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64. お医者さんとか、セクシーキュートとか
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「終わったよ」
ハンカチで手を拭きながら、お医者さんが立ち上がった。といっても今は黒いジャケットに赤いシャツで、全然お医者さんっぽくない。
「えっ、も、もう?」
祈るような気持ちで見守っていたあたしはぎょっとした。お医者さんが到着して朱虎の傍に膝をついてから、三分も経ってない。
こんなに早く処置って終わるものなんだろうか。
まさか、手の施しようがなかったとか……?
「まあ、出来ることはとりあえず止血しかないからね。腹部銃創の止血はこういう医療用スポンジを詰め込むだけなんだ、15秒で終わるよ」
お医者さんはケースに入ったタブレットのようなものを振ってみせてから、ふと眉をしかめた。あたしに歩み寄ると、ぽんと頭に手を載せる。
「そんな顔しないで。弾は貫通しているし、厄介なところは傷ついてないみたいだからそこまで心配しなくていいよ」
よく頑張ったね、と大きな手で頭を撫でられる。朱虎がたまにやる仕草に似てる、と思った途端、一気にぼろぼろと涙がこぼれた。
「うわっ、ごめん。セクハラだった?」
「ちっ、ちが……すみません、ちょっと……」
駄目だ、止まらない。
ごしごしこすってたら、頭を抱き寄せられた。
「ごめんね、ハンカチが血だらけだからさ。どうぞ僕の服で拭いてください」
「そ、そんなの、悪い」
「女の子の涙をほっとくのは地獄に落ちる大罪って日曜学校で習ったんだ。これでも敬虔なクリスチャンでね」
「何それ……」
柔らかなシャツからは煙草の匂いがした。朱虎と同じ匂いだ。
この人、ほんとに朱虎に似てる。もしかして生き別れの双子なんじゃないだろうか。
「朱虎、助かるよね……?」
「まあ、出来るだけ早く病院に行った方が良いのは確かだけど」
「そうだ、救急車!」
あたしはバッと顔を上げた。
「あ、もう終わり? 残念だな、もう少し楽しみたかったのに」
「何言ってるんですか! それより早く救急車呼ばないと……」
「ジーノ!」
突然、高い声が倉庫内に響いた。お医者さんがピクリと眉を上げる。
振り向くと、トラックが壊した壁の傍に誰かが立っていた。
「ねえ、いつまでやってるの? いい加減にしてよ」
つかつかと歩み寄ってきた姿に、あたしは思わずぽかんと見とれた。
外国人の美少女だ。それもただの美少女じゃない、超がつくレベルの美少女だ。
歳はあたしと同じくらいだろうか。おなかがチラ見えしているタイトなTシャツに黒レザーのミニスカートが完璧に似合うモデル体型。冗談みたいに白いつやつやの肌に、猫っぽい緑の瞳が印象的な顔は、まるで妖精みたいに整っている。耳にはお医者さんと同じ赤いピアスがキラリとしていて、柔らかそうに長く揺れる髪は朱虎と同じ、燃えるような赤だった。
環もかなりの美人だけど、系統が全然違う。環がクールビューティなら、この子はセクシーキュートって感じ。
「サンドラ、車で待っててくれって言っただろう」
「私に命令しないで、ジーノ。待つのは飽きたの」
お医者さんが困ったように頭をかいた。
美少女は髪を払うと、あたしにちらりと視線を投げてきた。
傍に立つと、あたしより背が高い。でもあたしより腰は細いし足も長い。そして胸は……あたしより、確実にある。
「何、あんた」
「う、雲竜志麻です」
「名前なんかどうでもいいわ。なぜジェラルドをここへ呼んだの?」
「へ? ジェラルドって誰?」
お医者さんが軽く手を挙げた。
「あー、僕です。僕の名前です」
「えっ、お医者さんって外国人なんですか」
「日系だから気付かれないんだけどね。あ、長いからジーノでいいよ」
「は、はい」
「しかし、やっと君の名前が分かったなあ。志麻ちゃん、良い名前だね……」
「ジェラルド」
