流れる星は海に還る

第二話 狼煙

第二話 狼煙⑤

「辻倉組は、辻倉の直系血族が代々跡目を継いできました。親父以外なら、舎弟頭の父、若頭補佐の俺です。一線を退いている上、兄弟盃の父が次期組長では子分は誰も納得しません。そう考えるなら、俺以外に組長に相応しい人間はいない。そうでしょう、頭」

　細い目の奥から覗く瞳は、明確な敵意とどす黒い本性を隠していなかった。今の今まで俺を引き摺り下ろすことを考えて生きてきたかのように。

「伊玖磨、てめぇ血だけで組長が務まるとでも――」
「血だけじゃないですよ。他の面もです。アガリの件、杉内さんも本部長なんですから知ってるでしょう？　今頭の一・五倍の金を納めてるんですよ、俺」

　それは俺も無論承知のことだった。しかし、伊玖磨の島でそれほどの上納金を納められるとは思えない。未成年者を含む若者が多く出入りしているので、売春ビジネスに手を染めているのではと賢太が訝っていた。が、この男の腹の底同様、一切外に情報が洩れないため不明だ。藤本さんは恐らく薬の件とその怪しい金の流れの源を調べるため、昨日「ディープ・ブルー」を訪れていたのだろう。

「それに今まで俺の島で大きな揉め事ありました？　頭は最近下っ端に金を持ち逃げされてましたよね？　それってどう考えても統率者として俺の方が出来がいいってことでしょ？」

　大半は回収したとはいえ、失態を犯したことには変わりない。しかし、伊玖磨の配下組織について、ほとんどの情報が外に出ないため、内部の揉め事がないという話を鵜呑みにすべきとも思わない。

　構成員の大半は父親郁次の組織を受け継いだ形のため、郁次の息の掛った者だ。そうでない人間は、伊玖磨が引っ張ってきた若い衆である。伊玖磨の組織には俺と親しい人間は居ないため、内部の情報を知る術はない。つまり言ってしまえば、もし何かあったとしても、いくらでも揉み消せるのだ。

　伊玖磨の出どころ不明の金の流れ、内に閉じた組織運営――そして、何よりも郁次・伊玖磨親子に組の手綱を握らせるのは、俺の心情としても看過できるものではなかった。

「そもそも、古参の方々が納得しますか？」
「俺や藤本がいいって言ってんだ！　それで納得しねえ奴はいねえ！」
「そうでしょうか？　杉内さんや藤本さんはカズさんのオトモダチでしょ？　少なくとも俺のところの古株や若衆は誰も納得しませんよ」

　杉内さんが遂に伊玖磨に掴み掛り、それを切欠に今度は郁次が暴言を吐きながら杉内さんの腕を払った。乱闘が起こりそうな空気に、俺は二人の間に入った。藤本さんを振り返ると、一人無言で膝の上で拳を握り締めていた。

「……直系なら、一人居る」
「……なんだって……？」

　全員が動きを止め、藤本さんを見詰めた。眉間に皺を寄せて、しかし決意を籠めたような声だった。

「兄貴には、隠し子が居る」

　背筋が凍り付く。親父から頼まれて二十年。俺と藤本さんが守り続けた約束が、今破られたのだ。流星の屈託のない笑顔が、脳裏に浮かんだ。

「兄貴に隠し子？　そんなことあるわけ……」
「藤本お前、本当なのか？」
「……中村流星、今年二十三になった。一海も承知のことだ」

　全員の視線が俺に向けられる。俺は何も答えず、ずれたサングラスをひと差し指で押し上げた。