それをいじめと僕は呼ぶ。

春待ち木陰

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 抵抗も虚しく綾人の手によって射精させられてしまった孝太郎の性器は現状だらりと項垂れていた。

 けれども綾人はその手を離さず、まるでいつくしむが如く優しく、てのひらで包み込み続けていた。そっと指の腹で撫でる。指先でくすぐる。

 赤ん坊を寝かし付けるようにゆったりとしたリズムで柔らかく揉んでやる。

「は。ああ」と孝太郎が吐息する。

 しょぼくれていた孝太郎の男性器がゆっくりとその硬さを取り戻そうとしていた。

 てのひらが熱い。じっとりと汗ばんでいるようにも感じる。この汗は綾人の手汗かそれとも孝太郎の性器から生じたものだろうか。もっと言うならば「汗ではない」体液の可能性もあった。その先端から飛び出た精液は結果、地面に落ちたが男性器からは射精以外でも体液が分泌される。孝太郎の男性器を無遠慮にこねくり回していた綾人の手には何が付着していてもおかしくはなかった。

 汚いな。

 ぎゅっと一瞬、綾人は強く顔をしかめた。しかしそれは瞬間的なものだった。

 これで良い。これが良い。俺は今、とても汚れている。木下孝太郎を汚しながら。

 努めて冷静に綾人は今を振り返る。

 孝太郎は前腕で目元を隠して「はあ。はあ。はあ」と荒めの呼吸をしていた。

「ん。ふう」

 綾人が手を動かすとそれに合わせて鳴いてもくれた。

 射精に伴い一度は柔らかくなったものの今、再びの勃起をし始めている孝太郎の股間にずっとずっと触れ続けていた綾人は改めて思う。実感してしまう。

 孝太郎の男性器は大きかった。

 ほんの数時間前、風呂場で頭に乗せられた時にも見ていたはずなのだが正直、綾人は覚えていなかった。思い出せそうもないが考えてみれば、頭の上に乗せる男性器にある程度の大きさがなければ「ちょんまげ」として成立はしない。それが確かに成り立っていたのだから「ある程度の大きさ」はあったのだろうという事なのだが、薄暗闇の中、改めてじっくりと観察してしまった孝太郎の男性器は「ある程度」どころではない大きさだった。

 綾人の片手では竿の半分も隠せていなかった。特別、和泉綾人の手が小さいというわけではない。もう子どもではないし女性でもない。バスケットボールは掴めないが普通に十六歳、男子の手の大きさだ。

 孝太郎の男性器はまた太かった。力の限りに強く握り締めたなら話も変わってくるかもしれないが普通に掴んでいると親指と人差し指以下の間に結構な隙間が出来る。感覚的には「俺の手首よりも太いのか?」と頭をよぎった綾人だったが、すぐにそのイメージを追い出すかのようにふるふると首を横に振った。その太さに関してはもう考えないという事にした。

 思春期の男子特有の考え方かもしれないが綾人は妙な納得をしてしまった。

 これだけ立派な男性器を装備していたら無駄に気も大きくなりそうだ。男として自信になってしまいそうだ。普通以下と思われる他人を見下して、いじめる事も容易に出来てしまえそうだった。

 考え事をしながらのテキトウな刺激でも無節操に硬化し切ってくれた孝太郎の男性器を撫で擦りながら、

「ああ」

 と不意に綾人は声を漏らした。びくりと孝太郎が鋭敏な反応を見せた。

「ははは。そうか」と綾人は笑う。今更ながらに分かってしまった。

 ひん剥いてみた生身のサイズがこの大きさという事は今朝の「朝勃ち!」の時もズボンの中にペットボトルか何かを仕込んでいたわけではなかったのだ。

「随分と御立派なモノをお持ちで」

 平坦な声色で呟いた後、

「そう言えば『抜いてくれ』とか言ってたよな。今朝の事だ。忘れたとか言うなよ。御要望にはお応え出来たわけだが、どうだ? ん? 実際に抜かれてみて。ん?」

 嫌味なのか皮肉なのか何なのか、とにかく感じの悪い口調で露悪的に綾人は孝太郎に迫った。口と一緒に手の方もさわさわ、シュッシュッと動かされ続けていた。

 しごく。揉む。撫でる。擦る。女性だけじゃない。男だって痴漢は怖い。気持ちが悪い。恐ろしい。してくる相手が見ず知らずの人間なら尚の事だが、たとえそれが知人や友人であったとしても、もっと言えば恋人同士や夫婦間であったとしてもだ、自分が望んでいない、もしくは許していないタイミングで一方的に体を触られる事は不快で不愉快の極みだ。大袈裟ではなくトラウマになる。心に深い傷が付く。

 綾人は今、木下孝太郎をなぶる事でその心に深い傷を付けているのだ。トラウマを植え付けているのだ。その最中だった。これは愉快なお遊びではない。

「ああ。待っ。綾人。あ。まだ」

 そうやって孝太郎が嫌がるものだから綾人は延々と続けてしまってはいたが少しも楽しくはなかった。勝手な言い分だがどこか義務のような気持ちで綾人は孝太郎の股間をまさぐり続ける。綾人の手汗と孝太郎の股間からにじみ出ている体液が混ざり、同化して変化した別の液体がてのひらから染み込んでいき、じわじわと綾人の体内を巡り始める。ゆっくりと徐々にだがどんどんと確実に自身が汚らしく染められていくような錯覚に和泉綾人は陥っていた。

 そうだ。そういうものだ。

 等価交換ではないが、深淵を覗く時でも怪物と戦う者でもないが、今まで和泉綾人をいじめていた木下孝太郎も、綾人が傷付けられた分だけ、汚れているはずなのだ。そうでなければいけない。そうだったのだ。それが今、孝太郎を傷付けながら綾人が汚れていっているという「事実」で証明されているような気がしていた。

 とても嫌な気分だが、この気分こそが綾人の望んでいた「正解」だった。この世界は正しかった。間違ってはいなかった。最低で最悪で最高の気分だった。

 同じ。同じ。同じ。同じ二人だ。いじめられっ子でいじめっ子の二人だ。

 まるで懐かしいあの頃に戻ったみたいに二人は今、対等の関係にあった。綾人にはそう感じられていた。

 ずっと昔、まだ二人ともにいじめられっ子でもいじめっ子でもなかった十年以上も前の話だ。和泉綾人と木下孝太郎は仲の良いおともだち同士だった。二人が幼稚園児だった頃の話だ。綾人と孝太郎はいわゆる幼なじみだった。

 家も比較的にではあったが近所で、預けられた幼稚園が一緒で、学区の関係により別々の小学校に通う事となった六年間は疎遠だったが、中学校で再会を果たした。

 当時の三年間は普通に仲も良かったはずなのだが中学校を無事に卒業し、同じ高校に入学をしてから程無く、孝太郎の綾人に対するいじめ行為は始まった。

 自宅から近いのでとの理由で選んだ高校は綾人の学力と釣り合いが取れておらず、期せずして入試でトップの点数を取ってしまった和泉綾人は入学式で新入生代表の挨拶を任されてしまう事となった。そうして顔と名前と頭の良さを覚えられてしまった綾人は入学式後のクラスでも立候補者の居なかった学級委員に担任教師からの指名で選ばれてしまう。入学式の直後にはまだ名前も分かっていなかったクラスメートらに囲まれたり、担任教師に一本釣りされたりと客観的に見てもあの日の主役は和泉綾人だった。そのように一見、ちやほやと皆の注目を浴びてしまった事がいけなかったのか。木下孝太郎にはそれが許せなかったのかもしれない。

 事実として、このすぐ翌日から孝太郎による綾人へのいじめ行為は始まった。当初こそ些細なちょっかいだったが、それらは簡単にエスカレートしていき、あっという間に綾人は「いじめられっ子」にされてしまった。

 潮が引くようにとはこの事かと笑ってしまうくらいにあっけなく綾人の「人気」は無くなってしまった。入学式から二週間もしない内にだ。クラスメートらは露骨な無視こそしないものの綾人とは必要最低限の会話しかしてくれなくなっていた。

 孝太郎の目がある時などはその必要最低限の会話でさえも「あ。悪い。また後で」と打ち切られてしまう事がしばしばであった。

 綾人が「いじめられっ子」で孝太郎が「いじめっ子」だという事実はこのクラスの共通認識になってしまっていた。辛かった。
 
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