流れる星は海に還る

藤間留彦

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第二話 狼煙

第二話 狼煙③

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 昨日伊玖磨の島にあるクラブに流星が行っていた。藤本さんも居た。特に騒動があった様子はない。駆けつけるつもりなどそもそも無かったろう。この男が仁義を通すのは、昔から実の父親だけだ。

「それで、幹部を集めてどうする」
「いや、俺も詳しいことは分からないんですよ。父に頼まれて名前を貸しただけなんで」

 嘘ばかり、よく口が回る男だ。俺は「そうか」とだけ返して伊玖磨の横を通り抜け玄関に行くと、昨夜お袋に付き添っていた上下赤のジャージを着た部屋住みの茶髪の若い男が、挨拶をして引き戸を開けた。土間で靴を脱ぐと、男が俺の靴を靴箱に仕舞う。

「お袋の様子は?」

 男は緊張した様子でぴんと背筋を伸ばし、俺と目を合わせないように遠くを見ている。

「は、はい、あのあと少しだけお休みになりました。この会合が終わったら親父の着替えを持ってまた病院に……」
「お袋まで倒れられたらそれこそ大事だ。お前だけで親父の身の回りのことをできるだけやってくれ」
「そ、そのつもりです、けど……姐さんも落ち着かないみたいで、病院にできるだけ居たいって……」

 山は越えたとはいえ、予断を許さない状況だ。親父の容体が急変しないとも限らない。

「お前、名前は?」
「さ、斉藤洸祐さいとうこうすけです!」
「……洸祐、親父とお袋のこと、頼んだぞ」

 洸祐は涙ぐみながら「はい」と大きな声で返事をした。その初々しい反応に思わず笑みを浮かべそうになる。流星と変わらない年頃なので、気を抜くと態度が甘くなってしまいそうだ。

 縁側の板張りの廊下を進む。中庭の中央に生える曾祖父の代から受け継がれた立派な黒松を横目に、広間に足を踏み入れた。既に来ていたのは、藤本さんと顔に大きな傷のあるスキンヘッドの中年の男――本部長の杉内さんだ。三十三年前の抗争の結果、辻倉に吸収された勝海しょうかい組の元幹部でもある。

「坊、正月ぶりだな!」
「はい、久しぶりです、杉内さん」

 満面の笑みで早く隣に座れ、と言うように手招きするが、流石に若頭の立場で下座に座るわけにはいかない。

「杉内さん、坊は不味い。一海にも立場があるんだ」
「ああ、そうだった! ついなぁ、生まれてずっと俺にしたら親父の坊だからよぉ」

 藤本さんに「おしめも替えたことあるんだぜ?」と杉内さんが言う。会う度に言われている気がするし、もうほとんど親戚のような関係なので気にしない。が、郁次、伊玖磨父子や下の者に舐められるわけにもいかない。上座に座るとすぐに郁次、伊玖磨父子入ってくる。

「何で藤本が居る? 俺が呼んだのは執行三役だけだろうが」
「そう言う郁次さんもご子息は若頭補佐だろう?」
「いいんだよ、伊玖磨は。辻倉の血受け継いでんだからよ」

 伊玖磨は細い目を更に細くして笑って誤魔化す。しかし、杉内さんは郁次を睨み付けている。

「若頭より遅れて来ておいて随分な態度じゃねえか? なあ郁次」
「兄貴のことが心配で眠れなかったんだよ。実の兄弟だからな、俺は」
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