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乗り越えるべき壁
旅立つ前の不安
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遂にヘルレヴィ旧男爵領に向けて出発する前日になった。俺は日中、作戦に向けての最終確認を行っていたが、明日に向けて早めに切り上げた。ゲリラ的に向かうため、馬車移動だけでも体力が削られるだろうとのことで、出来るだけ体力を温存しておくためだ。作戦の準備は昨日までに終わらせてあるから、実質今日は何もしなくて良かったんだけどね。
俺は自室の前まで来ると、振り返って後ろに控えているヴァイナモを見た。ヴァイナモはいつものように俺の部屋のドアを開いてくれたが、俺は中々部屋に入れなかった。不審がってヴァイナモは俺の顔を覗き込んで来る。俺は何も言わずヴァイナモを見つめ返した。するとヴァイナモは俺の心情に気づいてか、優しく頭を撫でてくれた。
「……不安なのですか?」
「……いいえ、と言いたい所ですが、ヴァイには嘘はつけませんね。……はい、とても不安です」
俺はいつの間にか自分の手が震えているのに気づいた。今まで忙しすぎて何も考えてなかったけど、この作戦はそこそこ博打だ。封印魔法陣で本当にアウクスティの魔力を封印出来るかわからないし、そもそも結界魔法陣でアウクスティに近づくのも無理な可能性がある。そして失敗したら最悪、俺だけではなくヴァイナモも……と思うと、不安が急激に俺を襲った。
そりゃ俺だって死ぬのは嫌だ。前世での死に際は疲れすぎてたのと恐らく即死だったからか、あまり記憶がない。でも目の前に迫り来る2トントラックのライトに「あっ俺、死ぬんだな」と悟った瞬間の絶望感と脱力感は、今でも鮮明に覚えている。あんな思い、もう二度としたくなかった。
それに今回は俺だけの問題ではない。この作戦に参加する人達の命も、更には帝国中の人々の命までもが奪われる可能性があるのだ。俺の責任は重大である。
何より、俺はヴァイナモを失いたくないんだ。ヴァイナモは俺の護衛騎士だから、どこまでも俺についてきてくれるだろう。そしてもしものことがあったら、身を呈して俺を守るだろう。それは騎士として正しい行動だ。でも、俺はそれが嫌なんだ。ヴァイナモにはこれから先もずっと、俺の隣で笑っていて欲しい。俺のために命を散らすことが万が一あったとしたら、俺は今度こそ俺を許せないだろう。
「……私は前世で一度、死を経験しています。事故による即死だったのでほんの一瞬の出来事でしたが、あの絶望はもう味わいたくありません。それに今回は失敗すれば他の人の命も危ない。もちろん、ヴァイの命も……。私一人の命の重みではない、と思うと足がすくんでしまいそうです」
私は正直に今の気持ちをヴァイナモに伝えた。これで少しは不安も解消されたら良いな、という淡い期待も込めて。
「……エル、少々失礼しますね」
ヴァイナモはそう手短に断りを入れると、ギュッと俺を抱きしめてくれた。ヴァイナモに触れている場所からじわじわと熱が伝わってきて、不安で揺らいでいた心が徐々に落ち着きを取り戻していった。
俺がヴァイナモの胸に顔を埋めていると、ヴァイナモが左手で俺の頬を優しく撫でた。
「……エル、顔を上げて」
かけられた言葉は珍しく言葉遣いが崩れていて、恋人っぽいなと俺はむず痒さを感じつつも恐る恐る顔を上げた。
ヴァイナモと目が合った。俺に向けられたその視線は真剣ながらも熱が籠っており、俺は心臓が跳ね上がった。鼓動の音がうるさい。緊張と高揚感から、息をするのも苦しくなってくる。でも……もっとその目を見ていたい。その視線に囚われていたい。こんな浅ましい感情、自分じゃないみたい。でも……悪くない。
「……大丈夫ですよ。俺が必ずエルを守ります。どんなことがあっても」
「……」
「……でも、だからと言って俺は自分の命を捨てるつもりはありません。そんなことをしても、エルが悲しむだけですから。だから……俺がエルに命を預けるのと同時に、エルも俺に命を預けて欲しい。そうすればお互いの負担は減ります。支え合って、必ず生きて帰りましょう」
「……はい」
俺はその言葉が堪らなく嬉しかった。主人と護衛。これまでのヴァイナモであれば、命に代えてでも俺のことを守りきってみせると言っただろう。そう言ってもらえるのも、もちろん有難い。でも、そうじゃないんだ。俺はヴァイナモと一緒にいたい。ヴァイナモがいないと意味が無い。
