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第十四話 潜入作戦

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■1945年6月10日 深夜
 浦添海岸沖

 戦艦武蔵の沖合に数隻の潜水艦が浮上した。

 今夜は新月のため星明りだけがその船体をぼんやりと照らし出す。

 各艦のハッチが開けられ、そこから多数の兵士が湧き出す。彼らのヘルメットや顔は闇夜で目立たない様に黒く塗られていた。

 彼らは無言で同じく真っ黒なゴムボートを膨らませ次々と乗り移っていく。いくつかのゴムボートには重い機材や箱などが載せられる。

 ゴムボートに分乗した1個中隊144名の兵士は、海岸に黒山のように蹲る戦艦武蔵に向けて、白波を立てないように注意しながらゆっくりと漕ぎ出してていった。

 第10軍団は沖縄北部に上陸して以来、何もしていない訳ではなかった。

 海岸に居座る戦艦さえ無力化できれば、こんな小さな島は簡単に制圧できる。

 だが海軍はまったく信用できない。なんとか陸軍と海兵隊だけで問題を解決したい。

 そう考える司令官バックナー中将の元に海兵隊のガイガー少将が計画を持ち込んできたのは先月の事だった。

 夜間の潜水艦による偵察によれば、問題の戦艦の警備は意外と手薄であることが判明している。

 まず歩哨の数が少なかった。

 戦艦であるならば少なくとも2000人は乗員が居るはずである。

 だが座礁し艦上装備もあらかた破壊されているため要員が大幅に減っているのだろう。多く見積もっても現在の乗員は500名ほどではないか、それが海軍側の見立てだった。

 そして、その歩哨の兵士も素人同然だった。

 小銃の構え方もなっていない。周囲への監視もなおざりで中には居眠りしている者すらいる。

 おそらく戦闘訓練も受けていない水兵が銃を渡され、ただ立たされているだけだろうと思われた。

 これであれば少人数の部隊でも容易に制圧、無力化できる。

 これらの情報を元に、海兵隊は潜入による敵戦艦の破壊と奪取の作戦計画を作成したのだった。

 その計画はまさにバックナーの希望通りのものであった。当然彼はそれをすぐに承認した。

 英空軍が大型爆弾を使った作戦を進めている事も承知はしていたが、バックナーはそれにも何の期待もしていなかった。

 イギリス人など海軍以上に信用できない。事実その結果は彼の予想通りとなった。

 バックナーにとって業腹なのは、ほんの少しだけ海軍の力を借りなければならない事だった。

 潜入は夜間に付近の海上に浮上した潜水艦から行う事になっている。

 腹立たしい事だが、こればかりは海軍に頼むしかない。残念ながら兵士は水中を進めない。

 また敵はすぐに陸上から増援を送ってが来るだろう。これも夜明けとともに海軍の艦上機で排除してもらう必要がある。

 そのくらいは海軍にやってもらっても罰は当たらないはずだ。

 こうして潜入作戦が具体化される事となった。

 本来であれば、このような作戦はレンジャー連隊や悪魔の旅団のような部隊が適任である。だがバックナー中将とガイガー少将は第10軍団だけで対応しようと考えた。

 もう完全に面子の問題である。

 このため兵士は全て海兵隊から選ばれる事となった。

 そしてレンジャー経験者や潜入作戦に向いた者、爆発物を扱う工兵らから144名が選抜され、特別中隊『Dirty Dozen』が編成された。

 潜入に先立ち、戦艦内部の構造に馴れるため特別中隊は(これも非常に遺憾であるが)第58.1任務群の戦艦サウスダコタを利用して訓練を行った。

 サウスダコタは目標の戦艦と同じ三連装三基の主砲塔を持っている。艦形も似ていることから訓練対象に相応しいと考えられた。

 実は彼らが知らなかった事だが、サウスダコタ級と大和型は艦形だけでなくその設計思想や構造までも相似形であった。

 つまりこの艦を訓練対象として選んだ事は最適な選択であった。

 また、本作戦のために東南アジアから日本近海に展開している潜水艦を集める必要があった。

