前世の記憶を思い出した皇子だけど皇帝なんて興味ねえんで魔法陣学究めます

当意即妙

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乗り越えるべき壁

緊急会議にて ※No Side※

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学園で魔力爆発が起きた次の日。

宮殿では皇帝や皇族、主要貴族たちによる緊急会議が行われていた。

「……という訳で今回の爆発はアルバーニ公国現当主嫡男のチェルソ・カルメン・ソアーヴェにより魔力操作された花が引き金となり、アウクスティ殿下の魔力が暴走したことにより起きたものと推定されました。現在、チェルソの身柄は近衛騎士団の方で拘束しております。また同様に、魔力操作学の情報を故意に陛下に伝えなかったと思われる第二皇妃殿下も、事情聴取のため皇族監禁室へと送られました」

枢長皇帝の右腕は報告が一段落つくとサッと席に座り、次は帝国騎士団団長が立ち上がった。

「続きまして、現在行方不明であられるアウクスティ殿下の捜索結果を報告いたします。帝国中をくまなく捜索した所、アウクスティ殿下が現在おられるであろう場所が特定されました」

帝国騎士団団長の曖昧な発言に皇帝が片眉を揺らした。

「……確定はしていないのか?」

「はい。強力な魔力が充満しており、我々では近づけない状況です。ご了承ください」

「なるほどな。して、それはどこだ?」

「はい。現在ヴァルヴィオ子爵が臨時で領地運営をしております、ヘルレヴィ旧男爵領でございます」

ヘルレヴィ男爵。

その単語にその場の空気が凍りついた。数十年前に没落してしまった歴史の長い由緒正しき男爵家。皇族からの覚えも良かったが、今や禁句扱いである。その没落には疑わしき点が数多くあり、触れぬが仏とされているのだ。

そして何より、ヘルレヴィ男爵家と言えば。

「……第二皇妃の生家、か。これはまた、偶然か必然か」

「わかりません。しかしアウクスティ殿下がおられるのは、かの有名な『魔窟』と呼ばれる場所です。その魔力に引き寄せられたのではないか、と私個人としては考えます」

「よりによって魔窟にか……」

皇帝は苦虫を噛み潰したような表情を見せる。幼い頃、自分に良くしてくれたヘルレヴィ男爵夫妻を表向き・・・死に追いやった元凶の残骸。それが魔窟である。良い思い出があるはずもない。

そのため皇帝も一刻も早く解決したいと考えながらも、「良い案がない」とヴァルヴィオ子爵に経営を丸投げして見て見ぬふりしてきた場所だ。皇帝の黒歴史と言っても過言ではない。

「……どうしたものか」

「発言を失礼します。この件の犯人や第二皇妃殿下は何か解決策を知らないのでしょうか」

貴族の一人が手を軽く挙げて質問する。それに反応した近衛騎士団団長が立ち上がった。

「それにつきましては、私がお答えいたします。現在、近衛騎士団の方でチェルソの尋問を行っておりますが、本人すらもここまでの魔力暴走を想定していなかったようで、解決策は見当もつかないとのこと。第二皇妃殿下につきましては現在精神状態が不安定で、まともに会話が出来ない状態であるため、そちらも有力な情報はありません」

「そうですか……」

近衛騎士団団長の回答に質問した貴族は神妙な様子で返事をした。その場にお通夜のような空気が漂う。話し合いが暗礁に乗り上げてしまった。

「……いざとなれば魔導士を総動員して魔窟全域を燃やし尽くすしかないか」

「お言葉ですが、陛下。成功すれば良いのですが、最悪の場合、魔導士の魔力すらも魔窟に残留してしまい、事態が悪化する可能性もあります。そして何より、それだとアウクスティ殿下の命は助かりません」

「……この際重大なのはアウクスティの命より帝国国民の命。アウクスティ殺しの責任は、全て我が引き受けよう」

「……承知しました」

枢長は複雑そうに頷いた。皇帝がどれだけ家族を愛しているか、枢長はよく知っていた。だからこそ皇帝に家族を殺すような真似はして欲しくなかったのだ。

皇帝の覚悟を決めた表情に、そうするしか手がないか、と会議に参加する面々も腹をくくった。危険であるが、何もしないよりは解決する可能性がある。それならその案にかけるしかないのだ。

そんな風に会議室中に決議した空気が流れる中、徐に会議室の扉が開かれる音がした。皆の視線が扉に集まる。

そこには帝国第四皇子のエルネスティ・トゥーレ・タルヴィッキ・ニコ・ハーララの姿があった。

「……エルネスティか。どうした、急にこんな所まで。今は会議中だぞ」

「ご機嫌麗しゅう、父上。私はこの一件の解決策を提案しに参りました」

その場にいた全員が息を飲んだ。皆が喉から手が出るほど欲しかった解決策。それをまだ成人にも満たない皇子が思いつくものだろうか。皆の胸に疑念が浮かび上がる。

しかし皇帝だけが真っ直ぐとした双眸でエルネスティを見つめ返していた。

「……話を聞こう」

「ありがとうございます。端的に言いますと、私が作った……いえ、復活させた魔法陣により、アウクスティの魔力を封印する方法です」

「魔法陣で封印する、だと?」

エルネスティの発言にその場は同様に包まれた。ヒソヒソと話し合う者。そんなことが出来るものか、と嘲笑する者。真意を確かめんとする者。反応は様々である。

エルネスティはそんな皆の様子を気にせず話を続ける。

「はい。私は古代魔法陣の研究もしておりまして、封印魔法陣の制作をしておりました。それを使えば、魔窟に漂う魔力とアウクスティの魔力の両方を同時に封印することが可能です。古代魔法陣の発動には大量の魔力が必要ですが、それは私の魔力で補います」