ヴァイナモはそんな俺の気持ちを汲んでくれて、ちゃんと俺にもヴァイナモのことを守らせてくれる。支え合おうとしてくれる。対等な関係でいようとしてくれる。これはヴァイナモと想いが通じあったからこその変化だ。
「……ふふっ。ヴァイがそう言ってくれるとは思っていませんでした。とても嬉しいです。……私を守るために、命を捨ててしまわないか、ちょっと心配だったのですよ」
「……以前の俺なら、そう言ってたかもしれません。でも最近は、エルの気持ちも理解したくて、色々考えてますから。俺はエルが俺のために命を捨てるような真似をするのは嫌です。ならエルも、俺に対してそう思ってくれてるんじゃないか、って思って……」
「そうですよ。その通りですよ。私だって、ヴァイを失いたくない。だから私のために命を捨てるだなんて、許しません」
「……俺も少しは、朴念仁から卒業出来ていますでしょうか」
「出来てますよ。着実に」
そう笑顔で答えると、ヴァイナモははにかむように笑い、俺の頬に優しくキスを落とした。最近やっと慣れてきた、ヴァイナモのキス。頬を伝うヴァイナモの熱は蕩けるように優しい。でも……足りない。
「……ヴァイ、もっと……」
「……良いんですか?」
「はい。ヴァイが……その……欲しい、です……」
俺は言っている途中で羞恥に耐えられなくなり、思わず俯いてごにょごにょとしてしまった。我ながらなんて大胆なことを言ってしまったんだ!ヤバい!顔が熱い!でも、でも……足りない。もっと触って欲しい。もっとヴァイを感じたい。
多分俺はどれだけヴァイナモに言葉で慰められたとしても、不安が拭いきれていないんだと思う。だからそんな不安を忘れさせて欲しいんだ。どんな過酷なことがあっても、ヴァイナモのために生き残ってみせると思えるような、そんな勇気が欲しいんだ。
ヴァイナモは少し考えるかのように黙り込んだ。その場は静寂が支配する。羞恥に耐えきれなくなった俺は、ヴァイナモの胸を押し返して離れようとした。
しかしヴァイナモはそれを阻止するかのように腰に回した腕に力を込め、反対の手でちょっと強引に俺の顔を上げた。再び交わったヴァイナモの視線は、さっきよりも濃い熱を帯びている。
そんな視線に俺が心を奪われたのもつかの間、ヴァイナモの唇が、今度は俺の唇へと降ってきた。
俺は自室の前まで来ると、振り返って後ろに控えているヴァイナモを見た。ヴァイナモはいつものように俺の部屋のドアを開いてくれたが、俺は中々部屋に入れなかった。不審がってヴァイナモは俺の顔を覗き込んで来る。俺は何も言わずヴァイナモを見つめ返した。するとヴァイナモは俺の心情に気づいてか、優しく頭を撫でてくれた。
「……不安なのですか?」
「……いいえ、と言いたい所ですが、ヴァイには嘘はつけませんね。……はい、とても不安です」
俺はいつの間にか自分の手が震えているのに気づいた。今まで忙しすぎて何も考えてなかったけど、この作戦はそこそこ博打だ。封印魔法陣で本当にアウクスティの魔力を封印出来るかわからないし、そもそも結界魔法陣でアウクスティに近づくのも無理な可能性がある。そして失敗したら最悪、俺だけではなくヴァイナモも……と思うと、不安が急激に俺を襲った。
そりゃ俺だって死ぬのは嫌だ。前世での死に際は疲れすぎてたのと恐らく即死だったからか、あまり記憶がない。でも目の前に迫り来る2トントラックのライトに「あっ俺、死ぬんだな」と悟った瞬間の絶望感と脱力感は、今でも鮮明に覚えている。あんな思い、もう二度としたくなかった。
それに今回は俺だけの問題ではない。この作戦に参加する人達の命も、更には帝国中の人々の命までもが奪われる可能性があるのだ。俺の責任は重大である。
何より、俺はヴァイナモを失いたくないんだ。ヴァイナモは俺の護衛騎士だから、どこまでも俺についてきてくれるだろう。そしてもしものことがあったら、身を呈して俺を守るだろう。それは騎士として正しい行動だ。でも、俺はそれが嫌なんだ。ヴァイナモにはこれから先もずっと、俺の隣で笑っていて欲しい。俺のために命を散らすことが万が一あったとしたら、俺は今度こそ俺を許せないだろう。