 一時的に通商破壊作戦が低下する事になるが、当然ながら海軍にこれを拒否する権利は無く、陸軍もそんな事情は知った事ではなかった。

 そして英軍爆撃機の作戦失敗後、新月の夜を狙って「大赦作戦」(Operation Amnesty)は決行された。

 作戦名の意味はもちろん、「これで海軍の不始末を帳消しにしてやる」という陸軍・海兵隊からの嫌味であった。


■戦艦武蔵
 左舷艦尾付近 護岸上
 特別中隊 Dirty Dozen

 満潮時刻のため敵戦艦を囲む護岸と海面の高低差は小さくなっている。

 特別中隊『Dirty Dozen』の面々はボートを護岸に寄せると護岸から顔を覗かせ戦艦の様子を伺う。

 事前の偵察情報どおり、甲板にはまばらに歩哨が立っていた。明らかに緊張感がなく警戒している様子はない。

(Aチームは艦尾方向、Bチームは艦首へ向かえ)

 この隊を率いる海兵隊のライズマン少佐はハンドサインで事前の計画通り中隊を二つに分けた。

 計画では、Aチーム2小隊は艦尾から乗り込みC砲塔を破壊、その後は敵司令部を制圧する。

 一方Bチーム2小隊は艦首側から乗り込みA/B砲塔を破壊した後、最上甲板を確保して陸上からの敵の増援を防ぐこととなっている。

 素早く上陸したAチームは静かに舷側に駆け寄った。誰一人声を発しない。

 相変わらず甲板の歩哨に気づかれた様子はない。

(上に歩哨が1名。おそらく反対にも居る。殺れ)

 ライズマンがハンドサインで指示を出す。

(ウラディスロー、マゴット、お前たちが行け)

 第二小隊長が二人の兵士を指名した。

 彼らは了解のサインを示すと艦尾カタパルト前後2か所のラッタルを音を立てないように慎重に登っていった。

 登り切った所から3メートルほど離れた所に歩哨が立っていた。

 小銃は肩からぶら下げたままで構えてもいない。周囲をほどんど見ておらず立ったままでうたた寝している。

 マゴットが素早く甲板に上がり腰のナイフを抜いた。

 歩哨の背後から静かに近づく。素早く左手で口を抑えると一気に喉を掻き切った。

 噴き出した血がバシャバシャと甲板を濡らす。その歩哨はうめき声もあげず、もがきもしなかった。

 最後まで自分の身に何が起こったのか理解できていない様だった。

 ウラディスローも右舷側に向かい同様に落ち着いて歩哨を処理する。

 そして死体を物陰に隠そうとしていたその時、壁の陰から別の水兵が現れた。

 まだ交代時間ではないはずだった。もしかしたら偶々夜風にあたりに来ただけだったのかもしれない。

 その水兵は、ウラディスローと倒れた歩哨を見ても、なにが起きているのか理解できない様子だった。

 一瞬後、その水兵はようやく叫び声を上げようとした。

 しかし彼の口から声が出る事はなかった。彼の眉間には穴を開いていた。水兵は糸が切れた人形のように崩れ落ちる。

 撃ったのは最初の歩哨を処理したマゴットだった。

「おいおい、注意が足りんぜ」

「すまんな。助かった。礼を言う」

 銃声はなかった。くぐもった音がしただけである。

 マゴットが使ったのはハイスタンダードHDMと呼ばれる消音拳銃である。その銃は海兵隊の一部が装備しており、今回の作戦のため、この中隊に集められていた。

 ウラディスローとマゴットは甲板から下を覗いて「クリア」のサインを出した。それを確認してAチームの残りが次々と後部甲板に上がってきた。

「何か問題は?」

 ライズマンが二人に小声で尋ねる。

「はっ、予定外の客がいましたがマゴットが処理しました。問題ありません」

「二人ともよくやった。第一小隊は引き続き敵の歩哨を処理、甲板後半を確保。第二小隊はC砲塔に向え。行動開始!」

 ライズマンの命令で全員が素早く、そして静かに動き出した。


【後書き】

とうとう米軍が武蔵に侵入してしまいました。ここから少々、血生臭い展開になります。

作者のモチベーションアップになりますので、よろしければ感想をお願いいたします。
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