ヤクザのせいで結婚できない!

山吹

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18. ひとりにしないで、とか、可愛い、とか?

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「あ、……何?」
「氷が溶けて服が濡れてますよ」

 言われて初めて、頬を押さえていた手から水がしたたってワンピースがぐっしょり濡れていることに気が付いた。朱虎がハンカチを取り出して、あたしの手と服をぬぐう。それからジャケットを脱ぐと、あたしの肩にかけた。
 ふわりと温もりが背中を覆って、煙草の匂いがかすかに香る。

「あったかい……」

 ほっ、と息をついたとき、朱虎がさらりと言った。

「自分は組の奴が来るまでここを見張ります。お嬢は先に車で待っていてくれますか」

 今黒さんの言葉がオーバーラップした。

「先に駐車場に行って待っていてくれるかな」

すうっと体が冷たくなった。指先が震える。

「今、鍵を……」
「やだ」

 考える前に言葉が飛び出していた。
 朱虎がびっくりしたような顔になる。

「お嬢?」
「絶対、やだ。……ひとりになりたくない」

 いくらパステルピンクだからって、大好きなようかいねこが沢山並んでたって、今夜は嫌だ。
 車にも、停めてある場所にひとりで行くのも、どうしてもできなかった。

「だって朱虎が来るまで帰れないんでしょ、だからここにいても良いじゃん。こいつらが起きたって朱虎がいれば大丈夫だし、だから」

 言いながらだんだんうつむいてしまう。震えが止まらない手でジャケットの裾をぎゅっと握りこむと、今度は体全体が細かく震え出した。
 ああ、どうしよう。何だか泣きだしそうだ。

「――お嬢」

 隣に朱虎が座る気配がして、ソファがぎしりときしむ。
 顔を上げようとした時――不意に、体をぐいと抱き寄せられた。
 あっという間にすっぽりと朱虎の腕の中におさまる。

「え」
「自分の配慮が足りませんでした」

 低い声が、押し当てられた胸から直に耳へ響いて来た。

「傍に居ます。もう大丈夫ですから」

 急にくたりと力が抜けた。
 あたしがもたれかかっても、朱虎の身体はびくともしない。
 片腕でしっかりとあたしを支えたまま、もう片方の手はなだめるように背を撫でていた。 

「ち……駐車場でね、環と二人でいた時に襲われたの。スタンガンで、いきなり環が倒れて、びっくりしたら、ビリッて」
「はい」
「起きたら腕、縛られてて、どこか分からなくて、環がすごく心強くて」
「はい」
「見張りのひとが逃がしてくれるって言ったんだけど、逃げる前にあいつが来て、悔しくて」
「はい」
「でも環の手が震えてて、環だって怖いのに、あたしのせいで巻き込まれて、あたしの」
「お嬢のせいじゃありません。部長さんもそう仰っていたでしょう」

 朱虎がきっぱりと言った。

「でもあたし……」
「深呼吸してください」

 朱虎に言われた通り大きく息を吸って、吐く。
 朱虎の手があたしの頭を優しく撫でた。
 髪から背へ、大きな手の感触が滑っていく。
 くっついてる朱虎の熱が伝わって、じんわりと手足に熱が戻ってくる。
 朱虎の匂いだ。
 朱虎が傍に居てくれる。
 ざわざわしていた心が、少しずつ凪いでいくのが分かった。
 あたしを撫でていた朱虎が、不意に少し笑った。

「さっきのお嬢の啖呵、格好良かったですよ」
「えっ……聞こえてたの?」
「もちろん」
「必死で、何言ったか覚えてないよ」
「オヤジ譲りの迫力でした。さすがですね」

 朱虎は柔らかな声音で言った。
 何だかくすぐったくて照れ笑いすると、動かした頬にズキリと痛みが走る。

「痛っ」
「頬ですか。見せてください」

 顎を持ち上げられる。
 朱虎が真剣なまなざしであたしの顔を覗き込んできた。
 朱虎の目は間近で見ると、濃い藍色をしている。

「少し腫れてきてますね。痛みは酷いですか」
「ううん。でも動かすと痛いかも……これ、あざとかになるのかな」
 
 顔に青あざを作って登校したら、今度はどんな噂が立つんだろう。考えたくない。

「ねえ、酷い? 目立つ?」
「大丈夫ですよ、いつも通りです」
「え、さっき少し腫れてるって言ったよね。あたしの顔、いつも腫れてるみたいなブスってこと?」
「何でそうなるんですか」

 小さく笑った朱虎はあたしの頬に指を滑らせると、ほつれた髪をかき上げた。

「ちゃんと可愛いですよ」
「え」

 心臓が跳ねた。

「ほ、ホント?」
「信用できませんか」
「そ……んなことないけど」

 今気づいたけど、結構、だいぶ、すごく顔が近い。
 いや、小さい頃はよくこんな風に抱っこしてもらったりしたんだけど、だけどこんな――昔とは違う、むずむずした感じ。
 藍色の中にあたしの顔が映っているのが見えた。

「……あの、朱虎、えと」
「はい」

 どうしてだか、朱虎から目が離せない。
 さっきとは違うリズムで、胸がドキドキしている。ぴったりくっついたところから朱虎の鼓動と息遣いを感じる。
 何だコレ、どうしよう。
 ていうか、朱虎の鼓動がわかるってことはあたしがドキドキしてるのも伝わってるってことで――

「付き合ってんのか、あんたら?」
「ふわっ!?」

 思わず変な声が出た。
 慌てて足元を見ると、金髪に鼻ピアスの男が転がったままこちらを見上げている。
 ミカだ。そういえば、「あっくん」に蹴飛ばされて伸びてたんだった。
 いや、ていうか今、なんて言った!?

「あ、ごめん邪魔して。気になったからつい――」

 ドカッ!

「すみません、ネズミが一匹残ってました」

 顔面への容赦ない蹴りでミカを沈め、朱虎はさらりと言った。








「これ、環センパイの鞄。駐車場に落ちてたぜ」
「おや、ありがとう。……しかし、君は徒歩だったろう。よくアジトがわかったな」
「それがさ、朱虎サンに電話したら秒で出たの。で、『すぐ行きます』つって三分で来たんだよあの人」
「ワープでもしたのか」
「近くで待機してたんじゃね? で、どうすんのかと思ったら、ノーヒントでアジトまで車すっ飛ばしたんだよな。全然迷わねえの」
「どういうことだ」
「GPS。志麻センパイに仕掛けてんじゃね。あと、イヤホンで何か確認してたから、どっかに盗聴器も仕込んでるぜ」
「まあ、そのくらいはしてそうだ」
「完全にストーカーじゃん、ぶっ飛んでんな~。志麻センパイ、知ってるんかな」
「知らんだろうな」
「教えとく?」
「朱虎さんは銃も携帯しているぞ」
「OK黙っとくわ。 ……あ、運転手さん、そこの角で止めてくださーい」
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