美少女の冷たい声に、お医者さんがまた咳払いした。
「彼女は僕に助けを求めてきたんだ。身内がここで撃たれたそうでね」
美少女はぐるりと倉庫内を見回し、うめき声をあげる二人のマフィアに目を留めた。
眉がきゅっとしかめられる。
「それでよりによってあなたを呼んだの? 治療しろって?」
「まあね」
「何それ、笑える」
何がおかしいのかさっぱり分からないけど、美少女はふっ、と笑った。あまり気持ちのいい笑い方じゃない。
「すまない。彼女、ちょっと性格がアレでね」
「い、いえ」
随分親しい感じだけど、恋人だろうか。もしかして、デートの最中を邪魔してしまったのかもしれない。それで不機嫌なのかも。
美少女がまたじっと見てきたので、あたしは慌てて頭を下げた。
「あの……デートの邪魔しちゃってすみません」
「デート?」
声が尖る。顔を上げると、美少女は更に不機嫌そうな顔になっていた。
「こんな男と私がデートしてるように見えるっていうの? やめてよ、ジーノとデートなんてぞっとする」
「えっ、す、すみません」
そこまで言う? 美少女、キツいな……。
「サンドラは僕の妹だよ。腹違いだけどね」
「あ、妹さん……そうなんですね」
この二人が兄妹……納得するようなしないような。
「ねえ! どうしたの、こいつ」
朱虎に気付いた美少女が叫んだ。すたすたと歩み寄ると、興味津々で覗き込む。
「随分男前ね。何故倒れているの?」
「彼が撃たれたんだよ」
「ウッソ。こんな良い男を撃つなんて、私がそいつを撃ち殺してやりたいわ」
可愛い顔でサラッと怖いことを言う。
というか、「撃たれた」と聞いても全然動じてないけど、何なんだろうこの子。
「これ、死んでるの?」
「生きてるよ。ただ、早くちゃんと治療しないといけないけど」
「ふうん」
美少女はじろじろと朱虎を眺めて――また「ふふっ」と笑った。
「この男、名前は?」
「え……朱虎ですけど」
「いい名前ね。気に入った」
気に入った?
美少女は体を起こすと、くいと親指を外へ向けて突き出した。
「じゃ、アケトラを車に運んでちょうだい、ジーノ」
ハンカチで手を拭きながら、お医者さんが立ち上がった。といっても今は黒いジャケットに赤いシャツで、全然お医者さんっぽくない。
「えっ、も、もう?」
祈るような気持ちで見守っていたあたしはぎょっとした。お医者さんが到着して朱虎の傍に膝をついてから、三分も経ってない。
こんなに早く処置って終わるものなんだろうか。
まさか、手の施しようがなかったとか……?
「まあ、出来ることはとりあえず止血しかないからね。腹部銃創の止血はこういう医療用スポンジを詰め込むだけなんだ、15秒で終わるよ」
お医者さんはケースに入ったタブレットのようなものを振ってみせてから、ふと眉をしかめた。あたしに歩み寄ると、ぽんと頭に手を載せる。
「そんな顔しないで。弾は貫通しているし、厄介なところは傷ついてないみたいだからそこまで心配しなくていいよ」
よく頑張ったね、と大きな手で頭を撫でられる。朱虎がたまにやる仕草に似てる、と思った途端、一気にぼろぼろと涙がこぼれた。
「うわっ、ごめん。セクハラだった?」
「ちっ、ちが……すみません、ちょっと……」
駄目だ、止まらない。
ごしごしこすってたら、頭を抱き寄せられた。
「ごめんね、ハンカチが血だらけだからさ。どうぞ僕の服で拭いてください」
「そ、そんなの、悪い」
「女の子の涙をほっとくのは地獄に落ちる大罪って日曜学校で習ったんだ。これでも敬虔なクリスチャンでね」
「何それ……」
柔らかなシャツからは煙草の匂いがした。朱虎と同じ匂いだ。
この人、ほんとに朱虎に似てる。もしかして生き別れの双子なんじゃないだろうか。
「朱虎、助かるよね……?」
「まあ、出来るだけ早く病院に行った方が良いのは確かだけど」
「そうだ、救急車!」
あたしはバッと顔を上げた。
「あ、もう終わり? 残念だな、もう少し楽しみたかったのに」
