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23 別れ
しおりを挟むウィルは、王太后を憎んでいた。守ってくれない国王と王妃を恨んでいた。
だからこそ静かに思考する。
「国王ではなく、僕を殺してくれ」
「兄上!!」
ゼルトファンの悲鳴のような声が耳障りに感じる。ウィルはそちらを振り向くことなく、王弟を見据える。王弟は目を眇めた。
「僕は、国王を恨んでいる。だからこそ、権力も栄光も、全てを奪われて尚、惨めに生かされ続け、死ねないことを嘆いて欲しい。せめて僕が王太后から生かさず殺さず虐げられてきたのと同じ期間くらいは苦しんで貰いたい」
王弟が、王太后が憎んでいるのは王家の血であり、政略結婚という制度だ。結果的に血が絶たれるなら、国王をいつ死なせても問題はないと言える。
王弟は一考し、なるほどと頷いた。
「一理あるが、君を殺す理由にはならないな」
「あの男の愚かさを貴方はよくご存知のはず。自身が窮地に立たされれば、あの男は父子の情に縋り、無駄な希望を抱く。僕を殺して、あの男の無駄な希望さえ砕いてやるのも慈悲では?」
国王の絶望を想像し、王弟は思案する。
ゼルトファンが望むからウェスティールを生かすことにした王弟だが、その決断には一抹の不安が付き纏う。ウェスティールが子を望めないと診断されたのは身体が成長しきる前だった、そうでなくても今後医療が発達すれば子孫を残せるようになるかもしれない。
今のうちに殺した方が得策ではある、と王弟もわかってはいるのだ。
「どうする、ゼルトファン」
王弟に意見を求められたゼルトファンは拳を握り締めて震えていた。己の決断で人が死ぬ恐怖に、彼は唸る。
もし玉座に就けば度々そういった機会は訪れるだろう。
「ゼルトファン、僕は父や母を、お前や叔父上を恨み続けることに疲れたよ」
「恨まずに生きることは出来ないのですか、兄上」
ゼルトファンは間違いなく善人だ。それは彼にとって不幸なことかもしれない。
「僕は、人生を最初からやり直したところで同じようにしか生きられないだろう」
ウィルの中にある憎しみや恨みは、悲しみや寂しさと複雑に絡まっている。王家から離れて育ったエストが羨ましいとは思うが、生まれ直して自分が伯爵家の令息に収まりたいかと問われると答えは否だ。エストに、自分と同じ苦しみを与えたいとは思えない。
最期に、父子2人で話を。そう勧められ、ウィルが案内された部屋は、城の北にある部屋の中でも最も日当たりの悪い場所だ。幽閉されている国王は、見たことも無い質素な衣服姿で部屋の隅に蹲っている。
ウィルが近づくと、国王は顔を上げた。
「エスト…、否、お前はウィルだな」
口を開く前から見極められ、ウィルは眉を顰める。
ウィルとエストが2人揃って国王に会ったことはない。それなのにまさか国王に双子の区別がつくなど、完全に予想外だった。
動揺するウィルを国王は鼻で笑い飛ばす。
このような場所に幽閉されるに至ったのは忌まわしい双子が生きているせいだ、とでも罵倒されるかと思っていただけにウィルとしては拍子抜けである。
とはいえ、既に王太后による復讐───ゼルトファンに王家の血が一滴も入っていないことを聞かされた以上、そのような迷信に最早価値などないのだろう。
「エストのフリをして死んで、貴方を絶望させるつもりだったのに。よくわかりましたね」
子をなせないウィルではなく、希望あるエストがウェスティールとして死ねば、国王は血が途絶えたことを確信して絶望するだろうという算段だっただけに、ウィルは不服を露わにする。
「お前たちは瞳の色味が若干異なるのだ。とはいえ、それをわかった上でよくよく見なくては誰も気づかないだろうがな。それで?死ぬのか?」
「えぇ、僕が死にます」
「───王子は婚姻を前に病に倒れ、悲劇のヒロインとなった令嬢は伯爵家の次男と結婚し、子供を遺す。そういう筋書きか」
「エストは僕達2人共が伯爵家で生きられるよう尽力したかったようですが…」
その為にエストは、ウェスティール王子が伯爵家の婿養子となる方向で動いていた。婿養子となった王子と伯爵家次男、両者が揃って生きられる未来を思い描いて。
ウィルは、エストの恋の成就を願い、表向き協力していた。
しかし、子を望めないウィルと異なり、エストは健康体で。いつかアーネが身篭る可能性がある。
「ウェスティールと令嬢の間に子供が出来た時、王家の血筋を絶やすべく王弟殿下が動くでしょう。それは望まない。僕は、僕の残り短い生涯よりも、エスト達の未来を守りたい」
「そうか…」
疲れたように国王は目を閉じる。
「僕が死んだら全力で絶望して王弟を欺いて下さい」
「最初から最後まで貧乏くじを引かせてすまないな」
今更謝られたところで、時は戻らないし、ウィルの身体も蘇らない。
何もかも、今更だ。
「父上も貧乏くじを引いた1人でしょう。王太后が憎んだのは先王と、2人を結婚させた周囲の者達で。貴方も僕も罪はないのに、復讐のために利用されただけ」
国王は笑う。目尻に込み上げる熱い何かを飲み込んで笑う。
「お前に慰められる日が来るとは───」
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