ヤクザのせいで結婚できない!

山吹

文字の大きさ
上 下
69 / 111

65. 緊急事態×緊急事態とか、部内風紀とか

しおりを挟む
「はっ!?」

 思わず声が漏れたけど、美少女はあたしを無視してお医者さんを手招いた。

「何ぐずぐずしてるの。さっさとして」
「ち、ち、ちょっと待ってください!」

 あたしは急いで朱虎と美少女の間に割り込んだ。

「朱虎を動かさないでください! すぐに救急車を呼んで、病院に連れてってもらわないといけないんです!」

 美少女は呆れたような目つきであたしを見た。

「馬鹿なの? 今、大通りはすごい人で救急車なんか通れないわよ」
「えっ」

 そうだ、そういえば近くでイベントをやってるんだっけ。

「今から救急車を呼んで到着を待つより、ジーノの車で運んだ方が早いでしょ。コイツったら生意気にスポーツカーだもの」
「サンドラの言うとおりだよ」

 横からお医者さんが口を添えた。

「さっき僕もそう言おうと思ってたんだ。下手に救急車を待つより、僕が運んだ方が早いって」
「で……でも、迷惑じゃ」

 美少女の目つきが鋭くなった。

「ぐだぐだうるさいわね。あんたアケトラを殺したいわけ?」
「そっ、そんなことない!」
「じゃ決まり。ジーノ、早くして」

 肩をすくめたお医者さんがさっさと朱虎を抱え上げてしまう。

「あっ、あたしも一緒に」
「ハア?」

 美少女が綺麗なターンで振り向くと、あたしの胸をどん、と突き飛ばした。

「きゃっ!?」
「図々しいのもいい加減にしてよ。アケトラの体の大きさ見えてる? 後部座席に寝かせたらいっぱいになるじゃない。あんたの乗るスペースなんてないの」
「やっ、でも」

 言い返そうとしたら「チッ」と舌打ちされた。
 この美少女、なんか圧がすごい。
 だけど今の朱虎から離れるなんて考えられない。あたしが追いすがろうとした時、ドアからミカが飛び込んで来た。

「おい、大変だ! 今、病院から連絡があって爺さんが緊急手術だって!」
「えっ……ええええええっ!?」
「急に悪くなったみてーだ! すぐに来いって……って、あれ? これ、どういう状況だ?」

 朱虎を担いだお医者さんと美少女を見たミカはきょとんとしていたけど、あたしはパニックでそれどころじゃなかった。
 足元がグラグラ揺れるような感覚で、今にも立っていられなくなりそうだ。
 よりによってこのタイミングでおじいちゃんが? 
 緊急手術って、そんなに悪いの?
 すぐにおじいちゃんのところに飛んでいきたい。だけど、だけど。
 ぽん、と肩を叩かれて体が跳ねた。

「志麻ちゃん、今はおじいちゃんのところに行った方が良い」

 振り向くとお医者さんがあたしを心配そうな目で見ていた。朱虎と同じ紺色の瞳に泣きそうな顔のあたしが映っている。

「朱虎くんは必ず助けるよ。僕に任せて」

 何も考えられなくて、あたしは小さく頷いた。お医者さんがにこりと笑う。

「金髪の君、そこに転がってるバイクで彼女を早く連れて行ってあげて」
「えっ、は、はい」

 ミカがバイクを引っ張ってくる。あたしは半ば呆然としたまま、ミカの後ろに乗った。

「気を付けてね。後始末はしておくから、早く行きなさい」
「は……はい。 あの……本当にいろいろありがとうございます」
「いや。僕の方こそ、君には礼を言うべきかもしれないな」
「えっ?」

 きゅっ、とお医者さんがあたしの手を一度、強く握った。

「電話をくれてありがとう。まったく、何がどうなるかなんて本当にわからないものだ」
「え……? 何のことですか?」
「――また連絡するよ。じゃあ」
「あっ……」

 お医者さんが手を離す。
 バイクが唸りを上げて走り出した。あっという間に倉庫を飛び出して、何もかも見えなくなる。

「わりーな、まだなんか話してる途中だったか?」
「ん……大丈夫」

 最後の言葉は一体、どういう意味だったんだろう。
 胸がざわざわする。
 あたしはミカの服を掴んで、顔をしかめた。

「……ミカ、何でびしょ濡れなの。なんか磯臭いし、服にワカメついてるけど……まさか、海に落ちたの?」
「や、落ちたっつーか、朱虎さんに落とされて……」
「は? 朱虎に? 何で??」
「色々あって……つか、朱虎さん大丈夫なのか? あいつら何なんだ?」

