんの、大事な……友だちのお父さんの裁判が……それにしても……

 予期せぬ幕開けに、篤樹の緊張はますます高まっていった。
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