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第十六話 救援失敗

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■艦橋付近
 Dirty Dozen 中隊本部

 後部甲板に中隊本部を据えたライズマン少佐の元に、艦橋の制圧に向かわせた第一小隊をからの報告が入った。

「駄目です。ただの廃墟でした。誰もおりません」

 司令部を制圧しようと艦橋に突入した第一小隊だったが、そこはもぬけの殻だった。

 サウスダコタでの訓練から、戦艦の艦橋には重要な部屋があり、そこに敵の司令部があるものとライズマン少佐らは予想していた。

 そして確かにこの戦艦にも艦橋に分厚い装甲で覆われた部屋があった。

 だが中にはネズミ一匹居なかったのである。

「……第一小隊は一旦本部に戻れ」

 仕方なくライズマン少佐は作戦を立て直す事にした。偵察に出した兵の中には既に迷子になった者も出始めている。

 闇雲に手当たり次第に探しても無駄だ、ここは腰を据えて地図を作るところから始める必要がある。彼はそう考えた。

 作戦前にサウスダコタで訓練したとはいえ、当然ながらこの戦艦の艦内構造は大きく異なっていた。

 実は大和型の艦内は新米の水兵が迷子になるほど迷路のように入り組んでいる事で有名である。今日はじめて乗り込んだ米兵らが迷子になってしまったのは当然の事だった。

 Bチームの壊滅で兵力が半減したため手分けして偵察する事もできない。このため調査が最下層に達するまで、かなりの時間を要することになる。

 それは猪口らに防衛体制を整える貴重な時間を与える事となった。


■戦艦武蔵 戦闘指揮所

「全員集めろ!機関科も呼べ!機関は止めなくていい!」

「隔壁を閉めろ!少しでも時間を稼げ!」

「とにかく武器を集めろ!厨房の包丁も持ってこい!」

「立て籠もるんだ!日持ちする糧食と水も要るぞ!」

「不要な扉をふさげ!溶接機を使え!」

 猪口らはなんとか出来る限りの防衛体制を整えようとしていた。

「艦長、武器がありません……」

 だが艦内戦闘、陸戦隊編成を全く検討していなかったツケは大きかった。

 集まった銃器は陸軍と同じ三八式歩兵銃が4丁と、25ミリ単装機銃が2基だけだった。

 数が少ない分、弾だけは十分過ぎるくらいにあるのが救いだが、陸戦隊の訓練を受けた者は誰もいない。

 本来、武蔵くらいの艦であれば中隊規模の陸戦隊を編成できるはすだった。そのための武器も準備され陸戦要員も決められている。

 しかしそういった要員や武器は全て沖根に移されてしまっていた。

 残っていた小銃は念のために残していた分だけであり、それもほとんどが歩哨とともに消えている。同様に機銃も第32軍と沖根にほとんど渡してしまっている。

 それでも猪口らはなんとかして防衛体制を整えようとしていた。

「この部屋の前に機銃を配置。その辺に転がっている物を積み上げて陣地を作れ。他の通路は扉を溶接して閉鎖しろ。とにかく戦闘正面を限定するんだ」

 幸いこの機銃弾薬庫につながる通路は実質的に船倉中央通路のみである。上と背後は主砲弾薬庫であるため分厚い装甲板で囲まれている。

 つまりこの通路を防衛しさえすれば何とかなりそうではあった。

「小銃の方はどうしますか?陸戦隊要員は皆沖根に移りましたし歩哨はおそらく全滅です」

「猟師か銃の経験のあるものから小銃班を作れ。二人ずつ機銃陣地の護衛につけろ。機銃班は砲術長と高射長が指揮を執れ」

「艦長、敵兵は本当にここを狙ってくるのでしょうか?主砲を無力化すれば目的は達成されるはずです。すでに撤退しているかもしれません」

 部屋を走り出ていく越野砲術長と広瀬高射長を見ながら、加藤副長が疑問を呈した。

「おそらく明日の朝には敵が上陸してくるだろう。その場合、砲が打てなくても戦艦はそれだけで強力な防御拠点となりうる。なにせ舷側は高くて装甲で囲まれているからな。城みたいなもんだ。だから上陸に先立って間違いなく占領を目指してくるはずだ」