 ミカはもごもごと口ごもってから、慌てたように話題を変えた。

「あの人はお医者さん。朱虎が撃たれちゃって……応急処置しに来てくれたの」
「医者? なんかそんな……しなかったけど……」 

 ババババッ、と風が強く吹きつけてきた。

「何? 聞こえない!」
「だか……、……! ……」

 駄目だ、全然聞き取れない。
 ぎゅっとミカにしがみつきながら、あたしは叫んだ。

「とにかく飛ばして! はやくおじいちゃんのところに連れていって!」

 ウォン、と返事みたいにバイクが唸った。






「……なー、志麻センパイ今頃どうなってっかな」
「不破さんのところへはたどり着けたようだから、あとはどうとでもなるだろう。……君、帰り道はこちらの方角ではないのではないか」
「あー、環サンを駅まで送ろうと思ってさ。もう遅ぇじゃん」
「大通りを行くから心配ご無用なのだが、気遣いは素直に受け取っておこう」
「なあなあ環サン。さっきも言ったけどさ、オレと付き合わね?」
「先ほども言ったが遠慮する」
「うーわ、即答。まあオレもそう簡単にはあきらめるつもりねーけどさ」
「しつこい男は嫌われるぞ」
「無理やり迫るようなダセーことはしねーから安心してください。つか、何でダメなん?」
「理由は二つある。聞きたいかね」
「ぜひとも」
「一つ目。文芸部は部内恋愛禁止だ。部内の風紀が乱れる」
「はー!? そのルール、明らか今制定されたっしょ!? しかも部内って、オレと環サンと志麻センパイしかいないじゃん」
「少人数だからこそだ。私と君が恋人になってしまうと、志麻が寂しい思いをしてしまうだろう。気を使って部室に顔を出さなくなるかもしれん」
「いやいや環サン、それは逆だよ、逆!志麻センパイ、頭ん中が少女漫画だから部内恋愛とかチョー盛り上がるぜ! 絶対『環! 恋愛相談、いつでも乗るよ!』って言うって。賭けてもいい、マジで」
「……一理あるな」
「でしょ! はい論破~。で、もう一つの理由は?」
「二つ目。私が君に対して恋愛感情を一切抱いていない」
「あ、直球キタコレ」
「正直、特別な好意を抱いていない異性にパーソナルスペースへ踏み込まれるのは迷惑極まりない。ましてボディタッチなどのスキンシップはごめんこうむりたい」
「ん~確かに環サンって、パーソナルスペース広めッポイよな」
「君も同じだろう」
「んん?」
「言葉や態度ほど人との距離が近いタイプではなかろう。案外、私達三人の中では志麻が最もパーソナルスペースが狭い」
「いや、あれは距離ナシってだけじゃね? コミュ経験不足で人との距離測るのド下手なだけっつーか……箱入りお嬢だよな~あの人、結局」
「鋼鉄製の箱だがな」
「ウケる。てか三つ目の理由、オレ気付いちゃったんですけど~」
「何だ」
「環サンって志麻センパイのこと好き過ぎ。もはや友情通り越してラブなんじゃね」
「……」
「あ、冗談だって! そんな睨まないでくれよ」
「確かに」
「え」
「言われてみると確かにそうだ。志麻には何故か触れられても平気だ。むしろ、こちらから触れたいと思うことすらある。悲しんでいると気になるし、傷つけられていれば怒りを覚える……そうか、なるほど」
「いや、なに、その『なるほど』って」
「どうやら私は、志麻が好きらしい。ラブ的な意味で」
「ええええ、まさかの百合展開!?」
「風間、感謝するぞ。おかげで私は自分の気持ちに気付いた。実に晴れやかな気分だ」
「いやいや、チョイ待ち! 志麻センパイがライバルとか、マジあり得ねーんですけど!?」
「自覚すると明日が楽しみだ。早く志麻に会いたいものだな、ふふふ」
「ちょっとー!? 部内恋愛禁止っしょ、ルール守ってくれよ部長~!」
しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

虚弱なヤクザの駆け込み寺

菅井群青
恋愛
突然ドアが開いたとおもったらヤクザが抱えられてやってきた。 「今すぐ立てるようにしろ、さもなければ──」 「脅してる場合ですか?」 ギックリ腰ばかりを繰り返すヤクザの組長と、治療の相性が良かったために気に入られ、ヤクザ御用達の鍼灸院と化してしまった院に軟禁されてしまった女の話。 ※なろう、カクヨムでも投稿

