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第二話 狼煙
第二話 狼煙②
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舎弟頭辻倉郁次。親父、辻倉一治の実弟である。俺は幼い頃からこの男が心底嫌いだった。「カズ」という呼び名も、自分の兄を遠回しに小馬鹿にできるからなのだと子供ながらに分かっていたからだ。
「何騒いでるんだい。ここは病院だよ」
その時ちょうどICUから出てきたお袋が、溜息を吐く。
「乃梨子、兄貴の容体はどうなんだ?」
「……心不全だって。今は何とか安定してるけど、意識が回復しないから何とも言えないわ」
「そうか……ご愁傷様」
その言い方が、あまりに冷淡で、血の繋がった兄弟が生死の境を彷徨っているというのに、他人事のようで、嫌悪感が湧いた。
「目ぇ覚ましたり、万が一のことがあったら連絡してくれ」
「親父に会わなくていいんですか」
踵を返して廊下を行きよりも軽やかな足取りで歩く男の背に、怒りを押し殺して声を掛ける。
「眠ってんなら一緒だろ? 兄貴が倒れたとなりゃあ、ひと騒動あるだろうしな。それに備えにゃならん」
――ひと騒動。それはあんたが起こすんじゃないんですか? 三十三年前のように。
俺は喉まで出かかった言葉を呑み込み、その姿が見えなくなるまで睨み付けた。
「お止しなさいな。あの男が殺したんじゃないんだ」
そう言ったお袋は無表情だったが、眼は静かな憎しみを湛えていた。時が経ったからと忘れられるものではない。
「あの子はどうしてる?」
「さっき会ってきました。変わりありません」
「……そうかい」
ふっと流星の先の淫らな姿が思い起こされて、天を仰いだ。そんなことを考えている場合じゃないだろう。
「あんたが守ってやんなよ。こんな仁義だなんだに命を張る世界、関わらないでいられる方がいいに決まってんだから」
極道の妻として長く生きてきたお袋の意外な言葉は、一人の女としての、母親としての感情からくるものだと感じる。俺は「はい」と覚悟を新たに頷いた。
母を残して病院を後にした。帰宅してシャワーを浴び、三時間ほど寝てから家を出た。本部にて緊急の幹部のみの集会が開かれることになったのだ。叔父貴とその息子伊玖磨の連名での招集だ。
若頭の俺を飛び越えてのことに、賢太は怒り心頭といった様子だったが、事務所に詰めていた俺の配下の若衆達も含めて諌めてから本部──俺にとっては実家でもある──に向かった。半日で親父が倒れたことは周知のこととなっていた。
「カズさんお久しぶりです」
車から降りて木造の門を潜ると、玄関前に待ち構えていたかのように男に声を掛けられた。
黒の緩くパーマが掛かったマッシュ、上下黒のスーツにシルバーのネクタイ、首手足が長い痩せ型の男──若頭補佐の伊玖磨だ。サラリーマンのようにも見える風貌だが、吊り目と貼り付けた笑顔が胡散臭い。カタギかどうかの前に、「信用できない」と脳が認識する。幼い頃はもう少し屈託なく笑っていたが、この世界に頭まで浸かってしまった人間の行き着く姿だろう。
「親父のもとに駆けつけられずすみません。恥ずかしながら昨夜はうちのシマがごたついていまして」
「いや、いい。ゴロツキが大勢押し掛けても病院も迷惑だろう」
「何騒いでるんだい。ここは病院だよ」
その時ちょうどICUから出てきたお袋が、溜息を吐く。
「乃梨子、兄貴の容体はどうなんだ?」
「……心不全だって。今は何とか安定してるけど、意識が回復しないから何とも言えないわ」
「そうか……ご愁傷様」
その言い方が、あまりに冷淡で、血の繋がった兄弟が生死の境を彷徨っているというのに、他人事のようで、嫌悪感が湧いた。
「目ぇ覚ましたり、万が一のことがあったら連絡してくれ」
「親父に会わなくていいんですか」
踵を返して廊下を行きよりも軽やかな足取りで歩く男の背に、怒りを押し殺して声を掛ける。
「眠ってんなら一緒だろ? 兄貴が倒れたとなりゃあ、ひと騒動あるだろうしな。それに備えにゃならん」
――ひと騒動。それはあんたが起こすんじゃないんですか? 三十三年前のように。
俺は喉まで出かかった言葉を呑み込み、その姿が見えなくなるまで睨み付けた。
「お止しなさいな。あの男が殺したんじゃないんだ」
そう言ったお袋は無表情だったが、眼は静かな憎しみを湛えていた。時が経ったからと忘れられるものではない。
「あの子はどうしてる?」
「さっき会ってきました。変わりありません」
「……そうかい」
ふっと流星の先の淫らな姿が思い起こされて、天を仰いだ。そんなことを考えている場合じゃないだろう。
「あんたが守ってやんなよ。こんな仁義だなんだに命を張る世界、関わらないでいられる方がいいに決まってんだから」
極道の妻として長く生きてきたお袋の意外な言葉は、一人の女としての、母親としての感情からくるものだと感じる。俺は「はい」と覚悟を新たに頷いた。
母を残して病院を後にした。帰宅してシャワーを浴び、三時間ほど寝てから家を出た。本部にて緊急の幹部のみの集会が開かれることになったのだ。叔父貴とその息子伊玖磨の連名での招集だ。
若頭の俺を飛び越えてのことに、賢太は怒り心頭といった様子だったが、事務所に詰めていた俺の配下の若衆達も含めて諌めてから本部──俺にとっては実家でもある──に向かった。半日で親父が倒れたことは周知のこととなっていた。
「カズさんお久しぶりです」
車から降りて木造の門を潜ると、玄関前に待ち構えていたかのように男に声を掛けられた。
黒の緩くパーマが掛かったマッシュ、上下黒のスーツにシルバーのネクタイ、首手足が長い痩せ型の男──若頭補佐の伊玖磨だ。サラリーマンのようにも見える風貌だが、吊り目と貼り付けた笑顔が胡散臭い。カタギかどうかの前に、「信用できない」と脳が認識する。幼い頃はもう少し屈託なく笑っていたが、この世界に頭まで浸かってしまった人間の行き着く姿だろう。
「親父のもとに駆けつけられずすみません。恥ずかしながら昨夜はうちのシマがごたついていまして」
「いや、いい。ゴロツキが大勢押し掛けても病院も迷惑だろう」
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