ヤクザのせいで結婚できない!

山吹

文字の大きさ
上 下
67 / 111

63. 銃口とか、銃弾とか

しおりを挟む
 よろよろしながら銃を構えているマフィアとあたしの視線がバッチリぶつかる。
 瞬間、頭の中をものすごい勢いでいろんな考えが走り抜けた。

 え? あれ誰?
 あ、朱虎が吹っ飛ばした奴だ。すごい、立ってる。思ったより丈夫だったんだな。
 でもフラフラしてる。しかもこっちに銃を向けてる?
 そうか、そういえばあいつって蓮司さんを襲ってきたんだっけ。
 えっ、じゃあ、狙ってる先ってもしかして。

「……あっ、」

 あんまり一気にいろんなことを考えすぎて、声が出なかった。
 咄嗟に振り向いて蓮司さんの身体に手を伸ばした瞬間、後ろで発砲音が聞こえた。

 駄目だ、全然間に合わない。
 いや間に合う、手が届いた。蓮司さんがビックリした顔になってる。
 待てよ、これってあたしに弾が当たるんじゃ――

 背中を思いっきり突き飛ばされて、あたしは蓮司さんともつれ合うように転がった。後ろで重い銃声が続けざまに響く。
 うわっ、連続して撃たれた。もうダメかも、あたし。
 背中がじんと重い。あまりに酷い怪我って、すぐに痛みは来ないっていう。きっと今からものすごく痛くなって苦しくなるんだ。どうしよう、めちゃくちゃ怖い。

「志麻さんっ!」

 ていうかあいつ、そんなに何度も念押して撃つ必要なくない? 
 何なのあのパスタ野郎、セクハラ発言はするわ、あたしみたいな女子を背中から何度も撃つわ、超腹立つ。
 決めた、死んだら絶対あのマフィアのとこ化けて出る。
 でも「うらめしや」って通じるのかな?

「志麻さん、大丈夫ですか!? 志麻さん!」

 ほんとすみません蓮司さん、スーツ汚しちゃいそうです。高そうなのにごめんなさい。
 ああ、でもどうせ死ぬなら朱虎の腕の中が良い。朱虎は何してんの? あたしのこと好きなんじゃなかったの、バカ――
 ……なんかいつまで経っても痛くならないな。
 あたしはそろっと目を開けた。あたしの下敷きになっていた蓮司さんがホッとした顔になる。

「良かった。怪我はないようですが、どこか痛いところはありますか」
「え? 怪我がない?」

 あたしはバッと起き上がってぱたぱたと自分の体を触った。どこも痛くないし怪我もしてない。弾なんか当たった気配もない。
 じゃあ、さっきの背中への衝撃って?
 振り返ると、朱虎がこちらに背を向けて立っていた。まっすぐに構えた銃口からは薄く煙が上がっていて、その先ではマフィアが銃を放り出して倒れていた。 
 これ、どういう状況?

「不破さんがとっさにあなたを突き飛ばして応戦したんです。向こうの弾は外れたようで良かった」

 蓮司さんの説明でやっと理解できた。どうやら、さっきの銃声のうち数発は朱虎が撃ったものだったらしい。
 マフィアは倒れたまま、ぴくりとも動かない。

「ひえっ、朱虎!? まさか、撃ち殺……」
「死んじゃいませんよ。そこまできっちり狙う暇もなかったんでね」

 気だるそうにため息をついて朱虎が言う。その言葉を証明するみたいに、倒れたマフィアが体を震わせると、肩を押さえて喚き出した。

「うるせえな。頭にもう一発撃ちこんで静かにしましょうか」
「駄目だってば!」
「じゃあとっとと連れて行ってもらいましょう。――おい、ポリ。てめぇの仲間はまだ来ねえのか」

 乱暴な朱虎の口調に眉をひそめながら、蓮司さんは首を振った。

「確か、今日は近くで何かのイベントをやっていたはずです。おそらく道が混んでいるんでしょう」
「何だそりゃ」
「様子を見てきます。……と、その前に」

 蓮司さんは立ち上がると、結束バンドを取り出した。バイクの下敷きになっているマフィアの傍に行って手早く拘束する。肩を押さえて呻くマフィアも同じように拘束し、さっさと銃を取り上げた。

「僕はこれから倉庫街の端まで行って警察車両を誘導してきます。志麻さんたちはその間に裏側から抜けてください」
「は、はい」

 蓮司さんは近寄ってくると、あたしの耳元に顔を寄せて素早く囁いた。

「こんなことに巻き込んでしまって申し訳ありません。このお詫びはまた日を改めて」
「えっ、あの」

 苛立たしげに朱虎が舌打ちする。

「あなたにも一応礼は言っておきます。犯罪者逮捕のご協力に感謝しますよ、方法はどうあれ」
「そんなものいらねえから金輪際関わって来るな。とっとと行け」

 蓮司さんはあたしに向かってもう一度会釈すると、倉庫を出ていった。

「ちょっと朱虎、いくら何でも失礼すぎるんじゃないの? なんだかんだで蓮司さん、こっちが銃持ってたこととか全部目をつぶってくれるみたいだし……」
「お嬢」

 声に振り向くと、朱虎がいつの間にかびっくりするくらい近くにいた。
 こっちを見つめてくる瞳が妙に真剣で、思わずドキリとする。
 そういえばあたし、朱虎のこと好きだって気づいたんだっけ。思い出してしまうと妙に意識してしまう。
 ヤバい、いつも通り振舞わないと。いつも通りのあたしってどんなだっけ?

「え……えっと朱虎、じゃあ行こうか! そうだ、ミカは……」

 不意に朱虎があたしの肩に手を回してぐいと抱き寄せた。

「ひゃっ!?」

 少し荒い息が耳にかかって、肩に回った腕から朱虎の重みが伝わる。鼓動が不規則に跳ねて、一気に顔が真っ赤になるのが分かった。

「あっ、朱虎? な、な、なに」
「――すみません」
「えっ、何が……きゃあっ!?」

 低く呟いた朱虎が一気に寄りかかってきた。肩にかかる重みがいきなり増して、あたしは朱虎に押し倒されるみたいな恰好で床に尻餅をついた。

「いった……ちょっと朱虎! も、もうちょっと優しく……」

 思わず朱虎の身体を押し返した手がぬるりと滑った。何かぐっしょりと濡れたものを触ったみたいな感触だ。
 肌がざわりと粟立った。

「……朱虎?」

 わき腹を押さえた朱虎の身体が力なくごろりと転がった。シャツが濃い赤に染まっている。荒い息をつくたびに、赤い面積はじわじわと広がっていっていた。
 何が起こったのか一瞬分からなかった。
 何で?
 どうして朱虎が倒れてるんだろう。真っ赤なこれはまさか、全部朱虎の血?
 ついさっきまで、ぴんぴんしてたのに。
 朱虎が低く呻いた。その声に頭を思い切り殴られて、ようやくハッと我に返ったあたしは朱虎に飛びついた。

「あっ、朱虎!? どっ、ど、どうしたの!? 何で、怪我……!」

 こちらを向いたマフィアの黒々とした銃口が頭をよぎった。
 低い発砲音。蓮司さんは「弾は反れたようだ」と言っていた。

 違う、反れてなんかいなかった。朱虎が庇ってくれたんだ。

「……すみません。お嬢は、先に、行ってください」

 朱虎は荒く息をつきながら、切れ切れに言った。喋るたびにシャツが重く濡れて、じわりと血だまりが広がっていく。
 その光景にぞっと背筋が凍った。

「やだ……やだやだやだ、朱虎! やだっ、しっかりしてっ!」
「……俺は、大丈夫ですから、早く」

 朱虎は荒い息をついた。顔色がどんどん青ざめていく。

「き、救急車……呼ばないと」

 グラグラとめまいがする。
 蓮司さんは道路が混んでいるって言ってた。
 今すぐ救急車を呼んで、一体どのくらいで来てくれるんだろう?
 朱虎はこんな状態なのに、間に合うんだろうか?
 応急処置だけでもしないと、でも、どうしたらいい?

