ヤクザのせいで結婚できない!

山吹

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17. 銃とかツバメとか

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「な……なんだ、てめえ!?」

 「あっくん」の声は裏返っていた。朱虎がこちらへ向かって歩き出すと、ビクッとして慌ててナイフを構える。

「やる気かよ、この野郎! 上等だ、来やがれや!!」

 朱虎はわめく「あっくん」をスルーしてあたしの傍まで来ると、軽く眉をあげた。

「朱虎……っ」
「何やってんですか、お嬢。結束バンドの外し方は教えたはずですが」

 涙が一瞬で引っ込んだ。

「最初に言うことがそれ!? バンドだけじゃなくてガムテープでぐるぐる巻きにされてたの!」
「そりゃ念入りなこって」
「シカトしてんじゃねえっ!!」

 肩をすくめた朱虎の後ろで、わなわなと震えていた「あっくん」が絶叫してナイフを振り上げた。

「舐めやがって、ぶっ殺してやる!!」
 
 きらめく鋭い切っ先が唸りを上げて振り下ろされる。
 思わず息を呑んだ瞬間、朱虎は懐に手を突っ込みながら素早く体を反転させた。
 ナイフが甲高い音を立てて弾き飛ばされ、「あっくん」が驚いたようにあとじさる。
 ナイフを弾いたのは、朱虎が抜き払った銃だった。慣れた構えで「あっくん」の顔面にぴたりと狙いをつけている。
 黒光りする銃口を、「あっくん」は目を見開いて見つめた。

「はしゃぎすぎだ、てめえは」

 朱虎は片手で銃を突きつけたまま、煙草を取り出すと咥えて火をつけた。「あっくん」はうめき声を漏らし、何とか言葉を絞り出した。

「……う、撃つな。撃たないでくれ、俺は……」
「余計な口を利くんじゃねえ。質問にだけ答えろ」

 朱虎は煙を吐くと、「あっくん」へ視線をやった。

「お嬢を殴ったのはお前か」

 声は静かだったけど、空気がビリッと震えるのが分かった。見えない誰かに押さえつけられてるみたいに、何だか重苦しい雰囲気がのしかかってくる。
重い空気の中心にいるのは朱虎だった。
「あっくん」の顔色が青を通り越して白くなり、足ががくがくと震え出した。

「あ……お、俺……」
「お前なんだな」

 朱虎の声が重く尖る。あたしは思わず息をのんだ。

「だ……ダメ朱虎っ!」
「う、うわあああああっ!」

 朱虎は手の中で銃をくるりと回転させ、「あっくん」の顔面を持ち手のところで鋭くぶん殴った。「あっくん」は絶叫の途中で鼻血を吹きながら吹っ飛び、壁にぶつかってくずおれた。

「お待たせしました、お嬢」

 懐に銃をしまって振り向いた時には、朱虎はいつも通りの雰囲気に戻っていた。煙草をねじり消すと、あたしの横に膝をついてかがみこむ。
 パチッ、と音がして手首が解放された。
 続いて環の傍にかがみこむ朱虎を、あたしは手首をさすりながら見つめた。

