23 / 26
23 別れ
しおりを挟むウィルは、王太后を憎んでいた。守ってくれない国王と王妃を恨んでいた。
だからこそ静かに思考する。
「国王ではなく、僕を殺してくれ」
「兄上!!」
ゼルトファンの悲鳴のような声が耳障りに感じる。ウィルはそちらを振り向くことなく、王弟を見据える。王弟は目を眇めた。
「僕は、国王を恨んでいる。だからこそ、権力も栄光も、全てを奪われて尚、惨めに生かされ続け、死ねないことを嘆いて欲しい。せめて僕が王太后から生かさず殺さず虐げられてきたのと同じ期間くらいは苦しんで貰いたい」
王弟が、王太后が憎んでいるのは王家の血であり、政略結婚という制度だ。結果的に血が絶たれるなら、国王をいつ死なせても問題はないと言える。
王弟は一考し、なるほどと頷いた。
「一理あるが、君を殺す理由にはならないな」
「あの男の愚かさを貴方はよくご存知のはず。自身が窮地に立たされれば、あの男は父子の情に縋り、無駄な希望を抱く。僕を殺して、あの男の無駄な希望さえ砕いてやるのも慈悲では?」
国王の絶望を想像し、王弟は思案する。
ゼルトファンが望むからウェスティールを生かすことにした王弟だが、その決断には一抹の不安が付き纏う。ウェスティールが子を望めないと診断されたのは身体が成長しきる前だった、そうでなくても今後医療が発達すれば子孫を残せるようになるかもしれない。
今のうちに殺した方が得策ではある、と王弟もわかってはいるのだ。
「どうする、ゼルトファン」
王弟に意見を求められたゼルトファンは拳を握り締めて震えていた。己の決断で人が死ぬ恐怖に、彼は唸る。
もし玉座に就けば度々そういった機会は訪れるだろう。
「ゼルトファン、僕は父や母を、お前や叔父上を恨み続けることに疲れたよ」
「恨まずに生きることは出来ないのですか、兄上」
ゼルトファンは間違いなく善人だ。それは彼にとって不幸なことかもしれない。
「僕は、人生を最初からやり直したところで同じようにしか生きられないだろう」
ウィルの中にある憎しみや恨みは、悲しみや寂しさと複雑に絡まっている。王家から離れて育ったエストが羨ましいとは思うが、生まれ直して自分が伯爵家の令息に収まりたいかと問われると答えは否だ。エストに、自分と同じ苦しみを与えたいとは思えない。
最期に、父子2人で話を。そう勧められ、ウィルが案内された部屋は、城の北にある部屋の中でも最も日当たりの悪い場所だ。幽閉されている国王は、見たことも無い質素な衣服姿で部屋の隅に蹲っている。
ウィルが近づくと、国王は顔を上げた。
「エスト…、否、お前はウィルだな」
口を開く前から見極められ、ウィルは眉を顰める。
ウィルとエストが2人揃って国王に会ったことはない。それなのにまさか国王に双子の区別がつくなど、完全に予想外だった。
動揺するウィルを国王は鼻で笑い飛ばす。
このような場所に幽閉されるに至ったのは忌まわしい双子が生きているせいだ、とでも罵倒されるかと思っていただけにウィルとしては拍子抜けである。
とはいえ、既に王太后による復讐───ゼルトファンに王家の血が一滴も入っていないことを聞かされた以上、そのような迷信に最早価値などないのだろう。
「エストのフリをして死んで、貴方を絶望させるつもりだったのに。よくわかりましたね」
子をなせないウィルではなく、希望あるエストがウェスティールとして死ねば、国王は血が途絶えたことを確信して絶望するだろうという算段だっただけに、ウィルは不服を露わにする。
「お前たちは瞳の色味が若干異なるのだ。とはいえ、それをわかった上でよくよく見なくては誰も気づかないだろうがな。それで?死ぬのか?」
「えぇ、僕が死にます」
「───王子は婚姻を前に病に倒れ、悲劇のヒロインとなった令嬢は伯爵家の次男と結婚し、子供を遺す。そういう筋書きか」
「エストは僕達2人共が伯爵家で生きられるよう尽力したかったようですが…」
その為にエストは、ウェスティール王子が伯爵家の婿養子となる方向で動いていた。婿養子となった王子と伯爵家次男、両者が揃って生きられる未来を思い描いて。
ウィルは、エストの恋の成就を願い、表向き協力していた。
しかし、子を望めないウィルと異なり、エストは健康体で。いつかアーネが身篭る可能性がある。
