流れる星は海に還る

藤間留彦

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第二話 狼煙

第二話 狼煙④

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 眠れなかったわけがない。親父の顔を見もせずに帰っていった。恐らく「ひと騒動」とやらの件で遅れたのだろう。幹部を呼びつけたのも親父の容体のことだけではないはずだ。そして、昨夜「今から動く」と言っていた藤本さんがこの場に居るのは、恐らく杉内さんに話を付けたからだろう。

 郁次、伊玖磨は杉内さん藤本さんと向かい合わせになるように座った。最悪の雰囲気の中、空気読みとは無縁そうな伊玖磨が口を開いた。

「この度は緊急の招集に応じてくださりありがとうございます。一刻を争う事態のため、ご容赦ください。と言いますのも、皆様方御存知とは思いますが、昨夜組長辻倉一治が心筋梗塞により倒れました。現在もICUに入っており意識不明の重体、意識を取り戻すかどうかさえ分からないとのこと」

 医者から話も聞いていないくせに、それらしく喋る奴だと苛立ちを通り越して呆れて物も言えない。そしてその隣で一応神妙な顔で聞いていた郁次が、そこで膝を叩いた。

「つまり、だ。俺が呼んだのは他でもねえ。もしこのまま兄貴が死んじまったら、誰が跡目になんのかってことだ」

 空気が張り詰めるのが分かる。三十三年前を経験していない伊玖磨以外の人間は、跡目争いがどういうものかよく知っているからだ。

「組長抜きでそんな話できないだろう」
「その兄貴が死にそうなんだ! んな悠長なこと言ってる場合じゃねえんだよ!」

 郁次が前のめりになって畳を拳で殴り付け、藤本さんをねめつける。

「そもそもそんな話する意味ねぇだろ。若頭はこの一海だ。親父が跡目に選んでんだ」

 杉内さんがそう言って俺を横目に見る。が、この話題を待っていたと言わんばかりに、郁次が不敵な笑みを浮かべた。

「兄貴からそんな話聞いたことあるか? なあ、カズ! お前跡目だって親父に言われたか? 若頭就任の理由知ってっか? アガリが一番いいからって俺に兄貴言ってたんだぜ?」

 四人の視線を受けて、思わず溜息を吐いた。何も決めていない状態で、倒れた親父を怨みそうになる。

「……いえ、親父から跡目の話はされていません」
「ほらみろ! じゃあ話を――」
「だとしても、俺が継ぎます」

 昨夜藤本さんに跡目になれるのかと訊いた同じ口とは思えない。このまま郁次に話の主導権を取られているのも癪に障るし、何より杉内さん、藤本さんの想いを考えたら、俺が継ぐ以外ないと腹を括った。

「俺は親父の子です。辻倉の者です。それで話は終いでいいでしょう」

 郁次を睨み付けるが、その隣で父親とは正反対に腹の底が読めない男が、薄ら笑いを浮かべていた。

「辻倉の血ぃ一滴も流れてねえだろーが! 辻倉の者だ? 俺は今の今まで認めちゃいねぇ!」
「てめぇ何言ってんだ! 一海は親父の実子じゃねえが、辻倉の者だろうが!」

 掴み掛ろうとした杉内さんを藤本さんが抑える。

「てめぇまだ凝りてねぇのか! てめぇは組を背負える器じゃねえんだよ!」

 と、状況を張り付いた笑顔を浮かべて見ていた一人の男が立ち上がった。

「じゃあ俺ですね。俺が跡目でいいでしょう」

 伊玖磨の台詞に再び静寂が訪れ、空気が張り詰める。
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