「何か……ハンカチとか、何か、とにかく何かっ」

 せめて蓮司さんがいてくれたら。
 でも呼びに行くのにここを離れるのが怖い。
 帰って来てもし、朱虎が――
 ひくっ、と喉が震えた。

「やだ、朱虎っ……やだよ、こんなのっ……」

 あたしって本当にバカだ。
 こんな子供みたいな泣き声あげてる場合じゃないのに。
 誰か助けて。誰か。
 しゃくりあげながら闇雲にポケットをあさった指に何かが触れた。
 くしゃくしゃになったメモだ。広げると、電話番号とメールアドレスが綺麗な字で書いてあった。
 ニヤっと笑うお医者さんの顔が稲妻みたいに閃いた。
 二度目に会ったのは病院。
 最初に会ったのは――この倉庫の裏にある高層ビルの、バー。
 あたしはぽかんとメモを見つめて、それから慌てて辺りを見回した。
 少し離れたところにあたしのスマホが転がっている。駆け寄って拾い上げると、画面は派手にひびが入っていた。
 あたしはスマホを持ったまま一瞬立ち尽くした。

 これ、壊れてない? ちゃんと電話出来る?
 壊れてなかったとして、メモの電話番号は合ってるの?
 番号が合っていたとして、ちゃんと出てくれる?
 出てくれたとして、あたしを覚えてる?
 覚えていてくれたとして、タイミングよく高層ビルの近くにいる?
 近くにいたとして、何て説明したらいい? 
「撃たれた、助けて」――そんな言葉を聞いて、駆けつけてくれるだろうか?

 背後で朱虎が小さく呻いた。
 あたしは唇を噛んで、スマホの電源ボタンを力いっぱい押した。





「――もしもし」
「もっ、もしもし! あたし、あの、病院とバーで会った!」
「覚えてますよ、ヤクザのお嬢さんだろ? あの時の平手打ちは強烈だったからね」
「あっ……あ、あの時はごめんなさい」
「いーえ。しかし、こんなタイミングで連絡が来るとは驚いたな。いったい……」
「今どこにいますか!?」
「え?」
「今! バーにいますか!?」
「ああ……今、ちょうどビルの前に着いたところだけど。これからバイトで」
「お願い、すぐに来て! 怪我人がいるんです! う、撃たれて」
「……ふむ。来てって、どこに?」
「ビルの裏の倉庫! すぐに来て……お願い、何でもするから朱虎を助けて!」
しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

家出したとある辺境夫人の話

あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
『突然ではございますが、私はあなたと離縁し、このお屋敷を去ることにいたしました』 これは、一通の置き手紙からはじまった一組の心通わぬ夫婦のお語。 ※ちゃんとハッピーエンドです。ただし、主人公にとっては。 ※他サイトでも掲載します。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

虚弱なヤクザの駆け込み寺

菅井群青
恋愛
突然ドアが開いたとおもったらヤクザが抱えられてやってきた。 「今すぐ立てるようにしろ、さもなければ──」 「脅してる場合ですか?」 ギックリ腰ばかりを繰り返すヤクザの組長と、治療の相性が良かったために気に入られ、ヤクザ御用達の鍼灸院と化してしまった院に軟禁されてしまった女の話。 ※なろう、カクヨムでも投稿