「ウェスティールと令嬢の間に子供が出来た時、王家の血筋を絶やすべく王弟殿下が動くでしょう。それは望まない。僕は、僕の残り短い生涯よりも、エスト達の未来を守りたい」
「そうか…」
疲れたように国王は目を閉じる。
「僕が死んだら全力で絶望して王弟を欺いて下さい」
「最初から最後まで貧乏くじを引かせてすまないな」
今更謝られたところで、時は戻らないし、ウィルの身体も蘇らない。
何もかも、今更だ。
「父上も貧乏くじを引いた1人でしょう。王太后が憎んだのは先王と、2人を結婚させた周囲の者達で。貴方も僕も罪はないのに、復讐のために利用されただけ」
国王は笑う。目尻に込み上げる熱い何かを飲み込んで笑う。
「お前に慰められる日が来るとは───」
1
お気に入りに追加
66
あなたにおすすめの小説
アリア
桜庭かなめ
恋愛
10年前、中学生だった氷室智也は遊園地で迷子になっていた朝比奈美来のことを助ける。自分を助けてくれた智也のことが好きになった美来は智也にプロポーズをする。しかし、智也は美来が結婚できる年齢になったらまた考えようと答えた。
それ以来、2人は会っていなかったが、10年経ったある春の日、結婚できる年齢である16歳となった美来が突然現れ、智也は再びプロポーズをされる。そのことをきっかけに智也は週末を中心に美来と一緒の時間を過ごしていく。しかし、会社の1年先輩である月村有紗も智也のことが好きであると告白する。
様々なことが降りかかる中、智也、美来、有紗の三角関係はどうなっていくのか。2度のプロポーズから始まるラブストーリーシリーズ。
※完結しました!(2020.9.24)
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
専属魔女は王子と共に
ちゃろっこ
恋愛
魔術師のシルフィーは師匠に売られ(騙され)レイモンド第三王子と専属契約を結ばされてしまう。
自由を謳歌していたはずが王家の狗となってしまったシルフィー。
契約の理由は分からないままいつの間にか修行をさせられた挙句、勇者御一行のチームメンバーに入らされた。
名誉職?
いやズタボロですけど。
汗と涙と泥と血と肉片のハートフルラブコメディ()です。
朝・晩の2回更新予定です
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です!
小説家になろうでも10位獲得しました!
そして、カクヨムでもランクイン中です!
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。
いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。
欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・
●●●●●●●●●●●●●●●
小説家になろうで執筆中の作品です。
アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。
現在見直し作業中です。
変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。
最後の恋って、なに?~Happy wedding?~
氷萌
恋愛
彼との未来を本気で考えていた―――
ブライダルプランナーとして日々仕事に追われていた“棗 瑠歌”は、2年という年月を共に過ごしてきた相手“鷹松 凪”から、ある日突然フラれてしまう。
それは同棲の話が出ていた矢先だった。
凪が傍にいて当たり前の生活になっていた結果、結婚の機を完全に逃してしまい更に彼は、同じ職場の年下と付き合った事を知りショックと動揺が大きくなった。
ヤケ酒に1人酔い潰れていたところ、偶然居合わせた上司で支配人“桐葉李月”に介抱されるのだが。
実は彼、厄介な事に大の女嫌いで――
元彼を忘れたいアラサー女と、女嫌いを克服したい35歳の拗らせ男が織りなす、恋か戦いの物語―――――――
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる