流れる星は海に還る

藤間留彦

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第二話 狼煙

第二話 狼煙⑥

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「中村……確か二十年くらい前クラブかなんかの若い女が親父のイロだったが……あの女中村って苗字じゃなかったか? まさかあの女との子か?」

 杉内さんの悪気の無い言葉が、流星を最悪な状況に追い込んでいく。俺が藤本さんを睨み付けると、藤本さんはそれ以上答えなかったが、沈黙がある意味答えになっていたろう。

「親父の血継いでんだったら、親父が後々継がせようと準備してなかったとも限らねぇ。とりあえず一海、俺をその坊と会わせろ。それで俺はその坊を担ぐかどうか決める」

 苦々しげに顔を歪めていた伊玖磨の表情が、ふっと感情が引っ込み能面のようになる。

「つまり、杉内さんと藤本さんは中村何とかっていう親父の隠し子を跡目に引っ張り出すんですね?」
「そこまでは言ってねえが、お前が跡目っていう話には乗れねえってのが俺達の答えだ」

 決裂することは想定の範囲内だったろう。上手く言い包められれば御の字、無理なら俺を資質の点で問題ありと揚げ足を取り、若頭の地位から引き摺り下ろし、跡目の座を奪い取るつもりだった。

「お前らがそう出るってんならこっちも出方を考えなきゃならん。戦争する気はなかったんだがなぁ」

 郁次が嘘くさい言葉を溜息混じりに言い、障子を開け放つ。

「ま、辻倉の宿命だな」

 そう言い残し、伊玖磨と共に部屋を出て行った。しんと静まり返った室内で、杉内さんがスーツの襟を正す。

「一海、俺はお前が跡目に適任だと思ってきた。が、辻倉の古株が納得しねえってのは、俺もああは言ったが同意だ。俺も本部長に就任した時、元勝海組ってだけで反発があった。親父の口添えが無きゃあ黙らせられなかった。親父の言葉を聞けねえ以上、辻倉の血を継いだ者が物言う力を持ってる」

 霊安室で横たわる父の遺体、その側で泣き喚く母の姿、そして遺体を見詰め涙を堪えて拳を震わせている親父の姿が思い起こされる。

 ――もう同じことは繰り返させない。

「杉内さん、流星は親父が組と関わらせないようにと俺に託した子です。流星を担ぐのは親父の意に反しています」
「そんなこたぁ頭の足りん俺でも分かってる! だがな、あいつら親子に辻倉組をどうこうさせたとあっちゃあ、俺は旭の親父に顔向けできねぇんだよ!」

 俺に曲げられない信念があるように、杉内さんにも極道として通さなければならない義がある。藤本さんが流星の名を出したのも、伊玖磨が組長になった時の組のことを憂えたからだろう。

 杉内さんは元の組の組長を、藤本さんは組を最も大切に思っている。俺が、流星を何より大切に想っているように。

 藤本さんが小さく息を吐き、立ち上がる。そして押し黙る俺の肩を叩く。

「あいつらが狼煙を上げる前に鎮める。三十三年前を経験した俺達がやるべきことは、まずそれだろ」
「分かってます。しかし、少し時間をください。流星は自分が何者かさえ知らないんです」
「……父親が誰かさえ知らんってことか?」

 杉内さんの問いに頷く。そこまで隠し通しているとは想像していなかったのか、杉内さんも困惑の表情を浮かべる。

「俺から直接説明させてください。そしてあいつに、自分でどうするか決めさせたい」

 流星がもし今までの通りの生活を続けたいと願ったら――俺は、この二人を裏切ってでも、流星を守り通す。二十年前のあの日、心に誓ったのだから。

「だが、組に関わらずに生きるなんつう呑気なことが、今後できるとは思わんことだな。俺は伊玖磨を跡目にしねえためってんなら、どんな汚い手でも使うぞ」

 杉内さんは俺を睨めつけ「明日、遅くとも明後日には話を聞かせろ」とそう言い放つと部屋を出て行った。その後に藤本さんが続く。その背中に恨み言の一つでも言いたかった。が、伊玖磨を跡目にとあの父子が動くことが予想できていたはずなのに、口を塞ぐだけの地固めをできていなかった俺に最も非がある。配下組織以外のところまで手を回せていなかった。それこそ俺の資質が問われるところだ。

 家を出て道路に停まっていた黒塗りの車に乗り込む。

「流星の家に行ってくれ」

 車の窓枠に肘をつく。その手の指先がわずかに震えていて、動揺を隠すようにその指で前髪を掻き上げた。

「兄貴、何があったんすか」

 俺の様子が明らかに可笑しかったのだろう。賢太が顔を強張らせて声を掛けた。

「……流星の存在が知られた」

 その答えに賢太も顔を青くし、いつもよりもスピードを出して車は明るいうちに進むことは珍しい道を走り出した。
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