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しおりを挟む悲鳴だ。孝太郎に悲鳴を上げさせた。それは綾人が望んでいた反応だった。
無言のまま、無表情のまま綾人は内心でほくそ笑む。
辿り着いた。これがはじめの一歩だ。まだまだ終わらない。本番はこれからだ。
「何してんだよ。馬鹿。外だぞ。放せよ」
丸出しにされた下半身を両の手で隠しながら孝太郎が抗議していた。
しかし綾人は孝太郎のズボンから手を離さなかった。
それどころか更に強くそのズボンを下に引く。
「わ、おい。馬鹿。止めろ」
太ももまで下げられていた孝太郎のズボンが膝まで下がる。綾人の指先はズボンの奥の下着にまでしっかりと掛けられており、当然のようにその下着も一緒にズボンと同じところまで下げられていた。
「おい。綾人」と孝太郎は嫌がっていた。だからやる。
「止めろって」
止めない。綾人は続ける。大きくもう一歩、踏み込んでやる。
「あッ」と孝太郎が一際、大きな声を上げた。
綾人は、自身の股間を覆い隠していた孝太郎の手を軽く払い除けると現れた彼の男性器をむんずと無遠慮に掴んだのだった。
第一印象の感触こそ柔らかかったが、すぐに芯が出来上がっていくさまをありありと感じられた。同じ男性として思うにおそらくは半勃ち状態のそれは妙に生々しく、これぞ生き物を掴んでいるという感じがした。実に不快な触り心地だった。
「んぐッ。んッ」と孝太郎が身悶える。
そこまで緻密に考えてこの場所に孝太郎を連れてきたわけではなかったのだが、明かりが少なくて薄暗かった事が功を奏した。幸いした。今、綾人が掴んでいるものは他人の性器だ。それも同性のものだ。好きな相手でもない。むしろその真逆の感情を抱いているといって良い相手の性器だ。そのものをはっきりと目で認識してしまっていたらとてもではないが触れなかったかもしれない。掴んでやろうとは思えなかったかもしれない。普通なら汚いと思う対象だ。綾人もそう思う。
孝太郎の性器を触るだなんて本当は嫌だけど。本当に嫌だけれども、
「あや、やめ、んふッ」
そうやって孝太郎が嫌がるものだから綾人はそれを触り続けていた。
「あ。ふッ。んん」
指先に込める力の強弱で奏でる新種の楽器みたいだ。演者の腕が悪いのか、いや、楽器の性能、性質の為だろう、不愉快な音しか発しないが。
「…………」
相変わらず綾人は無言のままだった。その表情も冷め切っていた。
半ば勢いで握ってしまったもののその感触は実に気持ちが悪かった。すぐに離したかったがそれも出来なかった。手を離そうかと一瞬、大きく力を抜いた時、孝太郎がほっと息を抜いた事を綾人は見逃さなかった。すぐにきゅっと握り直してやると孝太郎が「あッ」と短く呻いた。この時より、孝太郎の性器から手を離すという選択肢は無くなっていた。
孝太郎は「んん。ふうん」と鼻息を荒くしていた。
相手の嫌がる事をする。これがいじめか。
綾人は思う。綾人は感じる。くだらない。つまらない。何だこの行為は。
幸か不幸か知らないが和泉綾人という人間はどうやら嗜虐性の類いを持ち合わせてはいないようだった。
綾人にとっていじめという行為はいざする方に回ってみたところでも楽しくは全くないものだった。
「んあ。あ」と孝太郎のおよそ孝太郎らしからぬ弱々しい声を耳にしても、綾人には高揚感のようなものは少しも湧いてはこなかった。
「んッ。んふッ」
「…………」
肉の薄い綾人の手の中で孝太郎の男性器は大きく膨れ切っていた。割れる直前の風船みたいに表面が目一杯に突っ張っていて、ちょっとした刺激を加えられただけで簡単に張り裂けてしまいそうだった。
女性には勘違いされがちな事だが男性の性器は物理的な刺激のみによっても十分に勃起する。そこに性的な興奮が無くともだ。
和泉綾人も木下孝太郎と同じ男だ。そんな事は知っていた。分かっていた。
孝太郎も理解はしているだろう。
それでも。男としては、いやこれに関して男女の性差は全く無いのかもしれないが敢えて言おう、男としては同性に股間をまさぐられて勃起してしまうだなんて、とても恥ずかしい事だろう。それは単なる生理現象に過ぎないのに。孝太郎はただの被害者で何も悪くはないのに。だがしかし恥ずかしいだろう。
奇しくもそれは「いじめられっ子」と似た感情かもしれない。
「孝太郎」
綾人はそっと囁いた。
「恥ずかしいか?」
「んッ」と孝太郎は言葉になっていない音で反応を示す。そうだろう。恥ずかしいだろう。自分を恥じてしまうだろう。暗い夜中、ひと気も無いとはいえ屋外で下半身を丸出しにされて勃起しているのだ。状況だけを見れば立派な変質者だ。
綾人は孝太郎の耳にふふっと息を吹き掛ける。
「変態」
「んあッ」と孝太郎が大きく跳ねた。暴れようとしているのか。あまりの羞恥に耐え切れず、その恥ずかしさを怒りにでも変換しようとしているのか。
いじめっ子の孝太郎らしい遣り方だ。ふんっと綾人は鼻で笑ってしまった。
綾人は孝太郎の男性器を握る手に優しく強く優しく強く奏でるように力を加える。
「んッ。ふうッ。やめッ。ああ」
不意に跳ねた孝太郎の動きを綾人は上手に操作してしまう。優しく優しく優しくとデクレッシェンドになだめられた孝太郎は「はあ。ああ。はあ」とあたかも強制的に落ち着きを取り戻す。
孝太郎が暴れ出す事を想定していたわけではなかった。咄嗟の対応だったが思いの外に簡単だった。これは綾人が凄いというよりも孝太郎が単純なのだろう。綾人にはそう思えた。別に自分はたいした事をしているわけではないのだ。
「孝太郎。気持ち良いか」
彼の羞恥心を煽り、
「あやッ。だ。んッ。ふッ。ああッ。はあ。はあ。ああ」
暴れようとする彼を優しくなだめる。性的に気持ちが良くなくとも男性器は勃起する。それを理解していながら綾人はわざと囁く。
「パンパンだな。物凄く硬くなっているぞ。そんなに気持ちが良いのか?」
「だッ。しょうッ。はあ。はうッ」
「凄いな。孝太郎。こうするとどうだ。孝太郎。孝太郎。ここが良いのか。孝太郎」
彼の名前を囁きながら綾人はその手を的確に動かしていた。
木下孝太郎。今の自分をどう思う。ちゃんと変態だと思っているか。
普通。正常。真人間。当たり前に当たり前だと思っていた自分が崩れていく感覚を味わっているか。ヒトとしてのプライドはきちんと傷付いているだろうか。
その傷は綾人の尊厳に付けられた傷と同じだけの深さをしているか。まだか。
「あや、と」
「そうだ。綾人だ。俺だ。和泉綾人だ」
今、孝太郎の性器を刺激している人間は和泉綾人だ。ずっとお前らにいじめられてきた「いじめられっ子」の和泉綾人だ。その「いじめられっ子」に股間を触られて、
「気持ちいいか? 孝太郎。和泉綾人に触られて。気持ち良いのか?」
「んあッ!」
鋭く叫んだ孝太郎はついに果てた。薄黒い闇に孝太郎の生白い精液が勢い良く飛んで、落ちた。
「…………」と綾人はその有り様を冷めた目で眺めていた。
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