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第一節「レナトゥスの目覚め」
SCENE-009 小竜公の腹の中
しおりを挟むとぷんっ、と水の中へ飛び込んだような感触とともに伊月が連れ込まれた影の中は、まともな徒人であれば、ただ存在しているだけで〝徒人としての生命〟が脅かされるほどの魔力で満たされていた。
そこに、徒人が無理なく生きていけるような環境は存在しない。
魔術師やメトセラが魔力を注ぎ込むことによって維持している〝亜空間〟。
その類いに連れ込まれたのだと、すぐにわかって。伊月は魔力汚染を恐れもせずに息を吐く。
そうすれば、吐き出した吐息の分、存在しない空気の代わりに、とろみのある液体のような密度の魔力が胸を満たした。
(ドラクレアの匂いがする)
頭の奥が痺れるほどに甘く匂い立つ人外の魔力。
ほんの一呼吸分を吸い込んだだけで、たちどころに徒人の肉体を侵し、魔力が続く限り尽きることのない寿命を与え、メトセラのそれへと転化させかねないほど濃密な魔力――ヴラディスラウス・ドラクレアの霊魂から生み出され、その意思が色濃く反映された〝力〟――が伊月に害を及ぼすことはない。
至極色を帯びた魔力で目の前が塗り潰されたよう暗くなって。魔術師としては目を塞がれ、四肢を縛られたも同然なのに。その状態が、伊月は少しも怖くはなかった。
恐れるどころか、ドラクレアのことを信用できるなら、ドラクレアの魔力で満たされた亜空間の中ほど伊月にとって安全な場所はない。
温かな魔力に全身をくまなく包まれながら、水底へゆっくりと沈んでいくような浮遊感に身を委ね、伊月はなんの役にも立たない目を閉じた。
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