お隣さんはヤのつくご職業

古亜
恋愛
佐伯梓は、日々平穏に過ごしてきたOL。 残業から帰り夜食のカップ麺を食べていたら、突然壁に穴が空いた。 元々薄い壁だと思ってたけど、まさか人が飛んでくるなんて……ん?そもそも人が飛んでくるっておかしくない?それにお隣さんの顔、初めて見ましたがだいぶ強面でいらっしゃいますね。 ……え、ちゃんとしたもん食え? ちょ、冷蔵庫漁らないでくださいっ!! ちょっとアホな社畜OLがヤクザさんとご飯を食べるラブコメ 建築基準法と物理法則なんて知りません 登場人物や団体の名称や設定は作者が適当に生み出したものであり、現実に類似のものがあったとしても一切関係ありません。 2020/5/26 完結

働かなくていいなんて最高!貴族夫人の自由気ままな生活

ゆる
恋愛
前世では、仕事に追われる日々を送り、恋愛とは無縁のまま亡くなった私。 「今度こそ、のんびり優雅に暮らしたい!」 そう願って転生した先は、なんと貴族令嬢! そして迎えた結婚式――そこで前世の記憶が蘇る。 「ちょっと待って、前世で恋人もできなかった私が結婚!?!??」 しかも相手は名門貴族の旦那様。 「君は何もしなくていい。すべて自由に過ごせばいい」と言われ、夢の“働かなくていい貴族夫人ライフ”を満喫するつもりだったのに――。 ◆メイドの待遇改善を提案したら、旦那様が即採用! ◆夫の仕事を手伝ったら、持ち前の簿記と珠算スキルで屋敷の経理が超効率化! ◆商人たちに簿記を教えていたら、商業界で話題になりギルドの顧問に!? 「あれ? なんで私、働いてるの!?!??」 そんな中、旦那様から突然の告白―― 「実は、君を妻にしたのは政略結婚のためではない。ずっと、君を想い続けていた」 えっ、旦那様、まさかの溺愛系でした!? 「自由を与えることでそばにいてもらう」つもりだった旦那様と、 「働かない貴族夫人」になりたかったはずの私。 お互いの本当の気持ちに気づいたとき、 気づけば 最強夫婦 になっていました――! のんびり暮らすつもりが、商業界のキーパーソンになってしまった貴族夫人の、成長と溺愛の物語!

【完結】新皇帝の後宮に献上された姫は、皇帝の寵愛を望まない

ユユ
恋愛
周辺諸国19国を統べるエテルネル帝国の皇帝が崩御し、若い皇子が即位した2年前から従属国が次々と姫や公女、もしくは美女を献上している。 既に帝国の令嬢数人と従属国から18人が後宮で住んでいる。 未だ献上していなかったプロプル王国では、王女である私が仕方なく献上されることになった。 後宮の余った人気のない部屋に押し込まれ、選択を迫られた。 欲の無い王女と、女達の醜い争いに辟易した新皇帝の噛み合わない新生活が始まった。 * 作り話です * そんなに長くしない予定です

思い出さなければ良かったのに

田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。 大事なことを忘れたまま。 *本編完結済。不定期で番外編を更新中です。

Sランクの年下旦那様は如何でしょうか?

キミノ
恋愛
 職場と自宅を往復するだけの枯れた生活を送っていた白石亜子(27)は、 帰宅途中に見知らぬイケメンの大谷匠に求婚される。  二日酔いで目覚めた亜子は、記憶の無いまま彼の妻になっていた。  彼は日本でもトップの大企業の御曹司で・・・。  無邪気に笑ったと思えば、大人の色気で翻弄してくる匠。戸惑いながらもお互いを知り、仲を深める日々を過ごしていた。 このまま、私は彼と生きていくんだ。 そう思っていた。 彼の心に住み付いて離れない存在を知るまでは。 「どうしようもなく好きだった人がいたんだ」  報われない想いを隠し切れない背中を見て、私はどうしたらいいの?  代わりでもいい。  それでも一緒にいられるなら。  そう思っていたけれど、そう思っていたかったけれど。  Sランクの年下旦那様に本気で愛されたいの。 ――――――――――――――― ページを捲ってみてください。 貴女の心にズンとくる重い愛を届けます。 【Sランクの男は如何でしょうか?】シリーズの匠編です。

処理中です...