「撃っちゃうかと思った」
「お嬢やご学友の目の前でハジきゃしませんよ。教育上よろしくありませんからね」
「……配慮に感謝する」

 続いて解放された環が、体を起こして言った。

「環、大丈夫?」
「問題ない。君こそ、殴られていただろう」
「平気だよ、痛くないし」
「興奮状態で一時的に麻痺してるだけだ」

 あたしの顔を見た環は眉を顰めた。

「赤くなってきているな。冷やした方が良い」

 環は立ち上がると、カウンターへ行って冷蔵庫から氷をハンカチに包んで持ってきた。

「当てておけ」

 頬にあてるとひやりと冷たくて気持ちいい。

「ありがと、環」
「それにしても、まさか誘拐されるとはな」

 手首をさすりながら呟いた環の言葉があたしの胸にぐさりと刺さった。

「ご、ごめん。あたしのせいで酷い目に……」
「なぜ君が謝る」

 環は怪訝そうな顔であたしを見た。

「あたしが狙われてたみたいだったのに、に環が巻き込まれたでしょ。それで……ごめん」
「馬鹿なことを言うな」

 環は呆れたように言った。

「私たちをさらったのはあの「あっくん」とかいう男だろう。君が謝る筋合いはない」
「そ……そうだけど」

 環は軽く手を振ると、朱虎を見やった。

「しかし、よく朱虎さんが来てくれたな。正直、驚いた」
「それは俺のおかげだったりするぜ!」

 開きっぱなしのドアから顔を覗かせたのはチャラいホストっぽい男だ。
 なんだか見覚えがあるような……?

「風間。帰ってなかったのか」
「ええっ!? あれ風間くん!?」
「そーだよ。見て分かろうぜ~、部活の可愛い後輩よ? 俺」

 言われてみれば、確かに風間くんだ。

「風間は昼間、私と一緒に行動していた」
「えっ、ウソ……あ!」

 言われてみればいた! 
 昼間のホテルラウンジに、有閑マダムと若いツバメのホストカップルが!

「あ、あのホテルラウンジにいた二人~! 全然気づかなかった!」
「結構バチッと目が合ったトキあったけどな~、さすが志麻センパイ」

 ん? 今、褒められて……ないよね?

「お前はまっすぐ帰ったと思っていたが」

 環の言葉に風間くんは肩をすくめた。

「気が変わってさ、やっぱ俺も便乗しようと思って駐車場に行ったんだよ。したら、ぐったりした二人が黒いワンボックスに担ぎ込まれててさ」
「見ていたのか」
「メチャ驚いたぜ。で、こりゃヤベーってんで朱虎サンに電話したの。まさかこんな早く直電することになるとは思わなかったけど」
「連絡ありがとうございます」

 丁寧に頭を下げた朱虎は腕時計を確認した。

「もう遅い。ここは始末をつけておきますから、部長さんと風間さんは帰った方が良いでしょう。今、組から迎えをよこします」
「いえ、タクシーで帰りますから御心配には及びません。風間、手配しろ」
「俺そういうポジション!?」
「貴様は後輩だろう」

 風間くんは「ま~、いいけどさ」とぼやきながらスマホをポチポチ操作した。

「オケ、タクシー呼んだ。五分で来るわ」

 朱虎は懐から財布を取り出すと、お札を何枚か風間くんに渡した。

「車代です。今夜はお騒がせしました」

 お金を受け取った風間くんは軽く口笛を吹いた。

「わお、太っ腹! さすがあ」
「釣りは返せよ、風間。――ありがとうございます、朱虎さん。我々はここで失礼します」
「環! あの……」

 環は振り返ると、頬をつついた。

「ちゃんと冷やせ、腫れるぞ。……また明日な」
「そうだ、明日は部室でランチ会しようぜ! 朱虎サン渾身のキャラ弁見たい!」
「えっ、何で知ってんの!?」
「何でっすかね~? んじゃお大事に、志麻センパイ!」

 二人はさっさと出て行ってしまった。 

「お嬢、自分は組に連絡入れますんで」
「あ……うん」

 あたしは頬にハンカチを当てたまま、ソファに座り込んだ。
 朱虎が電話を耳に当てるのをぼんやりと見つめながら、頭は勝手にいろんなことを考えていた。

 東雲会とは大きなトラブルにならずに済むのかな。
 おじいちゃんが聞いたら爆発しそうだから、斯波さんにも頼んで東雲会のことは黙っておいてもらった方が良いかも。
 環は大丈夫だって言ってたけど、どこかケガはしてないだろうか。
 やっぱり送った方がよかったんじゃないかな。

 ごちゃごちゃしていて、考えはまとまらなかった。
 今になって、頬がずきずきと痛み始めている。氷はすっかり溶けてしまっていた。

「お嬢」
「えっ?」

 ふと気が付くと、朱虎があたしを覗き込んでいた。
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