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最終章 ヤクザが来たでござる

やっさん流

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「ぷふぁ~」

 ローテーブルを挟んだ先、やっさんの口から大量の紫煙が吐き出され、俺に吹きかけられる。俺は咳き込むこともできず、ただ耐えるのみ。何故こうなった。俺はただやっさんに相談したかっただけだったのに。

「あのですね……」

「サブ」

「うス」

 緊張が走る。何か悪いことしたか? サブは両手に持った灰皿を静かにやっさんの横に差し出す。

 ジュッ……

「んッ……」

 やっさんがタバコの火を消すのに使ったのは、灰皿ではなくサブの手首だった。サブが声にならない悲鳴を上げる。

「んで? なんやったコルァ」

 本当に何なのこの空気。もしかしてまたチェンジしようとしてると思ったのか? 純粋に相談したかっただけなのに。

「いや、今日お呼びしたのはですね……その、人生経験豊富なやっさんにちょっと相談に乗ってほしいな~? って思ったわけでして……」

 不機嫌そうだったやっさんの表情が緩み、笑顔になった。よかった。思った通り、この手のタイプの人間は『人に頼られる』のが好きなんだ。上手く使って、スジさえ通せば強力な味方になるはず。

「その、敵対してる魔王と人間の王がですね。互いに統合失調症で、相手が自分を敵視してると思い込んで、話を聞けないくらいに怒ってまして……どうにかして冷静に話を聞いてもらうにはどうしたらいいかなぁ? と思って何か助言はいただけないかと……」

「なんやそんな事かいな……」

 そう言いながらやっさんは次のタバコに火を点けた。

「できるんですか?」

「簡単な話や」

 俺の問いかけにやっさんは『簡単』だと答える。腐ってもさすがは神様だ。人を冷静にさせる特殊能力でもあるんだろうか。

「かましたれ」

「か、かます?」

「せや、かましたれ」

 かます? 何をかますのか? どういう意味だろうか。

「ええか、ケンジ。ヤクザってのはな、舐められたら仕舞いや」

「やっさんは女神様ですよね? ヤクザじゃなくて」

「一般論の話や」

 ヤクザは一般ではないとは思うが。しかしやっさんの話が続いているようなのでとりあえず黙って聞く。ホントに神族って何なんだろう。ベアリスもそうだけど転移以外に神様らしいこと何にもしてないよな。

「ケンジは夜の繁華街歩いたことあるか?」

 もちろんない。死ぬ前は高校生だったからな。なんか酔っ払いとか客引きとかいてカオスなイメージだけど。ていうかやっさんは歩いたことあるの? 女神様って夜の繁華街ふらふらしてるもんなの?

「夜の飲み屋街はな、酔っぱらって気の大きくなったおっさんがぎょうさんおるもんや」

 確かにそういうイメージはある。酔っぱらったタチの悪いおやじが通行人に絡んだりしてそう。

「訳の分からん事言うて通行人に絡む酔っ払いでもな、あんな前後不祥になってる奴でも避けて通るのがヤクザとガイジンや」

 酔っぱらってるようでも意外に冷静に相手を吟味して絡んでるのか?

「ええか? 冷静な判断力を失ってるように見える人間でもな、『こいつはアカン』って奴には絶対に絡まへんのや。人間はどんな状態でも、自分の生存に関わる部分では冷静になるもんなんや」

 やっさんはサブの持ってる灰皿にタバコを放り込み、俺に顔を近づけて念押しした。

「ええかケンジ? 『かましたれ』……そのための力と経験は、自分はもう持っとる」

 俺は、光に包まれた。

――――――――――――――――

「も、戻ってきた!!」

 ペカがまた心配そうな表情で俺を見つめてる。いや、ペカだけじゃない。魔王もエイヤレーレも、唐突に光りだして消えたり現れたりしてる俺を唖然とした表情で見つめている。

 そうだ。やっさんは「そのための力は、もう持ってる」と言っていた。俺は、その力をもう手に入れてるんだ。

「ステータスオープン!!」

 何も出ない。

そう。「そのための力をもう持ってる」とは、そういうアクティブスキルを手に入れたとか、そういう話ではない。もちろんそれは分かってる。ただ、念のため。一応やってみただけだ。別に本気でステータスウィンドウが現れると思ってやったわけじゃない。子供じゃないんだから。

「ど、どうしたのケンジ? また急に点滅しだしたり、変な大声出したり……大丈夫?」

 ペカが心配してる。安心しろ。俺はこの世界を救う勇者だ。決して統失なんかじゃない。

「と、とにかく……魔族側が人間に対する攻撃をやめない限り……」

「よく言うわ! 我らに電磁波攻撃を仕掛けているのは貴様らだろうが!!」

 エイヤレーレの言葉を皮切りにまた醜いののしり合いが始まる。だが、既に『ヒント』は出ていたんだ。

 二人は、自分の妄想に囚われながらも、しかし相手の妄想についてはドン引きしていた。自分の事に冷静な判断ができなくなっていただけで、状況の把握が全くできなくなっているわけじゃないんだ。

 そして、場の空気を支配する方法は、何度も見せられていたんだ。やっさんから。

「カルナ=カルア」

「ん? なに?」

「イヤーッ!!」

「グワーッ!!」

 カルナ=カルアが炎に包まれた。

「なっ、何をするのだ!?」

 ラムが近くのワゴンに乗せてあった布巾数枚をバサバサとカルナ=カルアに叩きつけて慌てて炎を消す。

「な……なに? なんで、急に……?」

 カルナ=カルアは何が何だか分からない、という恐怖の表情でこちらを見ている。エイヤレーレと魔王も、余りの事態に言葉を失って呆然としている。

「お茶がきれとんのになんでお代わりを注がんのじゃぼけぇええぇぇ!!」

 嵐のようなストンピングを食らわせる。カルナ=カルアは突然の事態にカメになって耐えるのみ。

「魔王様とエイヤレーレがまだ話しとるのに喉渇くやろがあぁぁぁいいぃぁぁぁああ!!」

「ケンジ! ケンジやめて!! 急にどうしちゃったの!? 冷静になって! 前の優しいケンジに戻って!!」

 ペカが涙を流しながら俺を止める。

「はぁ、はぁ……冷静……?」

 俺は返り血を拭い、ゆっくりと答える。

「俺はいつも冷静やぞ……冷静に見えへんかったか……?」

 俺の言葉にペカは無言で首を横に振るだけだった。もはや恐怖で言葉も出ないようだ。俺は今度はエイヤレーレの方に視線を向ける。

「エイヤレーレはどう思う? 俺、冷静じゃなかったか?」

「あ、大丈夫ッス」

「魔王は……?」

「あ、冷静です」

 しん、と静まり返る食堂。聞こえるのはカルナ=カルアが咳き込む音だけ。

 恐怖という空気が、その場を支配していた。
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