 猪口が考えを述べた。その時、部屋の上の方から小さな爆発音が聞こえた。

 それは米軍の第二小隊が第一砲塔と第二砲塔を爆破した音だった。

「時間がないぞ!急げ!」


■後部甲板
 Dirty Dozen中隊本部

 ライズマン少佐らは後部甲板に中隊本部を据え、第一、第二両小隊をからの情報を待っていた。そこへ艦の前方から小さな爆発音が聞こえてきた。一瞬おくれて無線連絡が入る。

「第二小隊より、A/B砲塔の処理を完了したとのことです」

「よし、これでこのクソったれな戦艦は砲を撃てなくなった。作戦司令部に連絡。第一目標完了。戦艦の無力化に成功と伝えろ」

 無線兵の報告にライズマン少佐はようやく笑顔を見せた。

 バックナー中将もこの報告を今か今かと首を長くして待ちわびていることだろう。事実、この報告を受けた第10軍は、明朝の上陸作戦に向けて大きく動き出していた。

「あとはこの戦艦を占領するだけだ。夜明けまでに片付けるぞ。第二小隊はそのまま甲板を確保。陸側からの増援を防げ。第一小隊は引き続き敵の司令部を捜索しろ」

「第二小隊より、海岸に敵部隊が現れたとの事です。中隊規模の模様」

 その報告でライズマン少佐も陸側に移動して直接確認する。確かに報告通り海岸に黒々とした人影が続々と湧き出してきていた。

「こちらの方が上に居る。防衛するには有利だ。朝には海軍機もくる。それまで何としても敵を防げ!」


■戦艦武蔵 戦闘指揮所

「第32軍が救援部隊を出したそうです」

 通信士の報告で室内にホッとした空気が流れた。

 武蔵は通信線を切断されたものの無線の方で陸軍と連絡が取れていた。

「なんとか助かった様ですね」

 加藤副長が笑顔を向ける。しかし猪口の渋面は変わらない。

「いや、彼らの救援は難しいと思う」

「なぜです?侵入した敵はおそらく少数でしょう。それに対し陸軍の増援は増強1個中隊と聞いていますが……」

 加藤が不思議そうな顔をする。それに対し猪口は静かに首を振った。

「もう地下トンネルは無いんだ。陸さんが我々を助けようとすれば高い舷側を登る必要がある。そうなれば地上に居る兵士は甲板から狙い撃ちだ。ましてや細いラッタルを登るなど自殺行為だろう。残念ながら彼らの助けは期待薄と考えた方が良い」

 そして最上甲板に陣取る米軍Aチーム第二小隊と陸側から攻める第32軍救援部隊の攻防は、猪口の予想通りとなった。

 米軍の小隊指揮官は甲板に散乱したコンクリート片や土嚢を舷側に並べて即席の陣地を構築していた。そして小さく空けた隙間から地上の日本軍を狙い撃った。

 通常編成と異なり3個分隊36名しかいない小隊であるが、猪口艦長が予想した通り、その数でも十分以上に防衛が可能であった。

 第32軍の救援部隊は数を生かして攻め寄せようとするが、遮蔽物も無い海岸で上から撃ちおろされる形となり舷側のラッタルどころか船体に近づく事すらできない。

 敵になんら損害を与えられないまま無為に時間が過ぎていく。

 そして夜明けとともに地上支援の海軍機が襲ってきた。それと相前後して読谷・嘉手納に敵が上陸作戦を開始したとの報が入る。

 このため救援部隊は目的を果たせないまま首里まで後退する他なかった。


【後書き】

武蔵の主砲が無力化されたため、ついに沖縄南部へも米軍が上陸を開始してしまいました。

そして武蔵は敵中で孤立しています。絶体絶命の状況ですが、それでも猪口艦長らは最後まで悪あがきをします。

作者のモチベーションアップになりますので、よろしければ感想をお願いいたします。
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