「……私は前世で一度、死を経験しています。事故による即死だったのでほんの一瞬の出来事でしたが、あの絶望はもう味わいたくありません。それに今回は失敗すれば他の人の命も危ない。もちろん、ヴァイの命も……。私一人の命の重みではない、と思うと足がすくんでしまいそうです」
私は正直に今の気持ちをヴァイナモに伝えた。これで少しは不安も解消されたら良いな、という淡い期待も込めて。
「……エル、少々失礼しますね」
ヴァイナモはそう手短に断りを入れると、ギュッと俺を抱きしめてくれた。ヴァイナモに触れている場所からじわじわと熱が伝わってきて、不安で揺らいでいた心が徐々に落ち着きを取り戻していった。
俺がヴァイナモの胸に顔を埋めていると、ヴァイナモが左手で俺の頬を優しく撫でた。
「……エル、顔を上げて」
かけられた言葉は珍しく言葉遣いが崩れていて、恋人っぽいなと俺はむず痒さを感じつつも恐る恐る顔を上げた。
ヴァイナモと目が合った。俺に向けられたその視線は真剣ながらも熱が籠っており、俺は心臓が跳ね上がった。鼓動の音がうるさい。緊張と高揚感から、息をするのも苦しくなってくる。でも……もっとその目を見ていたい。その視線に囚われていたい。こんな浅ましい感情、自分じゃないみたい。でも……悪くない。
「……大丈夫ですよ。俺が必ずエルを守ります。どんなことがあっても」
「……」
「……でも、だからと言って俺は自分の命を捨てるつもりはありません。そんなことをしても、エルが悲しむだけですから。だから……俺がエルに命を預けるのと同時に、エルも俺に命を預けて欲しい。そうすればお互いの負担は減ります。支え合って、必ず生きて帰りましょう」
「……はい」
俺はその言葉が堪らなく嬉しかった。主人と護衛。これまでのヴァイナモであれば、命に代えてでも俺のことを守りきってみせると言っただろう。そう言ってもらえるのも、もちろん有難い。でも、そうじゃないんだ。俺はヴァイナモと一緒にいたい。ヴァイナモがいないと意味が無い。
ヴァイナモはそんな俺の気持ちを汲んでくれて、ちゃんと俺にもヴァイナモのことを守らせてくれる。支え合おうとしてくれる。対等な関係でいようとしてくれる。これはヴァイナモと想いが通じあったからこその変化だ。
「……ふふっ。ヴァイがそう言ってくれるとは思っていませんでした。とても嬉しいです。……私を守るために、命を捨ててしまわないか、ちょっと心配だったのですよ」
「……以前の俺なら、そう言ってたかもしれません。でも最近は、エルの気持ちも理解したくて、色々考えてますから。俺はエルが俺のために命を捨てるような真似をするのは嫌です。ならエルも、俺に対してそう思ってくれてるんじゃないか、って思って……」
「そうですよ。その通りですよ。私だって、ヴァイを失いたくない。だから私のために命を捨てるだなんて、許しません」
「……俺も少しは、朴念仁から卒業出来ていますでしょうか」
「出来てますよ。着実に」
そう笑顔で答えると、ヴァイナモははにかむように笑い、俺の頬に優しくキスを落とした。最近やっと慣れてきた、ヴァイナモのキス。頬を伝うヴァイナモの熱は蕩けるように優しい。でも……足りない。
「……ヴァイ、もっと……」
「……良いんですか?」
「はい。ヴァイが……その……欲しい、です……」
俺は言っている途中で羞恥に耐えられなくなり、思わず俯いてごにょごにょとしてしまった。我ながらなんて大胆なことを言ってしまったんだ!ヤバい!顔が熱い!でも、でも……足りない。もっと触って欲しい。もっとヴァイを感じたい。
多分俺はどれだけヴァイナモに言葉で慰められたとしても、不安が拭いきれていないんだと思う。だからそんな不安を忘れさせて欲しいんだ。どんな過酷なことがあっても、ヴァイナモのために生き残ってみせると思えるような、そんな勇気が欲しいんだ。
ヴァイナモは少し考えるかのように黙り込んだ。その場は静寂が支配する。羞恥に耐えきれなくなった俺は、ヴァイナモの胸を押し返して離れようとした。
しかしヴァイナモはそれを阻止するかのように腰に回した腕に力を込め、反対の手でちょっと強引に俺の顔を上げた。再び交わったヴァイナモの視線は、さっきよりも濃い熱を帯びている。
そんな視線に俺が心を奪われたのもつかの間、ヴァイナモの唇が、今度は俺の唇へと降ってきた。
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