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第1章 旅立ちの日 編

第 21 話 逃亡犯ルロエ

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「君には『壁』が見えていただろう? 立入り制限をかけてある場所に、部外者が勝手に入らないようになってるんだよ。驚いたかい?」

 長く続く廊下を歩きながら、所長はどこか得意気に話を続ける。篤樹は 曖昧あいまいにうなずきながら、廊下の壁に目を向けた。廊下はよく みがかれた石造りだが、壁は古い病院の壁を連想させる。その壁の 何箇所なんかしょかが、えぐられたように破損していた。傷はまだ真新しい。サーガとやらがここまで入って来たのだろうか……
 
「……とにかく、彼を……ビデルを信用しちゃいけないよ。アレはまるでサーガみたいな男だ! 自分のことしか考えていない!」

 ちょうど「サーガの侵入」を考えていたところで所長の 爆弾発言ばくだんはつげんが飛び出し、篤樹はドキッとした。

「え! あの……ビデルさんって、そんなに……悪い人なんですか?」

 篤樹は自分も感じていたビデルの あやしさ、こわさを思い出す。確かに「正義の味方」とは 程遠ほどとおい、やみの部分を感じる人だけど……でも、いいのかな? 裁判所の所長さんがこんな話をして……

「ま、そうは言っても『大臣閣下』だからね。あからさまに敵対しちゃマズイから、私たちも指示には従うんよ。だがね……とにかく悪い うわさが絶えないお人なんだよ。さて……」

 所長は廊下の突き当たりで立ち止まり、篤樹に顔を向ける。

「昨夜、例のルエルフ父娘が移送されて来てね……私もビックリしたよ。不許可侵入と未遂罪で君らが捕まった話は聞いていたんだが……普通は詰所の裁量で『厳重注意』を与えて終わる程度の罪だよ。いくら珍しい種族だからと言って、まさかこちらに移送されるとはね……」

 やっぱり不許可侵入罪ってのは、それほど重たい罪には問われないものだったんだ……それじゃあ一体どうして? 

 所長は話しながら右側のドアノブに制限解除カードを近づけた。開錠音が響き、所長が扉を開く。その動きに連動し、室内が明るく照らされた。

 あ、電気あるんだ……

 篤樹は天井を見る。しかし、どこにも電灯は見当たらない。天井自体が「発光」しているようだ。まるで天窓から白いアクリル板を通し、 陽射ひざしが し込んでいる様な穏やかな明るさの室内に招かれる。

「どうぞ。そこへ」

 所長は応接用らしいソファーを指差し、自分は奥のデスクへ行く。どうやらここが「所長室」のようだ。篤樹は指示されるままソファーに腰をおろした。

「想定外の呼び出しだったものでね……私も昨夜からここに泊まり込みなんだよ。さて……と、今回の 裁判さいばんについてなんだがね……実は君と彼女……エシャーさん、かな? 君たち2人には無関係な裁判なんだ」

「えっと……どういう事ですか?……じゃ、ルロエさんだけが裁判に?」

「そういう事だね」

 自分とエシャーは未成年だから、保護者であるルロエさんだけが裁判にかけられるのかな? と思ったが、どうやらそういう事ではないらしい。

「彼を訴えているのはエルフ族協議会……先ほど会ったカミーラ高老大使からの 緊急告発きんきゅうこくはつなんだよ」

「え! ルロエさん、エルフ族から訴えられたんですか!?」

 篤樹は予想外の展開に驚きの声を上げる。

「ま、エルフ『族』というか『協議会』にだね。そこが問題でね……」

 所長は椅子の背もたれにもたれ、天井を仰ぐように見上げひと息をつく。

「エルフ族協議会は、この国が出来る以前から在る団体でね。なにせほら、彼らは人間の10倍とも言われるくらい、かなり 長寿ちょうじゅ種族しゅぞくだし…… 生活形態せいかつけいたいも我々とは違うからねぇ。 不要ふよう衝突しょうとつを けるため、千年ほど前に人間との『 交渉窓口こうしょうまどぐち』として設置された組織なんだよ。この国が、今のような共和制王国として安定したのは800年前だから……あちらはこの国よりも歴史の長い組織なんだよねぇ……」

 篤樹は所長の口の動きが、時々「音声とずれてる」事に気付いた。先生がかけてくれた「 言語適用げんごてきよう 魔法まほう」のおかげで、スムーズに会話が出来るんだろうな。じゃなきゃ……きっと、いちいち「単語そのものの違い」で会話が止まってただろう……

「ま、そういう歴史もあってね……彼らはこの国の、どの行政機関よりも……いや、場合によっては王室の 権限けんげんよりも上の権限をもっているんだ。もちろん『森の 賢者けんじゃ』と呼ばれる彼らだから、その権力を 濫用らんようするようなおろかな真似まねはしないし、よほどの事が無い限り、この国の 方針ほうしん・ 決定事項けっていじこうにも協力してくれてはいるんだ。……その『彼ら』との 交渉窓口こうしょうまどぐちは軍部の『 大将たいしょう』がになっている。この国の軍の動きを常に監視するため、彼らは交渉窓口を軍部に指名したんだ」

 ああ……それで今回もビデルさんの 管轄かんかつを えて、軍部がエシャーとルロエさんを巡監隊の詰所から連れ出せたのか。

「そういう事でね……実は今回の裁判は、私も あずかり知らぬ事態じたいなんだ。ほとんど 部外者扱ぶがいしゃあつかいだよ。簡単に言えば、エルフ族協議会がルロエ氏を裁判にかけるため、この場所と裁判官を『貸し出し』てるだけなんだ」