お隣さんはヤのつくご職業

古亜
恋愛
佐伯梓は、日々平穏に過ごしてきたOL。 残業から帰り夜食のカップ麺を食べていたら、突然壁に穴が空いた。 元々薄い壁だと思ってたけど、まさか人が飛んでくるなんて……ん?そもそも人が飛んでくるっておかしくない?それにお隣さんの顔、初めて見ましたがだいぶ強面でいらっしゃいますね。 ……え、ちゃんとしたもん食え? ちょ、冷蔵庫漁らないでくださいっ!! ちょっとアホな社畜OLがヤクザさんとご飯を食べるラブコメ 建築基準法と物理法則なんて知りません 登場人物や団体の名称や設定は作者が適当に生み出したものであり、現実に類似のものがあったとしても一切関係ありません。 2020/5/26 完結

働かなくていいなんて最高!貴族夫人の自由気ままな生活

ゆる
恋愛
前世では、仕事に追われる日々を送り、恋愛とは無縁のまま亡くなった私。 「今度こそ、のんびり優雅に暮らしたい!」 そう願って転生した先は、なんと貴族令嬢! そして迎えた結婚式――そこで前世の記憶が蘇る。 「ちょっと待って、前世で恋人もできなかった私が結婚!?!??」 しかも相手は名門貴族の旦那様。 「君は何もしなくていい。すべて自由に過ごせばいい」と言われ、夢の“働かなくていい貴族夫人ライフ”を満喫するつもりだったのに――。 ◆メイドの待遇改善を提案したら、旦那様が即採用! ◆夫の仕事を手伝ったら、持ち前の簿記と珠算スキルで屋敷の経理が超効率化! ◆商人たちに簿記を教えていたら、商業界で話題になりギルドの顧問に!? 「あれ? なんで私、働いてるの!?!??」 そんな中、旦那様から突然の告白―― 「実は、君を妻にしたのは政略結婚のためではない。ずっと、君を想い続けていた」 えっ、旦那様、まさかの溺愛系でした!? 「自由を与えることでそばにいてもらう」つもりだった旦那様と、 「働かない貴族夫人」になりたかったはずの私。 お互いの本当の気持ちに気づいたとき、 気づけば 最強夫婦 になっていました――! のんびり暮らすつもりが、商業界のキーパーソンになってしまった貴族夫人の、成長と溺愛の物語!

【完結】新皇帝の後宮に献上された姫は、皇帝の寵愛を望まない

ユユ
恋愛
周辺諸国19国を統べるエテルネル帝国の皇帝が崩御し、若い皇子が即位した2年前から従属国が次々と姫や公女、もしくは美女を献上している。 既に帝国の令嬢数人と従属国から18人が後宮で住んでいる。 未だ献上していなかったプロプル王国では、王女である私が仕方なく献上されることになった。 後宮の余った人気のない部屋に押し込まれ、選択を迫られた。 欲の無い王女と、女達の醜い争いに辟易した新皇帝の噛み合わない新生活が始まった。 * 作り話です * そんなに長くしない予定です

思い出さなければ良かったのに

田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。 大事なことを忘れたまま。 *本編完結済。不定期で番外編を更新中です。

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。

五月ふう
恋愛
 リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。 「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」  今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。 「そう……。」  マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。    明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。  リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。 「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」  ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。 「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」 「ちっ……」  ポールは顔をしかめて舌打ちをした。   「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」  ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。 だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。 二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。 「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」

Sランクの年下旦那様は如何でしょうか?

キミノ
恋愛
 職場と自宅を往復するだけの枯れた生活を送っていた白石亜子(27)は、 帰宅途中に見知らぬイケメンの大谷匠に求婚される。  二日酔いで目覚めた亜子は、記憶の無いまま彼の妻になっていた。  彼は日本でもトップの大企業の御曹司で・・・。  無邪気に笑ったと思えば、大人の色気で翻弄してくる匠。戸惑いながらもお互いを知り、仲を深める日々を過ごしていた。 このまま、私は彼と生きていくんだ。 そう思っていた。 彼の心に住み付いて離れない存在を知るまでは。 「どうしようもなく好きだった人がいたんだ」  報われない想いを隠し切れない背中を見て、私はどうしたらいいの?  代わりでもいい。  それでも一緒にいられるなら。  そう思っていたけれど、そう思っていたかったけれど。  Sランクの年下旦那様に本気で愛されたいの。 ――――――――――――――― ページを捲ってみてください。 貴女の心にズンとくる重い愛を届けます。 【Sランクの男は如何でしょうか?】シリーズの匠編です。

処理中です...