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第十五話 破綻する計画

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■戦艦武蔵 第一砲塔

 対空兵装が無くなり機関もごく一部しか使わなくなった事で、武蔵の乗員はそのほとんどが沖根に移されていた。

 だが主砲が健在である以上、砲術科と主砲分隊は当然ながら艦に残り以前と変わらぬ訓練と整備を続けている。

 第一主砲分隊砲塔長の浅井少尉は、いつもの日課となっている就寝前の点検を班員の一人と行っていた。

 一通り確認もほぼ終わり、煙草を吸いたくなった彼は後始末を班員に任せると砲塔後部の扉を開け外に出た。

 そこで彼は驚くべきものを目撃した。

 歩哨らが全て殺されていた。

 唖然としていると、舷側のタラップから次々と敵兵が甲板に上がってくる。慌てて彼は砲塔内に戻ると静かに扉を閉めた。

「敵が外に居る!扉を抑えていろ!」

 浅井は小声で班員にしっかりと扉を抑えておくように指示すると、艦内電話で戦闘指揮所に連絡しようとした。

 だが遅かった。扉に取りついた敵兵が外から扉をこじ開けようとし始めた。

「砲塔長!長くは保ちません!」

 外からは英語の罵声が聞こえる。複数で無理やりハンドルを回そうとしているのだろう。必死で押さえつける班員が悲鳴をあげる。

 浅井は何か出来ないか考えた。

 もう一刻の猶予も無い。今更指揮所に通報しても対応は間に合わない。そもそもこの艦にまともに戦える兵士は居ない。

 ならば……

「20秒でいい。時間を稼げ!」

 浅井は操作盤に取りつくと揚薬機を操作した。主砲弾は揚げない。階下で一斉射分だけ準備されている装薬嚢だけを吊り上げる。

 すぐに上がってきた装薬を装填機で砲尾に押し込む。そして彼は発砲警告ブザーのボタンを三回押し込んだ。


■第三砲塔付近
 Dirty Dozen Aチーム

 突然、大きなブザーが鳴り響いた。

「ちっ、気づかれたか」

 ライズマン少佐が舌を鳴らす。

 彼らはちょうど第三砲塔に爆薬を仕掛け終えた所だった。中に人影はなく爆薬のセットには何の妨害もなかった。

 サウスダコタでの訓練の際、彼らは効果的に戦艦の主砲を無力化するにはどうすれば良いか海軍にたずねた。

 その回答は当然ながら弾薬庫を爆破するのが一番というものだった。だがそれでは艦自体が破壊されてしまう。それに持ち込める爆薬の量にも限りがある。

 少量の爆薬で破壊する条件でという問いに対する海軍の回答は、揚弾装置と制御盤の破壊であった。

 どちらか一方でも破壊されれば、いかに砲が無事で砲弾があっても主砲を放てなくなる。その構造は日本も米国も大して変わらないだろうという事だった。

 確かにこの戦艦の砲塔内はサウスダコタとよく似ていた。彼らは海軍に言われた通り揚弾装置のモーター部と制御盤に爆薬をセットした。

 そしてあとはBチームと時間をあわせて爆破するだけという所でブザーが鳴ったのだった。

 それは米軍、日本軍の双方にとって、計画が破綻したことを報せるものであった。


■戦艦武蔵 第一砲塔内

 浅井がブザーを鳴らし終え、発射ボタンに指を掛けようとした瞬間、扉が勢いよく開けられた。抑えていた班員が弾き飛ばされる。

 敵兵が突入してくるかと身構えたが誰も入ってこない。代わりに何か小さなものが投げ込まれた。

 手榴弾だった。すぐに扉が閉じられた。

「うああああああ!!!!」

 浅井が行動に移る前に班員が動いた。彼は叫びながら手榴弾を掴むと腹に抱え込んで蹲った。

「砲塔長!あとは宜しくおねがいしま……」

 彼が言葉を言い終える前に手榴弾が爆発した。班員の胴体が弾け飛ぶ。だがそれだけでは弾片を防げず浅井も傷を負った。

 間を置かず扉が再び開かれ米兵が銃を乱射しながら突入してきた。浅井の身体に銃弾が次々と突き刺さる。

「ぐっ……」

 浅井は操作盤にもたれる様に倒れこんだ。

「小賢しいジャップが……余計な手間を掛けさせやがって」

 砲塔内を制圧できたと考えた米兵は操作盤にもたれかかる浅井に近づいた。

 だが浅井はまだ生きていた。

「死にやがれ……」

 意識が失われる直前、彼は最後の力を振り絞って発射ボタンを押し込んだ。

 轟音と共に主砲が発射される。反動で大きく後退した砲尾が浅井に近づこうとしていた米兵を直撃した。

「ふべっ」

 戦艦武蔵の46センチ砲は1門あたり160トンもの重量があり、発砲時は1.4メートルも後座する。

 米兵は壁まで弾き飛ばされ、潰れたトマトのように壁にへばりついた。


■第一砲塔付近
 Dirty Dozen Bチーム

 突然、目の前の砲塔が発砲した。