「……あの、ルロエさんは……一体何の つみうったえられたんですか? 僕らがこの町に来て、まだ三日しか っていないのに……」

「ああ……うん…… 今回・・、何かをしたという事では無いらしい。 くわしくはまだ知らされていないんだが……彼は……ルロエ氏は協議会……エルフ族から 長年・・指名手配されている『 逃亡犯とうぼうはん』という事だったよ」

「はい?! 逃亡犯? 指名手配?」

「……300年前からの逃亡犯……ということらしいね」

 さ、300年? 篤樹のポカンとした顔を楽し気に笑顔で見つめ、所長は続けた。

「私たちには理解しにくい話だよね。とにかく、ルロエ氏は300年前、何かよからぬ事を行い、エルフ族から『 さばきの 対象者たいしょうしゃ』とされたんだよ。探し続けていたその『逃亡者』が、この町の巡監隊詰所に捕らえられているという情報をカミーラ大使がどこかで聞きつけた……そして、身柄が確保されている内に裁判を行うため、急いで手を打ってきた……ってことみたいだね」

 300年前って……

 篤樹は情報の整理が追いつかない頭の中でグルグルと考える。

 300年……そうだ! シャルロさんがルロエさんと村に戻ったのが30年前……「外界」では300年!……ってことは……ルロエさんとお母さんが 瀕死ひんし大怪我おおけがをした時の事と何か関係が?……いや……でも……あのシャルロさんとルロエさんが、エルフ族から追われるような事件を起こしたなんて考えられない……。そんな話はひとことも……いや! 村から 脱出だっしゅつする森の中で、ルロエさんは「湖神様は母の姿だった……。そして、私の中に 記憶きおくを戻してくれた」と言っていた! 記憶を無くしていた? いつの? なんの記憶を?「母との記憶、バケモノ達との戦い方、ガザル……」あの時そう言っていた……ルロエさんは『外界』で生まれたって言ってたから、お母さんとの記憶は『外界』……こちらにいた時の記憶……30年前……っていうか300年前に何かがあった・・・・・・んだ!

「まあ、そんなワケで……」

 所長はデスクに置いてあったペンを持ち上げ、クルクルッと 器用きように回転させた。裁判所の所長さんなのに、手持ち 無沙汰ぶさたな中学生と同じようなことをするだなぁと呆れつつ、篤樹はその手先に視線を向ける。俺は……何回練習しても、あの技、出来ないんだよなぁ……

 所長は3回ほどペンを回し終えると普通に持ち直し、デスク上の書類をトントンとペン先で たたきながら話を続ける。

「君とあの ……エシャーさんには、裁判所としても用は無いんだよ。だから帰ってもらって良いんだが……」

「え? あの……帰れって言われても……」

「ああ……うん、そうだよ。そこが問題なんだよねぇ。君は……えっと、まあ『かなり遠く』から来たって事だし、彼女もルエルフの村がサーガに襲われ、今はどうなってるかも分からない……。何より保護者である父親は、エルフ族から裁判にかけられようとしている……。お引取りをと願っても、まあ、行くあても無いわけだよねぇ……。困ったなぁ……」

 篤樹は所長が言わんとする事を理解した。ルロエさんと3人であれば、未成年の篤樹とエシャーも何の問題もなく、保護者に引き渡し一件落着だ。でもルロエさんは……捕らえられたままで裁判を待つ身。対応に困っているのか……ということは……

「所長さん! エシャーはどこですか? 会えますか?」

 所長は、本題の口火を篤樹が切ってくれたと言わんばかりの笑顔を見せる。

「おお! そうそう! それそれ! いや、私たちもちょっと困っててね……」

 そう言って席を立つと、篤樹に近づいて来た。応接セットのテーブルを はさみ、反対側のソファーに所長は座る。テーブルの上に手をかざし、何かを えがくように動かした。するとテーブルの上……ソファーに座っている篤樹の目の前に、ボンヤリと光る球体が浮かび上がる。その中に人の姿が見えた。

 「 体操座たいそうずわり」のようにひざを曲げ、膝の上に組んだ両腕に顔を うずめて座っているのは……

「エシャー?」

 篤樹は思わず手を伸ばしたが、光の球体には何の 感触かんしょくも無く、つかむことは出来ない。

「これは転送画魔法だよ。光の 屈折くっせつを利用した魔法の一つでねぇ。別室の様子を うつし出しているんだ。 めずらしい魔法だから、見るのは初めてかな?」

 所長は、見学者に設備案内をするように、球体の説明をした。しかし、篤樹にとってはそんな話はどうでもいい。

「どこです?! エシャーはどこにいるんですか! 会わせて下さい!」

 せっかく珍しい設備を 自慢じまんしたかった所長は、話に食いついて来ない篤樹を残念そうな表情で見る。

「あ、ああ、スマンスマン! 数年前に導入した設備で、まだ珍しいものだからつい……彼女は今、特別室で 保護ほごしているんだよ」

「特別室?」

「う……ん、まぁ……昨夜、色々あってね……彼女もかなり取り みだしてたから……」

 エシャーの身に何かあったんだ!

 篤樹はエシャーの身を案じ、所長に向かって身を乗り出した。
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