若干興奮気味に早口で説明するエルネスティに皇帝は内心呆れながらも、エルネスティらしいか、いつもの発作みたいな奇行に走ってない分、随分と成長しているということで良しとするか、と自己解決した。そしてそんな考えをおくびにも出さず会話を続ける。

「……ふむ。その魔法陣は完成しているのか?」

「はい。彫刻師の方に急ぎで作らせました。現物はこちらに」

エルネスティが手で合図を送ると、後ろで待機していた専属護衛騎士のヴァイナモ・アッラン・サルメライネン手に持つ紙を広げた。

「……ふむ。随分と大きいな」

「……っそれが古代魔法陣の特徴です。既に発動するかの確認も済ませてあります」

皇帝の返答に思わず魔法陣語りをし始めようとしてしまったエルネスティは、自分でそのことに気づき、唇を一瞬噛み締めることで我慢した。その一瞬の奇行、そして仄かに唇から血が滲み出ているのを皇帝は見逃さなかった。真面目な場面でも構わず魔法陣推し語りをしていたエルネスティにしては、大した成長だ。皇帝は吹き出しそうになるのを必死に堪えて質問を続けた。

「……封印するにしても、アウクスティに近づかなければならないのではないか?」

「それは私の結界魔法で……と言いたい所ですが、今回は魔力の温存のためにも結界魔法陣を使います。魔法や魔力を遮断してくれる魔法です」

「それはヴァイナモが持っている防御魔法陣とは違うのか?」

「防御魔法陣は物理的攻撃に強く魔法も弾いてくれますが、魔力に対する防御力や防御壁の持続力が低いので、今回は不向きかと」

「……魔窟はモンスターの宝庫だぞ?」

「それは私の護衛騎士が護ってくれます」

皇帝がヴァイナモの方を見ると、精悍な表情で頷いた。必ず護り抜いてみせるという覚悟が伺えるし、そう出来るだけの実力がヴァイナモにあることを、皇帝はよく知っていた。

目の前の2人は覚悟を決めた面持ちであった。彼らであれば全力で任務を遂行し、もしかしたら本当に最善の形に持って行ってくれるかもしれない。そんな淡い期待を抱いてしまうほどには。

だがしかし、皇帝は安易に首を縦に振る訳にはいかなかった。

「……そもそもの話なのだが、本当にこの魔法陣でアウクスティの魔力が封印出来るのか?封印の力が押し負けたり、そもそもこの魔法陣に魔力を封印する力がない可能性もあるぞ」

「この魔法陣に魔力を封印する力があることは、文献に記されているので確かです。封印の力が押し負ける可能性は……申し訳ありませんが、十分に有り得ます。ですが提案者である私が責任を持って、私の全魔力を注ぎ込んででも封印を試みます。魔法をぶつけるよりは可能性がありますし、何より悪化する危険が少ないです」

「……もし失敗した場合、お前はどうなる」

「……陛下の想像の通りかと。だからこそ、私は覚悟しております。失敗した時の覚悟ではなく、必ず成功してみせる、という覚悟を」

「……ヴァイナモも同様か?」

「はい。エルネスティ殿下が赴く先が、私の居場所であります」

皇帝は長考するように目をつぶった。言葉を濁していたが、この作戦が失敗した先に待っているものは、エルネスティとヴァイナモの死。実の息子と将来の息子。皇帝はずっと2人の恋路を見守って来た。彼らにこれから訪れるであろう幸福な生活を、彼ら以外の誰よりも心待ちにしているのだ。危険なことに巻き込みたくなかった。

しかし皇帝は大国に君臨する責任重き君主。君主として、帝国を救う方法があるのであれば、その手を取る他選択肢などない。時に私情よりも、民の命を優先しなければならないのだ。

それに何より、愛しい我が子たち・・であるからこそ、その覚悟を尊重してあげなければならない。

そして、その選択でアウクスティの命が救われるかもしれないのなら。

皇帝はその考えに行き着き、内心自分に向けて失笑した。やはり最後の決め手は私情であるし、その私情のせいで同じ我が息子たち・・を危険に晒すのであるから、皮肉である。

だが今は、その選択が皇帝として間違いではないと信じるしかない。

「……わかった。その案を飲もう」

皇帝は徐に目を開け、そう宣言した。皆が動揺を隠しきれない中、エルネスティはホッとした表情を見せる。それだけ自分の作戦に自信があるのだろう。

お前のこと、信じるぞ。

皇帝は何も言わず、ただエルネスティを見つめた。エルネスティはそんな皇帝の心情を読み取ってか、凛々しい面持ちで頷いてみせるのであった。
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