 発砲と同時に甲板上にいたBチームの全員が、殺した歩哨らの死体もろとも吹き飛んだ。吹き飛んだだけではない。彼らは全員、内臓を破壊され骨を砕かれていた。

 こうしてBチーム72名は一瞬で全滅した。


■第三砲塔付近
 Dirty Dozen Aチーム

 ブザーは三回鳴っただけで止まった。

「こちらはまだ敵に気づかれておりません。どうやらBチームで何か……」

 小隊長の一人が何か言いかけた瞬間、轟音が辺りに響き渡った。

 反射的に全員がその場に伏せる。

 だが何も起こらない。代わりに彼らは艦の前方に巨大な火球を目撃した。

「Bチームと連絡が取れません……」

 無線兵が呼びかけるが、帰ってくるのは雑音だけだった。

「今の砲撃でBチームは吹き飛ばされたのだろう。おそらくもう全滅している」

「そんな……」

 愕然とする兵士らを鼓舞するようにライズマン少佐は声を張り上げた。

「だが我々Aチームは健在だ。我々の活躍に上陸作戦の成否がかかっている事を忘れるな!今すぐこのC砲塔は爆破しろ。第二小隊はA/B砲塔の破壊に向え。すでに敵は警戒している。注意しろ。破壊後は甲板を確保、敵の増援を防げ。第一小隊は艦橋に突入、敵司令部を制圧する。動け!」

 ライズマン少佐の命令でAチームは二つに分かれて走り出した。


■戦艦武蔵 戦闘指揮所

「どうした!何があった!」

 猪口が上着を羽織りながら部屋に駆け込んできた。少し遅れて副長や砲術長らも飛び込んでくる。

「分かりません。第一砲塔が突然発砲しました。主砲分隊とは連絡が取れません。当直の衛兵班も同様です。現在、状況確認に向かわせています」

 当直士官が答える。彼も何が起こっているか分からないらしい。

「そうか、抜かったな……」

「艦長、何か……」

 考え込む猪口に加藤副長が心配げに尋ねる。

 猪口は臍を噛む思いだった。

 現在この戦艦武蔵は間違いなく潜入攻撃を受けている。だが彼はそのような事態を想定していなかったのだ。

 これまではトンネルで陸上と繋がっていたため万が一の時でも救援を呼べるという油断があった。だがそのトンネルは先日の敵の自爆攻撃で破壊されてしまっている。

 今は助けを呼ぶ事も脱出する事もできない。

 そもそも猪口らや陸軍第32軍は、大兵力を有する米軍がそのような姑息ともいえる作戦を行なう事はない、そう勝手に思い込んでいた。

 敵を信じていたと言ってもいい。

 この認識は日本陸海軍全体で見ても似たようなものだった。

 実は米英軍は特殊部隊を多用しているのだが、なぜか日本軍はそれを重視してこなかった。

 海軍も奇襲作戦を好む割に特殊部隊を準備し始めたはようやく昨年になってからという体たらくである。

 とにかく敵が既に艦に侵入している事は間違いない。

 後悔と反省は後でいい。猪口は瞬時に気持ちを切り替えた。

「敵が本艦に侵入している。総員起こせ!陸戦用意!」

「敵が艦内に?しかし艦長、陸戦隊要員はあらかた沖根に移してあります。本艦に残っているものはわずかですが、それも衛兵に出払っております」

「そんな事は分かっている。副長、復唱はどうした!急げ!」

「はい!失礼しました。総員起こせ!陸戦用意!」

 副長の号令で艦内にブザーが鳴らされ館内放送が流される。

「副長、とにかく乗員全員をこの部屋に集めろ。それと武器もだ。もう時間がないぞ。第32軍と沖根にも状況を報せ急ぎ増援を要請しろ」


■沖縄 首里
 陸軍第32軍 司令部

 武蔵が深夜に突然発砲した事は、第32軍にも即座に把握されていた。

「何があった!すぐに状況を確認しろ!」

 牛島中将、八原大佐以下の幕僚が指令室に駆け込むやいなや、状況を確認を指示する。

「武蔵と通信が繋がりません!予備を含め通信線がすべて切れている様です」

 先日の大型爆撃機による自爆攻撃でトンネルと通信線が破壊されていたが、通信線だけは仮ではあるが復旧されていた。

 武蔵の最上甲板から砂浜に垂らし砂を被せただけではあったが予備を含め3対敷設してある。それが全て切れているという。

 明らかに人為的なものと思われた。

「無線を使え!それでも駄目なら誰かを行かせろ!とにかく急いで向こうの状況を確認するんだ!」

 八原が叫ぶ。そして牛島中将に向き直ると意見を述べた。

「閣下、おそらく現在むこうは敵に攻撃されていると思われます。すぐに部隊を編成し救援に向かうべきであります」

 そう言いながら八原は猪口と同様に、武蔵の警備を強化して居なかった事を激しく後悔していた。


【後書き】

日米ともに計画が狂い始めます。敵の半数は減らしましらが武蔵の危機は変わりません。

作者のモチベーションアップになりますので、よろしければ感想をお願いいたします。
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