「何言ってるんですか! それより早く救急車呼ばないと……」
「ジーノ!」
突然、高い声が倉庫内に響いた。お医者さんがピクリと眉を上げる。
振り向くと、トラックが壊した壁の傍に誰かが立っていた。
「ねえ、いつまでやってるの? いい加減にしてよ」
つかつかと歩み寄ってきた姿に、あたしは思わずぽかんと見とれた。
外国人の美少女だ。それもただの美少女じゃない、超がつくレベルの美少女だ。
歳はあたしと同じくらいだろうか。おなかがチラ見えしているタイトなTシャツに黒レザーのミニスカートが完璧に似合うモデル体型。冗談みたいに白いつやつやの肌に、猫っぽい緑の瞳が印象的な顔は、まるで妖精みたいに整っている。耳にはお医者さんと同じ赤いピアスがキラリとしていて、柔らかそうに長く揺れる髪は朱虎と同じ、燃えるような赤だった。
環もかなりの美人だけど、系統が全然違う。環がクールビューティなら、この子はセクシーキュートって感じ。
「サンドラ、車で待っててくれって言っただろう」
「私に命令しないで、ジーノ。待つのは飽きたの」
お医者さんが困ったように頭をかいた。
美少女は髪を払うと、あたしにちらりと視線を投げてきた。
傍に立つと、あたしより背が高い。でもあたしより腰は細いし足も長い。そして胸は……あたしより、確実にある。
「何、あんた」
「う、雲竜志麻です」
「名前なんかどうでもいいわ。なぜジェラルドをここへ呼んだの?」
「へ? ジェラルドって誰?」
お医者さんが軽く手を挙げた。
「あー、僕です。僕の名前です」
「えっ、お医者さんって外国人なんですか」
「日系だから気付かれないんだけどね。あ、長いからジーノでいいよ」
「は、はい」
「しかし、やっと君の名前が分かったなあ。志麻ちゃん、良い名前だね……」
「ジェラルド」
美少女の冷たい声に、お医者さんがまた咳払いした。
「彼女は僕に助けを求めてきたんだ。身内がここで撃たれたそうでね」
美少女はぐるりと倉庫内を見回し、うめき声をあげる二人のマフィアに目を留めた。
眉がきゅっとしかめられる。
「それでよりによってあなたを呼んだの? 治療しろって?」
「まあね」
「何それ、笑える」
何がおかしいのかさっぱり分からないけど、美少女はふっ、と笑った。あまり気持ちのいい笑い方じゃない。
「すまない。彼女、ちょっと性格がアレでね」
「い、いえ」
随分親しい感じだけど、恋人だろうか。もしかして、デートの最中を邪魔してしまったのかもしれない。それで不機嫌なのかも。
美少女がまたじっと見てきたので、あたしは慌てて頭を下げた。
「あの……デートの邪魔しちゃってすみません」
「デート?」
声が尖る。顔を上げると、美少女は更に不機嫌そうな顔になっていた。
「こんな男と私がデートしてるように見えるっていうの? やめてよ、ジーノとデートなんてぞっとする」
「えっ、す、すみません」
そこまで言う? 美少女、キツいな……。
「サンドラは僕の妹だよ。腹違いだけどね」
「あ、妹さん……そうなんですね」
この二人が兄妹……納得するようなしないような。
「ねえ! どうしたの、こいつ」
朱虎に気付いた美少女が叫んだ。すたすたと歩み寄ると、興味津々で覗き込む。
「随分男前ね。何故倒れているの?」
「彼が撃たれたんだよ」
「ウッソ。こんな良い男を撃つなんて、私がそいつを撃ち殺してやりたいわ」
可愛い顔でサラッと怖いことを言う。
というか、「撃たれた」と聞いても全然動じてないけど、何なんだろうこの子。
「これ、死んでるの?」
「生きてるよ。ただ、早くちゃんと治療しないといけないけど」
「ふうん」
美少女はじろじろと朱虎を眺めて――また「ふふっ」と笑った。
「この男、名前は?」
「え……朱虎ですけど」
「いい名前ね。気に入った」
気に入った?
美少女は体を起こすと、くいと親指を外へ向けて突き出した。
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